ザマスおばさんの影
「――って、ことで領主のアンさんに許可をもらってコンテストに出ることになりました」
『そこで歌を披露してコンテストを延期させると……』
「ええ、それ用の曲を練習中です」
『ほう、ちなみにどんな歌なのかね?』
「とっておきのヤツですよ。タクマには似つかわしくないですけど、ミスターなら――」
東山院二日目の夜。
午前中に東山院領主のアンさんとファザコンの紅華さんと話し、午後からトム君たちの所へ顔を出し、それから――
忙しい一日の終わりに、ホテルの部屋で一息ついた俺は南無瀬組のおっさんに定時連絡をしていた。
今回の仕事を特に心配しているのが、この人だ。
なにしろ愛娘の陽南子さんがいる東山院での仕事。
色々と気を揉んでいるみたいだな。
交流センターでトム君たちと会った後、俺は市内のスタジオでコンテストの準備に励んだ。
歌の練習はもちろんだが、大変だったのは選曲である。
どんな歌が審査員や女子たちの脳をパァンし、コンテストをぶっ潰すのに適しているか……
まず、除外したのがラブソングだ。
結婚に向かって猛進する少女たちの前で、ラブソングを放てば
ヒャア! コンテストなんて面倒くせぇ!
今から交流センターを襲撃すっぞ!
という集団が現れでもしたら、トム君たちの身が危ない。
コンテスト翌日の朝、絞りに絞られミイラになった男子たちのニュースがお茶の間に流れたら一大事である。
それに、ラブソングを歌った俺にまで犯る気の矛先が向けられるのは確定的に明らか、いくら南無瀬組の人たちが護衛してくれると言っても危険だ。
あと、俺の個人的な心情の問題なのだが。
将来トム君たちと結婚するであろう候補者らに、愛を囁く曲を浴びせるのは、何か気まずいものを感じる――という引っかかりもあってラブソングは選考漏れとなったのである。
俺は考えた。
ラブソングに匹敵する攻撃力を持ち――
けれど犯る気スイッチを押さず――
欲を言えば歌手を務めるミスターのイメージに合っており――
本番まで二日という短時間でモノに出来る簡単なメロディの曲。
それに適合する曲は……これだっ!
ギターケースに保管している楽譜の中から俺が取り出したのは……『今でも色あせない昭和の名曲集』だった
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
『三池君、君は実にえげつないな』
俺の自慢のアイディアを聞き、おっさんの声が震える。
「生半可な歌じゃあコンテストが延期になりませんからね。本気ですよ、俺は」
俺の歌は女性に重大な影響を与えてしまう。
なので、練習は防音を施した部屋を使っていたが……本日の仕上げとして、この歌を女性が聞けばどうなるか実験を行った。
被験者は……
刀の切っ先のように研ぎすまされた南無瀬組全員参加ジャンケン大会の結果。
「いぃやったぁぁたぁぁ! 三池さんの初めて(披露する歌を聞く役割)ゲットだぜっ!」
音無さんに決まった。
ヂッ! ヂッ!
と、スタジオに無数の舌打ちが響いたが、ピョンピョン飛び跳ねて驚喜する音無さんの耳には入らなかったようである。
――で、歌を聞いた音無さんなのだが。
今はホテルの隣の部屋で寝込んでいる。
頭がヘロヘロなのは俺のせいだが、身体を擦り傷だらけにしているのは南無瀬組の仕業だ。
歌を聞いて挙動不審になった音無さんを、組員さんたちが全力で捕縛したのである。まるで、一人だけ良い目を見た音無さんに己の苛立ちをぶつけるように。
椿さんとかチョークスリーパーを華麗に決めていた。相棒相手に容赦のない締め方だった。
「練習の成果は上々です。コンテストまで残り一日ですけど、もっと完成度を高めてみせます」
『外国人の三池君にここまでやってもらうとは、感謝に堪えないな。この国に住む男の一人として、ありがとうと言わせてくれたまえ』
「良いんですよ、俺が勝手に始めたことです」
『本当に君という男は……』
おっさんの声が数秒途切れ、鼻をすする音が聞こえた。
『僕もね、東山院で高校時代を過ごしたのだよ』
「えっ!? そうだったんですか!」
『うむ、あの頃は反抗期でね。許嫁だった妙子と結婚することに反発して、逃げるように東山院の男子校に入ったのだよ』
てっきりおっさんは無抵抗に妙子さんと結婚したと思っていたのだが、意外な事実である。
『今思い返せば得難い日々だった。同性と触れ合い、共に恐怖のお見合いに立ち向かい、友情を育んだ。ああ、素晴らしきかな、人生……妙子が僕を追いかけお見合い指定校に入学して、付け狙ったことを除けばまさに青春だった』
南無瀬夫婦の歴史は単純ではないらしい。暇な時にその辺りを聞いてみたいものだ。
『だから、僕にも交流センターにいる男子たちの気持ちを汲み取ることが出来るのだよ。それに三池君のおかげで僕は料理で人を幸せにしたい、という自分の夢を見つけた。ぜひに、男子諸君にも夢に向かって頑張って欲しい』
「そうですね。そのために俺、全力でサポートしますっ!」
『頼むのだよ……あっ、一つ伝えておかねばならない』
「何ですか?」
『う、うむ、それは……』
怪談話でもするように、おっさんの声が重くなる。
『東山院杏さんには気を付けたまえ』
領主のアンさんに?
『彼女は君が思っているよりずっと過激なのだよ。今から二十年前……僕が高校一年生だった時、杏さんは三年生だった。そして、当時の三年男子の中にも結婚を拒否する者たちがいた』
トム君たちのような少年が、昔もいたのか……
『その頃の杏さんは東山院中央高校の生徒会長を務め、まだ領主でなかったが親から仕事の一部を任されてるほどの才女だった。そんな杏さんは、なかなか結婚しない男子たちに業を煮やし、恐ろしい手を打ったのだよ』
「お、恐ろしい手……」
ゴクリと俺の喉が鳴った。
俺の嘘話に簡単に喰いついたあのザマスおばさん、てっきりチョロい人だと思っていたのに。
『ああ、口にするのも
一体何があったんですか?
と、俺が質問しようとした――時。
ピンポーン。
と、チャイムが鳴った。
誰だ?
男性が泊まることを想定した部屋のため、インターホンには廊下の様子を映す小型モニターが付いている。
それを操作すると――
『三池氏』
モニターに部屋の前で警護をしていた椿さんが表示された。それともう一人。
『陽南子氏が来た』
『夜分失礼するでござる。今、よろしいかタクマ殿』
電話相手のおっさんの面影を残す少女が来訪した。
陽南子さんの声は、おっさんにも聞こえたようで、
『ひょおおおお!! ヒナたんキタァー!! 代わってくれたまえ! 代わってくれたまえよ三池君!!』
電話の向こうからの大音声に思わず俺は携帯電話を離した。
「うおっ!? 俺の携帯でなくても、後で陽南子さんに電話すれば良いじゃないですか」
『ダメなのだ! 妙子から規制されているのだよ。ヒナたんと電話できるのは一週間に一時間だけと! しかし、三池君の電話でなら妙子にバレずに思う存分話せる。さあ、代わってくれたまえ!』
「ええぇ……」
二十年前の話を聞きたかったが、親バカと化したおっさんでは無理な相談だった。
そら妙子さんから電話を規制されるわ。
結局、おっさんから入手した情報はここまで――
残りの詳しい部分は後日知ることになった……俺の身をもって。
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