選択肢と処理落ち

「げ、芸能界に復帰。何を考えている天道祈里?」

「せや、婚活で引退しといて今更」

椿さんと真矢さんが驚く一方。


「……うむむ、この間の詫びの品に問題があったんでしょうか? 箱に触れた時の幸福感半端なかったですし。ネェ、ミイケさん」

唯一、音無さんだけが心当たりアリの顔でジッと俺を見つめてくる。「アレには、あたしたちの知らないご褒美要素が仕込まれていたんじゃないですか?」


「サア、ナンノコトヤラ」

思いっきり顔を背けて誤魔化す。実は涎を付けたやつを贈りました、なんて言ったら南無瀬組が発狂しかねない。


やっべぇな。このタイミングでの芸能界復帰、確実にお手製パンツが関係している。まさかパンツァーがここまでの強硬手段に訴えてくるとは思わなかった。


「どういう風の吹き回しかな? 天道家にとって跡継ぎを残すのは重要なはず。子どもを作っていない段階での芸能界復帰だなんて前代未聞じゃないか」

「復帰したのは今の自分に疑問を抱いたからです。天道家は芸に生き芸に死すもの。お見合いにかまけて芸能活動を怠るのは、果たして天道家の人間として正しい姿なのか……と」


質問をした寸田川先生ではなく、こちらを向いて祈里さんは話す。が、微妙に俺の顔から目線を外しているのは気のせいだろうか。


「はぁ、すごく意識の高い理由なんですね」


てっきりパンツの産地に社会科見学するべく復帰したのかと思ったが、意外と真面目な目的だったのか。なんだ~良かったぁ。


――って納得出来るわけねぇだろ。壁の傍に立つメイドさんが無表情を装いながら堪えきれず口元を『~』としている。邪な思惑があるに違いない。


「不可解。長い歴史を持つ天道家にとって次代を作ることは絶対的な仕来り。それを放置するのは違和感があ」 「こちらにお伺いしたのは、先日のプレゼントに対するお礼でございますわ。タクマさんの真心が詰まった一品。私、あれほど感激に身体を震わせたことはありません。天から賜る神具に勝るとも劣らない、いえそれ以上に素晴らしい至高の品でした。誠にありがとうございます」


男女比が半々だったら間違いなく国を傾け投げ飛ばすであろう祈里さんの笑み。その絶美さに俺の胸は高鳴ろうと頑張るが、祈里さん曰く至高の品が涎付きパンツのため高まろうにも高まられない。


「くんくん。この前会った時より確実に泥棒猫臭が強くなってますね。危険です! あたしたち南無瀬組の目の黒いうちは、これ以上の接近を許すとおも」 「貰ってばかりでは天道家の沽券に関わります。何かお返しをしたいと考えておりますわ」


ん~? 祈里さんの態度がおかしい。

寸田川先生、椿さん、音無さん。周りの人たちが声を上げているのに、そちらを見向きもせず発言をぶった切って俺へ語りかけている。無視された人がムッとしているのにどこ吹く風だ。こんなに強メンタルの人だっけ?


「そうですわ。一度、天道家にお越しいただけませんか? 天道家の力を総動員して歓迎させてもらいます」


げっ、天道家にお呼ばれ!?

パンツァーとファザコンとブラコンと性格の捻れたメイドの巣窟に、ホイホイ自分から行くだなんてありえねぇ。五体満足に帰還できる自信がねぇぞ。


「せ、せっかくのお誘いですけど……あの、最近スケジュールが立て込んでまして、天道家のお宅に行くのは難しいかと」


やんわりとNoだと告げると。

ピタッ、と祈里さんがフリーズした。断られてショックを受けたのか? と思ったが、十秒ほどして――


「タクマさんは多忙なお方ですものね。無理なお誘いをしてしまい申し訳ありません」


何事もなかったように再び喋り出した。

なんだこれは……違和感が募っていく。俺は祈里さんと話しているはずなのに、祈里さんは俺と話していないような、そんな感覚だ。



祈里さんとの会話はそれから数分続いたのだが。

周囲の発言はガン無視、時々俺の返事に対して固まる。そんな挙動不審ぶりを発揮して――


「タクマさんと共にいられるのは至福のひとときですわね。名残惜しいですが、今日はこの辺りで。またお会いしましょう」


メイドを引き連れ、祈里さんは控え室から出て行った。


「な、なんやあれ?」

「会話しているようで一方的にまくし立てるスタイル。たまげた」

「天道家の人たちって変人しかいないんでしょうか。真人間のあたしには理解できません」

「天道祈里……ふふ、面白い。それが君のやり方なんだね」


控え室に残された面々が口々に感想を言い合う中。


「ちょっと祈里さんの後を追います」

俺は畳から立ち上がった。


つい今し方。祈里さんの後ろに控えていたメイドさんが控え室を出る際に小さく手招きをしたのだ。付いてこい、と言わんばかりに。

主人が悶え苦しむ様を無上の喜びとする腹黒愉悦メイドのことだ。きっと祈里さんの不自然な動きの種明かしをしてくれるのだろう。


ダンゴたちを伴って慎重に廊下に出ると、突き当たりを曲がる祈里さんとメイドさんを見つけた。こちらには気付いていない……少なくとも祈里さんは。


気取られないよう追跡すると、曲がり角の向こう側から声が聞こえてきた。





「っひぃぃぃぃ、緊張で心臓がパァンするかと思いましたわ」


「ご立派でございました、祈里様。用意しておいた『タクマさん攻略・初めて(?)の出会い編』の台本を見事演じきりましたね。いつ馬脚をあらわすのかワクワ……ごほごほ、ヒヤヒヤしながら見守らせていただきました」


