【いじらしいメッセージ】
タクマのイラスト付きパンツが完成した。
不揃いなところもあるが、素人が素人なりに頑張りました感は十分に出ている。受け取り人である祈里さんは、きっと気に入ってくれるはずだ。
そんな事を思いながらパンツを袋詰めにし、さらに小型の段ボールへ梱包する。秘密プロジェクト故に、組員さんに包装を任せるわけにはいかず、全部俺が行う。
あとは配送なのだが、業者に頼むと。
「この荷物から香ばしい男臭がする。せや、盗んだろ」となるケースがあるため、自分たちで天道家まで運んだ方がいいだろう。
天道家は中御門家から車で一時間程度の所にある。個人で配達できる距離だ。
「――と、いうことでこのパンツを天道家に持って行ってくれませんか?」
プロジェクト関係者のダンゴたちにお願いする。
「それなら、あたしが行きますよ!」
音無さんが、元気よく手を挙げた。
「ありがとうございます。えーと、椿さんは?」
「……ダンゴが二人とも抜けるのはよろしくない。私は三池氏の護衛として残る」
「ってことで、重要任務はあたしにお任せあれ!」
ダンゴたちの間ですでに役割分担は出来ていたらしい。特に揉めることなく、配達役は決まった……が。なんだろう、この二人に違和感を覚える。
特に音無さんだ。俺から離れると発狂する中毒者の音無さんが、率先して配達役を買って出るとは……
疑問に思いつつ、パンツ入り段ボールを音無さんに渡すと――
「あはぁ、ん? 三池さん、この箱に触れていると得も言われぬ快感が
「か、快感? 俺のお手製パンツに反応しているんですか?」
「三池さんのパンツとは言え、未使用ですよね。ならL3相当の中毒性のはずです。でも、これはL5まで達するかも」
なんか呟きながらマジマジと段ボールを見つめる音無さん。
もしや、俺の
「ともかく、ちゃんと祈里さん本人に渡してくださいね。お願いします! あ、勝手に開封するのはナシですよ、絶対ですよ!」
「……はぁい、分かりました」
不服そうにしながらも、音無さんは段ボールを持ち、「ん、んんっ」と不自然に身体を震わせていた。
やっぱり、涎は不味かっただろうか。でも、今更新しく作るのものな……
ま、まあいいや。ほら、たとえ祈里さんが俺の涎に反応したとしても、より強固な一点集中型パンツァーになるだけだし。他の男性のパンツを盗む可能性が減るだけだし、悪いことじゃないよね。
それから、俺は紅華と咲奈さんにグループ電話をした。祈里さんが在宅なのか確認するためだ。本当はファザコンとブラコンのどちらかに訊けばいい事なのだが、一方を冷遇すると後が怖い。
『もしもしタクマ! 特典のパンツが出来たの!?』
電話に出たのは紅華だけだった。咲奈さんは仕事中だろうか?
