顔の見える闘争を

やはり歌しかない!


男子たちの力作料理で食欲を満たせば、気持ちに余裕が生まれる。

ネガティブになるな、俺。

状況は芳しくないが、まだ手はある。


彼らが熱くなっているのは、俺が歌ったBUTTER Projectの熱血ソングのためだ。

ならば、彼らを落ち着かせるのにも歌の力を借りれば良い。


が、闘争本能を削ぐ歌とはどういうものだろう?


てっとり早く効果がありそうなのはラブソングか……しかし、俺が男子たちに愛の歌を浴びせれば、男女交流センターが男男交流(意味深)センターになってしまう。

お尻のためにもラブソングは却下だ。


と、なると直球で反戦ソングにするか。

手持ちの楽譜に、あの曲があったはずだ……


世界でもっとも有名なバンド、カブトムシ。

そのメンバーの一人が歌った、平和を願う名曲。

長年、世界中で歌い続けられるだけあって、メロディーの秀逸さや歌詞のメッセージ性の強さは、俺ごときが論ずるまでもない。


この曲ならば、BUTTER Projectの火消しを十分にこなしてくれるだろう。


ただ問題が一つ。

俺のレパートリーに入っていない曲のため即興で弾いて歌うことが出来ないのである。

生半可な練度では、男子たちの熱血成分を除去出来ないかもしれない――練習が必要だ。


「夜の山に灯る火……キャンプファイヤーみたいに、さぞ綺麗なんでしょうね」


トム君たちはすぐにでも火炎瓶を作製し、外へ投げたくて仕方ない放火魔の顔をしている。

歌の練習をするにしても、このファイヤーボーイズ共を放っておいたら余計事件がこじれるだろう。

とはいえ、頭ごなしに炎上はいけないことだと諭しても、血気盛んな男子たちは反発するかもしれない。



そこで――


食事が終わった食堂。

俺は立ち上がり席につく男子たちへと、


「こんなやり方じゃダメだ!」


空の瓶を掲げて、嘆かわしいように言い放った。


「そ、そんなタクマさん!? 火炎瓶は闘争の様式美なんですよ」


「それがダメだと言っているんだよ、トム君! これじゃあ『君たちの顔が見えない』!」


「ぼ、ボク達の顔……」

俺の言葉の意味を図りかねた男子たちが呟く。


「様式美というのは、言い方を変えればオーソドックス、ありきたりだ。君たちの闘争は、ニュースで前代未聞と報道されているだろ。この闘争は歴史に残るかもしれない。そんな時代の開拓者である君たちが、過去の手法に頼っていてどうする? それじゃあ社会に君たちの覚悟や真意が伝わらない、君たちの顔が見えないんだ!」


晩飯をかき込みながらずっと考えていた文句のため、淀むことなく言葉が出る。

聞き手の男子たちが信奉するように俺の話に耳を傾けてくれるので、ついつい感情を過分に込めちゃう。


「じゃ、じゃあどうすれば良いっすか?」


スネ川君が動揺しつつ訊いてくる。

よしよし、良い流れだ。


「まず、瓶は使わない。代わりに……」


食堂には飲料用の自販機が置いてある。その横のゴミ箱に手を突っ込み、俺が取り出したるは……


「ペットボトルを使う。こいつを壁の外へ投げるんだ」


「ええっ!? それじゃあ地面に落ちても割れなくて、ガソリンが燃えないっすよ!?」


「問題ない。ガソリンは使わないからな!」

危ないからね!

「ガソリンではなく、水を入れる!」


「み、水!? 水なんかで何になるんっすか!?」


普通の水では男子たちは納得しないか……だから。


「無論、ただの水じゃない。即効性の下剤を混ぜる。飲んだらすぐ腹痛になるやつだ」


夕食中に丙姫さんと接触し、保健室に下剤があることは確認済みだ。


「下剤……」

納得がいかない顔をする男子たち。

火炎瓶と下剤入りペットボトルでは、前者の方が絵的に格好良く思えるのだろう。

俺もそう思う。だけど、そう思わなくしないといけない。


「いいか、みんな! ここはどこだ? 山の中だ。周りに民家はない、つまりトイレがない。そんな所で下剤を飲まされたらどうなると思う?」


あっ、と男子たちの声が漏れる。


「これは派手さはないけど、実にえげつない方法だ。女性にずっと苦しめられてきた君たちの反撃にふさわしい方法だ」


「でも、タクマさん。壁の向こうから放り投げられてきたペットボトルの水を、飲む人なんているんですか?」


トム君が常識的な質問をする。


「ああ、もちろん飲むさ」飲むわけねーよ! 

