親愛に挑む者たち

「天道家の恥を晒すことになるのは覚悟しておりましたが、ここまでの赤っ恥をかくとは思いませんでしたわ。皆様にはお見苦しくご不快な場面を見せてしまい、申し訳ありません」


「そ、その、大変やな。同情するで」

「天道祈里がこんなにヒョウキンなキャラクターになるとはね。機会があれば、共に仕事をしたいものさ」

「あの投げ技、やっぱりデキる。あたしの攻撃をいなす能力と言い、油断出来ない」

「…………バカ」


口々にみんなが感想を言い合う、その中心で。


「うう、面目もありまちぇん。まさかお母様がいらしゅているなんて」


祈里さんは正座をさせられ、針のムシロ状態になっている。台本にない展開に入ったためか言葉が噛んでおり、いまいち反省しているように見えないのが残念だ。それでも聞き取れるレベルにあるのは、母親のプレッシャーが飛び跳ねんとする祈里さんの言語機能を押さえつけているからだろう。


「美里様のご帰国。予測していたのに、祈里様の行動を手助けするのが愉しすぎて対策を怠っていました。無念です」

主人の変態行為を止めなかったことで、隣ではメイドさんも正座している。そう言えばメイドさんって現天道家の母親代わりだったんだよな。正座は監督不行き届き故の罰ってことか。


「どう切り出そうか迷っていましたが、もう遠慮する気はありませんわ。祈里! タクマ君から手を引きなさい!」


「おおっ」

ついにぶっ込んだか。美里さんのこれまでの言動からもしかしたら、と思っていた。そりゃ芸能界の大家である天道家の長女が、婚活そっちのけで『付け回す行為ストーキング』と『パンツを狙う行為パンキング』に夢中になっていたら、母親として物申したくなるよな。


「そ、そんにゃ殺生ですわ! 私の何がイケないと言いまちゅの!?」


「何もかもよ。次代を遺すため婚活に勤しむのが天道家長女の義務。それをあなたは、あたくしやあたくしの妹たちの許可もなく芸能界に復帰して、脈もないのに男性アイドルの尻を追いかけている。人生の浪費以外の何物でもない、と本来は文句を言うつもりだったわ。しかし、それどころではありません。タクマ君を付け狙う祈里の所行は、天道家の品位を著しく堕とし、何より変態的行動でタクマ君に要らぬ心労をこれでもかと与えている。先代として母として人間として、見過ごすわけにはいかないわ」


ホームドラマで『娘の結婚を反対する親』というのは、前時代的な価値観を持つ分からず屋としばしば表現される。しかし天道母娘の場合、母親側が完全に正論であり実に頼もしい。


「お母ぇ様! 私の芸能界復帰はタクマさんと結ばりゃるために必要なことです! タクマさんとの間に脈がない、そうお思いなら的外れですわ!」


「先ほどのタクマ君と祈里のやり取り、あたくしには肉食獣の狩りに見えましたけど。それも獲物を前にしてよだれを垂らす肉食獣のね」


「いやんですわ、お母様。涎だなんて……」


はっ!? 祈里さんが涎に熱く反応している。まさか、俺が贈ったパンツの涎に感付いたというのか。あれだけ丁寧に拭いたというのに!

や、やべぇ、涎の件は俺とダンゴたちしか知らない。真矢さんや組員さんが聞いたら、この場が処刑場に早変わりだ。

何としても祈里さんの口を塞がなきゃ、どんな爆弾発言が飛び出すか分かったもんじゃねぇ!


「あ、あの美里さん。娘さんもこう反省しているようですし、そろそろ解放してあげても」


「ええっ!? なにをおっしゃっていますの。どこをどう見ても反省の『は』の字もありませんわよ」


「いえいえ、ちゃんと美里さんのお気持ちは伝わっていますから。お説教はこれくらいにして、話題を変えましょう。あ、天気の話題とかどうです? 明日は晴れかな、雨かなと、みんなで予想し合えば盛り上がりますよ」


「タクマ君、気分が悪くなりましたの? 挙動がタップダンスするように不安定ですわよ」


ちくしょう! 俺だって一杯一杯なんだよ! 誰か、この状況を華麗に収める台本をくれ!


「うふふ、分かりませんのお母様。タクマつぁんは私を心配してフォゅローしようとしているんじぇすわよ」


「そのドヤ顔と芸能人にあるまじき噛みっぷりはカンに障りますが、どういう意味です?」


「だ、だから二人とも! 話題を変えましょうって」


「大丈夫ですわよ、タクぅまさん。あにゃたのいじゅらしいメッチェージを広めたりしまちぇん」


「き、祈里さん?」

もしや俺の立場に配慮して、空気を読んだ発言を?


祈里さんは力強い笑みで、口を開いた。


「私とタクマさんはDNAをねっとり絡めた仲、もはや夫婦も同然ですわよ!」


やっぱり爆弾発言じゃねぇか! しかも、こんな時だけノー噛みしてんじゃねぇ!



