【私が信じたかったもの②】


タクマさんが南無瀬組に来て、お父さんとの電話の内容が変わった。

お父さんはカゴの鳥の生活をしていて、話題に乏しい。だから、私の高校生活ばかりが電話のネタになっていた――これまでは。

しかし、


『今日は三池君と南無瀬テレビに行ってきたのだよ。男性アイドル事業部の責任者として、パパがしっかり社長さんと握手してきたのだよ。ははは、パパもなかなかやるだろう?』


『最近、料理にハマってね。三池君のために魚介スープを作ったのだよ。美味い美味いと三池君は言ってくれたのだが、個人的には少々塩辛かったな。もっと精進しないといけない』


『たまにはのんびりも良いものだ。今日は三池君がオフの日だから、パパの部屋で二人寝転び漫画を読んだのだよ。外国人の三池君は文字が読めないからパパが代わりに読み上げてね。彼、興味深そうに聞き入っていくれるので、話す方もついつい感情を込めてしまったのだよ』


いつの間にか、電話はタクマさんのことばかり。

今が人生で一番楽しい、そんな風にお父さんは喋る。


娘として、いつも寂しそうにしていたお父さんが元気になってくれて嬉しい……そうでないといけないのに。


お父さんから送られてくるタクマさんの写真。

今までに見たことのないほど整った顔立ちの男性だ。それに写真では伝わらないけど、組員さん曰く凄く下半身をソソらせる匂いを出しているらしい。

いいな、嗅いでみたいな。


それにタクマさん、強面こわもてだらけの南無瀬組にいても組員さんたちに怯えないんだって……じゃあ、私とも親しく付き合ってくれるのかな。


タクマさんが本格的にアイドルデビューすると、お父さんからタクマさんのグッズがたくさん届くようになった。

お見合いに失敗した日の夜に、グッズを使うと泣けてくる。


ズルいよ。


私が十五年暮らしてきた南無瀬邸が、私の知らない南無瀬邸になってきている。


寡黙で職務を忠実にこなす組員さんたち……お父さんの電話ではタクマさんにデレデレで、鼻歌をうたいながら彼の洗濯物を洗ったり、踊りながら彼の部屋の掃除をしているらしい。


男がいないことに焦りつつ乙女的行動を繰り返していた真矢叔母さん……お父さんの電話では、ちゃっかりタクマさんのマネージャー兼プロデューサーに転職し、高校生の私以上に青春を謳歌しているらしい。


本当にズルいよ。


どうして、どうしてなのタクマさん!

どうしてもっと早く南無瀬邸に来てくれなかったの!


私が高校生になる前に来てくれたら、そうしたら私だって東山院に行かずに、お父さんたちのようにタクマさんと一緒に楽しく暮らせたのに!


なんで、私が南無瀬邸を去ったのを見計らったみたいに現れて、私以外を幸せにするの! ズルいよ、酷いよ!



それに一番許せないのが……



『いやぁ、素晴らしい舞台だったのだよ。三池君が光り輝いているみたいで、何度も拍手をしてしまった。お母さんから興奮し過ぎだって、笑われてしまった。ははは』


「そ、そうなんだ。お母さんと仲、良さそうだね?」


『うん? ああ、最近はお母さんの弁当をいつも作っていてね。熱烈に抱きしめられるんで大変なのだよ。胴のプロテクターにヒビが入って』


「ええっ!? 大丈夫なの!?」


『なあに、それだけお母さんが喜んでくれているわけではないか。料理を作る者として嬉しい限りなのだよ』


お父さんがお母さんに料理を……それも嬉しいって?


『あんた、いるかい……ってなんだ、電話中か?』

電話の向こうからお母さんの声がする。


『おっ、妙子。そうなのだよ、ヒナたんとね。代わるかね?』


『ああ。じゃあ、ありがたく』


『はい、どうぞなのだよ』


『ありがとう』


何気ない夫婦のやりとり。

とても愛を感じさせるやりとり。


こんなの私の知っているお父さんとお母さんじゃない!


二人は『強制的に結ばれた』はずなのに!

私が南無瀬邸にいた頃はギクシャクした関係だったはずなのに!

どうして今更愛で結ばれているのよ!


ダメだ、認めたらいけない!

『強制的に結ばれた』ものに愛があってはいけない!


もし、認めたら私の人生が否定される。

幼なじみを拒否して、孤独で自力の婚活をしている私の今までが否定されてしまう。


『もしもし、陽南子か? ちゃんと学生生活をやっているか?』


『う、うん、まあね』


『お見合いは大変だろうけど、あまり気張り過ぎるんじゃないよ』


ああ、大変だよ!

お母さんの南無瀬組の評判と、お母さん譲りのこの体格と顔のせいで大変だよ!


『うん、が、頑張るね』


『なんだ、元気がないじゃないか? 疲れているのかい、旦那の料理があれば一発で元気になるのにねぇ』


もう話していられなかった。

まだ何か言おうとするお母さんの言葉を無視して携帯電話を切り――そのままベッドに思いっきり投げた。


あの余裕! 見せつけやがって!

