南無瀬陽南子の理念、【天道紅華の枯渇】
「タクマ殿も思い切ったことをするでござるな」
おっさんとの電話を終えた
椿さんは会話の邪魔にならない程度に離れた場所でこちらを護衛している。
音無さんは未だ昏睡状態、真矢さんはミスターをコンテストの舞台に出すため手続きに奔走しており不在だ。
「
アンさん……おっさんが気を付けろと言っていた東山院領主。
「陽南子さんとアンさんってお知り合いだったんですか?」
「それはそうでござる。杏殿は現東山院の領主、拙者は次期南無瀬の領主。顔見知りなのは至極当然のこと。それに拙者は東山院中央高校の身の上、先輩には娘の東山院
言われてみれば繋がりがない方がおかしいか。
ミスターになってコンテストをぶち壊す、という真の目的を陽南子さんは知らない。
彼女は妙子さんとおっさんの娘だが、東山院の生徒という肩書きがある。完全にこちら側の人間じゃないのだ。
まずいぞ。
陽南子さんは俺と男子たちが接触したことを知っている。
となると、感づくかもしれない。
ミスター緊急参戦の裏に男子たちの思惑があることを。
「時にタクマ殿」
「は、はい?」
「殿方たちは元気でござるか? 今日も交流センターに足を運んだそうで……仲介した拙者としてはタクマ殿たちが仲良くなっているようで何より何より」
あっ……これバレてないか?
妙子さん似の精悍な顔つきで、深い笑みを浮かべられると凄みがある。その表情が全てを見据えている気がしてならない。
「……知っているんですか?」言葉を省略してカマをかけてみると。
「タクマ殿の歌の力については、以前父上から聞いたでござる。そのタクマ殿が、結婚したくない殿方たちと接触して即コンテストへの参加を決めた……情報さえあれば何を企てているのか、大体察せられるでござるよ」
あっ……これバレバレっすわ。
「……ははっ、そう怖がらないで欲しいでござる」
俺の顔がよっぽど強張っていたのか、陽南子さんはおどけた調子になった。
「芽亞莉殿にも杏殿にも告げ口する気はござらん。タクマ殿たちの好きにやれば良いでござる」
「えっ!? あ、有り難いですけど、でもどうして?」
陽南子さんの立場からして、こんな計画を認めていいのか?
「……タクマ殿。拙者がなぜ幼なじみを持っていないのか知っているでござるか?」
「い、いえ……」
そういえばどうしてだ?
妙子さんにはおっさん、メアリさんにはトム君。領主には若いうちから将来の結婚相手として幼なじみが宛がわれている。
それなのに陽南子さんに幼なじみはいない。
「――愛がないからでござるよ」
陽南子さんが椅子から立ち上がり窓に寄った……カーテンを開け、東山院市の夜景を見つめる。
この部屋はホテルの最上階に位置するため見晴らしが最高だ。何万ドルの夜景になるかは分からないが、黒くそびえるビルと人工の光の調和は美しい。
「タクマ殿にはピンと来ないかもしれないでござるが、拙者が東山院に行く前の南無瀬邸はもっとピリピリしていたでござる。父上と母上の間には目に見えて不和があり、良好な仲ではござらんかった」
「陽之介さんと妙子さんが……」
「父上は母上に怯え、母上は父上から避けられていることに鬱憤をためていたでござる。拙者はそんな二人を見て思った。結婚とは強制的に結ばれるのではなく、好き合った者とするべきだと。その方がきっと美しく輝いた関係を構築出来るでござる……この夜景のように」
窓の方を向く陽南子さんがどんな顔をしているのか定かではないが、その声にはただならぬ決意が込められていた。
「強制的に結ばれた男女の間に愛はござらん。だから、拙者は一から絆を深め、相思相愛の殿方を自分の力で見つけたい……そう
「そんなことないですよ。とても、感銘を受ける話です」
陽南子さんの考え方は『つべこべ言わず
「交流センターにいる殿方たちは、愛のない結婚を強制されようとしているでござる。そのような蛮行、拙者の理念に反するでござる」
「だから俺たちの計画を秘密にしてくれるんですか?」
「大っぴらな支援は出来ないでござるが、殿方たちが良き結婚を出来ることを陰ながら応援しているでござるよ」
陽南子さんがゆっくりと窓から離れた。
「夜も更けてきたでござる。タクマ殿たちは忙しい身。あまり長居するのは悪いでござるな……これはお土産、東山院名物のまんじゅうでござる。みんなで食べて欲しいでござるよ」
「ありがとうございます」と、陽南子さんから綺麗に包装された箱を受け取る。
「では、拙者はこれで……」
「はい、夜遅いのでお気をつけて」
部屋から出ようとする陽南子さんを見送っていると、
「陽南子氏」
ずっと黙っていた椿さんが声を上げた。
「なんでござる?」
「一つ聞きたい。陽南子氏に今、意中の相手は?」
「…………残念無念でござるが、まだまだ。いやはや殿方と絆を深めるのは難しいでござるなぁ」
「そう。答えにくい質問をしてしまい、申し訳なかった」
「いいのでござるよ。では」
今度こそ陽南子さんが退室していった。
「どうしてあんなことを訊いたんですか?」
「……ん、特に理由はない。ちょっとした興味」
