【仲介者】

「フロンティア祭に向けたコンペに負ければ、私たちの未来は決まってしまいますわ。タクマさん以外の殿方と結婚するという暗雲たる未来に――そんなこと絶対に認められません! 何が何でも勝ちますわよ!」


美里様から実質的な最後通牒を突きつけられた――その夜。

天道家の食卓は、いつもの静かな空間から一変していました。

大まかな経緯を説明した祈里様が、奮起を促すよう声を高ぶらせます。


「はぁ~、相変わらず美里伯母さんは唐突過ぎ。結婚を賭けた勝負とかフィクションじゃないんだから」


姉の母の暴虐ぶりに紅華様は赤毛の頭を抱えました。

姉妹制が廃れた昨今、一般の方々の中で誤解されがちですが、天道姉妹は厳密に言えば姉妹ではございません。一人の男性に姉妹全員が嫁いで子を産むのが姉妹制、つまり祈里様と紅華様と咲奈様は異母姉妹になります。美里様の妹様たちが、紅華様や咲奈様の母です。


紅華様の母も咲奈様の母もご多忙のため、先代を代表して長女の美里様だけが今回帰国なさったのだと思われます。


「ってことは、あたしの芸能界復帰が急遽決まったのも美里伯母さんの差し金ってやつ?」


「お母様が紅華の事務所に電話を入れたら即決でしたわよ。それに幾つかの新聞社や雑誌社の知り合いにも声を掛けていましたので、あなたの復帰がネガティブに報道されることはないでしょう」


「その点に関しては感謝ね。でも、敵に塩を送るなんて随分余裕じゃない」


「お母様は私たち三人が一丸となって挑んでくるのを望まれています。その伸びに伸びた鼻っ柱をへし折ってやりますわよ!」


「まっ、やるしかないってことね。いいわ、タクマ以外のおちちを搾る気にはなれないし」


盛り上がり出す祈里と紅華様とは異なり、咲奈様だけはお顔をテーブルに向けて静寂を保っています。いえ、よくよく耳をすませば。


「……私の計画を……ロートルめ……邪魔……これケジメ案件……」


ヒエッ、私は何も聞いていません。聞いていたとしても聞き間違いでございます。


「咲奈、悲観したくなるのは分かりますが、気を強く持ちなさい。別の男性と結婚すれば、タクマさんと会うことは難しくなりますわ。あなたはタクマさんに懐いていたみたいですし、離れるのは嫌でしょう?」


一見沈んでいる妹を心配して祈里様が励ましておられます。さすがは祈里様、見事な節穴っぷりです。この中で一番気を強く持ち、タクマさんへ歪んだ恋慕を抱いているのは咲奈様でしょう。それが証拠に――


「ごめんなさい。私、出来るだけお姉様たちを支える。不安だけど、頑張るから」

と、先ほどの呪詛めいた独り言はどこへやら、気丈に己を奮い立たせる健気な少女を演じています。さりげなく自分は後方サポートで矢面やおもてに姉を立たせようとしているのも、私的にポイント高いです。


「あ、でも本当に勝てるのかな? 美里オバさん側にはとっても凄い脚本があるんでしょ?」


さらに精神論ばかり語る姉へ、具体案の提示を求める咲奈様。この十歳児、将来が愉しみでございます。


「脚本については寸田川先生が書いてくれることになっていますわ。気合十分なようですし、高クオリティの物が作られるのは間違いありません」


そう祈里様は信じて疑っておられませんが、実際どうでしょうか?

私の目からすれば、あの脚本家は明らかに気負い過ぎていました。美里様もおっしゃっていましたが、自分の趣向にばかり固執して思考の袋小路に迷わないか気がかりです。


「んじゃあ、脚本が出来るまであたしたちは日々のレッスンに励むわけね。よーし、謹慎期間があってもあたしの実力に衰えなし! ってことを見せつけてやるわ!」


紅華様が芸能界から遠ざかって半年近く。その間、毎日のようにこの屋敷のレッスン場で汗を流しておられました。仕事の時間を全て練習に注いだため、動きのキレは謹慎前より優れていると言ってもいいでしょう。


「んん、いくら凄い脚本が出来ても、向こうにはタクマお兄ちゃんがいるんだよ。それも、これまでの端役じゃなく主演として」


「タクマの演技力が上がっているのは認めるけど、あたしたちの本気に比べればまだまだよ。しかもタクマが演じるのって、あいつの魅力を帳消しにする息子役なんでしょ? 父親役じゃない限り、あたしは負ける気がしないわね」


「私たち姉妹の強い絆の前に敵はございませんわ。タクマさんがパンツもろ出しのサービスシーンをやらない限りは」


姉の婚期を延ばして第一夫人の座を奪おうとする四女。タクマさんの父搾りに精を出すことしか頭にない三女。パンツァーフォーの長女。実に素晴らしき姉妹の絆です。糸くずで結ばれたような頑強さを感じます。


さて、これまで壁の一部となって控えていた私ですが。


「祈里様、紅華様、咲奈様。少々よろしいでしょうか」


主人たちの会議に口を挟むのは無礼千万。しかし、言わなければなりません。


「あら、何か意見があるのかしら?」


「愚メイドと蔑まれることを承知で、進言させていただきます」


「――いいですわ、傾聴しましょう」


私の思いが伝わったのか、お三方はこちらへ耳をそばだててくださいました。

こんな時なのに嬉しさを覚えてしまいます。私が心を込めて育てた三人は、一人のメイドを信頼してくださっている。その好意に応えてみせます。たとえ、三人にとって受け入れがたいことであっても。


