【三池氏、街へ行く③】

百貨店内に足を踏み入れた私たちを、


「い、いらっしゃいませぇ」

三池氏の来訪を事前に通告され、ガチガチに緊張した店員と、


「おっ、待ってたで」

真矢氏が出迎えた。


「あれ真矢さん? 今日は他の仕事があるから俺たちと買い物には行けないって」

「それなんやけど、思ったより早ぉ終わってな。うちも拓馬はんたちに合流することにしたんや」


あっけらかんに言う真矢氏だが、その言葉は嘘である。

先行組を指揮し、一般客のお掃除を指示したのは何を隠そう真矢氏だ。

そのやり方は巧妙で、なるべく人目が付かず速やかに決行された。


さらに、百貨店周辺だけを綺麗・・にしてしまったら、三池氏が百貨店に来ていることが容易に推測されてしまう。

よってダミー作戦として、同時刻に複数のショッピングスポットで掃討が行われ、三池氏の居場所が特定されにくくなった。

その段取から遂行までを真矢氏が担っている。それでいて肝心のお買い物には自分も参加するという抜け目のなさ。


同じ女として尊敬する、と共に戦慄を禁じえない。恐るべし、真矢氏。


「入口前で立ち話もなんや、ほな行こか」


百貨店内部をすべてクリーン・・・・にするのは、南無瀬組の人員的にも、百貨店側の営業的にも、作戦の機密的にも不可能である。


入口付近以外には女性客がいる、そのため真矢氏は早く目的の男性用品エリアへと三池氏を誘導したいようだ。


「こ、こちらへどぉぞ」


上がりに上がった店員が、挙動不審っぷりに磨きを掛けながらエレベーターへと案内する。


その仕草は初々しくて健気そうだが、油断してはならない――よく見れば、店員の拳に絆創膏が貼ってある。

おそらく三池氏のエスコート役をかけて、百貨店側で肉体言語を使った会議が開かれたのであろう。

この店員はその勝者……立派な肉食女性もののふだ。


少し歩き。


「当エレベェータは男性用品フロア直ちゅうになっております」


「へえ、他と違うんですか?」


「はいっ! エレベェータの中で、男の方がおそわ……あ、あっと……アレされたら、こ、困りますから男女で使うエレヘェータが異なります」


「なるほど」三池氏は納得したように首を縦に振って「……アレね」げんなりと呟いた。

店員が気をきかせて「アレ」とボカしたのは無意味だったようだ。



男性用品フロアは、百貨店の最上階にあった。

警備の面で最上階は都合が良い。

もしもの事態になっても、肉食女性てきは下から来るわけだから、最上階へのエレベーターと非常階段を確保するだけで済む。



「おお~」フロアを見渡し、三池氏が感嘆の息を吐いた。

「これ全部、男性用なんですか?」


「せや、メンズの服から男性が好む小物類、男性向けの書籍から娯楽品まで何でもあるで」


広々としたワンフロアに、商品が余裕をもって陳列されている。男性にゆったりと買い物してもらうための気配りか、はたまた男性に長く居座ってもらうための小細工か。


「「「「「いらっしゃいませ」」」」」


男性用品フロアの店員たちが営業スマイルを逸脱した全力スマイルで歓迎する。他に男性客はいないようで、彼女らの関心は一点集中で三池氏へと向けられた。

そのまま全員でこちらへ駆け寄ってくるのでは、と私と凛子ちゃんは身構えるが――ニコニコ顔のまま店員たちは動かない。

いや、動けないのか……

「タクマに粗相がないように」とあらかじめ百貨店側に警告を入れておいて正解だった、店員らはそれぞれの持ち場から離れられないようだ。


その代わり、


「流行のニューモデルが」

「魅力をさらに引き立たせるアクセサリーが」

「タクマさんを特集する雑誌が」

「一人遊びにも最適なグッズが」


と、己のテリトリーの商品で呼び込みをかけてきた。

見える、彼女たちから迸るオーラが「おいでおいで」している。


「と、とりあえず見て回りましょうか」

熱烈な歓迎に半歩下がってしまった三池氏だが、気を取り直して店内を歩き始めた。




☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




