進撃の長女
「世界はあなたを待っている!
力強く拳を握ったまま、カメラを見つめること五秒。
「……はい、オーケーです!」
監督から声が上がり、張り詰めていた撮影現場の空気が和らぐ。
「お疲れ様でした~」
「お疲れ様でした~」
「
「お疲れ様でした~」
スタッフたちが互いを労いながら、スタジオの片付けを始め出す。
先日、不知火群島国は世界文化大祭の開催国に決定した。
開催は約一年後、地球のオリンピックのように数年間の準備期間が用意されているわけではないので、慌ただしく動かなければならない。
黒一点アイドルの俺は世界文化大祭の周知やイベントの告知要員として、CMに臨んでいた。
「宣伝ご苦労様。タクマ君にああも発破をかけられたら、ズブな素人でもその日のうちに絵画セットや粘土を買いに走るんじゃないかな」
撮影直後に南無瀬組が俺の下へ駆けつけたのだが、その中に不知火群島国きっての変態……もとい、不知火群島国きって脚本家・
不知火群島国が世界文化大祭の舞台に選ばれたことで、由良様率いる招致チームはそのまま開催チームへと移行。来たるべき日に向けてメンバーは大量に増員され――その追加人員の一人が寸田川先生である。
「世界文化大祭はボクにとって、自分の腕を示す特別な場さ。熱血というのは柄じゃないけど、あらん限りの心血を注ぐつもりだよ」
そう言いながら、彼女は今回のCM出演の誘いを俺に持ちかけたのである。俺としても世界文化大祭は己を世界にアピールする大切な場、そのCMとなれば断る理由はなく――こうして、撮影の運びとなった。
俺たちは、忙しそうなスタジオを後にして、炎タメテレビ局内の控え室へと移動した。
南無瀬組にとって、ヒョウヒョウとした寸田川先生は要警戒対象なのか遠慮の無いプレッシャーをぶつけている。
怖いお姉様たちからの眼光の雨あられだ。俺が寸田川先生の立場なら、(故)ジョニーを思う存分縮ませてヒエッヒエッしたことだろう。しかし、先生は柳のようにそれを受け流している。
「よっこらっしょ……っと」と控え室の畳に腰を下ろしてから寸田川先生は切り出した。
「ところでタクマ君。例の件は考えてくれたかな?」
「例の件って……フロンティア祭のことですよね」
「そうそう、君が主演を務めてくれるなら、大賞は間違いなしさ」
フロンティア祭というのは、世界文化大祭の人気コンテストである。
新進気鋭の才能たちが
何をもってフロンティアと言うのかは表現者次第。観たこともない映像表現でもいいし、斬新なストーリーでもいい。とにかく目新しく奇抜なものが尊ばれるコンテストらしい。
「三池さんが出演すれば、それだけでフロンティアですからねぇ。これまで何万人を
「うむ、三池氏が活動する度に性癖を開拓する者が続出している。新しい自分に出会い過ぎ問題」
「権威あるコンテストに主演で出させてもらえるだなんて光栄なことです。俺としても気合が入ります……けど、肝心の内容はどうなんですか?」
変態脚本家が如何なる物語を作るのか不安で仕方ない。濡れ場の一つや二つは完備されていそうだ。
「ああ……ストーリーなんだけどね……」
寸田川先生が渋い顔になった。らしくない反応である。
「なんや、前から拓馬はんを起用したいと言っといて、書けてないんか?」
「そうじゃないさ、マーヤ」
「マーヤ言うなっ!」
寸田川先生と真矢さんがじゃれ合っている。喰ってかかる真矢さんと、緩く付き合う寸田川先生。歳が近く、ある程度の社会的地位を持つ二人は、時たま気心の知れた友人のようなやり取りを行う。もしかして、意外と相性がいいのか……?