「ほーん? 自分、命がいらんみたいやね」コメカミに盛大な青筋を立てる真矢さん。


「……」無言で警棒や電気銃を持ち出す組員さんたち。


「非常に興味をそそる話だね。今後の脚本執筆のため、行為について詳しく」小型レコーダーを用意する寸田川先生。


「き、き、祈里!? あな、あな、あなたという人は、不出来な娘とは思っていましたが、強漢までヤッていたなんて」白目を剥きそうな美里さん。


「●Rec」正座したまま撮影を始めるメイドさん。


予想通りの大混乱である。

キリキリキリキリキリ。ぐぃぃ、胃が痛い。誰か胃薬をプリーズ!


「お母様も南無瀬の方もそんなに興奮せず、前途洋々な私とタクマさんを祝福してくださって損はありませんわよ」

らめぇぇ、火に油をドバドバ注がないでぇ!


荒れに荒れる場を収めるには多大な精神力を要し、俺の胃は壊滅寸前になった。穴が空いていたらどうしよう。




☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




「なんや、誤って涎を残したんか。ほんま拓馬はんはお茶目やな。あはははは」

「あははは、そうなんですよ。ついうっかり」

「ああはははははあ…………この件は、後でゆっくりな(ボソッ」

「…………はいぃ」


最後まで怒りを発動していた真矢さんをなだめる事に成功? して、ようやく控え室内が小康状態になった。


「あ、あたくしの予想より二人が変な方向に絆を深めていたようですが……おほん、やはり祈里にはタクマ君を諦めてもらうわ」


美里さんが脱線していた話を元の位置に戻す。


「お母様! 私はタクマさんと」


「お黙りなさい。これ以上の無法を許すわけにはいきません――ですが、あたくしも鬼ではないの。チャンスをあげましょう」


チャンス?

控え室にいた全員が首をかしげた。


「今から説明する勝負に祈里が勝てば、あたくしは二度と文句も口出しもしません。これからも思う存分タクマ君にアタックすればいいわ。ただし祈里が負けた場合、二度とタクマ君と接触しないことを誓ってもらいます」


「二度と……タクマさんと接ちょく出来ない?」


魂が抜かれるように祈里さんが沈んでいく。絶望的な未来を想像して、一足先にタクマ中毒を発症したみたいだ。


「さらに、あたくしが選んだ男性と結婚してもらうわ。あたくしのコネを総動員すれば、適齢の男性を見繕う事は可能です」


祈里さんが、結婚!?

いや、祈里さんだけじゃない。天道家は姉妹制によって一人の男性に姉妹全員が嫁ぐことになっている。勝負に負ければ、紅華や咲奈さんも結婚するってことか。


「何をおっしゃるのお母様!? 天道家の長女は代々自分の力で結婚相手を獲得して来たんですわよ!」


「婚活戦線における祈里のポンコツぶりはあたくしの耳にも入っているわ。何年かければ勝利を得られるの? あなたは二十七歳、結婚して子を産み、それから芸能界に復帰することを考えればもう時間はございません。子の尻ぬぐいは母の役目、あたくしに任せなさい」


「……くっ」


「お心を強くもってください、祈里様! 勝てばいいのです、勝てば誰に非難されることなく大手を振ってタクマさんのストーキングやパンキングが出来るのですよ!」


メイドさんが主人の肩を揺すって励ます。あれ、俺にはストーキングやパンキングを非難する権利はないのかな?


「――っ、ですわね! 負けた場合を考えてネガティブになるなど天道祈里にあるまじき事。そうです、勝てば負けないのですわ!」


祈里さんの瞳に闘志に燃える。メラメラと熱く、ストーカーとパンツァー継続の意思を主張している。


「盛り上がっとるみたいやけど、これ以上拓馬はんを付け回すなら同業のよしみとか関係あらへん、容赦なく南無瀬組がヤキ入れるで」


真矢さんが呆れ顔で口を挟むが、熱血している祈里さんに聞こえているかは疑問である。


「勝負を受けることに異論はないのね?」


「もちろんですわ!」


「その意気や良しね。せいぜい死力を尽くして、この母に掛かってきなさい。では、勝負の方法についてだけど――」


ゴクリッと祈里さんやメイドさんが唾を呑む。キリリッと俺の胃が鳴る。

果たして、美里さんが提示したのは。



「フロンティア祭に出展する作品で雌雄を決するわよ」


ここで、フロンティア祭だとっ?


