貞操と結婚を賭けた闘い

俺は、重い頭を押さえながら目覚めた。


……ここは?

見慣れない部屋を数秒見渡して、自分が交流センターの宿舎にいることを思い出す。


どうして俺は部屋着にもならずに、ベッドに倒れるように寝ていたんだ? 

いくら暖房が効いているとは言え、風邪引いちまうぞ。


そんなことを思っていると、だんだん頭が働いてきた。


そうだ……昨晩、俺の部屋で盗難事件が発生した。

盗まれたのはギターと楽譜。

その捜索を一晩中行っていたんだっけ。

すでに就寝中だった隣室の男子を起こして「怪しい人物を見たり、変な物音を聞かなかった?」と質問するも無駄骨に終わり、宿舎や交流センター内をシラミ潰しに探したのだが……


結局見つからず、俺はある結論に達した。

しかし、その検証をするまでには至らず……外がしらんできたところで、病み上がりの無理がたたり眠ってしまったんだ。


時計を見ると朝とは呼べない時間になっている。

くそっ! 寝過ぎだ、状況はどうなっている?


『ボーイズハント』


昨晩の電話が耳から離れない。

悪寒を感じつつ宿舎を出て、交流センター内に駆け込むと、


「おや? タクマ殿。随分休んでいたようでござるが、回復したでござるか?」


下駄箱に陽南子さんにいた。


「陽南子さん! 仲人組織から何かアクションはありましたか!? 男子のみんなはどこですか!? 無事なんですか!?」


「と、とと……そう矢継やつぎ早に訊かないで欲しいでござる。殿方たちなら皆無事でござる。施設内の防備を再チェックしているでござるよ、競技に備えて」


「そうですか、無事なんですね……良かった。って、競技?」


「今朝方、東山院の領主殿から電話がかかってきたでござる。交流センターの殿方たちと、お見合い指定校の女子とで競技を行わないかと……」


ザマスおばさんからの電話だとっ。

ちくしょう、嫌な予感しかしねぇ!


「競技って何ですか? どんなルールなんですか!?」


「お、落ち着くでござるよ。こっちで詳しく話すでござる」


立ち話も何なので……と、陽南子さんは食堂に移動した。


食堂に男子の姿はなかったが、テーブルの上に昨晩なかった紙が何枚か散らばっている。


その中の一枚を手に取る、どこかのホームページをそのまま印刷したみたいだな。


「何ですかこれ?」


「仲人組織のホームページのコピーでござる。そこに競技のルールが載っていた故、トム殿が印刷して殿方全員に配ったのでござる」


ルールか、箇条書きで色々書かれているが読めない。

これほど不知火群島国語が分からないのをもどかしく思ったことはない。


「タクマ殿、苛立つ気持ちは理解出来るでござるが、ひとまず座って深呼吸でござるよ」


母のように包み込む優しさを見せる陽南子さん――年下なのに大人びた態度の彼女が、俺に冷静さと羞恥心を芽生えさせた。


「すみません、熱くなってしまって」


言われた通りに食堂の椅子に座って深呼吸。

陽南子さんは対面の席に座って、こう告げた。


「競技は『鬼ごっこ』でござるよ」


「鬼ごっこ……」あのド定番の遊びか、それが『ボーイズハント』?


「競技時間内に殿方を女子が捕まえれば女子の勝ち。時間内を逃げきれば殿方の勝ちでござる」


「それは分かりますが、競技にトム君たちが参加してどんなメリットがあるんですか?」


「殿方が勝てば、冬休みどころか一ヶ月の帰省が認められ、さらに卒業日まで結婚を拒否しても文句を言われないでござるよ」


なんだよ、それ!?

あのザマスおばさんに似合わない大盤振る舞いじゃないか。怪しいにも程があるぞ!


