【母と娘の想い】
「まあまあ、由良様に妙子さん。ようこそいらっしゃったザマス」
東山院に来て二日目。
あたいは由良様と共に仲人組織の代表室を訪ねた。
時刻は十一時を過ぎたところだ。
本当はもっと早く
あたいはともかく由良様に時間を浪費させるとは、良い度胸じゃないか。
昨日と同じく面会用のソファーに座り、あたいは前置きなしに切り出した。
「杏さん、あんた二十年前の再現をするつもりか?」
心の準備をさせない速攻で、東山院杏の動揺を誘いたかったのだが。
「よくご存じザマスね。その通りザマス」
彼女は眉一つ動かさなかった。逆三角形の眼鏡の奥で揺らがぬ瞳からは、何の情報も得られそうにない。
「昨晩、男子たちは警察やマスコミに下剤入りの水を飲ませたザマス。多くの女性がお腹と純情を痛めた悲しい事件だったザマス。男子をそこまでのさばらせたのは、私たちの甘さ……
「お怒りは理解出来ます。妙子様からお聞きしましたが、杏様は再び『鬼ごっこ』をなさるおつもりなのですか?」
由良様が問いに、東山院杏は大きく肯いた。
「もちろんザマス。男子相手に野蛮だ、過激だとは言わせないザマスよ。なにしろこれは、マサオ教の古式に則ったやり方ザマスから」
マサオ教の古式――男女が何かを賭けて対抗戦を行うのは、マサオ様がお認めになった由緒ある手法だ。
マサオ様がご存命だった時代、男性は今以上に人として見られていなかった。
男性は大金と同義であり、身内の男性と他家の男性を交換して夫を得たり、男性を売って土地や高級品を買うことが珍しくない――そんな時代だったのだ。
これに心を痛めたマサオ様は男性の地位向上にお努めになられた。
だが、一方的に男性の権利を認めさせようとすれば、当然のように反発は起こる。
その解消法として生まれたのが男女対抗戦。
対抗戦の内容は、重傷を負う危険がないものなら基本的に何でも良い。
何かを得ようとするのならリスクを背負う覚悟をしなければならない。
男性は自由を、女性は男性を求めて戦った。
男女共に全力を出し合い、後腐れなく白黒付けようという、マサオ様のご配慮の
それから、時は流れ――
男性がきちんとした人権を持つようになると、対抗戦が行われる機会はめっきりと減った。
貞操の危険が付きまとう対抗戦をしてまで、男性が勝ち取りたいものなどなくなったのだ。
しかし今。
マサオ教の古式が時を超えて脚光を浴びようとしている。
「『鬼ごっこ』をすることに非難はございません」
マサオ様の子孫である由良様が、この古式を否定出来るはずもない。まったく嫌らしい手じゃないか、東山院杏よ。
「由良様に肯定していただき一安心ザマス。古式を導入しなければ、警官隊を突入させ男子たちを捕らえる他なかったザマス。いくら凶暴な男子たちでも犯罪者として逮捕するのは忍びないザマしょ。それに比べれば『鬼ごっこ』なんて若い男女が戯れるレクリエーションみたいなものザマスよ、おほほほ」
そう笑う東山院杏。
レクリエーション?
絶対にそんな生易しいものにはならないぞ。
「ですが杏様、男女対抗戦の内容が男女どちらかに有利になっていないか、確認はさせていただきます」
「もちろん構わないザマスよ。ちょうど『鬼ごっこ』のルールをホームページにアップしたばかりザマス」
「もう作成しているのかい!?」
二十年前を参考にしてルールを作ったにしても早過ぎる。
男子が籠城事件を起こす前から用意していたと見るべきだ。
「お二人用にルールのコピーを持ってきたザマス。ぜひご覧を」
東山院杏が二枚の紙をあたいたちに渡す。
「拝読させていただきます」
「どうも」
あたいと由良様はしばらくルールを黙読した。
「何か質問はあるザマスか?」
あたいたちが読み終わったタイミングで東山院杏が声を掛けてくる。
「昼の十二時から開始とは性急過ぎじゃないのかい? これじゃあ男女共に十分な準備が出来ないと思うんだけどねぇ」
あたいたちに止められたくなくて、急いでいるのか。
「男子たちには朝のうちにルールを電話で伝えているザマス。女子には、昨日から古式を行うかもしれないと通達していたザマス。両者共に準備時間はあるザマス。それにこの事件は早急に解決すべき、と関係各所からの突き上げがあるザマス……長引かせて良いことなんてないザマスよ」
「ふぅん、そうかい」相変わらずペラペラと口が回る人だ。
「女性の持ち物に制限がないようですが、殺傷能力のない武器を使用することはあるのですか?」
男性被害に敏感な由良様らしい心配である。