「なにしろ男子からのプレゼントだ。これに飛びつかない女性はいないさ」


「そ、そうでしょうか?」


「そうだよ」

無理矢理押し切る。


ペットボトル投げで心配なのは、壁の向こうにいる人にペットボトルが直撃すること……だが。

男子の肩力と壁の高さを考えるに、ペットボトルに入れる水の量はさほど多くはならないだろう。

頭に当たっても大して痛くはないはずだ。

まさか二リットルのペットボトルを満タンにして、壁の向こうへ放り投げられる男子がいるとは思えないし。


それと心配事がもう一つ。

この世界の女性はいつも俺の想像の斜め上を行く。もしかしたら、投げ込まれたペットボトルを有難がって口づける輩が現れるとも限らない。


そこで一手。


「ちなみに使うペットボトルだけど……」

手にしているペットボトルには、南国風の絵がラベルとして巻かれている。俺はそれをがした。


「ラベルはちゃんと剥ぎ取って使おう」


「どうしてっすか?」


「これも『君たちの顔が見える闘争』のためだよ。ペットボトルをそのまま投げたんじゃ、企業のロゴや商品表示に邪魔されて、君たちの顔が見えないだろ」


自分でもよく分からない理屈だが、何だかとても大きな意味があるように言う。


ラベルすら巻かれていない中身不明の飲料水。

いくら不知火群島国の女性が、男不足で乾いていたとしても、これほど怪しい物で乾きを満たす人はいないはずだ。


「さすがタクマさんです。誰かの模倣をするのではなく、常に自分のやり方を突き通すその姿……ボク、感動しました」


トム君が目に涙を溜めながら言う。

他の男子たちも、


さすがタクマさんさすタク!」「さすタク!」「さすタク!」

と、俺を賞賛する。


あらやだ、この子たちったらチョロィ!


「うむ、良き闘争を。健闘を祈る」


話を終えた俺は、丙姫さんの所へ行き「そういうワケですから、下剤を提供してください。万が一があってはいけないので、軽めの効果のものを」と、こっそりお願いする。


「う~ん、医療関係者としてはぁ、薬を治療以外で使うのは……ちょっとねぇん」

渋る丙姫さんを、


「そうおっしゃらずに。大丈夫です、被害なんて出ませんし、何かあっても責任はすべて俺が持ちます」

粘り強く説得し、俺は下剤を確保した。


これで男子たちは徒労に終わる活動にしばらく従事することになった。

今は二十時過ぎ。ペットボトル投げが終わる頃には夜が更け、男子たちは疲れ眠るだろう。

よし、一晩の練習時間を稼いだぞ。


「じゃあみんな、俺は病み上がりだから、そろそろ休ませてもらうよ」


そう言って俺は食堂から退散した。


交流センターの横には宿舎が建てられている。

交流センターは、青年の家のような施設なので泊まる所は主に大部屋だと思っていたのだが……宿舎は全て個室で、しかも防音がしっかりしていた。


最初はどうしてだろう? と疑問だったが、ここが男女の『交流』の施設であることを思い出し、合点がいった俺である。


宿舎にラブなホテル的な利用目的があったとしても、歌の練習に適しているのは変わらない。


自分の部屋に入った俺は、すぐにギターと楽譜を用意して練習に集中するのであった……



気付くと、部屋の壁に掛かった時計の針が二十三時を指していた。

もうこんな時間か……

猛練習によって、着実に歌の精度は上がっている。これなら明日の朝には、ライブを開いて男子たちを正常に戻すことが出来るだろう。


休憩がてらに俺は部屋を出た。


そういや、ペットボトル投げはどうなったんだ?


宿舎の廊下を歩くも人の気配はない……まだ、みんな交流センターにいるのか?


