【三池氏、街へ行く④】
肉食女性の群れに包囲された百貨店から三池氏を連れ出す方法。
しかも三池氏に負担を掛けずに。
達成条件の渋さに難色を示したい所だが、三池氏の敏腕マネージャー兼プロデューサーの真矢氏は慌てることなく言う。
「何も心配あらへん、想定内の事態や」
「真矢氏、では」
「アレをしましょう!」
「もちや。二人とも、プランFをやるで。こういう時は――」
両手を腰に置き、真矢氏は強気な顔で言い放った。
「飛べばええねん」
男性用品コーナーがなぜ百貨店の最上階にあるのか。
一つは、肉食女性に襲われる場合でも下からの侵攻だけに注意すれば良いこと。
だが、ここで考えなければならないことがある。
最上階に続くエレベーターと非常階段を死守したとして、どうやって男性を逃がせば良いのか。そのままではジリ貧だ。
そこで男性用品コーナーが最上階にあるもう一つの理由が
ヘリポート。
この百貨店の屋上には、万が一の時に男性を逃がすレスキュー用ヘリポートが設けられている。
下界で肉食ゾーンが広がりを見せても、見上げる先は自由。
『救貞操用のヘリには連絡を入れている。十分もすれば到着するだろう』
やはり有能な妙子氏。その仕事っぷりには頼もしさしか感じな――
『ん、何だ? 今、通話中だぞ』
突如妙子氏の声が揺れた。
「どないしたん姉さん?」
『ああ、今、部下から緊急連絡があると……うん、
「んきゃ! ビックリした!? 耳がジンジンするぅ」
「むぅ、いかがした妙子氏。新たな厄介事?」
『す、すまん。あたいとした事が取り乱した。三池君のお忍びとは別件だ』
目に見えて、いやこの場合は耳に聞こえて妙子氏が覇気を無くしたように感じる。
「別件って何です?」
凛子ちゃんの問いに、
『プレゼント……』
気疲れを想わせるトーンで妙子氏は言った。
『旦那が一番喜ぶ誕生日プレゼントが来やがった』
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「お待たせしました」
試着室から三池氏が出てきた。
袖と足を通した衣類が気に入ったのか朗らかな表情だ。
――この顔を崩してはいけない。
「拓馬はん。すまへんけど、そろそろ次の所へ行こうと思うねん」
真矢氏が迫りくる危険を
「次、ですか? もう陽之介さんの買い物は終わりましたし、次って?」
「じ・つ・は・な、サプライズイベントがあんねん。せっかく街に出たんやから拓馬はんを楽しませようって、とびっきりを用意しているんや。ヘリによる空中遊泳ってイベントをな」
「く、空中遊泳!?」
三池氏が
「拓馬はんは高いところ大丈夫なん?」
「むしろ好きなくらいです……あの、本当に空を飛ぶんですか。うわっ、なんかワクワクします」
「いつも大変な拓馬はんへうちらからの贈り物や。受け取ってくれるか?」
「ええ! もちろん有り難く」
「良かったわ。もうちっとゆっくりしてから飛ぶ予定やったんやけど、情報の行き違いがあったみたいでな、実はヘリがこっちに向かってんねん。せやからすぐに屋上へ行きたいんや、本当にすまへん。買いたい服は店員はんに言ってな。後で南無瀬邸に送らせるさかい」
「分かりました」
三池氏は試着した服の他に何着かを店員に預けた。
後は非常階段を使って屋上へ行き、ヘリが来るのを待てば……
『妙子だ!』
このタイミングで焦り気味の妙子氏。
イヤホンからトラブルの音まで一緒に聞こえてきそうだ。
『急いで屋上へ行け! 百貨店の警備システムがクラッキングを受けた。普段降りている非常階段の防女シャッターが上がりやがった。手動で降ろそうにもファンの奴ら、シャッターの先まで入り込んでいる。念のため非常階段に組の者を配置していて良かったぞ、今は組の者が必死にファンを押し留めているところだ。ちくしょうめ!』
最悪の連絡に、
「っ!」
三池氏の前であるのに真矢氏が息を呑んでしまった。
私たちダンゴとは違い、特殊な訓練を受けていない真矢氏。この状況で動揺を隠せないのは仕方ないが……
私は百貨店の構造を思い出す。
この男性用品フロアへ来る方法は二つ。
エレベーターで快適か、非常階段で地道にか。
ただしエレベーターは男性客しか使用が認められておらず、現在はファンが乗り込んで来ないように停止状態になっている。
もう一つの非常階段は、妙子氏の言うように防女シャッターが下の階との間に降りている。それが上がっているとすれば、肉食女性たちが目と鼻の先にいる、ということ。
厳しい。
まだヘリが到着するまでには時間がある。
それまで三池氏を安全に守り、屋上で待機。
相手はクラッキングをも用いる連中である。屋上へ出て、扉を閉めて鍵をかければ一安心……とは、とても思えない。鍵開け程度こなしそうだ。
それに一番難しいのが三池氏に事態を気付かれず、避難してもらうこと。
屋上へ行くには非常階段を通らなければならない。
すぐ下では、南無瀬組とファンの押し合い会場となっている。必ず怒号が耳に入ってくるだろう。耳栓させるわけにもいかない、どうしたものか……
私は分かっていた。
凛子ちゃんも分かっていた。
きっと真矢氏も分かっている。
――もう、どうしようもない。
三池氏のストレス解消のためにセッティングした今日という日。
様々な下準備を行い、南無瀬組全員の力で作り上げようとした『三池拓馬の休日』。
それは、ファンの行動力を甘く見た私たちの落ち度によって崩壊し……
だが、誰が言う?
ここまで楽しんでいる三池氏に、本当のことを……誰が言う?
逡巡に使える時間はまったくない。
すぐにでも残酷な現実を突きつけなくてはいけない。
ここで迷ってはダンゴ失格。
サッと左右に視線を走らせる。凛子ちゃんも真矢氏も言葉が口から出ない様子。
だったら、私が。
物言いが率直――な椿静流である私が言おう。
三池氏。私が言葉にしようとした、その前に。
「ヤバい状況なんですか?」
三池氏の方が早く口を開いた。
朗らかから一転、すべてを見据えたような静かな表情だ。
「ファンのみんながすぐ近くまで来ているんですよね。ヘリってのも俺をここから逃がすためなんでしょ」
どうして? と顔に出たのだろう。三池氏は続ける。
「アイドルは鈍感や天然じゃやってられないんですよ。それに、みんなが俺を見ているように、俺もみんなを見ています。音無さんや椿さんや真矢さんの一挙手一投足で、ある程度分かるもんですよ」
三池氏が私を見ている……だとっ。
喜びが熱になって体中を疾走しているよう。
背筋が凍りそうな時なのに、こんな気持ちにさせる三池氏は卑怯だ。
……本当に、椿静流になって良かった。
だから考えよう。
こんな気持ちにさせる三池氏のために、私が出来ることは――
真矢氏は顔を真っ赤にして泡を食い、凛子ちゃんは上と下から大洪水。
二人に任せられない。私がやろう。
「三池氏の予想通り。今すぐ屋上に避難しなければ危険。そして、私から提案がある」
提案?
と訊きたげな面々に決意表明をする。
「私はここに残る。三池氏に変装して」
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