ジョニーよ、今、蘇る時 (復活編)

俺は自室に戻った。

誰も部屋に入らないようお願いして、由良様に電話をかける。

携帯をスピーカーモードにして足の短いテーブルに置き、その前に正座する。


『ごきげんよう、拓馬様』

しばらくコールが鳴って、まったくごきげんでない由良様が画面に映った。背景から察するに布団から上体を起こして、何とか電話をしているのか。


なんてお顔をしているんだ……

ただでさえ陶磁器のように白い頬がさらに白くなっている。白衣を着用しているのも合わさって江戸時代に描かれた幽霊画のようだ、おどろおどろしい。


「昨晩は誠に失礼しました。なんとお詫びを言えばいいか」

大声で何度も何度も謝りたいが、吹けば折れそうな由良様に強い言葉を当てられない。俺は声を押し殺して頭を下げる。


『お詫びだなんて、ワタクシが勝手に誤解しただけでございます。拓馬様に落ち度はありません』


「ありますよ落ち度。由良様の眠りを妨げ、不用意なことを申してしまったんです」


『不用意……あの電話でおっしゃった事は、拓馬様にとって不用意だったのございますか?』


これはいけません! 肌は白いのに、由良様のオーラが黒化していらっしゃる。闇堕ちしそう。


「ち、違います。酔っていましたが、由良様をお慕いしていることは本心です」


『……そう、ですか。嬉しいです』

嬉しいと言っているが、反応はいまいちだ。

昨晩のことをどう言い繕っても、言い訳かお世辞と流されるだけか。


『酒のせいでやってしまいました。今後は禁酒しますから許してください』

飲酒行為で問題を起こした人が口にするお決まりの文句。そんなものが許せるラインはとっくに越えている。


由良様を傷つけた。

咲奈さんや紅華や祈里さんを弄んだ。

妙子さんの胃をギチギチさせた。

南無瀬組員や中御門家の使用人の方々に多大なご迷惑をかけてしまった。

ジョニーを復活させる名目で、俺はたくさんの罪を犯した。


責任を取らなければならない。でも、どうやって?

みんなに「ごめんなさい」をするのか……違う。


たとえばブラコンやファザコンに「昨日の電話は酔った勢いだったんだ。オカズ写真を要求してすみませんでした!」と言うのが正しい謝罪か? そんなので彼女たちが納得するのか? いや、そうじゃない!

「昨日の電話は酔った勢いだったんだ。でも、せっかく送ってくれた写真だからちゃんとオカズに使ったよ。俺が気に入ったのは三枚目の写真で、注目したポイントは――」

こんな風に使用してレビューするのが正しい謝罪なのだ。


ここは肉食世界。郷に入れば郷に従え、と言うし適罪適所の償い方をしなくてはいけないんだ!

酔っ払い男が今さら恥や外聞を気にしてどうする!

恐れるな、三池拓馬! 進め! テンションの赴くままに!


「謝罪の途中で言いにくいのですが、由良様にお願いがあります」


『拓馬様? 凜々しさを強調してなにを?』


「単刀直入に申します。俺は、由良様をオカズにしたいと望んでいます。由良様の魅力溢れる写真を所望します」


『……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………いま、なんと?』


由良様はたっぷりフリーズした後、聞き直してきた。


「オカズ写真をください。そもそも、どうして俺が酒を飲んだと思いますか? ぶっちゃけますと、最近下半身に元気がありません、たぶん、ストレスが原因です」


ジョニーにトドメを刺したのは、由良様が南無瀬組用離れ横におっ建てたタクマ専用処理ハウスだが、それは言わないでおく。


「ということでストレス発散に初めて酒を飲んだのです。結果、由良様に大変な無礼を働いたのは俺の不徳の致すところ。しかし、このままでは終われません! このままじゃ俺、下半身を弱らせたまま周囲をいたずらに混乱させただけのクズになってしまいます! ですから、由良様! 俺は何としても下半身を勃てる必要があるんです! 三池拓馬を男にするためにも、清くない一票を! イヤらしいオカズをください!」


なんかとんでもない事を言いまくっている気がするが、もう止まれない。ここで止まって冷静になったら、俺もジョニーも永遠に復活出来ない、そんな確信があるから。


『た、拓馬様に……そのような事情が』

おっ、由良様の顔色が真っ白から朱色に変わってる。血色が戻ってええやん!