様子を見ようと、宿舎の外へ――すると、正門の方がやたらと騒がしい。

救急車のサイレンも鳴っている。


な、なぜだっ!?

どうして壁の向こうが混乱しているんだ!?

男子のペットボトル投げは失敗に終わったはずだ! そうでなくちゃ困る!


胸騒ぎに後押しされ、俺は急ぎ交流センターに入った。




「あれっ? タクマさん、お休みになったんじゃ?」


食堂に行くと、男子が勢ぞろいしていた。


「き、君たちの頑張りが気になって起きてきたんだよ」


「そうなんですか? わあ、ありがとうございます! やりましたよ、ボクたち!」

トム君が良い仕事をした後のような、心地良い顔をする。


えっ……やっちゃったの?


「これこれ! 観てくださいよ、タクマさん!」

スネ川君がテレビを指さす……そこに映し出されているのは。



『こちら現場です! 大変なことになっております! 見てください、警官隊や他局のマスコミ関係者が地面にうずくまっております』


正門の前。実況レポーターが言うように、ライトアップされたそこでは多くの人々が倒れ、さながら地獄絵図になっていた。


『一体何があったんですか?』

テレビ局のスタジオからアナウンサーが尋ねる。


『男子による抗議活動が原因です。未だ冬休みの帰省を認めない仲人組織に抗議する形で、男子たちがペットボトルをこちら側へ投げてきたのです。そのペットボトルの水に何か薬品が混入されていたのでは、と思われます』


『倒れている人たちはその水を飲んだわけですね? どうして、そんな怪しい物を……?』


せやせや! おかしいやろっ!

俺が配慮に配慮を重ねて、飲まないようにしたのに!


『こちらをご覧ください』マイクを持たない方の手で、実況レポーターが掴んでいるのは500ミリリットルサイズのペットボトルだった。


なっ!?

俺は理解した。どうして女性たちがペットボトルの水を飲んだのか理解してしまった。


トム君たちに俺は言った――ラベルは剥がして使うようにと。

確かに企業ロゴや商品説明のラベルは剥がされている――が、その代わりに。


『ペットボトルに男子の顔写真が巻かれています』


「あっ、ボクのペットボトルだ」

トム君が嬉しそうに声を上げた。


『なるほど、男子の写真付きペットボトル。そんなことをされれば、中身にその男子のエキスが入っているのでは? と期待して飲んでしまいますね』

スタジオのアナウンサーが大真面目にアホなことを言う。


『はい。これによって、ペットボトルを飲んでしまったり、ペットボトルの取り合いで多数の被害が発生して……いまぅ』

実況レポーターがお腹を押さえてフラフラし始めた。

最初にテレビに映った時から顔色が悪そうだったが……よく見れば、彼女の顔には引っ搔き傷が残っている、ペットボトル争奪戦で負った傷か?


『どうしました!? 大丈夫ですか!?』


『すみません、私も飲んでしまって……うぐぅ』


実況レポーターが腹の痛みに耐えきれず座り込んだ所で、テレビの映像がスタジオに切り替わった。


『……ええぇと』突然の放送事故に戸惑うスタジオのアナウンサー……だが。

『大変な事態になりましたね』と、気を取り直してコメンテイターに話を振る。


『ええ、女性の純情につけ込む卑劣な犯罪ですよ』

コメンテイターの女性が顔をしかめ、厳しめの言葉を続ける。『これまで男子だからと優しい対応をしていた警察や仲人組織ですが、これで態度を変えるかもしれませんね』


『そうですね。交流センターの籠城事件、今後の動向が注目されます。では、次のニュースを――』



「と、と、と、トム君!?」

テレビから顔を背け、俺はトム君へ詰め寄った。


「何ですか? タクマさん」


「な、な、なぜにペットボトルに写真を付けたのっ!? 何なの! そのオリジナリティ!?」


「え……だって、タクマさんおっしゃったじゃないですか。普通の方法では『ボクたちの顔が見えない』って。ですから、顔が見えるようにしたんです」


だからって顔写真付ける奴がいるかああああああ!! バカやろおおおおおおっ!!




――こうして籠城事件は、俺の願い空しく……最悪な方向へと向かい始めた。

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