椿さんはそう言ったが、らしくない。
俺には『ガンガンいこうぜ』の椿さんだが、他の人とは適度な距離を取って付き合っている。そんな彼女にしては随分踏み込んだ質問だった。
それに――陽南子さんが消えたドアを見る椿さんは、厳しい顔をしていた。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
あたしは乾いていた。どうしようもなく乾いていた。
ミスターさんと別れて二十八時間と十五分。
あたしの中の父成分は枯渇し、補給を余儀なくされていた。
今までこんな事はなかったのに……
ミスターさんという潤いを知ってしまった今、もう干からびた自分に戻りたくない……そう身体と心が叫んでいる。
ミスターさん。
明日のコンテストには来てくれると言っていたけど、それまであたし、
会いたいです、ミスターさん。
「紅華さん? ご気分が悪いのですか?」
「えっ? いえ、そんなことは」
今し方、最終リハーサルを終え、各メンバーに「今日は早く帰って休息するように」と厳命していた東山院芽亞莉さんが、あたしの所へやってきた。
「ですが、とても苦しそうなお顔をなさっていますよ」
「あ、明日の本番をシミュレーションしていたんです。自分自身の至らない点がまだあるので、どう修正しようかと」
「まあ! 私の目からすれば紅華さんのパフォーマンスは完璧ですのに……やはりトップアイドルの方は見えているものが常人とは違うのですね」
「そ、そんな……あははは」
父成分がなくて飢餓状態であることを悟られないよう、笑って誤魔化し、あたしは話題を変えた。
「芽亞莉さんはこれからどうするんですか? 他の方と同じでもうお休みに?」
「そうしたい所なんですが、緊急の仕事が入りまして」
「緊急の?」
「はい。コンテストのプログラムを少し変更することになったのです。それでスタッフ一同が現在動いていまして、私も助力に……何でも男性が歌うパフォーマンスが追加されるそうです」
「男性がっ!?」
それを聞いた瞬間、ミスターさんが脳内にありありと映し出された。
まさかあの人が……いや、ミスターさんはコンテストに行くと言っていたけど参加するとは言ってない。
バカだな、あたし。男性と言えば、ミスターさんしか思い浮かばなくなっている。
「その、どんな男性なんですか?」
「仲人組織の人がたまたま目撃したそうなんですけど。サングラスで目は隠れてましたが、立派なおヒゲをたくわえた、これぞナイスミドルという方だったらしいですよ」
ミスターさんやん!!
「なんで!? どうしてミスターさんが! 歌うの? 本当に! うっそー!!」
「く、紅華さん。お、落ち着いてください。素が出ていますわ」
「こ、こうしちゃいられないわっ! それじゃあ芽亞莉さん! また明日! 明日は頑張りましょうね!」
あたしはさっさと芽亞莉に別れを告げ、東山院中央高校の駐車場へダッシュで向かい、勢いそのままにマネージャーの待機する車に乗り込んだ。
「今すぐナビで調べて! 東山院市内の音楽スタジオの場所! 全部よ、全部!」
ミスターさんが明日の舞台で歌を披露するなら、今頃きっと練習中のはず。
ミスターさんは男性でナイスミドル。と、なれば安全かつ充実した空間で練習しているはずだ。
音楽スタジオにいる可能性が高い!
「結果が出ました。市内に音楽スタジオは六か所あります」
優秀なあたしのマネージャーは理由を聞かず、命令を遂行してくれる。
「片っ端から回るわよ! GO! GO!」
「次はここか」
三つの音楽スタジオが空振りに終わり、これが四つ目。
グレーの洒落た外観のスタジオ。マネージャーの情報によれば、部屋数は十ほどあり、多くの素人バンドの御用達になっているそうだ。
正面玄関にズカズカと進んだあたしを、
『本日貸し切り』
という札を下げたドアが迎えた。
貸し切り……怪しいっ!
ドアを押したり引いたりするが、施錠されている。ますます怪しいっ!
マネージャーに車で待つように言って、あたしはスタジオの敷地に侵入した。
何としてもミスターさんに会ってやる! そして、お
塀沿いを慎重に進みながら、窓が開いていないかチェックする。
くっそぉ、こんな寒い冬の日に窓を開けているはずもないか。しっかり鍵もかけているし、ああ! もうあたしからミスターさんを遠ざけるなんて良い度胸しているじゃない。この窓、カチ割ってやろうか!
イライラしながら、裏口に辿り着いた。
どうせここも閉まっているんだろうな、と思いながらドアノブに手をかけようとした――が、その前に。
「ああ、あっつぅ~」
ドアが開き、男性が出てきた。
「えっ?」
「えっ?」
突然の対面にあたしたちは固まった。
その人はミスターさんじゃなかった。でも、見覚えがあった。
「……タクマ?」
「て、天道紅華。な、な、なんでここにぃ?」
そいつは、あたしがこの世で一番気にくわない男、タクマだった。
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