「おう、ちゃんと作った。これで祈里さん対策はバッチリだ」
『やるじゃない。で、その特典ってあたしの分はないの? モニターは多い方が良いでしょ』
やべ、そうだった。紅華は誤解している。タクマのイラスト付きパンツが、ファンクラブの特典であり、どこぞの工場で量産された物だと。
ここで「実は俺のお手製なんだよ! しかも涎のオプション付きだぜ!」と伝えたら『姉の物はあたしの物。あたしの物もあたしの物』と紅華がジャイアニズムに目覚めるかもしれない。
「パンツはまだ試作段階で少数しかないんだ。天道家に回せるのは一個だけ。諦めてくれ」
『ちぇ、そっかぁ。なら、今回は祈里姉さんに花を持たせてあげる』
「で、祈里さんは今、家に居るのか? 早めに配達したいんだけど」
『いるわよ。相変わらずボーっとしながら過ごしているわ」
どうやら早期決着が望めそうだ。
俺は『今回の祈里姉さんの件で、あんたに借りを作っちゃったわね。このままじゃあたしの気が収まらないから、お礼をするわ。ささっ、会う日取りを決めるわよ!』と、こちらに接触を試みる紅華をのらりくらり
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
「祈里様、新たなお見合い候補のリストでございます」
「ありがとう。そこのテーブルの上に置いておいて」
「……かしこまりました」
私は何をするでもなく、バルコニーから見渡せる庭園の緑に視線を向けていました。
芽吹く草花は新しい季節の訪れを謳っているのに、私の心には感慨一つ生まれません。
「祈里様、差し出がましいようですが」
「あら、まだいましたの? リストはそのうち確認しますから、持ち場に戻っていいわよ」
「その前にお答えください。最近、心ここにあらずではございませんか? 以前の祈里様でしたら、お見合い候補のリストが届くや否や、飛びついていましたのに。何か悩みがありましたら、ぜひ私に相談してくださいませ。主人の心労を取り除くためなら、一肌も二肌も脱いでみせましょう」
「あなた――」
なんて主人思いのメイドなの……
などと思うわけがありません。こやつは私の弱点を把握して「うぷぷ」とほくそ笑みたいだけなのです。
「下がりなさい。本当に困ったら愚痴くらい聞いてもらいますから」
「承知しました」メイドは落胆することなく、一礼するとバルコニーを後にしようとしました。ですが、その前に私の方へ振り返って。
「そうでした、お伝えが遅くなりましたが、先ほど荷物が届きました。いつもの通販業者からです。後で、お部屋までお持ちしますね」
……くっ、このタイミングでこの発言。やはり私の
「よしなに。早く仕事に戻りなさい」
「失礼しました」
ようやく一人になれたバルコニーで「はぁ~」と私は盛大に息を吐きました。
メイドの言っていたことは間違いありません。
「お見合い、やる気が湧いてきませんわ」
前は「是が非でも結婚してやりますわっ!」とお見合い写真を睨んでいましたのに、今では写真の男性がどんなパンツを穿いているのか、そればかり気になってしまいます。
ああ、パンツ、パンツ。私の理想郷。
とっても欲しい。欲を言えば、使用済みのパンツを……もっと言えば、タクマさんのおパンツを。それが手に入るのでしたら、どんな事でもやってしまいそうです。
私、もしかして末期的な病を患っているのかしら?
「……あら?」
バルコニーからは天道家の門が見えるのですが、そこに誰か立っています。ポニーテールをぴょこぴょこ揺らして、大事そうに小箱を抱える女性です。
その女性がチャイムを鳴らして、門に取り付けたマイクに向かって何か喋っています。メイドと話しているのでしょう。しばらくして――
「祈里様、お客様がお見えになりました」
メイドが再びバルコニーにやって来ました。
「お客が来るだなんて、予定にはありませんでしたけど」
「そうではございますが、無視出来ない相手でございます」
「あの女性が……?」
「はい、タクマさんのダンゴと名乗っております」
「なんですって!?」
「モニター越しではありますが、身分証を確認しました。嘘ではないでしょう。それにあの方のお顔、タクマさんの映像の端に時々映りますし、先日の中御門家での晩餐会でも拝見しました」
そうでしたっけ?
タクマさんの映像を思い出そうとしますが、タクマさんしか記憶に残っていません。周りに誰が居ただなんてアウト・オブ・眼中ですわ。それに先日の中御門家の晩餐会、私は早々にリタイアしたのでタクマさんのダンゴとも面識がありませんし。
「タクマさんのダンゴが私に何の御用ですの?」
「何でも、タクマさんからのプレゼントをお持ちしたと」
ガタッ!?
バルコニーで優雅にお茶っている場合じゃありませんわ!
私は勢いよく立ち上がり、屋敷内に戻って階段を駆け下りようと……ああもう、面倒ですわ!
「き、祈里様ぁぁ!?」
驚愕するメイドの声を背中に、私はバルコニーから飛び降りました。タクマさんのプレゼントを前にして、悠長に階段を使ってなどいられません!