ふざけるなっ! ふざけるなっ!


高校を退学して南無瀬邸に戻ろうかと思った。

しかし、高校入学の際に「次に帰るときはお婿さんと一緒だから!」と大見得を切った手前、よっぽどの事がないと帰宅出来ない。

今、帰れば明らかにタクマさん狙いだとバレ、お父さんにお母さん、組員さんたちが私を失望の目で見るかもしれない。


だけど、悔しい!

私だけをのけ者にして、悔しくてたまらない!



お父さんからタクマさんの舞台の映像データが届いた。

『魔法少女・トカレフみりは』の舞台だ。


悪に堕ちたぎょたく君として出演したタクマさん、舞台の最後に彼は光り輝いていた。

タイツが破れた影響でパンツが見える、それを防ぐためか、股間が光っていた。


その光を見て、私は察した。

この光こそが、南無瀬組を幸せにして、お父さんとお母さんに愛をもたらしたものなんだ。


認める、私が間違っていた。

『強制的に結ばれた男女の間に愛はない』――私が信じたかったもの・・・・・・・・・・は、間違っていた。


どんな環境からでも愛は生まれるのだ、タクマさんと言う光によって。


だから手に入れる。私だけもらえなかった光を、誰かを傷つけたとしても手に入れる。

その権利が私にはあるはずだ。

そして、私をのけ者にして、娘の人生を否定したお父さんとお母さんにも、報いを受けてもらう……





タクマさんを南無瀬組から引き離すには協力者が必要だった。

東山院領主の杏さんと話す、こういう時は南無瀬の次期領主の肩書きが役に立つ。


「久しぶりザマスね、陽南子さん」


「はい、母がお世話になっています。それに私も芽亞莉先輩によくしてもらっています」


「そうザマスか……芽亞莉はちゃんと先輩としてやっているんザマスね。あの子ったら、最近は幼なじみに執着してばかりできちんと学生をやっているか心配で……って、ごめんなさいザマス。陽南子さんに言うような話ではないザマスね」


「その、芽亞莉先輩の結婚なんですが、ボーイズハントを行うのはどうでしょうか?」


お父さんは私に何でも話してくれる。以前、学生時代のお父さんのエピソードを聞いた時に、ボーイズハントという刺激的な名を私は知った。


「……バカなことを言うんじゃないザマス。ボーイズハント、あれはみんなを不幸にするザマス。無理矢理男子を捕まえたところで、その後の結婚生活はお察しザマスよ」


実体験のこもった喋り方。どうやら杏さん夫婦も、昔の私の両親に負けない冷えた間柄のようだ。


「大丈夫ですよ。最初は無理矢理でも強制的でも良いんです。光があれば、愛は生まれるんですから」


「光? なんのことザマスか?」


杏さんが私の話に興味を持ったようだ。目力が強くなっている。


私はじっくり語り出した。自分が考えた計画と、タクマさんについて。






☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆






もうすぐ……もうすぐ……玄関口が見えてきた。


これまで作ってきた「ござる」口調の無害キャラの仮面が剥がれそうになる。


ダメだ、まだ本性を出すな、耐えるんだ。

待望の光を前にして、ヤル気になる自分を抑える。


タクマさんをモノにしたらどうしよう?

きっと南無瀬組は怒るだろう。お父さんもお母さんも傷つくだろう。

でも、仕方ないよね。私だって十分に傷ついたんだから。


タクマさんとの結婚は簡単には行かないだろう。

でも、私と結婚しなければ、タクマさんは『鬼ごっこ』に参加しなかったことになる。

と、なるとルール⑩の『『鬼ごっこ』に参加した男性には、これまでの違法行為を咎とがめないものとする』が適用されず、男子を扇動したというタクマさんの罪が咎められるかもしれない。

けど、タクマさんは外国人らしいし、他国の男性を普通に逮捕して良いのか、と疑問の声が挙がるだろう。


国際問題になる? じゃあ、タクマさんの罪はどうなるの? タクマさんと結婚する権利を有する私の扱いは?


そんなことを考えれば、この事態が非常に面倒くさい事だと分かる。


そのドサクサに紛れて、タクマさんと二人っきりになるチャンスを作ってみせる。

後は多少強引でも彼を――



「んっ?」

先を行くタクマさんの足が止まり、私の想像も止まる。

タクマさんがこちらを振り向く。その顔は弱々しく不安げだ。


「どうしたでござるか?」


「あの……今、そこの部屋から何か聞こえませんでしたか? 物音がした気がするんですけど」


その言葉に私は硬直する。

ま、まさか、そんな馬鹿な!