「まさか、ありえないザマス。か弱い男子相手に武器など不要ザマしょ。それに殺傷能力がないとは言え、男子に怪我でもさせたら警察に逮捕されたり、ジャイアンやマサオ教の糾弾対象になるザマス。参加する女子は拘束道具以外は持たないようにするザマスよ」
「そうですか……」期待の解答だろうに由良様の
「このルールには、協力者の禁止が明記されておりませんが、参加女性はあくまで独力で『鬼ごっこ』をするのでございましょうね?」
「協力者ザマスか?」
「極端な例を挙げます。軍隊に協力を仰ぎ、戦車を使って交流センターの壁を壊したり、ヘリコプターから降下して施設内に入るなどはルール内と見なすのでしょうか?」
「おほほほ、由良様は想像力が豊かザマスね……当然、反則ザマス。あくまでこれはお見合い指定校の女子と、未だ結婚に抵抗する男子の対抗戦ザマス。外部の助力は無粋というものザマスよ。ただ――」
東山院がテーブルに置いてあるコーヒーカップを手に取り、もったいつけるように飲む。
「ふぅ、ただ……
おほほほ、と東山院杏は由良様の懸念を笑い飛ばす。
「…………」
由良様は何も言わず、もたらされる情報を
東山院杏の言動には、どれもこれも含みがある。単純に呑み込んでいたら裏に隠された『何か』を見落としてしまう気がしてならない、まったくやりにくい相手だ。
「あたいから、もう一つ訊きたいことがある」
「なんザマしょ?」
「参加女子の人選に対してだ。ルール②に参加する女性は三十人と書かれているが、どうやって選ぶんだい?」
「これまで行ってきた男子たちのお見合いで、最終選考で落ちた女子から選ぶつもりザマス」
やっぱりそうか……東山院杏、あんたも人の親なんだね。
「交流センターにいる男子はみんな三年生。何度もお見合い選考をやってきているはずだ」
選考を開いては全員落とし、また新規募集し選考して途中で全員落とす。お見合い活動はしているとポーズは取るものの、のらりくらり結婚を避けてきた――それが今、交流センターにいる男子たちだ。だから、
「何回もやった最終選考だ、そこまで行った女子は複数人いる。そうだよねぇ、杏さん」
東山院杏が不快そうな顔をした。あたいが何を言いたいのか察したようだ。
「そうザマスね。男子一人あたり五人前後、最終選考落伍の女子がいるザマス。彼女らの中から抽選で『鬼ごっこ』に参加する女子を選んでいるザマス」
「五人前後……アバウトな言い方じゃないか。最終選考落伍の女子が一人だけの男子もいるんじゃないのかい?」
昨晩、三池君との電話が終わってすぐあたいは組員たちに調査を命じた。
『
結果、分かったのは丸子斗武のお見合いで最終選考まで残ったのは、三年間で一人だけ――
お見合いの規則では、一度落選した男子のお見合いに再び応募するのを禁じていない。
芽亞莉ちゃんは、三年間で何度も丸子斗武のお見合い選考に挑み続けてきたのだ。
『男子の選考に落とされたのなら、早々に諦め、別の男子のお見合いに挑戦すべし』
そんな定石を無視し、ひたすら丸子斗武のお見合いだけに、その身を、その人生を捧げてきたのだ。
恐るべき執念である。
芽亞莉ちゃんは仲人組織が審査する基礎能力試験は毎回突破していた――が、丸子斗武が審査を行う性格試験で毎回散っている。
たまに芽亞莉ちゃん以外の女子が後半の選考に残ることがあったが、『なぜか』彼女たちは途中で選考辞退をして、最終選考の場に辿り着くことはなかった。
「人の娘についてアレコレ調べるなんて、品のない領主に成り下がったものザマスね」
「何とでも嫌味を言うがいいさ。あんたが三池君にコンテストを潰させた理由が分かったよ。コンテストがあのまま進行していたら、芽亞莉ちゃんのチーム以外が優勝し、男子たちと交流することになったかもしれない。そうなれば、芽亞莉ちゃんは丸子斗武を夫として迎えることが出来なくなる――娘を愛するあんたには耐えがたい状況だねぇ」
昨日、廊下で目撃した東山院親子の光景。
娘を見る東山院杏の瞳は慈愛に満ちていた。母親なら、娘が意中の男性と結ばれることを願わずにはいられないだろう。
「だから確実に芽亞莉ちゃんが選出される『鬼ごっこ』を行う必要があったのさ。同じ娘を持つ身としては、その気持ちは分かるよ。けど……杏さん、本当にこんな方法で良かったのかい?」
旦那は言っていた。
二十年前のボーイズハントで東山院杏は伴侶を獲得した、と。
しかし、こんな無理矢理なやり方で結ばれた男女に幸せは訪れるのか?
