【私が信じたかったもの①】
私は恵まれているんだと思う。
精子バンクの手を借りた母娘家庭が大半の世界で、私にはお父さんがいる。
お父さんには他にも結婚相手やその子どもがいるらしいけど、私は会ったことがない。
母親が違う他の姉妹は別居で、私だけがお父さんと同じ屋根の下――しかも、お父さんは私を目一杯に愛してくれる。
父親がいない家庭の子が血涙を流して羨む奇跡的な環境だ。
それもこれもお母さんのおかげ、お母さんが私たち母娘でお父さんを独占出来るように力を振るった結果である。
お母さんは南無瀬の領主、自分にも他人にも厳しく、それは実の娘である私も例外じゃない。
でも、ただ厳しいだけの人でもない。
ぶっきらぼうな所があるけど、いつも私を気にかけて、頭ごなしに大人の都合を押しつけることは一度もなかった。
お父さんのように分かりやすい愛情ではないけど、お母さんも確かに私を愛してくれている。
こんな両親に育ててもらって、私は本当に恵まれているんだと思う。
だけど――
ある時。
小さい私にお母さんが真面目な顔をして尋ねてきた。
「陽南子、幼なじみを欲しくはないかい?」
私は答えた。
「いらない」
物心ついた頃から疑問だった。
お父さんと私。
お母さんと私。
その間には『愛』がある。
でも、お父さんとお母さんの間に『愛』はあるの?
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
お父さんが、私に向ける笑みに陰りは一片もない。
けど、お母さんに向ける笑みには、襲われそうな人が見せる愛想笑いと言うか、防衛本能に指示されてやっている感が付きまとっていた。
お母さんが、私に向ける微笑には愛情がたくさん含まれている。
けど、お父さんに向ける微笑には、拒絶されるのを恐れる悲しみと言うか、一歩踏み出せないもどかしさが見え隠れしていた。
この夫婦を見ていて、私は気付いた。
お父さんとお母さんの間にきちんとした『愛』がない。それは、二人が『強制的に結ばれた』からなのだと。
お父さんとお母さんは幼なじみ、それも作られた幼なじみである。
お母さんのお母さん、私の祖母が将来の結婚相手にしようと幼いお父さんをお母さんに宛てがったのだ。
お母さんにとってお父さんは、初めて身近に出来た肉親以外の異性。
それはそれは溺愛したらしい。
しかし、お父さんはお母さんを恐れた。
元々、南無瀬本家の女は体格が大きく、顔は鋭利な作りをしている。そんな女性が鼻息荒く迫れば、男性がどういう態度を取るかは考えるまでもない。
お母さんは長年お父さんに執着した。
領主の勉学時以外は常にお父さんを傍に置いたり、他島の高校に逃げたお父さんを追いかけ、自分も他島留学をしたこともあったらしい。
お母さんの度重なる愛情攻勢によって、ついにお父さんは根負けし、二人は結婚、めでたく私が産まれた。
そして、歪んだ親子関係もまた生まれたのだ――
このままでは、私もお母さんと同じ道を辿ってしまう。
『愛』のない結婚をして、最愛の人との隔たりに苦しむことになる。
だから、私は幼なじみを持つことを拒んだ。
強制的な『愛』ではいけない、『愛』は自分の手で掴み培っていくものなんだ、そう『信じた』。
小学校の高学年になって、私は思春期に突入した。
男の事を考えると、狂おしいくらいの乾きを感じる。
これまで強漢で捕まる女性を馬鹿な人だと思っていたが……これはツラい。
早く意中の男性を見つけ、愛を育まなくてはたまらない。
男の子は基本箱入りで育てられるため、
でも、幼なじみを拒否した手前、お母さんのコネは使いたくなかった。
中学時代の私は暇さえあれば街に出掛け、男性用バリアフリー完備のレストランの前をうろついたり、男性服が売っているデパートの周辺を歩き回った。
ごくたまに男の子を見かける幸運に恵まれ、お話ししようと近付き、ダンゴに返り討ちをくらったこともある。痛かった。
男の子はネットゲームをやることが多い、という話を聞き、早速自分もアカウントを作ってゲームをプレーしたこともある。
ゲームなんてまったく遊んだことがなかったため、多くの参考書やネットの情報を見ながらのプレーである。何もかもが手探りで大変だった。
努力のかいあって、男のキャラクターで、言動が男らしい何人かと仲良くなった――が、いざオフで会ってみるとみんな女だった。
よくもだましたアアアア!! だましてくれたなアアアア!!
