閉ざされた扉

紅華さんの「お父さん」攻勢に俺は敗北した。

最初は抵抗したのだ。しかし――


「そうです。東山院中央高校の助っ人として、ステージに立ちます。お父さんは……あっ、すみません。ミスターさんは明後日のコンテストを見に来られるんですか?」


芽亞莉メアリさんを筆頭にみんな気合入ってますよ。パフォーマンスの内容はさすがにあたしの口からは言えませんが、お父さんを……じゃなかった、ミスターさんがきっと満足いくものに仕上がっています」


「あの、見たところお父さんは……もういいや、お父さんは護衛の方たちと一緒みたいですけど、奥さんはどうしたんですか? 五人はいるんですよね? も、もしかして全員と不仲だったりするんですか?」


小学生が担任を「お母さん」って言ってしまうくらいの間違いだったら可愛げがある。

だが、紅華さんは呼び間違いを何度も繰り返し、その度に話の腰を折り、だんだん居直り始めたので、

「もうお父さんで、いいよ」

と、俺は屈したのである。


「あ、ありがとうございますっ!」


祝・お父さん呼び承認で、紅華さんの目が一層強く鈍い色に光り出す。


この仕事が終わったら二度とミスターになるものか――俺はそう決意した。



結局、紅華さんから聞き出せる情報は多くなかった。

彼女もプロだ、自分のチームのことになると口が固くなる。俺が本気でお父さんを演じれば、その口をこじ開けられるかもしれないが、そうすると紅華さんの娘化が臨界点突破しそうなので止めておいた。


ただでさえ妹の咲奈さんが手遅れなほど姉化している。

これ以上、天道家と歪んだ関係を結びたくないのだ。


もう会話自体を切り上げようかと思ったが、その前にせっかくなので個人的な質問をする――それは。


「ところで紅華さん。君は男性アイドルのタクマ君についてどう思うかね?」


今のアイドル界を牽引する天道紅華。

彼女が俺をどう評価するのか、気になる。


「……タクマ」


なんだ? 

花畑でチョウチョと戯れるほどポワポワしていた紅華さんが、一転して忌々しく呟く。


「もしや、タクマ君がお嫌いなのかね?」

「いえ、そんなんじゃないです。ただ、彼のことを考えると、虫酸むしずが走ると言いますか……」


世間ではそれを嫌いと言うよ。

どうしてだ……俺は紅華さんに何も悪いことをしてはいないはずだ。


「人気と実力がアンバランスですね。以前、妹と出ている舞台の映像を観たんですけど、あの演技力……この国の芸能界で言えば下の中といったところです。大したことありません」


『魔法少女トカレフ・みりは』の舞台のことか!

あれは一夜漬けで作った話だったから、満足に練習する時間がなかったんだよ。と、反論したくなる。


くっ我慢しろ、今の俺はミスターだ。キャラを崩して怒れば紅華さんに不信感を抱かれるかもしれない。


「ごほん、しかしよくやっていると思うが。女性社会で男だてらに彼は頑張っているじゃないか」


「そうです。男だから人気があるんです。男じゃなかったらデビューすらままなりません」


デビューすらままならない……まるでアイドル事務所の研修生だった頃の自分を指すようで、必死にもがいていた頃をあざ笑われているようで、俺の中で何かが切れた。


「――あっ、もしかしてお父さんはタクマのファンだったんですか? 酷く言っちゃってご、ごめんなさい! お父さんの言うとおり、彼、頑張っていますし、これからの活躍が楽しみですね」


不機嫌になった俺に気付き、紅華さんが――いや、紅華が慌ててフォローする。

だが、どうせ心にもないフォローだ。こいつの中の俺の評価はよく分かった……撤回させてやる。


天道紅華!

お前は俺のライバルだ、絶対にぎゃふんと言わせてやるぞ! いいか、絶対にだ!







