【領主会談】
「由良様、それに妙子さんも。お待たせしてしまい申し訳ないザマス」
ビルの最上階。仲人組織の代表室に赴いた由良様とあたいを、杏さんが出迎えた。
「お久しぶりです。杏様」
「あらあら由良様、また一段とお美しくなられて。聞きましたザマスよ、昨年由良様が行った公共事業の創出で中御門の失業率がニパーセントも改善されたと。その若さで素晴らしいザマス」
「買いかぶり過ぎです、ワタクシはまだまだ若輩者。何とかやれているのは、周囲の方々の支えがあってこそです」
由良様はあたいや杏さんよりずっと若く、まだ二十代も半ばだ。
病人のように白い肌なのに、瑞々しさのある頬が悪印象を打ち消している。
後ろで一つにまとめた黒の
若く、実際若く見えるのに、若者にない何かを持っている。
そんな由良様が、領主になって数年で行ってきた政策は数知れず。十分過ぎるほど優秀だ。
「ご謙遜ザマスね~。あとは跡取りを作れば中御門は安泰ザマスね」
お、おい!?
あたいは肝を冷やした。
『由良様に結婚や子どもの話題を振ってはいけない』由良様に近しい人間なら誰でも心得ている暗黙の了解だ。
杏さんだって分かっているだろうに……
由良様ほどの美貌と器量ならば、結婚相手を作るのも難しくないだろうに、どうしてか由良様は結婚どころか男性を自分の近くに置こうとしない。
「跡取りですか……今は領主の仕事で手一杯です。自分のことはもう少し落ち着いてから考えたいと思います」
こう涼しい顔で返事する由良様だが、あたいは見逃さなかった。杏さんの口から『跡取り』という言葉が出た瞬間、由良様の眉がピクリと動いたことを。
「まぁ、そうザマスか。
領主なら政務に集中するため、結婚と出産は二十歳くらいで済ませるのが普通だ。現にあたいも杏さんも二十歳で子どもを産んでいる。
そういう視点から見れば、二十代半ばで男の影がない由良様は、老婆心という名の嫌みを突きつけやすい――けど。
「杏さん」
責める口調であたいは言う。
こっちがアポを取らず無礼に来たとは言え、無礼返しするような言動は控えてもらいたい。
「世間話はそれくらいで置いておこうじゃないか。早速だが、そっちが把握している事件の詳細を聞かせてくれないか? こちとら組のモンが人質になっているかもしれないんだ」
「人質、ザマスか……」杏さんは意味ありげな目であたいを見つめ、
「喋るにしても立ち話はなんザマス。お二人とも長旅で大変だったザマしょ。こちらへ」
柔和な笑みを張り付け、応接用のソファーまで案内する。
あたいらから飲み物のオーダーを聞き、それを部下に伝え、手早く話し合いの席をセッティングする手腕はさすがの一言。
「事件についてザマスね……不明な点は多々あるので、私の推測も含んでしまいザマスが」
「構いません」
「ああ、聞かせてもらうよ、杏さん」
椅子からやや腰を浮かせ、前のめりになりながら、応接テーブルを挟んだ向かいの杏さんにガンを飛ばす。
二メートル弱のあたいがこれをやれば大抵の相手は怯むものだが「慌てるのはいけないザマスよ、妙子さん。領主たる者、気品と余裕を忘れてはならないザマス」
どこ吹く風で杏さんは受け流す。
くっ、高校時代の先輩面そのままだな。
「交流センターの男子たちが動画共有サイトに、籠城のメッセージを発信したのは本日の朝七時。事件は少なくともその一時間前から始まっていたザマス」
「一時間前……そう言う根拠は何でございましょう?」
背筋を伸ばして隣に座る由良様が尋ねた。
「朝六時に警備会社に緊急コールが届いたザマス。発せられたのは交流センターの門前にある警備室から。何があったのかと警備会社が警備室に電話したものの音信不通だったザマス。それで――」
杏さんが話す内容は、事前に真矢から聞いていたものとほぼ一致していた。
東山院市少年少女交流センター、その門前にある警備室から出た謎の緊急コール。
不審に思った警備会社の人間が、交流センターに駆けつけ、警備室の中を覗いてみれば――そこには、縄で縛られ眠らされた警備員たちの姿があった。
やったのは男子たちだ。
夜勤の警備員たちをねぎらうため出された朝食……それに睡眠薬が混入されていたのである。
睡眠薬の出所は交流センターの保健室だそうだ。男子はデリケートなため不眠に悩まされるのが珍しくない。そのため、保健室には睡眠薬が常備されている。
男子たちが朝食を作ってくれるなんて今までなかった。
警備員ならばそこに違和感や警戒心を持たなければならないと思うのだが……仕方ないか。