ガンッ! と着地の衝撃が全身を駆け巡りますが、脳内アドレナリンがドパッている私に痛みなど皆無。そのまま、全速力で門までダッシュです。
自動で開く重厚な門を、無理矢理こじ開けてダンゴさんの前に立ちます。
「ふえ、この人、アグレッシブ過ぎぃ」
目が点になっているダンゴさんに、私は叫びました。
「た、タクマさんのプレゼント!! お寄越しくださいませ!」
「あ、ああ、はい。大切に使ってくださいね」
おずおずと差し出された段ボール箱を神速で受け取ります。その瞬間ーー
「ふああああっ!?」
私はプレゼントを抱えたまま尻餅をつきました。
な、なんですのっ! このゾクゾクしてビクビクな感覚はっ!? まだ段ボール越しで触れているのに、とても平静ではいられませんわ!
「いいですか、よく聞いてください」
ダンゴさんが膝を突いて、倒れた私に視線の高さを合わせました。
「これは詫びです。あなたの顔面にパンツをぶつけて後遺症を作ってしまった事への、みいけ……ごほごほ、タクマからの詫びです」
こ、後遺症!? まさか、タクマさんは私のパンツ病を知っている?
いったい誰が私の秘密を知って、タクマさんにバラしましたの!? と焦りましたが、ダンゴさんの次の言葉がそれをどうでもいい事に変えました。
「プレゼントの中身は――パンツです」
「ぱっぱんっ!?」
「しかも、タクマのイラスト付きです」
「いらしゅと!?」
「しかもしかも、そのイラストはタクマのお手製です」
「おてぇぇしゃええ!?」
汗や涎や色々な液が止めどなく流れます。タクマさんのお手製イラスト付きパンツ。世界最大の秘宝を抱えていると思うと、身体の奥からマグマ(意味深)が噴き出しそうです。
「祈里さんが手にしたのは、この世で唯一無二の一品です。この意味が分かりますね?」
「……あっ!? 骨肉の争い!」
「そうです。誰もがこのお宝を狙って、あなたを襲うでしょう。身内だろうと決して知られちゃダメですよ」
「しょ、承知しましたわ」
なんてこと。最近、姉に対する敬意の薄い紅華や咲奈に、この宝の存在が知れたら……天道家に家庭内暴力の嵐が巻き起こりますわ。
「で、でもどうして、タクマさんが私にこれほどの施しを。あっ!? もしや、私に気が」
「あ゛っ?」
「ヒエっ」
「ないです。欠片もないです。妄言を止めないと、あたしの拳が火を噴きますよ」
「で、では……なぜ?」
「タクマは周りを大事にするホントのホント~に優しい人なんです。だから、あなたが下着泥棒になって、天道家が破滅してしまうことに心を痛めちゃうんですよ」
私が下着泥棒。一笑に付すことは出来ませんでした。いつかは起こってしまう未来だと、私自身が危惧していたのですから。
「猛省しますわ。私、自覚のないうちに多くの人に心配をかけていたのですね」
この天道祈里、二度とこのような無様を晒さないと誓いましょう。
「自覚したのなら、あたしが口にする言葉はもうありませんね。じゃ、長居する気はないので、これで」
「お、お待ちくださいませ!」踵を返して帰ろうとするダンゴさんを呼び止めます。
「大恩を受けておきながら、手土産一つなくご帰宅させては天道家の恥でございます。せめて、お茶の席を設けさせていただけませんか?」
「お気持ちだけもらっていきますよ。だって、あたし――」
ダンゴさんが弱々しく笑いました。「あっ」それで、私は全てを察します。
「け、結構限界なんです」
ダンゴさんのお顔は、酸素が欠乏しているように青紫色になりつつありました。
これは、タクマさん欠乏症。タクマさんに近しければ近しい人ほど発症するという、ある意味勝ち組の証。
「本日は誠にありがとうございました。お礼につきましては、また後日に」
九割の感謝と一割の羨望で、私は去って行くダンゴさんを見送るのでした。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「祈里様、先ほどのお客様が持ってきたプレゼントとは?」
「あたしにも見せてよ。減るもんじゃないでしょ」
屋敷に戻ると、メイドと紅華が興味津々な目つきで私を歓迎しました。
「これはタクマさんが、
毅然とした態度で、二人の横を素通りします。
「き、祈里様っ」
「姉さん」
縋ろうとする者たちの声を振り払い、私は自室に直行しました。鍵をかけ、扉の前にタンスを移動させ、誰も入れないようにします。
「おパンツ様、私のおパンツ様」
無茶苦茶に破って開けたい気持ちをグッと抑えて、タクマさんの衣服を取るように丁寧に包装を解いていきます。
そうして――私は神具へお目通りが叶いました。
無地のシンプルなトランクスに、タクマさんが私への愛を込めて編んだという可愛らしいイラストが付いています。
「あっあっあっ」
手に取るだけで、頭と女性ホルモンがグツグツ煮立ってきました。人の皮を脱いじゃいそうですわ。
で、でも――どうしましょうどうしましょう!?
