【届いた返事】
由良様は迷いのない澄み切った瞳で言った。
「ミスター様の正体を明かしてはいけません。杏様、あなたは拓馬様がどれほど不知火群島国に尽力しているのか理解していらっしゃいますか? どれほどの女性が拓馬様に救われているのか理解していらっしゃいますか?」
スラスラと語る隣の由良様。
思わずあたいは腰をずらして、距離を取ってしまった。
「し、しかしザマスね。もしタクマさんが事件の首謀者だった場合、私は領主として対応しなければならないザマス。不知火群島国は法治国家、これほどの事態を引き起こした者を、例え男性だとしても無罪放免には出来ないザマス」
自分より十も若い領主のプレッシャーに負けたのか、初めて杏さんから余裕が消える。
「それは承知しています。ですが、もし――」
由良様から発せられる威圧感が増大する。
「もし、拓馬様に罪がなかったとしたら? 事実確認をせずに単なる予想で拓馬様の悪評をばらまいたら? そんな杏様を拓馬様のファンはどう思うでしょうか?」
ズィーと由良様が上体を傾け、杏さんに迫る。
それに合わせて、ズィーと杏さんは後退し背中をソファーの背もたれに付けた。
「籠城事件に拓馬様が関わっていると知られれば、全島のファンがこの島に殺到します。混乱は避けられないでしょう。そして、
「ひっ!」
顔を青くした杏さんに、
「――ミスター様の情報公開はお勧めしません。軽挙はお止めください。ご自分の命のためにも」
由良様は完全無欠の笑顔を向けた。
「き、休憩するザマス」
という杏さんの提案で領主会談は一旦中断。
代表室から出て由良様と廊下を歩いていると。
「由良様、妙子様、ご無沙汰しております」
向こうから芽亞莉ちゃんがやって来た。
「おっ、しばらく見ない間に大きくなったなぁ」
自分より頭二つくらいほど小さい芽亞莉ちゃんの肩をポンポン叩く。
会う度に母親の杏さんに似てきたが、どうかあの人のようになってくれるな、と願うばかりだ。
「こっちに来たってことはお母さんに用があるのか?」
「はい、少々相談がありまして……」
「芽亞莉様、あまりお顔の色がよろしくないみたいですね。大丈夫でございますか?」
「立て続けに色々あったので。でも大丈夫です。由良様にご心配をかけてすみません」
そう言えば、あの声明を出した少年――芽亞莉ちゃんの婚約者だったな。顔色が悪くなるのも仕方ないねぇ。
「ご無理はいけませんよ。この事件、いつ収拾するか分かりません。休養を怠らないようにしてください」
「は、はいっ。ご助言ありがとうございます」
あたいら領主相手にガチガチと緊張する芽亞莉ちゃん。
そんな彼女と数分立ち話をして別れた。
再び廊下を歩き出して、由良様に声をかける。
「先ほどの杏さんの態度、どう見ますか? あたいは何か隠しているように感じられるんですけど」
「そうですね。このような事態にも関わらず、杏様には常に余裕がありました」
だねぇ、由良様が三池君関連でプレッシャーをかけた時以外は。
「もしかしたら、籠城事件が起こるのを杏様は想定していたのかもしれません」
「はいっ? こんな大事件を?」
「ええ、仲人組織のここ最近の強引なやり口を考えるに、まるで男子たちが自棄になるよう誘導したフシさえあります」
「いやいや、領主のクビが飛びますよ。誘導も何もどうして未然に防がなかったんですか?」
「『領主』としてならマイナス以外の何物でもない事件ですが。『違う立場』としてなら――」
由良様が振り返った。あたいも釣られて後ろを向く。
別れたばかりの芽亞莉ちゃんが代表室をノックし、杏さんが扉を開けて迎えているところだった。
あたいは目撃した。
芽亞莉ちゃんに向けるの杏さんの顔……それは、いつもの人を食ったようなものではなく、愛する娘に向ける母親の顔だった。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
荷物を近場のホテルに置いてくる、と言う由良様を見送り……あたいは一人、南無瀬組が待機する喫茶店へ戻ってきた。
「これは?」
喫茶店の入口に『本日貸し切り』の看板が置かれている。
真矢がやったのか……これから南無瀬組の方針を決めなければならない。他の客がいない方が都合が良いのは分かる。
だが、あたいらのような強面集団が店内の大半を占拠していれば、客なんぞ入って来ないだろう。
わざわざ貸し切りにしなくても……
そんな疑問は店に入った瞬間、解決した。
「南無瀬組の方ですね。いらっしゃいませ、ハァハァ」
「おう? また邪魔するよ」
妙に顔が赤く、鼻息が荒い店員に席へと案内してもらう。
「妙子姉さん! 領主会談はどうやったん?」
「三池さんのことで何か分かりましたか?」
「詳細希望」
『はぁ、ったくお前はいつもこうだな』
南無瀬組の面々が矢継ぎ早に質問してくる。
ダンゴの二人も合流したようだ。
ゾンビ面していた組員たちはみんな人間らしい顔つきに戻っている……いや、店員同様なんかおかしい。
「――ってことで、しばらくはこれ以上事が大きくならないよう穏便に説得することになった」
「男子は何とかなるかもしれへんけど、問題は拓馬はんやな」
「事件の着火人が三池氏とバレたらアウト」
『ほら、あまり抵抗するなら引きずり出すぞ』
「ですね~、どうにか三池さんを交流センターから引きずり出せないかなぁ」
う~ん、と腕組みをして悩む面々。
だが、その耳がヒクヒクしていることから、ちゃんと悩んでいるのか怪しいもんだ。
「三池君からの連絡はないのか?」
今朝、あたいは陽南子と三池君に電話をかけた。
陽南子の携帯は電源が入っておらず繋がらなかった。外部に情報を漏さられないよう、男子たちが携帯を没収し電源を切ったのだろう
しかし、三池君の方はコール音がずっと続いていた。男子たちは同性である三池君の携帯までは取らなかった……?
