公開授業と悲しい誤解? に終止符を

「すごい。紅華さんったらあんなアヘアヘに」

「それだけ気持ち良かったってこと?」

「しかも本番じゃない。抱きしめて言葉を囁いただけよ。なんて威力なの」


女子たちが眼前の珍事に興奮している。

紅華の奮闘に応えるべく、俺は力強く断言した。


「これが愛の力です!」


「「「あい、のちから……」」」


「そうです。先に伝えたように『愛は気持ちイイ』のです。愛を深めればこのような芸当は造作もありません」


「愛があれば、お薬や道具はいらないって言うの?」

「信じられないわ」

「愛って凄い、改めて思った」


ここだ! 女子たちが愛に翻弄されているこの瞬間!

ここが勝機だ!


「では、みなさん! どうすれば愛を育めるか知りたくないですか!?」


俺は大声を出した。その迫力に負けて女子が、流されて男子までもがコクンと肯く。


「話し合うことです!」

背後のホワイトボードをバンッと叩きながら言う。ハイテンション故の行動である。特に意味はなかったのだが、生徒たちはおののき、軽々しく退室できる雰囲気は消え去った。


「話し合うですって?」

その中で我を強く持ち、反発する生徒が一人。女子のリーダー的存在、メアリさんだ。


「私は生まれてこの方、一万時間はトムと話していますけど愛は不作状態です。これはどういうことですか!」

逆鱗に触れてしまったのか、彼女の声は鋭い。

しかし、効かぬわ!


「良い質問ですねぇ!」


俺は吹っ切れたのだ。

籠城事件以降、男子の行動に悩まされたり、ザマスおばさんに踊らされたり、陽南子さんに祭り上げられたり、メイドさんにおちょくられたり、ファザコンに襲われたり……散々な目にあってきて、いい加減ヒエッするのに疲れたのだ。

今さら病んだ幼なじみの一人や二人が何だ!

肝が据わった俺の頭はいつもより回転している。もう何が起こっても怯えず対処してやる、フリじゃないぞ!


「腹を割らなければ会話時間が長くても意味がありません。大切なのは言葉を交わすのではなく、心を交わすこと。そのためには、男子諸君の協力も必要不可欠です」


「オレたちもっすか?」スネ川君がニガい顔をする。


「もちろん。話し『合う』なのですから、男女双方が力を尽くさなければいけません。たとえば、トム君にメアリさん!」


「は、はい」

「何ですか!」

トム君は震えて、メアリさんは厳めしく返事する。


「あなたたち二人は幼なじみ。昔は仲が良かったですが、最近はギクシャクしている。そうですね?」

全世界放送でプライベートを暴露してすまない。だが、話に説得力を出すには具体例を挙げるのが一番だ。


「何をバカな!? ちょっとクールタイムを取ってるだけです!」

「クールタイムでもチャージタイムでも何でもいいです。どうしてそうなったのですか?」

「ど、どうしてって……」

メアリさんが言い淀む。距離を置かれたワケを知らないようだな。


「トム君、教えてくれませんか。なぜメアリさんを避けるようになったのか?」

「……そ、それは」

嫌う理由をはっきり言え、それも嫌っている相手の目の前でな――考えてみれば酷い質問だ。オブラートに訊き直すか、と俺が思い始めた時。

「腹を割って、話し合う」トム君は呪文のように呟き、己を奮い立たせた。

「言います、ミスター先生。僕、言いますよ!」


ヒュー、なんという漢気だ。ありがとうトム君。

二人の仲たがいの原因をここで解き明かし、俺が仲介して丸く収めたとなれば――

『無理に結婚する前に、相手ときちんと話し合いましょう。そうすれば愛が芽生えます』という結論に持って行きやすくなる。

職業体験をしたい、という男子の夢が聞き遂げられる可能性はグンと上がるだろう。


さあ、トム君。いっちょメアリさんへの不満を吐き出しなよ!

どうせアレでしょ、日に日に肉食獣の目になる幼なじみが怖くて嫌いになった。とかそういうのでしょ。

おーけー、おーけー、バッチリ仲立ちして不満を解消してみせるさ。先生に任せとけ!


トム君は言った。


「二年前、芽亞莉ちゃんの家にお呼ばれされた僕は、そこで襲われたんです! 芽亞莉ちゃんは僕を無理矢理押し倒してっ……!」


よし、今日の授業はここまでにしよう。みんな復習しておけよ――俺は退室したくなった。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



「えええええええええええええええええええええ!!!」

トム君の爆弾発言でセミナー室は大いに揺れる。強漢の告発だ、洒落にならん。


「まっまっまっ待ってよ! 嘘よ! 私、トムを襲ってない」

メアリさんが真っ青になって焦る。当然だ、このままでは逮捕だ。結婚どころじゃない。


トム君の未来を考えれば、メアリさんは捕まった方が良いのかもしれない。

が、授業的にはアウトだ。せっかく積み上げてきた『愛の大事さ』がパーになって、他の男女が幸せにならなくなる。

それにトム君はこの事を口外せずにいた。幼なじみが逮捕されるのは、彼にしても歓迎したくないのだろう。


ちくしょう、俺は二人を仲介すると決めたんだ。正直、辞表を出したい気分だが、最後まで先生をやるしかねぇ!