「恐るべしタクマさん。演じることで素の自分を覆わなければ、嬉死うれしするところでしたわ。あるいはフラフラとおパンツ様に接見しそうになりました。こう、頭を下げ膝を突き自然な手つきでタクマさんのボトムスをずらして」


「そうなれば個人的に拍手喝采なのですが、天道家的にジ・エンドになってしまうので実現させるべきか悩ましいですね」


「ふ、ふふふ。まずまずの滑り出しでしたわね。選択肢を会話に盛り込んだことで話が弾みましたし」


「そうでございますね。Yes、Noをタクマさんに問うことで、台本通りながら自由度のある会話になったと思います。しかし、時折返事が遅れていたようですが」


「そ、それは……演じるだけなら頭からっぽで良いのだけど、タクマさんのお言葉を受け止める際にどうしても素に戻ってしまって処理落ちしてしまうの。難しいですわね」


「その辺りは要検討でございますね。他に懸念すべきはタクマさん以外のイレギュラーへの対処ですね」


「イレギュラー? どういうことですの?」


「南無瀬組の関係者や脚本家の寸田川氏の発言を全て無視していらしたではございませんか。あれでは祈里様が一方的に喋っているだけに見えてしまいます」


「ええっ!? そうでしたの。タクマさんを認識するのが精一杯で、その方たちが同席していたとは見抜けませんでしたわ」


「お気づきになられていなかったのですか? うぷぷりぃ、さすがでございます、祈里様」


「ま、まあ最初ですから上手くいかないのは致し方ありませんわね。ともかく第一印象としては悪くないでしょう。天道家の現当主らしい無様さの欠片もない所作。このまま頼れる先輩アイドルポジションから、じわじわと友好を深めていきますわよ!」


「ああ、なんて素晴らしい自己分析でございましょう。これまで散々無様を晒しておいて、そう言い切れるとは。ええ、現状を正しく捉えてネガティブになるよりずっとマシです」


「……あなた、褒める風にして私をこき下ろしていません?」


「めっそうもない! ヘタレチキンだった祈里様が必死に取り繕っている様子に感銘を受ける以外、私の心を占めるものはございません! 台本なしでタクマさんと話す日も遠くありませんね」


「……そうね。でも、後三十回は台本を作って臨みましょう。まだ素の状態でタクマさんにお会いするのは私の脳と心臓が耐え切れそうにありませんわ」


「祈里様ェ……」


「道が長く険しいですが、必ず踏破しますわよ。贈り物に愛のメッセージを隠したタクマさんを手に入れるために!」




祈里さんとメイドさんの珍妙なやり取りを聞いて、俺は何とも言えない気持ちになった。

曲がり角から顔を出す俺からは、祈里さんの背中しか見えない。

対して、メイドさんの顔はバッチリ見える。彼女は悠然と直立しており――


「うぷぷにや」

俺が覗いていることに把握しているようで、主との会話の傍らにこちらへ視線を寄越してくる。そもそも廊下でこんな会話を行っているのは、主人の真意を俺に理解させるためなのだろう。


目は口ほどに物を言う。メイドさんのにこやかな目を翻訳すれば、


『どうですか、タクマさん? 祈里様はこんなに楽しい方なのですよ。懸命に策を練っているところを意中の相手に目撃されるなんて……ああ! なんてダメ可愛い!』


と、言ったところか。あんな爆弾を抱えた天道家の明日はどっちだ。





やがて、祈里さんとメイドさんは廊下の向こうに消えて行った。


「…………」

「…………」

「…………」


俺と音無さんと椿さんは無言で向き合う。みんな、やるせないものを見たことで微妙な表情になっている。


「祈里さんに関しては、過剰に対応しない方がいいかもしれませんね。下手に突っつくと面倒が増えそうです」

「三池氏に同意」

「ですね。適当にあしらう形で行きますか……と、三池さん。一つ訊きたい事があります」


音無さんが無表情で俺を見つめた。


「な、なんでしょうか?」

「先ほど天道祈里が言っていましたよね。『贈り物に愛のメッセージを隠したタクマさんを手に入れるために!』って」

「お。おうふ」

「アレ、ドウイウ意味デスカ? 怒ラナイカラ教エテクダサイ」


音無さんの目から光が消える。


「フム、非常ニ興味ブカイ」

椿さんも同じだ。とても怖い。



「二人とも、お、落ち着いてください。人間、話せば分かります!」


俺の必死の弁明は虚しく廊下に響いた。


結論から言うと――人間、話しても分かり合えなかった。

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