結局、中学時代の婚活はカスリもせずに全敗だった。
しかし、私は諦めない。むしろここからだ。
領主家系が持つ推薦枠を使わず、私は独力で東山院のお見合い指定校への入学を決めた。
南無瀬市内の男探しとネトゲーと受験勉強を両立するのは過酷だったが、私は頑張ったのだ。
お見合い指定校なら合法的に男子とお近づきになれる。
私の『愛』がいよいよ始まる――
そう意気込んだのも最初の頃だけで、すぐに私は打ちのめされた。
多くの試験を潜り抜けて男子と会える事になっても、みんながみんな、私を怖がる。
原因は二つあった。
一つは他島にも轟く南無瀬組の悪評。
悪事を行う者を徹底的に裁く南無瀬組のやり方は効果的な反面、男子には野蛮に映るようだ。
そんな組に婿入りしようとする気概を持つ男子はいなかった。
もう一つは、私自身が持つ南無瀬本家特有の大きな身体と強面。
鏡の前で猛練習をして作り上げた笑顔でも、男子の恐怖心を取り除くことは出来なかった。
私は自分の境遇と、身体に流れる血を恨んだ。
それでも、私は頑張ることを止めなかった。
まだ、入学したばかりじゃないか、やれることを全力でやろう。
「ええか、陽南子。男子と話す時間は短いねん。その僅かな間に強い印象を持ってもらうなら喋り方を一風変わったもんにするのがええで」
以前、真矢叔母さんがそんなことを言っていた。
これでうちは学生時代モテモテやったんや、とドヤ顔する真矢叔母さん。
それならなぜ叔母さんは未だに独身で、しかも婚活用の喋り方を使い続けているの?
そう尋ねたかったが、そんなことをすれば真矢叔母さんが泣いてしまうので、グッと我慢した。
真矢叔母さんのやり方をマネするのは不安だったが、
私には似合わない喋り方だが、出来るだけひょうきんな口調にして、身体から香り出すヤクザ的な印象を消したかったのだ。
この喋り方作戦は当然のように失敗した。
知ってた、もし効果があるなら真矢叔母さんが独身ロードを疾走しているわけがない。
だが一度「ござる」を使い出すと、止められない。
「……っぷ、南無瀬さんったら男ウケしないと分かるや否や変な言葉遣いやめるんだね、ぷぷ」
と、クラスメートに笑われるのは嫌だし。何か負けた気分になる。
真矢叔母さんが三十路になっても痛いキャラ作りをしている理由が分かった気がした。止めるに止められないのだ。
やっぱり参考にするんじゃなかった。
成果がないまま、夏が来て――私はあの日を迎えることになった。
週に一度、お父さんから掛かってくる電話。
あの日の電話で、私は初めてその名前を耳にした。
『三池拓馬』、彼の名前を……
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「それじゃあ、行きますか」
タクマさんが窓の外の争いに警戒しながら、先頭を歩く。
本当に警戒すべき者が、自分の背後にいるとは夢にも思っていないだろう。
その無防備な背中を襲いたくなるが――耐える。
交流センターの建物内で襲撃するのはダメだ。
ここには十人ほどの男子がいる。
仮にタクマさんの拘束に手間取った場合、彼の悲鳴を聞きつけ男子たちが救援に来るだろう。
格闘戦なら恐れるに足りない男子だけど、装備している防犯銃には警戒が必要だ。
一斉射撃でもされようものなら、いくら私でも分が悪い。
やはり、タクマさんを襲うのなら外に出てから。
そこなら男子たちの救援が来る前に、タクマさんをグラウンドのトラックまで運ぶことが出来る。
そうすれば、私の勝ちだ。
内から溢れそうな獣欲を抑えつつ、私は襲撃の機会を今か今かと待つのであった。
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