長い別れ

真矢さんたちから何度も止められたが、俺は頑として交流センター行きを主張した。


実際、俺が行ったから解決、なんて単純な話ではない。

けれど、失意のトム君たちを放っておく気にはなれない。

せめて彼らを励ましたかった


励ます方法は考えてある。

そもそも、俺が東山院に来たのは『男子たちを応援して欲しい』という依頼があってのことだ。

そのため歌の練習していた――紆余曲折あったが、今こそ全力で歌おう。


あの熱血ソングを!



俺のままでは目立つ。

病院側が退院を許すわけもないし、俺は再びミスターに変装し、こっそり外に出た。


冬の風が当たり、身体がぐらつきそうになるが耐える。

このくらいの体調不良が何だ、トム君たちが受ける心の傷に比べればかすり傷にもならない。


車が東山院市少年少女交流センターに着く頃には、サウナにいるくらい身体が熱を帯びていたが……これから熱血に歌うと想えば丁度良いコンディションに想えてくる。

へへ、燃えてくるぜ。


警備室が備えられた門の近くに車は止まった。

ダンゴたちに介護してもらいながら車外へ出る。


「三池さん、本当に本当に大丈夫なんですか?」

右肩を支える音無さん。


「熱い、触っていても分かるくらい熱い。これは危険」

左肩を支える椿さん。


二人の目が潤んでいるように見えるが、視界がかなりぼやけているから気のせいかもしれない。


「帰ったら絶対安静にしてもらうわ! うちが全身全霊で看病するでっ」

沈痛な顔をする真矢さんに連れられ、えっちらおっちら歩いていると。


「――ミスターさん」


門の前にいた、人物に話しかけられた。

警備員さんじゃない……この声はメアリさんか。

くそ、目をしっかり凝らさないと顔の判別が付かない。


「病院に行ったと聞いていましたが、見たところ回復していないようですね。残念です、トムを得る機会を奪った件について恨み言の一つや二つ吐きたかったのですが」


「芽亞莉先輩、先輩がコンテスト中止のことを殿方に伝えたのでござるか?」


「ええ、しっかり言ってきました。そう、ミスターさんと一緒にいるということは……陽南子さんは男子側の人間だったのね。可愛い後輩ですし同じ次期領主として目にかけていたのですが」


「芽亞莉先輩には恩義を感じているでござる。なれど今回の一件、拙者は自分の正しいと思ったことを貫きたいのでござるよ」


「私が間違っているってことかしら。良いでしょう、押しの強さは領主として大切な資質。陽南子さんは陽南子さんのやり方を通しなさい」


メアリさんが南無瀬組に一礼して、俺たちの横を通り過ぎる。その背中に、


「待て」

俺は声をかけた。

あれ、ミスターの口調と声色ってどうだったっけ?

まあ、いい。些細なことを気にしている余裕はない。


「何か?」メアリさんが振り返る。


「訊きたいことがある。あなたは……」

どうしても確認したいことがあった。


「心からトム君を愛しているのか?」


「当然です」


「それならば、どうして彼の心を分かってやらない」


「……っ! 男子の心が簡単に分かるなら、私たちはこんなに悩んだり苦しんだりしません」


苦渋に満ちた声だった。

俺が思っている以上に、この世界の男女の心の距離は遠いのかもしれない。


「失礼します」

もう話しかけるな、と語る背中でメアリさんは去って行った。




真矢さんと陽南子さんが警備員の人に入場の許可を取っている間、俺はダンゴ二人に全体重を押しつけるように立っていた。

座ったら二度と立ち上がれない気がする。


「三池氏、今から言うことを聞いて欲しい」

「あれを言うの、静流ちゃん」

「交流センターに私たちは入れない。今を逃すとまずい」


何やらダンゴたちが密談をしている。


「何の話ですか?」

「これは私と凛子ちゃんの推察、もしかしたら考え過ぎなのかもしれない。しかし、頭の片隅に置いて欲しい」


そう前置きして、椿さんが俺の耳元で囁いた。


「――――――はっ?」


「信じられないかもしれない。無理に受け入れなくて良い。だが、少しだけ気にしていて欲しい」


「……分かりました」


僅かな間、体調不良の熱を忘れてしまった。これほどのタチの悪い話。椿さんがジョークで口にするはずがない、それだけの根拠があるってことか。


俺は忠告を頭の片隅ではなく、中心に置いた。



だが、その頭は時間が経つごとに熱でグニャグニャになっていき――

俺と介護役である陽南子さんの入場の許可が出る頃には。


「あひゃぁ~、今日も良い天気ですねぇ」

「み、三池さんが……これってヤバい、ヤバくない?」

「どう見てもアウト。しかし、不謹慎ながらこういうアヘ顔はソソる」


俺は何だかよく分からないテンションになっていた。


重厚な門が開くと、先には。


「「「タクマさんっ!」」」

俺の来訪の知らせを受け、わざわざトム君たちが迎えに来ていた。


「倒れたって聞きましたけど、もう具合は……って、滅茶苦茶顔が赤いっすよ!」


スネ川君がダンゴたちに代わって俺の肩を持つ。


「どうしてこんな無理して、病院で寝ていないとダメじゃないっすか」


「寂しいこと言うなよ、兄弟! 君たちが苦しんでいるなら、俺はどこへだって駆けつけるぜ!」


う~ん、俺って男子たちと話す時はどんな喋り方だったかな?

思い出せない、けど明るい方が良いよね。

男子たちは見るからに落ち込んでいるし。その分、俺が盛り上げて行きましょ!


「兄弟!? オレがタクマさんの兄弟……」

「おうおう、こんな男の少ない世界。タマ付いている奴はみんな等しく兄弟よ。仲良くしようぜっ」


ふらふらの手でスネ川君の背を叩こうとしたが、肩を持たれると手が届かない。仕方なく、脇をポンポンするに留めることになってしまった。


「くぅ~、オレ、モーレツに感動しています」

でも、スネ川君は満足気だから良いか。


「じゃ、ちょっくら行ってきま~す!」


門の外の南無瀬組に手を振る。


「ああっ! 拓馬はんが情緒不安定になっとるぅ!」

「やはり行かせない方が賢明では?」

「三池さ~ん、何かあったらすぐ電話してくださいね~。警備員さんブチのめして即参上しますからぁ~」


頭を抱えたり、深刻そうに考えたり、警備員さんに包囲される愉快な南無瀬組のみんなよ、さらば。


「さぁて、歌うぞ~」

「拙者、タクマ殿をきちんと介護する自信がなくなってきたでござる」


どうしてか肩を落とす陽南子さんと、俺を囲んで支えまくる男子たちと共に歩き出す。




後に――

この南無瀬組との雑な別離を、俺は悔やむことになる。

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