二十年前の悪夢

戦勝パーティーのように盛り上がっていた食堂に、今や残っているのは俺一人。


男子たちは数人の夜間警備人員を割いて、残りは就寝に入っている。


陽南子さんや丙姫さんは、下剤を飲まされた人たちに心を痛めつつ、用意された部屋へ帰っていった。


ひっそりと静まり返った食堂で――椅子に座り、テーブルに肘を突き、俺は頭を抱えた。


ペットボトル下剤事件によって、男子たちに対する世間の印象は悪くなったはずだ。

今さら「ごめんなさい」して許してもらえるのだろうか。


それにペットボトルを投げるように指示したのは俺であり、丙姫さんから下剤提供を頼む時に「何かあっても責任はすべて俺が持ちます」とも言っちまった。


最早、巻き込まれた人の域を越えている。


男子たちを説得し投降させたとしても、何かしらの罰を俺も受けることになるだろう。


……なんてこった。


何度目か分からないため息を吐いていると――ポケットの携帯が振動を始めた。


慌てて手にして画面を見る。妙子さんか!


「もしもし、拓馬です!」


『不味いことになった』

妙子さんの開口一番が、俺の胸に突き刺さる。


「や、やっぱりさっきの事件で、ですか? すみません! 俺がトム君たちを止められなかったばかりに」


『いや、三池君を責めているわけじゃない。ただ、あたいと由良様で、仲人組織内の穏健派を集めて、杏さんに直談判する手はずを整えていたんだが……今夜の一件で、穏健派の中に不和が生じてしまった』


「不和?」


『男子をいさめるためには、それなりの強攻策も仕方ないのでは、って意見を変える奴らが出てきたんだよ』


きょ、強攻策……


「あの……男子って貴重なんですよね? もっとこう、貴重なりに男子の意見を聞いたり丁寧に扱おうと言う人はいないんですか?」


蝶よ花よ、とまでは言わないが、優しい対応を当方望まずにはいられません!


『三池君、確かに男子は貴重だ。だが、それだけに男子を美術品のごとく徹底管理したがる奴らも多いんだよ。下手に自由にさせたら誘拐されかねないんで、常に監視下ででようってな。そいつらからして見れば、今回の籠城事件は美術品の反乱。さぞ面白くないだろうねぇ』


ヒエッ!?

ちょっとこの世界、男にハードモード過ぎんよ!


『さらにだ、東山院のお見合いシステムが始まって半世紀。歴代の男子はそれに適応し、伴侶を持ち卒業して行った。だが今、交流センターにいる男子たちは、そのお見合いシステムに真っ向から反逆している。そんな者たちを世間はどう見るか、三池君には分かるかい?』


「ええと、とびっきりの不良、ですか?」


『まあ、そんなところだろうねぇ』


トム君たちは、俺が想像するヤンキーとはまったく異なるが、不知火群島国では相当なワルになってしまうのか。

そんなヤンキーたちが籠城事件を起こした……そう考えると、世間の風はトム君たちに厳しいものになりそうだ。


――あれ、ちょっと待てよ。

妙子さんの今の話、一つ変な所があるぞ。


「妙子さん。さっきお見合いシステムが出来て半世紀、何の問題もなく、男子たちは適応していたみたいに言いましたよね?」


『ん、ああ、そうだが』


「この前、おっさ……げふげふ、陽之介さんと電話した時に聞いたんですけど、二十年前にも今回のように結婚したくない三年の男子たちがいたらしいですよ。結構強気に拒否していたみたいで、周りの女子たちが業を煮やしていたって」


『はっ? 二十年前? あたいの在学中にか?』


「ええ、たしか陽之介さんが高校一年生の時の話です。でも結局、その時に東山院中央高校の生徒会長をしていた杏さんによって、男子たちはまとめて結婚送りにされたとか」


『……あたいは知らないぞ』


そう言えば、陽之介さんが言っていたな。戒厳令が敷かれて一般には知られていないって。

低学年だった妙子さんの耳に入らないくらい、徹底的に情報が遮断されていたのか。


おっさんもあまり言いたくない口振りだったし、これまで妙子さんに教えていなかったみたいだな。



『すまない、旦那に詳細を聞いてくる』


素早い声と共に電話が切られた。

げっ、もう携帯の電池が虫の息だ。次の電話までならちそうだけど、明日からは使えそうにない。


それにしても二十年前の結婚拒否。

その顛末は、男子全員の結婚送りという最悪なものだった。

今回のように世界中から注目されず、秘密裏に処理されたそれは、一体どういうものだったのか。


当時を語るおっさんの声色を思い出すに、相当恐ろしい目にあったはずだ。



いかなる悲劇が男子たちを襲ったのだろう……

そんなことを考えていると、再び携帯が鳴った。


「拓馬です」


『やられたよっ!』

妙子さんの声には明確な怒りがこもっていた。


『杏さんは……東山院杏はこの状況を狙っていたんだ。男子を追いつめ、わざと三池君にコンテストを妨害させ、籠城事件を起こさせ、世間のヘイトを集めたのも、すべてはこの状況に導くためだったんだ!』


「ちょ、ちょっと落ち着いてください。分かるように説明してください」


『あ……ああ、すまないねぇ、頭に血が上っちまった』

妙子さんの声が幾分か和らぐ、あくまで幾分か。


『まず、謝罪するよ。あたいがもっと早くこの事を知っていれば東山院杏を止められたかもしれない。今朝、東山院に向かうあたいに旦那はこの話をするつもりだったらしいんだが……あたいとの抱擁が気持ち良くて、今まで眠っていたらしい』


あっ(察し。


『で、旦那からの話を分析するに……東山院杏は二十年前の再現をするつもりだ――自分が結婚相手を手に入れたあの時の再現をね。これまでの活動はその仕込みだったのさ。気を付けるんだ、明日からの東山院杏は本気だ』


「本気って何ですか、交流センターに警官隊を突入させるとか、ですか!?」


やばい、足がガクガクしてきた。


『警官隊ならまだ良かったんだ……捕まっても犯罪者になるだけで済む』


ひぃぃ!? 犯罪者になるのがマシって何さ!


「いったい何が始まるんです?」


俺の震え声に、妙子さんは重苦しく答えた。





『第二次ボーイズハントだ』






☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆





「ぼ、ボーイズハント?」

なんだ、その危険極まりない言葉は!


「それってどういうものなんですか?」


『………………』


「た、妙子さん? …………あっ!?」


携帯から耳を離し、画面を見ると電源が落ちていた。

うげぇ! こんな時にぃ!!


何とか再起動させようとするも、携帯はウンともスンとも言わない。完全に電池切れだ。


俺はガックリ肩を落とした。


ボーイズハントというものの詳細は分からないけど、とにかく明日の朝一に男子たちを集め、ライブを開き、説得しよう。

そして、みんなで頭を下げて投降するんだ。

そうしないと、取り返しのつかない事態になる。そんな気がする。



宿舎に戻り、自分の部屋のドアノブを掴んだ。


……そういや、鍵をかけずに出て来ちゃったな。まあいいか。こんな所に物盗りなんているはずないし。

そんなことを思いながら、ドアを開けた俺は瞬時に部屋の異変に気付いた。


な、ないっ!


慌てて部屋の隅に顔を突っ込んだり、ベッドのシーツをめくったり、クローゼットを開けるが、どこにもない!!


どこだ、どこだ、どこだ!?


な、なくなっている。

部屋を出る前は確かにあったのに……



俺のギターと楽譜がなくなっている!

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