ザマスおばさんの深まる闇

「き、帰省禁止ってどういうことですか!?」


「どうもこうも、仲人組織が正式に決定したもんや。今回のコンテストが延期になったんで、年末にもう一度コンテストを開き、そのまま優勝チームと男子たちが交流生活を開始するんやて。せやから、トムはんたちは冬休みも交流センターから出られへん」


「年末に? コンテストをやるんですか? 強行過ぎますよ!」


なぜだ!?

年末は、誰でも忙しい時期だ。

婚活に燃える女子なら他の予定を蹴ってでも参加するだろうが、審査員のみなさんを召集するのは大変だろう。

会場設営のスタッフを用意するのも一苦労なのは明白だ。


それに優勝チームとトム君たちはそのまま共同生活――年末年始を実家に帰らず過ごすと言う。

なぜそこまで急ぐ必要がある?


「無理せず、冬休みが明けてから改めてコンテストをやれば良いじゃないですか?」


「出来ない」


俺の提案を椿さんがバッサリと切った。


「私たちは杏氏を甘く見ていた。彼女は常に交流センターの男子を監視して、冬休みの職業体験計画を察知していた。故に、帰省は不可能。仲人組織が必ず潰しにかかる」


「どうして!?」

男子たちのささやかな夢を邪魔するなんて、いくら何でも酷すぎる。

何の理由があってそんな非道なことを!


「オフィスラブや」


「オフィ、オフィスラ……えっ?」


一瞬、真矢さんが言ったことが理解出来なかった。


「オフィスラブですよ。職場で男性と出会って恋に落ちる。はぁ~、漫画やドラマでは定番ですけど、現実ではありえないですよね~。あれっ? ちょっと待って。ダンゴのあたしにとって職場は三池さんの隣。つまり、あたしは毎日オフィスで男性と会っている……後は三池さんを落とせばオフィスラブ完遂ってことじゃ……うむむむ」


神妙な顔でアホを言い出した音無さんはみんなから無視され、会話は続く。


「仲人組織は、男子たちと受け入れ先の従業員が結婚するのを恐れているんや」


そんな、たかが数日の職業体験で結婚なんて……と、冗談で流せないのが不知火群島国の恐ろしい所だ。


受け入れ先の女性は、基本男性との接触のない飢えた人たちだろう。自分のテリトリーにカモが嬉々としてやって来る、狙わないわけがないか。


「トム氏たち側から見れば夢の場所で働く女性、最初から好感度が高い。さらに、結婚したとしても『家庭に入れ』と言わず、夢を応援してくれるかもしれない。お見合い指定校の女子と結婚するより明るい未来が見える」


俺の頭の中で、夢であったお菓子屋で働くトム君の姿が浮かんだ。

厨房では奥さんが美味しそうなケーキを焼いていて、それをトム君が商品ケースに並べていく。

若夫婦の仲睦まじい光景だ。

壁に向かって「トム、トム、トム……」と病みっぷりを披露していた許嫁の人と一緒になるより幸せなのは言うまでもない


「トム君たちにとっては外で相手を見つけた方が良い気がしますね。けど、男子校の生徒がお見合い指定校以外の人と結婚するのはオーケーなんですか?」


俺の質問に椿さんが首を縦に振った。


「肯定。男子校は未婚の男子が入る場所。卒業するまでに必ず一人以上の女性と結婚しなければならない。そして、お見合い指定校はそんな男子校とお見合いする権利を有する学校――が、ここで失念しそうになる事実がある。それは、男子が必ずしも・・・・・・・お見合い指定校から・・・・・・・・伴侶を選ぶ必要はない・・・・・・・・・・と言うこと」


「お見合い指定校はあくまで男子と結婚しやすい場所ってだけや。男子が外で結婚相手を見つけても問題ないねん。せやけど、それで問屋が卸せんのが仲人組織や。あそこはお見合い指定校の女子と男子をくっ付けるのを存在意義にしとるさかい」


だから、トム君たちを帰省させないのか。

男子の夢や幸せを何だと思ってやがる!


「んで、うちがさっき杏はんの所へ行ってな、コンテストを潰した謝罪ついでにコンテストの再開が急過ぎるんやないか……ってそれとなく抗議したんやけど。アカンわ、すでに男子の実家にも帰省中止の話をつけとる」


「何ですか、その行動の早さ! まるで、コンテストが延期になるのが分かっていたみたいじゃないですか!?」


いよいよもって、あのザマスおばさんが不気味に見えてくる。


「言うまでもないかもしれへんけど、次のコンテストで拓馬はんの出演は認められんって。うちらに出来ることはもうないねん」


重い空気が病室に漂う。

俺たちはザマスおばさんに敗北した、のか……


「でも、おかしいですよね」

オフィスラブから覚めた音無さんが首を傾げながら言った。


「そこまで手際の良い領主様なら、どうして昨日三池さんにコンテストを潰されたんでしょ? 三池さんの歌の力だって知ってそうなのに」


っ、音無さんにしては鋭いことを!

確かにそうだ。

年末に無理してコンテストを再開するより、最初から延期しないよう計らう方が遙かに面倒が少ない。

ミスターを歌わせなければ済む話なのに……なぜ、ザマスおばさんは俺をステージに上げた?

上げなければ、今頃優勝チームの女子が交流センターに引っ越し始めるところだっただろうに。


狡猾なザマスおばさんが、俺の歌の効果を把握していなかったとは考えにくい。


一回目のコンテストを延期にしなければならない理由でもあるのか……


分からない、ザマスおばさんの狙いがまったく分からない。


「よろしいか、領主殿の真意を考えるのも大事でござるが、それよりも対処すべき危急の事態があるでござる」


南無瀬組アイドル事業部の話し合いから一歩引いた所にいた陽南子さんが声を上げた。


「危急? 何や陽南子?」

「コンテスト再開の決定は今し方行われたでござるな。と、なれば殿方たちの所にも連絡が行っているはず……帰省が禁止、夢を追えなくなった殿方はどうなるでござろう?」


「あっ……」

手元の、トム君たちの感謝と謝罪が詰まった色紙に目が行く。


「領主殿は殿方の夢を軽く見過ぎでござる。拙者は何度か殿方たちと会ったから分かる、みな本気で、人生を懸けて夢に向かい邁進してござった。それが断たれたとなれば……自傷行為に走るお方が出てきても不思議ではござらん。否、最悪の場合――」


俺は毛布を蹴飛ばした。


拓馬はん! 三池さん! 三池氏!

俺を止める声を無視して、ベッドから降りる。


「……っ!」

立つのはまだ苦しいか。でも、寝ている場合じゃない。


「行きましょう、交流センターに!」

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