「明後日のパフォーマンス、見に来てくださいね~」

「ああ、もちろんだとも」


紅華と別れる。

ああ、もちろんだとも。だって、俺もステージに立つんだからな。そこで必ずお前の鼻を明かしてやる。



周囲を見てくれていた南無瀬組の人たちが戻ってくる。


「どないしたんや、拓馬はん? 怖い顔しとるで」

「天道紅華に何か言われたんですね! 許せない、あたしがとっちめてやりますよ!」

「三池氏、説明を。事によっては私が責任を持って処理する」


自分では怒りを隠しているつもりだったが、俺のことを俺以上に熟知しつつある南無瀬組には通用しない。


ここで「何でもありませんよ」と強がるのが、男として正しい態度かもしれないが、そんなんで納得しないお姉さま方であるのは百も承知だ。


俺は手早く紅華との会話の内容を説明した。

「まっ侮辱されたことは、あまり気にしてはいませんけど」

――と、見え見えの強がりを含んでしまったのは若さ故ということで。


「天道紅華。拓馬はんの苦労も知らんで好き勝手言いよって……ふふ、いてこましたるっ!」

「静流ちゃん、あたしは両手両足を担当するね」

「首を譲ってくれるとは凛子ちゃんったら優しい。分かった、紅華が迷わず逝くようコキャッと折ってみせる」


真矢さんたちが俺以上に憤慨する。

組員さんたちも怒髪天を衝く勢いで、ポケットから光る物を取り出すほどだ。


あっ、これは本格的に紅華の命がヤバい。


「み、みなさん! アイドルとして非難されたことはアイドルとして見返しますから、鋭利な物や弾が飛び出す物は仕舞いましょうねっ、ねっ!」


怒り状態から冷静を通り越して肝まで冷えた俺は、もう何度目か分からないが、再び思ってしまった。

南無瀬組の人たちを決して敵に回してはいけないと。





お見合い会場コロシアムを出て、移動中の車の中でふと俺は疑問に思っていたことを口にした。


「どうして天道紅華は、俺を父親呼ばわりしたんでしょうね」


「ふむ、それは」


「知っているんですか、椿さん」


個人情報にも精通していたツヴァキペディアが饒舌に語る。


天道紅華は父親から父親らしいことをしてもらえず育ったこと。

父親の愛情が欲しくて努力したが、その努力が実を結ぶ前に父親は海外に出ていってしまったこと。

それだけに天道紅華は本質的に自分を甘えさせてくれる大人の男性を欲していること。

つまり天道紅華は末期でアウトのファザコンなこと。


なんでそこまで知ってんの?