守るべき男子が自分らに一服盛るなど想定の範囲外だろうし……愛らしい男子たちの手料理なら多少怪しくても絶対喰う、腹を壊したり胃が痛くても絶対喰う、女なら誰だってそうだろう。
警備員を無力化した男子たちは、正門の開閉ボタンを押した。
この開閉ボタンはあらかじめ指紋を登録した者以外が触るとアラームが鳴る仕様となっている。
当然、男子が押したことで大音量のアラームが流れたはずだ。
アラームを止めるためには警備員しか知らないパスワード (パスワードは毎日変更され、メモに残すことを禁止されている)を入力する必要があった。これに失敗すると、警備会社へ緊急コールが発信される。
さらに、警備室から警備システムを操作することが不可能となってしまう。
「この仕組みは、もし男子を狙った集団によって警備室が襲撃、占拠されたら――を想定して作られたザマス。警備室を暴女に奪われても、システムまで奪われるわけにはいかないザマスから」
「警備室からの操作が出来なくなりますと……警備会社の方でシステムを管理するのでございますか?」
「交流センターの警備システムは外からのクラッキング防止のため、独立しているザマス。警備会社と言っても遠隔操作は無理ザマスよ」
「では、どのようにして管理を?」
「交流センターの内部から警備システムを操作するザマス。実は、交流センターの中にも警備ルームが存在して、有事の際は外の警備室に代わって防衛を務めるようなっているザマスよ」
今朝方、男子たちはワザと有事の際を作り上げ、システムを交流センター内部だけのものに掌握したわけか。
男ってのは、うちの旦那みたいに可愛い奴ばかりじゃない。子どもなのに
「交流センターの内外に二つある警備室か、なるほどねぇ。外からの備えとしては考えられている。けど……」
「今回の場合は、内側にいる男子の方々が起こした事件。強固な警備システムが逆手に取られてしまったわけですね」
外の警備室が再びシステムへのアクセス権を持つには、交流センター内の警備ルームで決められた操作をしなければならない――つまり、男子たちを説得しない限り望めない展開、厄介だ。
「それにしても杏さん。男子たちがどうして警備の仕組みを知っていて、システムを動かせるんだい?」
「あらかじめレクチャーしていたザマス。万が一の時、内側にいる男子の皆さんがシステムを操作して自分の身を守らなければならないザマスから。それがまさかこんな風に悪用されるなんて……悲しいザマスね」
それほど悲しんでいない風に杏さんが嘆く。
あらかじめレクチャーしていた……か。杏さんの説明はそれほど不自然ではないが、あたいは引っかかるものを感じた。
引っかかると言えば、杏さんの態度だ。
なぜそこまで落ち着いていられる?
前代未聞の男子の反乱。
言っちゃ悪いが、領主として、仲人組織の代表として杏さんの責任問題になるのは必至だ。
自分が築き上げてきた立場が崩れそうな今この時、どうしてあんたはそう冷静なんだ……
「事件に対する杏様の方針をお聞きしてよろしいでしょうか?」
「そうザマスね……まずはこんな暴挙を止めるよう説得するザマス」
当たり前だな。
「それが失敗した場合は、警察を使って壁を突破するザマス」
交流センター周りは五メートル強の壁で囲まれているが、クレーンを使うなどすれば侵入は可能だ。
壁の上部には触れると感電する鉄線や、大音量の警報が鳴る仕組みがある。
しかし、行うのは強漢魔ではなく天下の警察。時間をかけて罠を解除することが出来、警報が鳴ろうが恥じることは何もない。
とは言え、そんな手段は認められない。
「交流センターではあたいの娘や保健医が人質になっているかもしれないんだ。軽率な行動は止めてもらうよ」
「今朝の犯行声明に人質の件は出なかったザマス。人質として利用するつもりなら言うはずザマしょ。男子たちに女性を傷つける度胸はない、大丈夫ザマスよ」
「簡単に決めつけないで欲しいねぇ」
「ともかく交流センターの内部に入ればこちらのものザマス。男子が抵抗しても強引に確保を」
「いけません」
これまで年長者である杏さんを立てていた由良様が、ハッキリと言いきった。
「男子は我が国の宝です。丁重に扱ってしかるべきです」
「由良様は優等生ザマスね。犯罪に走った男子にも慈悲をかけるなんて」
「彼らの要求は冬休みの帰省です、その要求さえ呑めば解決するではありませんか」