予定と違う……まだ仕掛けるのは早い。それにこちら側へ来るはずがない。


「気のせいでござらんか? それとも殿方の誰かがいるとか?」


内心の動揺を悟られないよう、持ちうる演技力のすべてを使う。


「そうかもしれません……でも、確認だけはしておきましょう。万が一、女子の侵入を許していたらシャレになりませんから」


そう言って、玄関口のすぐ横にある部屋へと慎重に入っていくタクマさん。仕方なく私も続く。


くっ、もう少しで外なのに。

心の中で毒づく私は肝心なことに気付けなかった。


女子との鬼ごっこ中につき、厳重警戒中の交流センター建物内で、どうしてこの部屋の鍵が開いているのかを……




部屋にはホワイトボードや机、イスなどが無造作に置かれていた。他にも積まれた段ボールが、ちらほらと。教材用の倉庫だろうか。


タクマさんはボードや段ボールの裏を念入りに調べて、


「誰もいない、か。すみません、俺の勘違いみたいですね……」と、ホッとしたように言う。


「何事もなく良かったでござるよ」

本当に誰かが隠れていなくて良かった。


「昨晩、俺の部屋であんなこと・・・・・があったじゃないですか。それで、ちょっと気が張っちゃって」


タクマさんが照れ隠しで頭をかく。


あんなこと……私がタクマさんのギターと楽譜を盗んだことか。

タクマさんは歌の力で男子を鎮静化し、みんなで投降しようとしていた。それでは困る。ボーイズハントが起こらなくては、私の計画が成り立たない。


なので悪いと思いつつ、ギターと楽譜をキャンプエリアの茂みに隠させてもらった。

タクマさんは昨晩遅くまで交流センター中を探し回っていたようだが、キャンプエリアまでは足を伸ばせなかったようだ。


「……はぁ、男子のみんなに聞き回っても誰も知らないって言うし。いったい誰がやったんだか」


ごめんなさい、タクマさん。

あなたが私のモノになって、私の復讐が成功したら、ギターも楽譜も返すから。


盗まれた物・・・・・は、鬼ごっこが終わってからゆっくり探せば良いでござる」


「……でも、俺にとっては貴重な物なんです……アレ・・さえあれば、今からでも鬼ごっこを止められるかもしれないのに」


しつこいな。


「無理でござる。今更殿方たちの投降を認める女子たちではないでござるよ」


「けど、女子たちに平和ソングを聴かせれば」


「杏殿を舐めてはいかんでござる。ミスターの歌対策として女子一人一人に耳栓が配られているでござろう。歌は無力、何より演奏はどうやるのでござるか、ギターもなし・・・・・・に」


「…………」


タクマさんが押し黙った。苦渋に満ちた表情をする。

言い過ぎたかと思うが、これ以上無駄な会話をしている暇はない。

例の計画がすでに進み出している、時間がない。


「さっ、タクマ殿。外へ行くでござるよ」


倉庫の出口へと進む私の背中に、


「なんで知っているんですか?」


これまでに聴いたことのないタクマさんの冷たい声が投げかけられた。





☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆





「――――えっ? な、なんのことでござる?」


ぶわっと身体中から冷や汗が噴き出す。振り返った先にいるタクマさん、その目は敵意を放っていた。


「どうしてギターがないことを知っているんですか?」


「えっ? ギター? そ、それは……」

うそっ……私、疑われているの!?

お、落ち着け私。落ち着いて!


「け、今朝方、殿方たちが話題にしていたでござるよ。タクマ殿の部屋からギターが盗まれた。それでタクマ殿から、不審な人物を見たり、物音がしなかったか尋ねられたと……拙者、たまたまその話を耳にしたでござる」


事実だ。確かに朝、数人の男子が話しているのを聴いた。

うん、大丈夫。私がギターの盗難を知っていてもおかしくは……


「ありえません。記憶違いをしていませんか」


えっ……おかしいの? な、なんで!?


「確かに俺は男子たちに聞き回りました。『怪しい人物を見たり、変な物音を聞かなかったか』と」


ほら、やっぱり問題ないんじゃ?


「でも、一度も『部屋で盗難があった、ギターと楽譜が盗まれた』とは言っていない。留守の間に荷物の位置が変わった気がする、誰か俺の部屋に入らなかった? そんなニュアンスで聞いて回ったんですよ」


なっ……なっ……なによ、それ。


「だから、男子の口からギターが盗まれた、という発言が出るわけがないんですよ」


まるで、私をハメるための罠みたいじゃないか!

ハメるならこの身体をハメてよ!


「今日陽南子さんと会ってからこれまで、俺は一切盗難事件の話はしませんでした。なのに、どうしてあなたは盗難事件を、それもギターが盗まれたことを知っているんです? 自分が泥棒じゃない、って弁解があれば聞かせてください」


「………………っ」

弁解、分からない。

突然の攻撃に、頭が混乱して何も言い返せない。


そんな私の態度を見て、


「くそっ、椿さんと音無さんの忠告通りかよ」


タクマさんは苛立ち、近くにあった段ボールへ手を突っ込んだ。

そして、そこに隠していたのであろう防犯銃を手に取り、


「陽南子さん……あなたのこと、信じたかった・・・・・・のに!」


銃口を私に向けた。

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