「さっきトム君たちは競技に備えて準備しているとか言いましたよね。ってことは、杏さんの提案を……」


「承諾したでござる。今更 反故ほごには出来ないでござろう」


最悪アカペラで男子を説得しようと思っていたが、どうやらそれも無理になってしまったようだ。


「ちなみに女子が競技に勝つと、どんなメリットがあるんですか?」


薄々勘づいていた。だから、覚悟を決めて俺は尋ねた。


陽南子さんは言う――


「捕まえた殿方との『結婚』でござるよ」




☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




『男女対抗・鬼ごっこ』のルール


①有利不利が出ないよう、男女の参加人数は同数とする。


②競技時間は三時間。昼の十二時から開始し、十五時に終了する。三十人の女性のスタート位置は交流センターの壁の外とする。


③男性は交流センターの施設内から出ないこと。山中に逃げるのは大変危険なので絶対に行わないこと。違反した男性は帰省が不可になり、優先的にお見合いを斡旋する。


④女性側の勝利条件は、終了時刻までに男性を捕まえ、グラウンドのトラックまで連れて来ること。交流センター上空に監視ドローンを飛ばし、確認と判定を行う。


⑤一人の女性が捕まえて良いのは一人の男性のみとする。


⑥男性の勝利条件は、終了時刻まで女性から逃げきること。


⑦男性への殴る蹴る等の暴力は禁止とする。女性には手錠や縄やガムテープを支給するので、それを使って男性を捕まえること。違反した女性には刑罰を課す。


⑧⑦のルールを悪用し、男性がわざと自傷行為を行い女性に冤罪えんざいをかける可能性がある。そのため、もし男性が怪我をした場合はしかるべき医療機関で精密検査を行う。

もし自傷行為が判明した場合、問題の男性は複数の女性と結婚すること。


⑨勝利条件を満たした女性は、捕まえた男性と結婚する権利を有する。勝利した男性は、一ヶ月の帰省が認められ、なおかつ卒業日まで結婚しなくても良い。


⑩『鬼ごっこ』に参加した男性には、これまでの違法行為をとがめないものとする。




☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




陽南子さんが読み上げたルールを、日本語に書き起こす。


開始は十二時からか……あと、一時間もないな。


今すぐ男子たちの様子や交流センターの防備を見て回りたいが――焦るな、もっとルールを熟読するんだ。

あのザマスおばさんからの提案だけあって、ルールのどこかに罠が仕掛けられている気がしてならない。


「陽南子さん」

疑問点はどんどん訊いてみるか。


「なんでござる?」


「男子を捕まえてグラウンドまで連れてくるように、ってルールには書いてありますが、大の男を女子が運べるもんですか? しかも必死に抵抗する男を、ですよ?」


「出来るでござろう」おかしな事を尋ねるでござるな、と言いたげに小首を傾げて陽南子さんは言う。


「交流センターにいる殿方で一番重いのはトム殿でござろうが、あれくらいなら問題なく抱えられるでござるよ」


「えっ、トム君は80キロくらいありそうですけど」


「そう言えばタクマ殿は外国人でござったな、では馴染みがないかもしれんでござる。殿方に関わる事では、女性のリミッターは外れやすいのでござるよ。80キロ程度なら片手でいけるでござる」


どこかで聞いた話なのだが。

人間は普段、筋力の約三割くらいしか使っていないそうだ。脳が身体の部位が損傷しないようリミッターをかけているためらしい。


しかし、脳が興奮状態になるとリミッターは外れる。

火事の時に重い金庫を持ち上げて逃げる人など、これに当たるわけだ。


あれだな、俗に言う『火事場の――

「俗に言う『濡れ場の馬鹿力』でござるよ」

最低なリミッター解除やめろや!



ともあれ、トム君を片手で……か。

男と接する時の女性がどんだけ興奮しているのか、分かった気がする。


捕まったら抵抗は無意味――まさに、『ボーイズハント』だ。

結婚してしまった男子は、ハンターによって美味しく(性的に)食べられてしまう。


「ルール②を読むに、参加する女子は三十人。トム殿たちと同数でござるな」


「参加する女性というのは、お見合い指定校から選ぶらしいですけど、どうやって決めるんですかね?」


「拙者の予想でござるが、これまで各殿方のお見合いで、最終選考まで残った女子を鬼役にするのでござろう。例えば、トム殿なら芽亜莉先輩が鬼役として抜擢ばってきされるでござる。最終選考まで行った女子と殿方なら、結婚してもある程度の相性は保証されているでござろうから」


トム君に素っ気ない態度を取られて暗黒闘気を放っていたメアリさん。彼女が鬼役だとしたら、トム君の(独身としての)命日は今日になりそうだ。


「何にしても、殿方三十人と指定校の女子三十人の貞操と既婚を賭けた熾烈な鬼ごっこになるのは、間違いないでござる」


三十対三十の戦い。

果たしてトム君たちは未婚き延びることが出来るのであろうか。


「こんな事を言うのは不謹慎かもしれんでござるが、拙者は安心したのでござる」


「安心?」


「このルールならタクマ殿は巻き込まれることはないでござる。鬼役の女子には最初から目当ての殿方がいるはずでござる。そうでなければ、鬼役同士で獲物を賭けての同士討ちが起こってしまう故。なので、タクマ殿を狙う敵はいないでござるよ」


ふぅむ……一理ある、か?


「競技が始まったら、拙者とどこかに身を隠すのが良いでござる。もし、鬼役が乱心してタクマ殿を襲うようなら、南無瀬組流の格闘術で拙者が成敗するでござるよ!」


陽南子さんが肉体を誇示するように胸を張る。

妙子さん譲りの恵体を持つ陽南子さんなら、肉食女子を軽々と排除してくれそうではある。


だが、これだけ事態を悪化させたのに自分一人だけ助かろうなどと思えないし、それ以上に陽南子さんの案を承諾出来ない理由・・がある。


「ありがとうございます。けど、俺のことは後で考えましょう。それよりこんな競技を勧めてくるってことは、東山院杏さんには交流センターの防備を越える自信があるってことです。トム君がどこにいるか知りませんか?」


「さっき階段を昇っていくのを見たでござる。三階の警備ルームにいるのではござらんか?」


交流センターの防衛のかなめか。


「行ってみましょう」

俺はルールの写し紙を持って、早足で進み出した。

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