「由良様のお力を、何とぞ俺の下半身に」


『は、はいっ! ワタクシも女です。殿方にこれほど懇願されれば応えなければなりませんね』


「ありがとうございます! 丁重に使用しますんで、よろしくお願いします!」


『使用……拓馬様がワタクシを使用……うふふ』



こうして――

ツンドラのように冷たく始まった由良様との電話だが、最後には朗らかに終えることが出来た。終わり良ければ全て良し!


さて、次だ。


自室を出ると、妙子さんを除く南無瀬組の人々が廊下に勢揃いしていた。人口密度が激高だ。

おっさんは顔を青くし、女性陣は全身を赤くして息を荒くしている。


「み、三池君。きみは何て事を」

「聞いていたのですか、陽之介さん」

「屋敷中に響く声で電話していれば嫌でも聞こえるのだよ。それよりまだ酒が残っているのではないかね! 由良様になんて要求を」

「……俺、気付いたんですよ」

ふっ、とみんなから目をそらし、斜め上の廊下の天井を見る。特に意味はない。


「俺には危機感がありませんでした。自分の下半身が枯れているのに、積極的に蘇らせようとしていませんでした。酒の力を借りて、オカズ写真を求めたのもそんな甘さの表れです。そうして、自爆に次ぐ自爆の果てにようやく気付けたんです。男性機能を取り戻し、ヤンデレ演技をするためには不退転……己の立つ瀬や逃げ道を残さず攻める決意が必要だと。俺はもう間違えません」


「僕には絶賛間違え中の気がしてならないが、それほどの決断を」


おっさんが瞳を潤ませる。感動してくれているのかと思ったが、出荷していく子牛を見る目なのはなぜだろう?


「はいはい! 三池さん!」

「なんですか、音無さん?」

「三池さん(全体)の三池さん(下)が元気になるためなら、あたしも一肌脱ぎますよ! 比喩ではなく物理的に!」

「凛子ちゃんばかりにいい格好はさせられない。私も脱ぐ。男の据え膳食わぬは女の恥」

「う、うちなんかに需要があるかは分からへんけど、こういうのはレパートリーがあった方がええやろ。気が向いた時に使ってくれればほんま構へんから」


ダンゴや真矢さんに続けとばかりに「私も私も」と組員さんたちも協力を申してくれる。


ジョニー、見てみろよ、この光景を。

みんなが目を血走らせてお前の復活を熱望してくれている。

これほどの期待を無視するのか? ここで勃たなきゃ男じゃねぇぞ!


『………………!!』


その時、俺は確かに感じた。ジョニーの脈動を。

ジョニーも復活しようと足掻いている。自分はまだまだこれからだと奮い勃とうとしている。

ジョニー……だったらやるしかないよな!


「協力、本当にありがとうございます! みなさんのオカズ写真を俺の携帯に!」


「「「「いいですとも!!」」」」






南無瀬邸の奥。俺は自分の処理部屋の椅子に座り「……ふぅ~」と息を整える。

手にした携帯には、各所からオカズがどんどん集まって来る。


試しに幾つか確認してみよう。


咲奈さんは幼いボディから如何に色気を出すか検討に検討を重ねて撮ったと思われる写真を送っていた。露出の少ないドレスで幼さを隠しつつ、肩や太ももの一部だけ素肌を晒す仕様がニクイ。何より表情は十歳とは思えない妖艶さがある。やるやん、お姉ちゃん。


紅華は妹と対照的な写真を送ってきた。某不思議の国に迷い込んだ少女が着てそうなエプロンドレス。頭と腰には大きなリボンが付いている。ここまで己の路線を変えてくるとは見上げた心意気だ。あどけなく笑ってそうで、口元がやや引きつっているのも俺的にポイントが高い。