「如何なる脚本が作られようと、このままでは祈里様たちの敗北は必至だと愚考します」


「なんですって!?」「どういう意味!」「……ふぅん」


驚く祈里様に、問いただす紅華様、そして値踏みする咲奈様。

三人に私は残酷な事実を告げます。


「勝負の場であるフロンティア祭では、作品の革新さが最も重視されます。意外なストーリー、新しい表現を取り入れた演技、誰も見たことのない演出。それらに審査員の目は行くでしょう」


「……あっ、タクマさん!?」

祈里様の端正なお顔が歪みました。


「はい、世界初の男性アイドルという革新さは、如何なるものよりも評価されるでしょう。実のところ『親愛なるあなたへ』という脚本も、美里様も必要ありません。タクマさんが出るだけで、その作品がフロンティア賞の大賞に輝くのは自明の理です」


「な、なによそれ! 出演するだけで優勝をかっさらうとかインチキにも程があるでしょ! そんなのチートよ、チーターよ!」


「紅華様のお怒りはごもっともです。しかし、世界初の黒一点アイドルの価値を考えれば、妥当な評価だと思われます」


「……くっ、タクマさん。敵に回すと恐ろしい方ですわ。パンツを穿くだけの男性とは一線を画しますわね」


「私たちだけじゃ勝てないんだね。ううん、どうしよう」

咲奈様は悲嘆に暮れていますが、内心は怪しいものです。もしかしたら、とっくの昔に答えに辿り着いているのかもしれません。しかし、無害な末妹を演じるために話の舵を握りたくないご様子。致し方ありません、最後まで私が主導しましょう。


「ですから、こちらが最初にすべきは『タクマさんの勧誘』でございます」


「えっ、それってアリ!? あ、寸田川先生が両陣営で脚本を書くんだもの。役者だって掛け持ちしていいんだ!」


ほう、すぐさま察するとは成長しましたね、紅華様。


「お母様は『誰の助けを借りても構わない』と言っていました。タクマさんの引き込みは合法ですわ!」


「慢心による失言ってやつ? いつも自信たっぷりな美里伯母さんらしいミスね」


「……あれは失言ではございませんわ。お母様からのメッセージです」


ほう、最近ご無沙汰だった祈里様の聡明さが戻ってきました。愉悦しにくいのが難点ですが、育ての親として娘の凜々しい姿は眼福でございます。


「え~、メッセージ? なになにどういうこと? おしえて祈里お姉様!」


ひゅ~、姉の弁舌を滑らかにして調子付かせる咲奈様のアシスト。これを狙ってやっているのだから末恐ろしいってレベルじゃないです。


「お母様はこう言っているのです。『私と戦いたいのなら、まずタクマさんを勧誘しなさい。彼の勧誘に失敗したとなればフラグ構築が出来ていないか、その程度の好感度だったということ。タクマさんルートは大人しく諦めて別の男性と結婚するべきね』と」


祈里様はご自分がよくプレーするゲームになぞらえて解説しています。


「付け加えさせて頂きますと、タクマさんを勧誘して祈里様たちの作品に出てもらうタイムリミットは二十五日です」


「二十五日? やけに具体的じゃない?」


「紅華にはまだ話していませんでしたわね。お母様は明日からまた海外に行きます。外国でやり残した仕事を終わらせ、改めてフロンティア祭出展作品に注力したい、とおっしゃっていました。お母様が再び不知火群島国に戻ってくるのが二十五日後。それからタクマさんと『親愛なるあなたへ』のパイロットフィルムを撮るそうです」


「パイロットフィルムの提出期限は三十日後だっけ? そっか~、二十五日から三十日までのタクマお兄ちゃんは美里オバさんが独占するから、私たちが手を出すならそれ以前ってことだね?」


「利口になったわね咲奈。その通りですわ。お母様が一旦海外に戻るのも、今にして思えば私たちがタクマさんを誘いやすくするためでしょう」


「アドバイスといい、誘う機会を作るといい、ハンデのつもりなの? あたしたちも舐められたもんね」


「もしかしたら、お母様なりの温情なのかもしれません……が、今は考えないことにしましょう。ともかく、タクマさんの勧誘についてですが、いじらしいプレゼントをもらったこともある私が頼めばイチコロですわ」

「あたしに任せてよ! タクマとはお互い憎まれ口を叩きながらも裏では思いやる仲なんだから。それに娘の願いを断るお父さんはいないって」

「タクマお兄ちゃんは私にとっても優しいの。あられもない姿で応援してくれたこともあるんだから。私がお話をつけるよ」


何と微笑ましい。祈里様も紅華様も咲奈様も、自分こそがタクマさんに一番気に入られていると思っているようです。自分が頼み込めばタクマさんは出演を快諾すると信じて疑わないご様子には、私の愉悦心がキャピキャピしてしまいます。


祈里様たちを煽り、タクマさんに突撃させるのが最も面白い展開です。ワックワクです。しかしながらコンペ勝負にとっては悪手でしょう。

タクマさんの出演拒否を喰らえば、祈里様たちの心は再起不能になりかねません。タクマさんは押しに弱い方なので、本気で懇願すれば協力してくださる可能性はなくはないですが、南無瀬組の妨害が予想されますし。


本当に勝ちを狙うとすれば――

美里様の『誰の助けを借りても構わない』をフルに使わねばならないでしょう。


「失礼ながら今の祈里様たちはタクマさんにとって競合相手です。真正面から協力申請を出すのは難しいと思われます」


「うっ、では、あなたはどうすべきと思っていますの?」


「仲介者を立てるべきです。タクマさんがこちらに協力してもいい、と考えるほどの仲介者を」


「そんな方がいますの?」


祈里様を始めとして、不思議がる三人の表情は――


「はい。天道家のお方に一肌脱いていただきましょう」


私の言葉で固まりました。

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