熱血ライブ

体育館の壇上の袖にて、俺はその時を待っていた。

持ち込んだエレキギターとアンプの調整はすでに終えている。

あひゃひゃしていた高揚感も幾分か落ち着いて、悪い体調の中での悪くないコンディションだ。


今、陽南子さんが主導になってライブの準備をしている。

パイプ椅子で客席を設営、それにマイクスタンドの用意、頼んでもないのに舞台の飾り付けまで施されている。


男子たちにとっては慣れない仕事だったが、俺のためと熱心にやってくれたのでさほど時間はかからなかった。


ミスターの変装は解いている。

このライブは、タクマとして歌いたかった。


「タクマ殿、準備完了でござる」

「うぃっす」


客席の陽南子さんに呼ばれ、俺は袖から壇上の真ん中へと出ようとした――と、その前に。


ポケットに携帯が入りっぱなしだった。

いかんいかん、演奏中は携帯を持たないのが俺の主義だ。


どこか置く場所は……おっ、隅に机があるな。

埃被っているけどあそこにするか。と机に近づいたところえ、スルッと携帯が手から落ち、


「あっ」

さらに足に当たって、机の下に滑り込む。


まいったなぁ……

しゃがんで手を伸ばさないと拾えそうにない。


だが、座ることすらままならない俺にしゃがむのは無理な話――まっ、後でトム君たちに頼めばいいか。


それほど気にせず、俺は携帯のことを頭から追い出した。





今日ほど肩に食い込むストラップの重さを感じる日はない。

椅子に座って歌った方が楽であろう……だが、今から歌うのは魂を燃やすソング。立って腹から声を出さなければ歌いきることは出来ない。


観客は男子三十人に陽南子さん。

コンテストの五千人に比べれば微々たるものだし、コロシアムと比べて体育館はスケールだだ下がりだ。


しかし、俺の意気込みはコンテスト以上だった。


男子たちは、メアリさんからの凶報を受け、絶望に沈んでいる。

もう夢を追えないと諦めかけている。

そこから引っ張り上げなければ彼らの命に関わる――これは大袈裟な言い方じゃない。


この歌が、男子たちに闘う勇気を与えますように。


「みんな……今、苦しいか?」


俺は壇上から、パイプ椅子にちょこんと座る男たちに語りかけた。


「夢が壊れ、女子たちと結婚するしかない未来に苦しんでいるか?」


弱々しく肯く男子たち。


「確かに今回の作戦は失敗だった。しかし、まだ勝負はこれからじゃないのか?」


「これから……?」何人かが呟く。


「そうだ、なぜなら君たちはまだ闘ってすらいない。俺は力及ばず敗れたが、君たちはこれからだ」


MCをやっているだけなのに、体力がどんどんなくなる。早く歌いに行きたいが、この想いを省略するわけにはいかない。


「闘争だ、闘うんだ。夢は胸に秘めるんじゃない、堂々と主張して勝ち取るんだ。仲人組織に女子に自分の言葉をぶつけてやるんだ……不安か? 心配するな、俺がいる。俺が君たちのケツを持つ。勇気が足りないと言うなら、俺の歌を聴け。無限の勇気を君たちに与える」


弦をピックで弾き、前奏を始める。


「さあ、立ち上がろう! 闘争だ! お前らの意地を見せてみろっ!」



BUTTER Project。

アニソン界にその名を轟かせる歌手たちが、集まって作られたドリームチーム。


数々の熱血ソングを歌い、聴く者の魂を燃え上がらせる。

日本のみならず、海外にも多数のファンを持つ人気集団である。


正直、東山院に渡る前の俺はBUTTER Projectの歌を練習していたものの、男子たちには刺激が強過ぎるかな、とお蔵入りにしようと思っていた。


しかし、今この時、男子たちに何よりも必要なのは立ち上がるための勇気。

勇気を与える熱血ソングとなれば、最早BUTTER Project以外の選択はない。


彼ら彼女らの曲を俺一人で歌うのは、体調が万全の時でも辛いが――それがどうした?

男子たちに意地を見せろ、と煽るなら、俺もまた意地を見せる!


一曲じゃもの足りないよな。


いいぜ、次だ次! 何曲でも行こう。


闘いのGONGは鳴った。

限界バトルの始まりだ。

SKILLを集めて立ち向かえ。

鋼のレジスタンス魂を燃やせ。

そして、VICTORYを掴め。



俺は熱唱した。

男子たちを的確に救う方法を思いつかない凡庸な俺には歌うしかなかった。


不知火群島国に来て半年。

おっさん以外の男と会うのは初めてだった。

同性が周りにほとんどおらず寂しかった俺に、トム君たちの存在は心の底から有り難かった。

しかも同年代だ、彼らと接するだけで救われる気持ちだった。


だからこそ、その境遇に感情移入せずにはいられない。


本当は後ろめたかった。

男子たちは結婚の危機に立っているのに、俺は外国人ということで安全な場所にいる――その気まずさを払うかのようにコンテストに出た。

俺は小さい人間だ、でも、それでも君たちの支えになりたいんだ。


届け! 届け! 届け!