とりあえず、しゃぶるつもりでしたが、あまりの高貴さに下賤な行いをしていいいのか迷います。
「そ、そうですわ!」
私は本棚の最上段の本を全て撤去して、そこにおパンツ様を
「ははぁああ」
そのまま流れるように土下座します。タクマさんのご厚意の詰まったおパンツ様。まずは礼を示さなければなりません。
この世に生まれてくれた事。私の下に舞い降りてくれた事。私の欲望のはけ口になってくれる事。ありとあらゆる事に感謝を捧げます。
三時間ほど経ちました。
そろそろいいでしょうか……?
私はムクリと顔を上げて、おパンツ様にゆっくり近付いていきました。
「なんて見目麗しいのでしょう」
直視すれば網膜が焼かれてしまいそう。そのくらい神々しい光を放っています。
私は赤子に触れるかの如く、おパンツ様を手にしました。先ほどのように強烈に催すモノはありませんが、代わりに胸の奥がジーンと温かくなっていきます。
熱いのではなく、ただひたすらに温かい。なんて心安らぐぬくもりなのでしょう。まさしく愛ですわ。
私はシワが付かないよう細心の注意で、おパンツ様を胸の前で抱きしめました。
我が子を抱く母親もきっとこんな気持ちなのでしょうね……
三時間ほど経ちました。
いつまでもこの温かみを堪能したいのですが、そろそろ私の中のケモノが次の段階へと
ついに来てしまいましたわ。
顔の前にパンツを添えれば、やるべきことは突撃の他ありません。目を閉じて顔面から行きます。
「た、タクマさん。お許しください!」
ファサッと、おパンツ様の繊維が私の顔に接触し――
「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!???????????????????」
次の瞬間、私は
ダンゴさんはおっしゃっていました。
このおパンツ様は、タクマさんのお手製パンツだと……しかし、少々説明が足りませんわ。
「DNAェ」
おパンツ様にはタクマさんの生命が付着しています。目には見えず、匂いも僅かですが、私の五感にビンビンと響くのです。
残り香なんてチャチなものではございません!
このDNAェ、おそらく由来はタクマさんの唾液でしょうか……
考えるのですわ、天道祈里!
ダンゴさんは、唾液が付着しているなど言わなかった。つまり彼女は知らなかったのです、このカラクリを!
と、すれば、これは私にだけ伝わるようにタクマさんが残したメッセージ!
「私と間接キスをご所望でしたら、おパンツ様に接吻かませば良いだけのこと。それをわざわざ唾液まで付けたということは……はっ!?」
読めましたわ!
「唾液を介すとはディープキスの
もう我慢できません。
「い゛じら゛しぃぃい!!」
私はおパンツ様にむしゃぶり付きました。一度タガが外れれば、止まる事は困難。いえ、最後までフルスロットルです。
私に委ねてください、タクマさん!
この天道祈里、あなたが捕らわれの鳥だとするのなら、こちらからあなたの所まで飛んでいきましょう。
お見合いなんぞ、もう知っちゃこっちゃありません。天道家の未来も、私とタクマさんがニャンニャンな関係になればオールオッケーですわ!
「はむはむはむははむむはむはぁ!」
一晩中、おパンツ様と戯れながら私はタクマさんと溶け合う方法を考えるのでした。
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