「一度男子の要求を認めてしまえば、あれもこれもと際限がなくなるかもしれないザマス。この事件は国中の男性に注目されているザマスよ、模倣する凶悪な男性を生まないためにも、初期対応は厳しくやるザマス。それによく言うザマしょ、テロリストに譲歩しないって」
「その発言、撤回してください。男子のみなさんをテロリストなどと」
「由良様、事件は世界中で報道されているザマス。不知火群島国はマサオ教があるため男性に甘いザマスが、未だに男性を『資産』とする国も少なくないザマスよ。あまり男性に弱腰な対応を取っていると、他国から舐められるザマス」
「他国は関係ありません。これはワタクシたちの国の問題です」
「さすがは
「まあまあ、二人とも!」
だんだんヒートアップしてきた由良様と杏さんの間に割って入る。
「由良様、落ち着きましょう。一度深呼吸して気を楽にしてください」
「……あっ、すみません。ワタクシったらはしたない」
拳を握りしめていたことに気づいた由良様が、慌てて手を開く。
あたいは杏さんを睨んだ。
「今はまだ声明が出ただけだ。これから男子たちとじっくり話し合えば、落とし所が見えるかもしれない。何にしても強攻策を取るのは早過ぎるんじゃないか、杏先輩」
「……分かったザマス。しばらくは様子を見るザマスよ……妙子さん、人質になっているかもしれないご息女を
「いや、分かってもらえればいいんだ」
「そして、由良様」杏さんが頭を下げた。
「男子をテロリスト扱いしたのは言葉が過ぎたザマス、申し訳ありません」
「あっ……いえ、ワタクシも熱くなり過ぎました。未熟者で申し訳ありません」
ほっ、どちらも大人の態度に戻ってくれて良かった。あたいらトップが
正直、捻くれた杏さんのことだから、謝罪なんてしないと思ったけど、意外と素直だな。
「男子たちは犯罪者として扱わないよう現場に徹底させるザマス……そう、男子は」
殊勝な顔をしていた杏さんが不敵に笑う。
「うん?」気になる言い方だ。
「ですが、その男子を扇動したミスターは許せないザマス。逮捕して法の裁きを受けてもらうザマス」
「なっ!? ちょっと待ってくれよ。どうしてミスターが扇動したことになっているんだ!」
「そうとしか考えられないザマス。ミスターが交流センターに入ってから男子たちは決起したザマス。当のミスターは未だに交流センターの中、事件に関与しているに決まっているザマスよ」
う……くっ!
三池君が男子たちを扇動――間違っていないから困る。
三池君としてはただ励ましたかっただけだろうが、相変わらずの歌の効果で、男子たちを良くない方向に
「真矢さんとの約束で、ミスターの本名は公表しないことになっていたザマスが、犯罪者となれば話は別ザマス」
マスコミにリークする気か!? や、やめろっ!
ミスターが三池君だと判明すれば、三池君はアイドルでいられなくなる。
「ミスター様と言うのは、先日のコンテストに出たお方ですね?」
「ええそうザマス。由良様も知りたいザマしょ、ミスターの正体を」
「正体も何も……」
さも当然のように由良様は言った。
「拓馬様ですよね」
「はっ?」
ニヤニヤしていた杏さんが間抜け面を晒す。
「た、妙子さんが由良様にミスターの正体を?」
「あたいは言ってないよ」
ふふっ、と由良様が微笑した。
「大勢の前に立つ気骨。多くの人々の心を揺さぶる力。どうやっても隠せないカリスマ性。そんな男性がこの世に二人といるはずがありません。ミスター様は拓馬様。自明の理とはこの事ですね」
そう語る顔は怖いくらいに美しかった。
由良様がミスターの正体に気づかないわけないか。だって、この方は三池君の――
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《作者あとがき》
三章の登場人物が増え、親と子の世代で先輩後輩関係が出てきました。
需要があるか分かりませんが、年齢順に登場人物を並べておきます。
38歳 ―― 東山院杏(東山院領主)、心野丙姫(保健医)
36歳 ―― 南無瀬妙子(南無瀬領主)、南無瀬陽之介 (おっさん)
29歳 ―― 南無瀬真矢(マネージャー兼プロデューサー)
25歳 ―― 中御門由良(中御門領主)
23歳 ―― 椿静流 (ダンゴ)
21歳 ―― 音無凛子 (ダンゴ)
19歳 ―― 三池拓馬(黒一点アイドル)、ファザコン(ファザコン)
18歳 ―― 丸子斗武(トム君)、東山院芽亞莉(東山院次期領主)、スネ川君
16歳 ―― 南無瀬陽南子(南無瀬次期領主)
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