昨晩から組員たちに調べさせたことがもう一つある。
『東山院杏の身辺調査』だ。
予想通り、東山院杏と彼女の夫は長年別居状態にあった。
もう何年も顔を合わせていないらしい。
「知った風に言うザマスね。プライバシーの侵害極まりないザマスよ」
東山院杏が明確な怒りを示した。娘のことを言われて、激昂しない母親はいないか……
「娘の幸せを想うなら、もっと別の方法を探すことだねぇ。そうしないと」
「はん!」東山院杏はあたいの言葉をぶった切り、言った。
「
………………………えっ?
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
その時、あたいの携帯が鳴った。
東山院杏の言葉の意味が分からないまま、携帯を取り出し、着信画面を見ると『南無瀬真矢』と表示されていた。
真矢たちは現在、交流センターの前で待機させている。
『ボーイズハント』に何か不正があった際、三池君や陽南子をすぐに救助出来るように配置していたのだ。
真矢はあたいが領主会談をしていることを知っている――だのに、連絡してきたということは、現地で何かあったのか?
「お出になってください。重要な電話かもしれません」
由良様に促され、あたいは通話ボタンを押した。
「……もしもし、妙子だ」
『妙子姉さん! 大事な会談を邪魔してごめんなさい! でも、緊急事態なの!』真矢の語尾が普通だ。つまり異常が起こっているのだ。
「どうした?」
『音無さんと椿さんが警官隊に捕まったの!』
「はっ? な、なんでそんなことにっ!?」
想定外の事実にあたいの言葉が跳ねる。
『『鬼ごっこ』のルールを携帯で読んだ瞬間、二人が顔を青くして正門の壁をよじ登り出して……それを止めようとする警官隊に抵抗したものだから……』
「ルールを?」あたいも読んだが、ダンゴたちがそこまで慌てることが書いてあったか?
「捕まる時に音無と椿は何か言ってなかったかい?」
『三池さんが、三池氏が危ないって言っていたわ……ああもう! 私もルールを読んだけど、これって男子と女子の対抗戦じゃないの? なんで拓馬さんが……』
真矢の言う通りだ。
あたいもルールを読み、『鬼ごっこ』で三池君は蚊帳の外でいられると胸をなで下ろした。
しかし、ダンゴたちはそう思わなかった? どうしてだ?
あたいが頭を悩ましていると――バン!
テーブルが揺れた。隣の由良様の拳がテーブルに叩き下ろされたのだ。
「……そういう、ことですか」
由良様の声が震えている。怒りで震えている。
あたいと東山院杏は由良様から放出される怒気に、恐怖で震えた。
「これは、『三十一対三十一の対抗戦』なのですね」
「三十一? でも、由良様。交流センターにいる三年の男子は三十人だけですよ」
「このルールを読んで最初に引っかかったのが、男子が『男性』と書かれていることです。昨日からの会談で杏様は、交流センターの男子を『男子』と呼んでいました。ですから、『男性』と書いているのは表記上の都合かと思っていました……でも、それは間違いです。この『男性』は『三年生の男子以外の男性』を含んだ書き方だったのです」
三年生の男子以外の男性……交流センターの中にいる人物でそれに該当するのは、三池君だけだ。
「し、しかしルール②に『三十人の女性のスタート位置は交流センターの壁の外とする』と書いてありますよ。参加人数は三十人なんじゃ?」
「それは文字通り、交流センターの壁の外にいる女性が三十人という意味です。『鬼ごっこ』に参加する女性が三十人とは言っていません。迂闊でした、ルール①で参加人数に触れていますが、『有利不利が出ないよう、男女の参加人数は同数とする』とだけ書かれており、参加人数が三十人とは一言も明記されていません」
「……えっ? そ、それって?」
自分の頭が上手く働かない。まるで、何かに気付くのを必死に拒否しているようだ。
「南無瀬の苗字を持つ方々が分からないのも無理はありません……この事実を正視するということは、身内を疑うことなのですから」
「お、おっしゃる意味が分からないですよ、ゆ、由良様」
由良様があたいを見る――その目は哀れみを含んでいた。
「妙子様、言いにくいことですが、拓馬様は狙われております。『三十一人目』の女性に……」
「……いや、いやいや、ルール②を読んでくださいよ。三十人の女子は交流センターの壁の外からスタートすると書いてあるじゃないですか。じゃ、じゃあ三十一人目はどこからスタートするんですか? 壁の外以外にスタート位置なんて……」
「もうお分かりになっていらっしゃるのではありませんか……」
見苦しくもがくあたいに、由良様がトドメを刺す。
「スタート位置は『壁の内側』です。交流センターの内部に『三十一人目』は、います」
壁の内側……そこにいる女性……それは……
「男子たちはこのルールを承諾したザマス。開始まで後少し、もう変更は出来ないザマスよ……そして、言ったザマしょ、妙子さん」
東山院杏が、いつもの人を喰った態度ではなく、ただただ真面目に告げる。
「あなたは、自分の娘のことを何も知らないザマス」
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