「落ち着いてください!」

バンッ! またホワイトボードを叩き、混乱する室内を静寂に戻す。


「冷静に事実を確認しましょう。トム君、メアリさん、正直に答えてください。いいですね?」

二人が神妙に肯く。


「メアリさん、押し倒したのは本当ですか?」

「……は、はい」

ざわざわ、と周囲がどよめく。


「し、しかし、押し倒したまでです。その先はやっていません。それに、あれはトムが誘ってきたから」

慌ててメアリさんが釈明する。


「僕が誘う? そんなこと有り得ないよ」


「とぼけないで! トムが許可を出してくれたから、ついに合体出来るんだって舞い上がったのに……でも、いざ押し倒したら、あなたは暴れ出した。男心は複雑と言うけど、私にはトムの気持ちが全然分からない」


「芽亞莉ちゃんの気持ちこそ分からないよ。いきなり興奮して襲ってきたんじゃないか」


トム君は無理矢理と言い、メアリさんは無理矢理じゃないと言う。ここが争点か。


「トム君から誘ってきたそうですが……メアリさん、具体的にどんなことを言われたのですか?」

「えっ……よくは覚えていないのですが、とても嬉しい事を言われたのは間違いないです」

「じゃあ、トム君。襲われる前に君は何と言ったんだい?」

「すみません。なにしろ二年前のことですから細かいところは……襲われた事は強烈に覚えているんですが」


残念ながら肝心の部分は曖昧あいまいだ。どちらかが嘘をついているのか、記憶違いをしているのか――普通はそう思うだろう。

だが、俺はもう一つの可能性を考えていた。やはりこの土壇場で、俺の頭は今までにないほど回転している。


一見矛盾している状況だが、一つのピースを加えるだけで全貌が露わになる……そう、『トム君の夢がお菓子屋で働きたい』というピースを加えれば。


「もしやトム君……襲われた時、君はお菓子を持っていませんでしたか? それも手作りのお菓子を?」


「えっ……」トム君はしばらく茫然とした後、「そ、そうでした! おっしゃる通りカバンにお菓子を入れていました!」と再起動した。


「そのお菓子は、メアリさんに食べてもらうための物だったんですね?」


「どうして分かるんですか!? あの頃、僕はお菓子作りにハマり出しました……初めて納得のいくお菓子が出来たので、芽亞莉ちゃんにおすそ分けしようと持って行ったんです」


「そ、そんなの知らない。トムの手作りだなんて、そんな大切な物は知らない」メアリさんがオロオロする。


「話に付いていけないっすよ、ミスター先生! ちゃんと説明してください!」

蚊帳の外の生徒を代表してスネ川君が発言した。


「『食べて』です」

「……は? 突然なんすか?」

「トム君はメアリさんを前にして、言葉足らずになってしまったんですよ。人間、気持ちが高ぶっていると言葉を省略してしまうものです」

「ま、まさか女子に『食べて』だけ言ったんすか!」

「それに近しい言葉を出したのでしょう。トム君は初めて自作したお菓子を贈るので緊張していたと思いますし」

「なんてこった」


何とも言えない空気がセミナー室を満たした。みんな理解したのだ。トム君とメアリさんの確執、その原因は不運なすれ違いだったことを。


この世界で、男性が女性に『食べて』と言えば、それは性的な意味に捉えかねない。

日本出身の俺としては全力で「ねーよ!」と叫びたいが、それが不知火群島国の常識ならそういうものだと思うしかない。


「それにしても、ミスター先生は凄いっすね。あれだけの情報で真相を暴くなんて」

スネ川君は驚嘆しているが、何という事はない。

自作料理と一緒に妻に食べられている我らが男性アイドル事業部の責任者おっさんを日常的に見ているから、推測は難しくはなかったのだ。


「トム、ごめんなさい。私の早とちりで」

「ごめんを言うのは僕だよ、僕が慌てていたから」


些細な誤解? で長年ギクシャクしていた幼なじみの二人が不器用にも言葉を交わし始めた。

その温かい光景をしばらく眺めていたいが……


ジリリリリリ!!


大きなベルの音が、今が『鬼ごっこ』中だと思い出させた。

時計を見ると、残り五分。決断の時だ。


「みなさん! 最後に言わせてください。結婚するにしても、今のトム君やメアリさんのように話し合うことを忘れないでください! それが愛の第一歩ですから、極上の愛のね!」


言うべきことは言った。伝えたいことは伝えた。

後は女子たちに委ねるしかない。この授業が少しでも心に響いたのなら、どうか男子の夢に耳を傾けて欲しい。そう願わずにはいられない。


女子たちが、迷いながらも起立しようとした時。

「あっ」メアリさんの携帯が鳴った。「うん、ありがとうお母さん……ミスター先生ね、分かった――母からです」

メアリさんから突き出された携帯を、しっかりと握る。

ザマスおばさん、籠城事件からボーイズハントに至るまでの黒幕が何の用だ?


「もしもし、ミスターです」

『……あなたには、お礼を言わなければばならないザマスね。芽亞莉とトム君を助けていただきありがとう』


「ど、どういたしまして」

誰だあんた? 俺の知っているザマスおばさんの声は、もっと陰湿染みていた。同じ声色だが、こんなに清涼感のある声じゃない。


『お伝えしたい事があるザマス。『鬼ごっこ』は中止、すでに結婚が決まっている男女の婚姻も白紙にするザマスよ。それが男女互いにとって良い結果になるザマスから』

「い、良いのですか?」

俺としては願ってもない情報だが、反発は大きいんじゃないのか?


『あなたが心配することはないザマス。責任は全て私、東山院杏がとるザマスよ。一度は死を覚悟した身、今さら首が飛ぶくらい恐れるほどでもないザマス』


「死を覚悟?」

何を大袈裟なことを言っているのだろう。ザマスおばさんは仲人組織の自室にいるはずだ。部屋を猛獣に荒らされたわけでもないし、死を意識するなんて……


「杏さんの温情にこちらこそ感謝です。それであの、男子たちの処遇はどうなるのですか?」


『それは――』


「それは?」


『女子と男子が話し合って決めるザマスよ。ミスター先生の教えの通り、心を交わして』

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