と、戦慄するくらいの情報の深さだ。


「ふっ、蛇の道は蛇」


鼻高々になる椿さん。この人もたいがい謎だよな。

ひょっとして俺のことも深く知っているのだろうか……あまり隙を見せないようにしよう。


それにしても天道紅華にも色々あるんだな。

彼女に少しばかりの同情を寄せるが、あくまで少しだ。

アイドルとして同じ土俵に立つ者として、バックボーンなんて関係ない。天道紅華にぎゃふんと言わせる、その覚悟はあいつの経歴を知ったところでまったく揺るがないぞ。




☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




南無瀬組が手配したスタジオで、早速練習をしたいが、その前に寄る所があった。


トム君たちがいる東山院市少年少女交流センターだ。

コンテストの段取があらかた決まったので、その報告をしなければならない。

彼らの人生が懸かったことだ、電話で簡単に連絡するのは失礼だろう。と、思い足を伸ばした次第である。


前回と同じく南無瀬組の人は交流センター前で待機となり、俺だけが敷地内に入る。


アイドルを休業中だったため曜日感覚がなくなっていたが、今日は平日。

トム君たちは授業が終わったばかりらしく、セミナー室にて俺を迎えてくれた。


ミスターになってコンテストを堂々とぶっ潰す、その計画を話したところ――


「すいませんでした、タクマさん!」

トム君たちは地面に付くほど頭を下げた。

「ボクたち、自分のことしか考えてませんでした! コンテストを台無しにした場合のタクマさんが受ける風評被害なんてまったく頭になくて……本当にすみません!」

「ここまでしてくれるんす。何かお礼したいっすけど、あいにくオレたちが自由に出来る金なんて」


恐縮するトム君やスネ川君に、

「良いさ。みんなが自分の夢のために頑張る、その姿が俺にとって最高の報酬ですよ」

人生の先輩らしく笑ってみせる。


この世界は男性が夢を見るには、あまりに過酷な所だ。

それでも夢追い人になったトム君たちを支えたい。

人に希望を与えるアイドルとして、同じ男として、俺の偽りない気持ちだった。


「おお、救世主様」

「タクマニキ……尊い、実に尊い」

「タクマさんは偶像アイドル、ハッキリ分かんだね」

「良かったぁ。タクマ先輩になら……いいです」


何だか男子たちの俺を見る目に、信仰心みたいなのが宿った気がする。

ちょっとやりにくいな。


俺は話題を変えようと、セミナー室の前方を指さした。


「そ、そういえば……みんなは普段どうやって授業しているのかな? 先生は?」


トム君が代表として答えてくれる。

「この施設は基本的に女性の立ち入りが制限されているので、授業は映像を使って行われます」

教壇の後ろには大画面のスクリーンが垂れ下がっている。あれに先生が映されるわけね。


「男性教師はいるにはいますが人数が少なくて、ボクらのようなはみ出し者の所までは来てくれないんですよ」

「ああ~、タクマさんが先生だったら退屈な授業も面白くなるんだけどなぁ」

スネ川君がぼやく。


先生か……今も昔も学園ドラマで先生役をするアイドルは多い。

一度はやってみたい役柄ではある。熱血教師役の俺が、迷えるトム君たちを導く……不知火群島国ならかなりの視聴率が取れるかもな。


「女性教師も入れないなら、ここは本当に男だけしかいないんですね」

「食材を持ってくる人や、掃除の人たちがたまに来ますけど、普段はボクらと……あと一人の女性だけです」

「一人の女性?」

「医師免許を持つ保健の先生っすよ。オレらの健康状態ってすげぇ心配されているらしくて、常勤でずっといるんす」


ここは山の中腹にある交流センターだ。

病院まで距離があるし、医療関係者が一人はいないと緊急事態に対応出来ないのだろう。


「まっ、あの人は女性なのに男に間違われて襲われるくらいの外見っすから、同じ屋根の下にいても怖くないんすけどね」


女性なのに男に間違われて襲われる……あれ、どっかで聞いたことがある話だな。




☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




伝えることは伝え、恐縮する男子たちが元気を取り戻したのを確認し「じゃあ、俺はコンテストの練習がありますから」と帰ることにする。

「玄関まで送りますよタクマさん!」

そう言うトム君たちと一緒に交流センターの一階の廊下を歩いていると――俺の目がある扉に止まった。


廊下の奥、突き当りの所にやたら頑丈な鉄の扉がある。

明らかに他とは違う造りだ。


俺は何気なくトム君に尋ねた。

「あの扉の先って何があるんですか?」


「ああ、あれですか。ボクらも分からないんですよ」

「ここで暮らすことになった最初に、オレら施設の説明は受けたんすけど、あの扉の先は教えてもらえなかったんす」

「開かずの間ということで、みんな怖がっています」


開かずの間……ねぇ。学校の七不思議にありそうな話だ。

まっ、気にすることでもないか……



この時の俺はそこで扉に対しての興味を失ってしまった。

後から振り返ると、なんて愚かな……と思ってしまう。


なぜこの時、もっと思考を走らせてあの扉の意味を考えなかったのか。

あの先に何があるのか、どうして真剣に推理しなかったのか。


俺が扉の意味を理解した時、もうすべてが遅かった。


迫り来るコンテストに頭の大半を持っていかれていた俺に、気付けという方が無茶かもしれない。

それでも後悔してしまうのだ。


なぜ察知出来なかった!

この時、上手くやっていれば……あそこまで絶望的な状況に陥ることはなかったのに――

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