【南無瀬組壊滅す】

「妙子! 起きたまえ、妙子!」


その日の朝、あたいは旦那の叫びにも似た声で起床した。

最近の旦那は、あたいのために毎日朝ご飯を作ってくれる。今日もエプロン姿が眩しく、思わず布団に引きずりこみたくなった――が、切迫した様子の旦那に、あたいは性欲を抑える。


「どうしたってんだい、そんなに慌てて」


「こ、これを観てくれたまえ!」


旦那が携帯の画面をあたいの方に向けた。


ネットの映像か……

やや小太りの少年が威風堂々とした雰囲気で、こう言っている。


『我々は東山院三年の男子高校生、三十人の勇士である。悪辣にも我々の夢と自由を奪うお見合い指定校の女子、並びに仲人組織に属する者に対し、宣言する。我々は東山院市少年少女交流センターを占拠した。我々は女子との交流に断固反対する。我々の帰省が認められない限り、ここに籠城し、如何なる婚活にも不参加を貫く』


「籠城!? それも交流センターだとっ……!?」


眠気が吹き飛んだ。


真矢から来た昨晩の定時報告を思い出す。

三池君が男子を励まそうと交流センターに行き、そこで倒れ、保健室に運ばれたと。

同行していた陽南子も、そのまま交流センターに泊まることにしたと。

動揺しているのか、真矢らしからぬ整然としない話し方だった。

二人が交流センターから出た、という報告は上がっていない。


男子が籠城など大それたことをするとは、信じられない。

陽南子や三池君がこんな事件に巻き込まれたとは、信じたくない。


「な、なんてことだ。ヒナたんと三池君が……っ!」

「落ち着きな、まずは現状把握だ」


陽南子はあたいの娘だ、男子たちにどうこうされるほど弱く育てた覚えはない。おそらく心配はないと思う。

心配なのは何かとトラブルに巻き込まれる三池君の方だろう……


真矢の番号に電話をかける。


コール音が三十秒ほど鳴るが、真矢は電話に出ない。

あたいが痺れを切らして電話を置こうとしたところで、コール音が止まった。


「おい、真矢! 男子の籠城について知っていることを全部話せ。そっちで何が起こっているんだ!?」

『………………』

「真矢? 聞こえているのか、真矢!?」

『…………だぇこね゛ぇさん、ぎこえてま゛す。はい、きごえでます」


最初、誰の声か分からなかった。死人のそれかと思った。

砂漠で水を乞うかのように、今にも干からびそうな……だが、よくよく耳をすますと電話の向こうにいるのが真矢だと分かった。

いつものおかしな喋り方やイントネーションでもない。


「お前、どうした? 大丈夫なのか?」

『あ゛あ゛、はぃ』

少し言葉を交わしたが、電話では要領を得ることが出来ない。


あたいは早々に電話を切り、旅支度を整えることにした。


「行くのかね」

不安を隠しきれない旦那を、

「ああ、陽南子はあたいたちの大事な娘だし、三池君は南無瀬組にとって掛け替えのない存在だ。二人ともちゃんと助け出してくるよ」

思いっきり抱きしめて安心させた。

旦那は「ミシミシ」と変な音を出しながら、あたいの抱擁に応えてくれる……よし、これでエネルギー補給完了!


「じゃ、行ってくるよ」


あたいは組員を数人連れて、南無瀬邸を後にした。





南無瀬空港から東山院行きの飛行機に乗り、それから車を使って――


強行軍の末、あたいは東山院市内にある仲人組織のビルに到着した。

クリスタルタワーなどと呼ばれる外観はあたいの趣味ではなく、光り物好きの杏さんが気に入りそうな建築物だ。


杏さん……杏先輩。

かつて、高校時代のあたいと東山院杏は先輩後輩の間柄だった。

次期領主として、共に勉学と婚活に励んだことは大切な思い出である――が、あたいと杏さんの相性はお世辞にも良いとは言えなかった。


真っ直ぐ行ってぶっ飛ばす、あたいと。

絡め手で相手を翻弄する、杏さん。

水と油とまでは言わないが、混じり合うのが難しい二人だった。


今から杏さんと会う……陽南子と三池君に関して舌戦もありえるな、頭痛がしてくる。

だが、あたいは南無瀬組の組長。

率いる組員に無様な姿は見せられない、それに男性でありながら組の最大功労者である三池君の一大事に黙っている場合ではない。


行くぞ。

気合一身、あたいは仲人組織ビルのエントランスに踏み行った。


案内係をする職員があたいたち黒服集団に、分かりやすいくらいる。

その一人にあたいは近寄り、


「南無瀬領主の南無瀬妙子だ。東山院杏さんへの面会を頼みたい。悪いね、なにぶん急ぎの用でアポがないんだが」


「そ、そうですか。申し訳ありません。現在、杏代表は東山院警察の方との話し合いをしていまして、その後でしたら……」


「いつ終わる?」


「三十分もあれば……」へこへこしながら職員が答える。


「分かった、ありがとう」


三十分か……待ち時間の間に、あたいは真矢と合流することにした。


真矢は朝からホテルを出て、一度は交流センターの前まで行ったらしい。が、センター周りは警察に囲まれて出来ることは何もない。そのため現地に組員を数人置き、自分はこのビルの一階に作られた喫茶店で待機しているそうだ。