なんと祈里さんからも写真が届いていた。と、言っても祈里さん自身は写っていない。パンツだけの写真である。たぶん、クズさんが「D・V・D!!」した時に脱ごうとしていたヤツだ。脱ぎたてホヤホヤだ。祈里さんがどんな想いで写真を撮って送信したかと考えると、胸とジョニーが熱くなる。


早速、由良様も写真を提供してくださった。巫女服なのはいつも通りなのだが……注目すべきは濡れているのである。みそぎだろうか、清めのために己に水をかける行為だ。水を含んだ巫女服は由良様の身体に張り付き、思う存分彼女のボディラインを描いている。由良様って意外と着やせするタイプなのか……清める行動がイヤらしさに繋がるとは皮肉がきいていて好き。

ーーってあれ? 由良様って体調を悪くしていたよな?

水を被って大丈夫なのか? そうまでして勝負に出るとは、何というガッツだ。



他にも魅力的な写真で溢れる俺の携帯。

感謝、圧倒的感謝!


クズさんの悪行で深い絶望に陥っていた心が、だんだんと温かくなっていく。

これほどの深い愛情に囲まれて、俺は幸せ者だ。




「今日は仕事のないオフの日。ジョニー、お前が元気になるまでいくらでも付き合うからな! やれるさ、俺たちなら」





★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★





三池氏が処理部屋に籠って、もう半日以上経つ。

時折、陽之介氏が食事を持って行く以外は誰も近付けない。そう厳命されている。


「三池さん、ちゃんと使ってくれるかな?」

「下半身復活の決め手が私の写真なら多幸感で逝く自信がある」


南無瀬組は通常稼働しているものの、組員たちは誰もがソワソワと心ここにあらず。

全員が三池氏の帰還を待ち望んでいる。


「凛子ちゃんは三池氏の下半身の不調を察知していた?」

「そりゃね。南無瀬邸で寝泊まりする時の三池さんって三日に一度は、目を覚まして布団から出るのに数分かけることがあるじゃない。本人は『う~ん、まだ眠いなぁ』って動作で誤魔化しているけど」

「朝元気になる生理現象が鎮まるまで、周りに気付かれないよう小細工を弄して時間稼ぎをする三池氏尊い」

「それがここ最近、目を覚ましてすぐに毛布を取り払い起きていた。誰だって下半身の不調に感づくよ」

「プライベートな事なので指摘はしなかったが、三池氏はかなり悩んでいた模様。ダンゴとして解決出来なかったのは無念の一言」


そんな三池氏が処理部屋で修行している。不甲斐ない自分から脱却するため、精神を鍛え直している。


「さながら三池氏が籠っている部屋は『精神と抜きの部屋』と言ったところか」

「精神と抜き……パワーアップして出てくる三池さんが楽しみだね」

「うむ」




夜になっても三池氏は出てこない。

不安と期待で組員の多くが食を細くしながら待つ。

一睡もせず、全員が待つ。


やがて太陽が顔を出し始めた頃。



「み、三池君!」

朝食を届けに行った陽之介氏の声が、朝の静寂を破った。


「ご心配おかけしました。もう大丈夫です」


三池氏の声もする。眠気でウトウトしている場合じゃない。

組員全員が立ち入り制限エリアへ遠慮なく侵入し――処理部屋から出たばかりの三池氏と相対した。


「あっ、みなさん。おはようございます」


ッ!! これが、三池氏……!


妙にスッキリした顔以外はいつもと同じイケメンなのに、何か『深い』。捕らえた者を二度と這い出れない穴底へ誘うような『深さ』。

今までの三池氏とは決定的に違う。


「今日は『みんなのナッセー』の収録ですよね。よし、気合入れて頑張りましょう」


気合入れて、などと言っているが気負った感じのない自然な三池氏。

私は戦慄した。


ヤンデレを演じるには『性欲』が不可欠と、私はアドバイスした。

おそらく三池氏の性欲は蘇った。下半身は好調だろう。が、それだけではないようだ。


酩酊行為により一晩で絶望を味わい、そこから周りの協力によって復活した。

その激しいアップダウンが、彼という人間に深みを与えたというのか……


こんな三池氏がヤンデレを演じる。

祈里姉さん、紅華、咲奈。

私の姉妹は死ぬかもしれない、色々な意味で。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る