【三池氏、街へ行く⑤】

「変装って……け、けど俺と椿さんじゃ体格が全然ちが」


みなまで言わないで欲しい。私は可能と判断した」


疑問はもっとも。私と三池氏では身長が頭一つ分違い、肩幅もまったく異なる。

タクマ狂いのファンたちの目を誤魔化すのは無理――と、普通は思うだろう。

しかし不幸中の幸いで、ここは男性用品フロア。やりようはある。


「静流ちゃんを信じてあげてください。こと変装に関しては静流ちゃんの右に出る者はいないんですよ!」


「迷っている時間はあらへん。椿はんの献身、有り難く受け取るで」


凛子ちゃんと真矢氏の言葉に押され、苦渋を顔に滲ませて三池氏が頭を下げた。

「……すいません、椿さん。せめて、俺に手伝えることがあったら言ってください」


――その言葉を待っていた。

私は遠慮せず言った。


「三池氏の着ている服が欲しい。無論、あくまで三池氏に変装するため。他意はない……あ、パンツもあれば尚良し」





屋上に向かう三人を見送った後。

私は急ぎ準備に入った。

ファン強襲の報に浮き足立つ店員たちへ、変装道具のリクエストを矢継ぎ早に要求する。


シークレットブーツに、三池氏が掛けていた物と同タイプのメガネ、ウィッグ、メイク道具などなど。


「全員急ぐ、四十秒で支度する」


男性用品コーナーほど変装に適した場所はない。

服飾エリアを物色すれば大抵の衣類は揃う。それに、


「シークレットブーツ持ってきました。あと、肩パットも」


男性の悩みを解消するため、ありとあらゆる物がここにはある。

身長の低い男性や、なで肩の男性はその弱々しい外見が庇護欲と征服欲をそそるということで、一部の女性からじゅるりと生唾物にされやすい。

そのためこれら性女けグッズに需要が生まれるのだ。今回は男装のために使用させてもらおう。


肩パットを付けて、三池氏から借り受けたジェケットを羽織る。


「むふぅ!」


後ろから抱きしめられたような錯覚。ジャケットに残った三池氏の匂いと熱が脳をペースト状にする。

僅かな間だが、私は下半身でしか物を考えられなくなった。


「……ぐぅ、はぁはぁ」

ジャケット一枚でこれか。


「調子に乗るんやないで!」と真矢氏に怒られジャケットしか借りられなかったが、それで良かったのかもしれない。

三池氏の服一式を装着したら人間を止めていた、間違いない。


「ウィッグ持ってきました」

続いて届けられたウィッグ。色は三池氏の地毛と同様だが、毛の長さやスタイリングに差異があった。

百貨店の品揃えは豊富であるが、さすがに三池氏と完全一致するウィッグはなかったか……


「ハサミ」

「は、はい」


差異があるならお手製で近付ければ良い。

店員からハサミを受け取ると、私は躊躇なくウィッグを切り始めた。


そのハサミ捌きに、

「す、すごっ」

毛が床に散らばらないよう袋で回収する店員が思わず声を漏らす。何も特別なことをしてるのではない。

三池氏の髪型は毛の一本一本まで把握している。これ、南無瀬組の常識。

凛子ちゃんのように大ざっぱな性格と手先でなければ、脳裏にある鮮明なイメージのままにハサミを動かすなど造作もない。


一分もかけずに作業完了。

実際にウィッグを頭に付ける。

頭部が不自然に盛り上がっていないか確認、私の髪がはみ出していないことも確認……良し。

この状態で本日三池氏が使っていたキャップを被る。

キャップをするのならわざわざウィッグを整える必要はなかったのでは、と思うかもしれないが、こういう細かい所を疎かにするかどうかで変装のクオリティが大きく変わってくるのだ。


さて、次に――

私は用意されたファンデーションやコンシーラーに手を伸ばした。




☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




『妙子だ。組の連中は頑張っているが、限界が近い。すまんがこれ以上ファンを止めるのは無理だ!』


『こちら真矢。拓馬はんを屋上に連れてきたで。ヘリの姿が小さく見えてきたけど、まだ到着には何分か掛かりそうや』


『そういうわけだ。何としてもファンを男性用品フロアに留めて欲しい。準備はどうだ?』


「問題ない」

短時間故に完璧な変装ではないが、そこは演技と策略でカバーする。


「全員、手はず通りに」

「「「わ、わかりました」」」

三池拓馬になった私を見て、惚けていた店員たちが慌てて動き出す。

彼女らを指定の位置に待機させ、私はファンが非常階段を駆け上がって来るのを静かに待った。




「いい加減どいてよ! タクマ君に会うだけだから、ちょっと話すだけだから!」


「拓馬さんはこの先にはいない! それにこの先は男性用品フロアだ! 女性立ち入り禁止だ!」


「禁止と下の膜は破りたくなるのが女ってもんよ!」

「これだけ芳醇な香りがしていて、タクマ君がいないわけないでしょ!」

「何もしないわ! したとしてもソフトタッチよ!」

「そうよ! 先端部だけよ!」



「ふざけるな! 誰が信じられるか、そんなこと!」

「こいつらどんどん増えて……」

「くそっ、突破される……ぐわっ!?」


均衡は破られた。

強固であった南無瀬組員のスクラムに穴を空け、肉食女性たちが上の階へと走り出す。

南無瀬組員たちも抵抗するが、一度出来てしまった穴は塞げない。むしろ広がるばかり。


ついに先頭集団が男性用品フロアの階へと来た。

懸念すべきは、獣並に鼻がく肉食女性らが男性用品フロアに三池氏はいない、すでに屋上に移動した……と嗅ぎ取ることである。


そうさせないため、屋上へと続く階段はしっかりファブって三池氏の匂いを消しておいた。

さらに――


「こ、これは……!?」


開け放たれている男性用品フロアの扉。

その先の床に落ちているのは――三池氏が試着したインナーシャツ。

試着のため三池氏の匂いが生地の細部まで染みわたっていない。だが、逆にそれが奥ゆかしいフェロモンになって、それはそれで『趣があるいとをかし』となる。


「「「ヒャア!!」」」

まんまと誘導の罠にかかる獣共。シャツに向かってダイブする様子は、人間性のカケラもない。


そんな奴らに三池氏関連のブツを取られるのは業腹である。

店員の一人がシャツに括り付けた紐を引いた。スッとシャツが動く。


「げふっ!?」

獲物を掴み損ねて顔面から地面に落ちる獣たち――が顔を押さえて苦しんでいる隙に、紐を手繰り寄せシャツを回収。


先頭集団が男性用品フロアに入ったことで、後続も雪崩込んでくる。

誘導は成功、ここからが本番。



私は椿静流ではない。当然、――でもない。

今の私は『三池拓馬』であり男性アイドルの『タクマ』。


かつて何度も行った暗示を己に施し、私は陳列棚の陰から姿を晒した。

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