三池君があたいからのコールに反応しなかったのは、周囲に男子がいたからか、あるいはまだ体調不良で眠っているからか……
どちらにしても、後で電話がかけ直されるかもしれない。
そう思って、ポケットの携帯が鳴らないか期待している……が、未だ返信はない。
「うちもずっと電話しているんやけどなぁ……」
『いい加減返事くらいしろよ。無視するな』
「うむ、無視良くない」
「あたしたちの捻りを加えたメールもスルーなんて悲しいよね」
「メール? 三池君は不知火群島国の文字に疎いはずだが?」
変なことを言うダンゴたちに尋ねる。
「ふっふふ、もちろん文字が読めない三池さんでも分かるよう工夫しました。あたしの気持ちがバッチリ届くはずです!」
「会心の出来。これで、三池氏は私に電話したくなるに違いない」
「違うよ、静流ちゃん。あたしの方にきっと着信があるって」
「なんの、私の方」
自分が自分が、と言い合うダンゴたちは放置でいいだろう。
話を聞いたところ、真矢やダンゴたち以外にも、ここにいる組員の全員が三池君に連絡を入れていた。それも一人につき何回も。
「おいおい、お前たちやり過ぎだろ」
「うちらも我慢しようと思っているんやけど、拓馬はんの声が聞けるかもしれへんと思ったらつい……な?」
『我慢比べか? そこまでやるならこっちも本気だ。全力で毛布をはぎ取ってやる』
「ここのはぎ取ってやるって台詞、良いよね?」
「うん、たぎる」
「関係ない話はするな」
隅でハァハァしているダンゴたちを注意する。
「まったく、全員が電話をかけていたら三池君の携帯の電池がキレちまうじゃないか」
『居間に行こうぜ……久しぶりに……キレちまったよ……』
「うるさい!」
出来るだけ耳に入れないようにしていたが限界だ。
毎回話の腰を折られている気がして、ついにあたいは怒鳴ってしまった。
『ずっと寝ているようならほっぺたにイタズラするぞ、ほら……チュッてな』
「はぁはぁ……三池さんのチュパ音、ちゅきぃ~」
「ご飯五杯イケる、はぁはぁ」
「話し合い中に発情すんな! どいつもこいつも顔を赤くしやがって! おい、店員さん! この音声ドラマを止めてくれ!」
三池君の音声ドラマ第一弾、三池君が幼なじみに扮して起こしてくれるシチュエーション。
真矢が店側に金を握らせ、音声ドラマを店内BGMにしたのである。
こんなものが店内BGMになっていたら、他の客が殺到するだろう。たとえ、南無瀬組の堅気でないオーラが充満していたとしても――わざわざ店内を南無瀬組貸し切りした理由がこれだったのだ。
「た、妙子姉さん!? そ、そんな殺生な!」
真矢が
「ええい離せ! 三池君成分がないとやってられないからって、音声ドラマを延々とループ再生するんじゃない! 集中出来ないだろっ」
「これがないと、うちら禁断症状で苦しいんや!」
「少しは耐えられないのかい?」
あたいは悲しいぞ、うちの組員たちはいつの間にこれほど軟弱になっちまったんだい?
「想像してみてくれへんか? 陽之介兄さんが妙子姉さんから一日以上離れたら?」
「おをぅぇ!?」
「真矢、お前はあたいを殺す気か?」
「うちらはそのくらい死にそうなんや! 堪忍してぇな!」
真矢が組員代表として、悲痛な声を上げた時だ。
ブーン、ブーン、ブーン、とバイブ音が店内に響いた。
全員がハッとなって自分の携帯を確認する。
「……うちやない」
「あたしもです」
「残念」
打ちひしがれる組員たちの目が、だんだんあたいの手元に、あたいが持つ振動する携帯へと注がれる。
あたいの携帯の画面、そこに表示された文字は……
「三池君からだ」
フザケルナ! ナンデ オマエニ デンワガ!!
キコンシャ ノ クセニ!!
南無瀬組の組長に就任して、十数年。
初めてあたいは、組員たちから殺意のこもった視線で睨まれた。
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