ここの方が事件の情報が入り、有事の際にすぐ動くことが出来る。それに仲人組織が男子たちへ強硬な手段に出るのをけん制することも出来る。


喫茶店に入ると、客はほとんどいなかった。

人気がない店なのか……と思ったが、そうではない。

店の奥に屍たちが座っており、まったくくつろぐ気分になれないのだ。


「……いらしゃ……ひっ! い、いらっしゃいませ」


屍に店の空気をぶち壊され、その上来店してきたのが堅気に見えないあたいたち。

泣きっ面にハチのウェイトレスが顔を真っ青にするが、それでも頑張って応対しようとする。


「悪いねぇ、あいつらはあたいが回収する」

「は、はい……?」


ウェイトレスの横を抜けて、あたいは屍たちの所まで来た。


テーブルに突っ伏す者、椅子の背もたれに全身を預け天を仰ぐ者、窓ガラスと顔面を接着させる者。

我が組員ながら、これは酷い。


屍の一つ、真矢の肩を掴み揺する。


「真矢! おい真矢!」

「……レ……さん……クレ……えさん」


微かに反応はあるものの、顔に死相がくっきり見える。まだ、話せる状態ではない。


「仕方ないねぇ、アレを」

一緒に来た組員に指示を出す。

「承知しやした、妙子様」

厳重な密閉されたトランクケースから、アレが取り出される――と、同時に屍たちに確かな反応があった。


「クレ、ね、えさん……クレ……」

真矢が目に危ない光をたたえて「オクレ姉さん!」と吠える。


「うるさい!」

組員から受け取ったタオル――三池君の使用済みタオルをあたいは真矢の顔めがけて投げた。






☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆





「ったく、恥をかかせやがって。お前たち、もう大丈夫なのかい?」


三池君の使用済みの一品やタクマのグッズを配布した後。

屍だった組員たちに訊くと、全員が肯いた。その顔には人間らしい血色がある。


「面倒かけてすんまへん、妙子姉さん。拓馬はんと別れて一日。まさかここまでなるなんて、自分でも予想外や……」

「三池君中毒か……」

「交流センターに泊まるからって、拓馬はんの荷物を全部陽南子に渡したのが失敗やった。拓馬はんの使ったホテルのタオルやアメニティーグッズで自分を鎮めようと思ったんやけど、とっくにホテル側が回収しとったし……うちのミスや、いつも拓馬はんと一緒やからって、中毒抑制グッズを準備しとらんで」

「冗談でも笑えないねぇ」


本当に笑えない。

真矢たちが常日頃三池君から離れられないのは知っていた。

そうしないと禁断症状が出る、ということも聞いていた――話半分に。


しかし、その認識は改める必要があるな。


思い出してみれば、今回の東山院遠征――

南無瀬邸に残った組員たちは、頻繁に主のいない三池君の部屋の前へ足を運んでいた。

クリーニングをするためと、三池君の衣類を賭けた私闘が繰り広げられた。


みんな三池君の成分を求めて動いていたのか……


そして、その成分を得られないと、たった一日で廃人のようになってしまう。


あたいは猛烈な危機感を覚えた。

いつの日か、三池君が日本に帰る。

解毒剤去りし後、組の中毒者たちはどうなるのか……


南無瀬組は壊滅するかもしれないねぇ……

それは、予感と言うにはあまりに想像しやすい未来だった。



「ところで、ダンゴの二人はどうした?」

「音無はんと椿はんなら、拓馬はんが心配やって、交流センターの前に残っとるで」

「大丈夫なのか?」


中毒と言うなら、あの二人が一番の中毒者だと思うが……


と、喫茶店に備え付けられていたテレビが騒がしくなる。


『こちら現場です。先ほど二人の女性が倒れているのが発見されました。事件の関係者で、男子たちの強行に心を痛めたのでしょうか? 二人とも『ミケ、セイブンを』と謎の言葉を残し、救急車に乗せられました。このように現場は混乱しており――』


「誰でもいい! 今すぐあのバカ共の首根っこを掴んで引っ張ってこいっ!」


事件の前に、これ以上面倒事を増やすんじゃない!







真矢たちから情報を入手し、あたいはエントランスに戻ってきた。

そろそろ杏さんと会う時間だ。


はぁ、難敵とこれからやり合うのに、どっと疲れてしまった。

気を入れ直さなければ――と。


「お久しぶりですね、妙子様」


突如として周りが洗浄された、そんな錯覚に陥る。

心なしか体感気温が下がる。しかし、それは竹林の中のような清廉とした空気が成した現象で、悪い気分ではなかった。


「あ、あなた様は――こちらにいらしたのですね」


エントランスの入口から現れたお方に慌てて頭を下げる。

あたいは南無瀬領主の肩書を持つので、へりくだる態度を取ることは少ない――が、この方に対しては別だ。


上を白衣、下を緋色のはかまにし、足には白足袋を履いている。今日も不知火群島国の由緒正しき衣装で見麗しい。

どんな咎人とがびとにでも許しを与えるような優し気な目が、今は僅かだが厳しくなっている。


「事は東山院だけの話ではありません。世界中が不知火群島国の対応に注目しております。ワタクシも微力ながら加勢に参りました」


そう、中御門の領主――中御門なかみかど由良ゆら様はおっしゃった。

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