頼む、諦めないでくれ

絶望しないで闘うんだ! 出来る、俺もサポートする、一緒に立ち向かおう!!


闘争だっ!




☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




BUTTER Projectの持ち歌をすべて吐き出した。


瞼が重く垂れ下がって視界を塞ぐ。

もう、観客席が見えない。

俺の歌を聴いたみんなの反応が分からないのは淋しい。


「……あっ」


無意識に膝が折れた。エレキギターを壊さないよう抱えながら尻餅をつく。


……限界だ。


座るのも億劫になった俺は、仰向けに倒れた。



「「「「「タクマさんっ!」」」」」


声が聞こえる。

足音がこちらに向かってくる。


「保健室へ運ぶんだ!」

「いや、外の病院の方が」

「どんだけ時間がかかると思っているんだよ」

「ここの保健室は男用に設備が充実している。そっちにしよう!」


「タクマ殿っ!」

陽南子さんの声がする方を向く。


「真矢さんたちに……し、しばらく帰れないって伝えて、ください。すみません」


男子たちのサポートを決意した手前、交流センターから離れたくなかった。


俺は陽南子さんにそう告げて、意識を失った。


そのため、気付かなかった。

男子たちの瞳が異常なほどに燃えていることに――





☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆





ここは……そうか、保健室。


首を動かし室内を見ると、保健室にありがちな体重計や身長計、それに壁には風邪予防のポスター。


しかし、棚には異様に薬の瓶が充実しているし、何だかよく分からない精密機器が設置されていた。


これが、男用の保健室ってわけか。


意識を失う直前のことを覚えている。

意識が朦朧としていたとは言え、随分破天荒な言動をしていた気がする。ちと恥ずかしい。


ずっと感じていた熱は引いている。

峠は越えた、ってやつかな。


壁にかかった時計に目をやると、おやつ時を差していた。

三時間くらい寝たようだ。けど、短時間の眠りにしては体調の治りが早い気が……


「起きたでござるか! タクマ殿」


ベッドの傍で本を読んでいた陽南子さんが嬉しそうに俺を見る。


「ご迷惑おかけしてすみません」

「良いでござるよ! そう畏まらないで欲しいでござる」

「ど、どうも……あれっ?」


陽南子さんの服装が違う。サイズの合っていないぶかぶかの、それもオバサン臭い服になっている。


「ともかく気付いて良かった良かった。タクマ殿は丸一日以上寝ていたから、心配していたでござるよ」


「丸一日ぃぃ!?」


三時間どころじゃなかった。そりゃ陽南子さんの服装も代わるってもんだ。

自覚している以上に疲労していたんだな、俺。


「やべぇ……真矢さんたちに連絡を取らないと」


ベッドから上体を起こす。寝ている間に入院患者が着る病衣に着替えさせられたようだ。


「俺の服はどこですか?」

「それならそっちの机に」

陽南子さんが指さす方で、俺の上着やジーンズが綺麗に畳まれていた。


「されど、携帯はなかったでござるよ」

「えっ……あっ!」


そういえば、体育館に落としたままになっているんだった。

拾いに行くのは時間がかかるな。


「陽南子さん、携帯を貸してくれませんか?」


「いやぁ、そうしたいのは山々でござるが、取り上げられてしまって手元にないでござるよ」


はい? 取り上げられた? 誰に? 何で?


その時、保健室の外のグラウンドから男子たちの声が聞こえてきた。

締め切っている室内にも入ってくるのだ、相当声を張っている。


何しているんだろう?

少し寒いがベッド横の窓を開けて、俺は外を確認した。




「みんな! 丸太は持ったな!! 行くぞォ!!」


「「「おおっ!!」」」


ま、マジで何をしているのっ!?


スネ川君を主体とした男子たちが丸太を抱えてどこかへ運んでいる。

その動きに、なよなよした所はまったくない。


すごく……男らしいです……


「あの、なんで丸太?」


「交流センターにはキャンプ用の施設もある故、丸太が常備されているのでござるよ」


「いやそうじゃなくて、丸太で何をしているんですか?」


「おそらく、侵入者が出現した場合のトラップに使うんでござろう」


はい? 侵入者? 侵入者って誰? 何でトラップ?

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