「どういうことですの?」


「あたくしとタクマ君が主演する『親愛なるあなたへ』、不知火群島国から出展される作品は現状これに決まっています。ですが、あくまで競合作がないための決定であり、他に出展希望作があるのなら競技会コンペを開く必要があるわ」


「そのコンペに私が出展して、勝てと……お母様とタクマさんの作品に。でも、どうしてフロンティア祭で?」


「あたくしの意図を読んでいる暇はないわよ。どうするの、臆して辞めるのでしたら今のうちよ」


「や、やりますわ! タクマさんを諦めて他の男性と結婚するなんて考えられません!」


「ホッとしたわ。勝負から逃げる腰抜けな娘だったら、あたくし失望してしまうもの」


「ちょ待ちぃ。うちらの許可もなく、そない取り決めするんやない」

「みぃけ、ごほげほ、拓馬さんを賞品にするなんてとんでもない侮辱です。あたしの拳が火を噴きますよ!」


そうだそうだ。もし祈里さんが勝利して母親からのお墨付きをもらったとなれば、ヤッてやるぜのヤリパンツァーになるぞ。ご勘弁だぞ。


「あら、ごめんなさい。決してタクマ君を軽く扱っているのではないのよ。南無瀬組の方々も祈里や紅華たちの妄動に難儀していたのでしょう。あの子らが結婚すれば、その情動は結婚相手の方に向く。タクマ君の活動は今より穏やかになりますわよ」


「むむ、確かにそうですね」

「一理あるわ」

音無さんと真矢さんが、この提案が俺にとってプラスかマイナスかの勘定をする。


「タクマ君自身はどう思っていますの? このコンペについて」


「俺としては――」他所でやってくれ、というのが本音だが。

「協力したいと思います。天道家の人たちにとって納得のいく結末になる事を願っていますよ」


どのみち『親愛なるあなたへ』の収録はするのだ。勝負をしようがしまいが、俺のやることに大きな違いはない……よな?


「ありがとうございます。タクマ君からの了解も得たところで、コンペの期日を決定しましょう。あたくしの希望としては一ヶ月後はどうかしら?」


「「「い、一ヶ月後!?」」」

俺を含め、この場にいる幾人かが思わず反応した。


「一ヶ月は早過ぎます。こちらにも準備がありますのよ!」

祈里さんが抗議する。


「フロンティア祭が行われる世界文化大祭まで一年を切っているの。国内コンペにまごついている時間的余裕はありませんわ」


「でも!」


「何も作品を完成させろとは言いません。これは祈里を思ってのことなのよ。あなたの財力や伝手を使ってスタッフや機材を揃えようにも、一本の作品を作り上げるのは困難でしょう? 一ヶ月後のコンペで審査員に提示するのは、作品の脚本とパイロットフィルム。それで勝負よ!」


パイロットフィルムと言うのは、一般公開に先んじて作る試験的な映像のことだ。

とあるSF大作を製作したい映画会社があったとする。しかし、SFを作るのには膨大な予算がかかり、もし映画がこければ大赤字は免れない。それを回避するためにまず映画の重要シーンや概略を示す場面だけを撮る。これがパイロットフィルム、物によるが大体数分の映像になる。それを関係者だけに視聴させ反応を見て、芳しくないなら企画を修正したり中止するのだ。

このようにパイロットフィルムはリスク管理の一手法として使われることが多い。


もっと言えば、作品のアピールポイントを知らしめる映像、と言ったところか。

パイロットフィルムだけなら一ヶ月で撮れるかもしれない。だが、それに併せて脚本まで提示しろ、となると不可能に片足突っ込んだ難題だ。


俺と美里さん側は、すでに完成された脚本を持っているためパイロットフィルムを作るだけ。対して、祈里さんは完全にゼロからのスタートである。寸田川先生にとって不本意ながら大評判の『親愛なるあなたへ』を超える脚本を短期間で準備出来るのか。


「くくくく」

重苦しい控え室に、似つかわしくない笑い声が上がった。その人物は――


「あくどい顔してどないしんたんや、寸田川センセ」


「いやはや、これは面白いことになってきたよ。なるほど、なるほどなるほど。つまり、お子さんが勝てば『親愛なるあなたへ』はお蔵入りになるわけだね」


「――寸田川さん、あなたまさか?」

怪訝そうな美里さんの視線を受けながら寸田川先生はゆっくりと歩き、正座している祈里さんの横に立った。


「こういう事さ。あんな綺麗な脚本が世に出るなんてボクには耐えられない。だったら、お子さん側に付く」


「先生が書くと? 『親愛なるあなたへ』を超える脚本を……自分の趣向に固執する今の先生が」


何もかも見透かす目だ。第三者の俺でも居心地が悪くなる。


「あ、ああ。そうさ、ボクは超える。毒のない感動だけの物語に負けたりしない」


「――ふぅん、頑張って書くことですわね。万が一でしょうが、先生の更なる名作を期待しますわよ」


「っ、甘く見られたもんだね、ボクも」


焦燥する寸田川先生と泰然とした美里さん。役者として美里さんの方が一枚上のようだ。


「そういうわけで祈里。寸田川さんに紅華に咲奈、誰の力を借りても構わないわ。全力で挑んできなさい」


「言われなくてもっ! いつまでも私を子ども扱いしているなら痛い目を見ますわよ!」


白熱する控え室。

天道母娘の間に視覚出来るほどの火花が散っている。


片や天道姉妹とメイドさん、それに寸田川先生の陣営。

片や美里さんと――


「あたくしとタクマ君の『親愛』を超えることが出来るか見ものだわ。おほほほほ!」


すっかり巻き込まれた俺の陣営。


なんか悪役ポジションになっていないか、俺。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る