「タクマ君が主演の
「「「「ご、ごじゅう!?」」」」
「タクマ君の口から出るモノやタクマ君が行うコトを自分で決められるだなんて……はぁはぁはぁはぁ……とんでもないご褒美だよ。脳がフットーしちゃって寝食を三日くらい忘れて書いちゃうこともしばしばさ」
うわぁ……
自分の身体をクネクネしながら息を荒げる寸田川先生から、俺は距離を取った。
「でもねぇ、逝けないんだよ!」
「い、いけない? 書いた脚本が気に入らないってことですか?」
「そう! 書いても書いてもボク自身が納得出来ないんだ! こんなんじゃダメダメだぁ!」
「ダメって……いったい、どうして?」
「だって記念すべき君の初主演作品なんだよ、言うなれば童貞作品だ! しかも世界へ赤裸々にお披露目するコンテストへの出展作! 並の脚本で君の童貞を散らしたとなれば、ボクはどうお詫びをすればいいか分からないよ!」
すんません、童貞童貞連呼するのはやめてください。
「ほーん、寸田川センセはフロンティア祭への意気込みは伝わったわ。せやけど、拓馬はんは忙しい身や。いつまでも脚本が出来るのを待てへんし、うちの目の黒いうちはいかがわしい作品には絶対出さへんからな!」
「ボクはプロさ。期限は守るし、クオリティの低いモノを世に出したりはしない。必ずやマーヤのお眼鏡にかなう作品を作り出してみせるよ。それまでタクマ君は身体を磨いて待っていてほしい」
「そこは腕を磨いて、と言ってほし「あと問題なのは共演者だね」
寸田川先生は俺の切実なツッコミを無視して、話を続ける。
「タクマ君独りだけの作品ってのも斬新なんだけど、それだと表現の幅が狭まる、端役でもいいから共演者を配置したいところさ。それも君の魅力を引き伸ばす絶妙な演技が出来る役者がね――ああ、こんな時に天道祈里がいれば助かるんだけど」
思わぬところで出てきた名前に俺はギョッとした。
天道祈里。
「な、なんでいきなり祈里さんの名前が?」
「彼女が真に実力派だからだよ。売れている役者は数あれど、どれもこれも時流に乗った勢いやビジュアルを強みにしている女優ばかりで、世界を相手取る作品に出るには力不足さ。その点、天道家は安定した演技力を誇っているから重用したくなる。先代の天道家が世界中で活躍しているから外国人からのウケもいいしね」
「だから、祈里さんを……」
「本当なら引退した天道祈里に期待はしたくないさ。でも、三女の紅華は謹慎中で、四女の咲奈は若過ぎる、鬼才である次女の歌流羅はご存じの通り世間から姿を消してしまった。となれば残るのは長女の祈里。彼女に芸能界復帰を願い入れたいってのがボクの本音だね」
そこまで評価されていたのか。
「……まっ、そうは言っても時期尚早の話さ。採用する脚本次第で、共演者が誰になるかは――」
熱弁していた寸田川先生がトーンを落として、クールダウンしたタイミングで。
「そのお話、天道家側としては断る理由がありません」
控え室の外から声がした。お淑やかそうに聞こえ――その実、相手を喰ったようなこの声の主は。
「げっ」
ドアが開き、現れたのは天道家のメイドさんだった。いつもの英国風本格メイド服を着こなし、伏し目がちに立つ姿はメイド・オブ・メイドの称号を与えたくなる。が、その
「おやおや、君は天道家のメイドかい? どういう意味かな、今の言葉は?」
「寸田川様が天道家を必要とするのなら、最大限の助力を約束すると申しているのでございます」
「最大限ねぇ……それって、つまり」
入口に立っていたメイドさんが一歩横にずれた。寸田川先生の値踏みする視線が不快で身体ごと避けようとしたのか。と思ったが、そうじゃない。廊下にいた人物を入室させるためだった。
「こうして直接お会いするのは初めてですわね」
メイドさんの後ろから彼女が登場した瞬間、ピリピリッと俺の体中がざわついた。
炎タメテレビの炎情社長や、中御門領主の由良様と初対面した時のようだ。圧倒的なカリスマは当人がそこに存在するだけで周囲に影響を及ぼす。
「はじめまして、タクマさん。天道家長女、天道祈里でございます」
黒く艶めかしいタイトワンピースの裾を持ち上げ、恭しく祈里さんは一礼した。
その所作に彼女のブラウンヘアーが揺れるものの乱れず、ただ甘い香りを残す。
紅華や咲奈さんも希代の容貌を備えているが、彼女らは可愛らしさという取っつきやすい部分を持っている。しかし、祈里さんは――『美しい』その言葉しか浮かばない。
小悪魔的な切れ長の目、唇はやや厚みがあり柔らかさと色っぽさを演出する。
あまりの『美』に「お会いするのは初めてじゃないですよ。以前、中御門邸の晩餐会の日に俺のパンツでアヘ顔失神したあなたと遭遇しましたから」
と、ツッコむのを忘れて。
「こ、こちらこそ初めまして。タクマです」
と、俺は慌てて頭を下げる。
なんてこった。
アヘとヘタレな部分を見ていたので油断していた。真面目モードの祈里さんはまさしくトップアイドル。気を抜くと、一気に呑み込まれそうだ。
「ご丁寧なご挨拶ありがとうございます。タクマさんとは、同じお芝居で
「「「「きょ、共演!?」」」
驚愕する南無瀬組の面々を前にして、祈里さんは言い放った。
「本日から私、天道祈里は芸能界に
な、なん……だとっ。
その華麗なる発言に目を奪われ、俺は祈里さんの足がプルプル震えているのに気付かなかった……
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