陽之介氏への誕生日プレゼントは吟味に吟味を重ね、エプロンに決まった。

最近、台所に立つことが多い陽之介氏には似合いの物となるだろう。

余計な装飾のないシンプルな濃青デザインは、大人の男性が着ることでさらに魅力を増す。

陽之介氏のイメージに沿うので、適合具合はかなりのものと思われる。それこそ妙子氏の獣欲が刺激されて食卓に並ぶ品が一つ増えるのでは、と心配してしまうほどに。


「プレゼントは買ったことですし、後はどうします? そうだ! せっかく来たんですから三池さんもお買い物しませんか?」

陽之介氏の件は前座である、ここからが今作戦のメインだ。


「同意、三池氏もたまには贅沢するべき」

「いつも支給されるばかりじゃつまらんやろ。ここにあるモンなら何でも買ってええで」


ここぞとばかりにショッピングを勧める私たちに「何でも……じゃ、じゃあお言葉に甘えて」まんざらでもない顔の三池氏。

しめしめ、これで心行くまで買い物をしてストレスを発散するべし。



アイドル故か三池氏の足は服飾コーナーで長く止まった。

一着一着を取って鏡の前で、自分の身体に照らし合わせる所作には慣れたものを感じる。

アウターとインナーの組み合わせを試す表情は楽しそうでいて真剣でもある。

買い物に生き生きする三池氏、それを見て逝き逝きする私たち。

これぞWin-Winな関係と言えるだろう。


服選びをすること約ニ十分。

三池氏はついにあの言葉を口にした。おそらくこの場にいる全員が期待していたであろうあの言葉を。


「ちょっと試着します」


試着!

それは魔法の言葉。私たちの脳髄に避雷針を刺してサンダーを落とす刺激的な言葉。


「ゆっくりでええで、うちらのんびり待っとるさかい」

「ほんと急がなくて良いですから! 三池さんのペースで脱ぎ脱ぎしてください!」

「他に着たい物があったら言って欲しい。すぐ取りに行って手渡しする」


「は、はい。お気遣い、どうも」



三池氏が試着室に入った瞬間、世界から音が消えた。

あれほど騒がしかった店員たちは押し黙り、目を閉じ、ひたすら耳をすませている。

私たち南無瀬組にとっては勝手知ったる三池氏の脱衣シーン。息を殺し、気配を殺し、己を世界と同化させる基本作法は心得ている。

下賤げせんと思うことなかれ、三池氏が今どんな格好なのかと想像の翼を広げる高尚な趣味である。


カチャカチャとベルトを外す音。

シュルシュルとジーンズをズリ下げていく音。

「……っと」時折漏れる三池氏の吐息。


アイドルのタクマがパンツ姿で、扉一枚挟んだ向こう側にいる。

たぎる、ひたすらたぎる。

これほど性を実感する瞬間が他にあるだろうか。


永遠はある、ここにある。

輝く季節の中に私たちはいるのだ。






永遠の終わりは唐突だった。


『こちら妙子だ。不味いことになった』


小型イヤホンから妙子氏の切迫した声が響く。


「姉さん、何かあったんか?」


『下を見ろ、三池君の居場所がバレた』


私たちは急ぎ窓の近くに寄った。高層のため眼下の景色が小さく映る。

アリが甘味物に群がるように、百貨店へと人が吸い込まれていく。その数が尋常ではない。新年の大安売りにはまだ日があるというのに……

見ているうちに店内に入りきれなくなった客たちが、外に人だかりを作り出していく。あの人数を除去するのは南無瀬組とて困難なミッションとなる。


「な、なんで見つかっちゃったんですか! ダミースポットを一杯作っていたのに!」

凛子ちゃんが『感嘆符』の付きそうなセリフを試着中の三池氏に聞こえないよう小声で叫ぶ。器用なことを。


『どうやらファングループの中でタクマ捜索班が組織されたらしい』


「「「捜索班!?」」」


『捜索班はネット上でタクマを目撃したとされる場所を回ったんだ。三池君がいた場所ならば、性的欲求を催す残り香がある。捜索班は場所ごとに己の下半身の反応をレポートし、百貨店に当たりを付けた、そういうわけだ』


失点だ、熱心なファンならば当たり前にやりそうな事であったのに。

三池氏の匂いを隠すためにしっかりファブっておくべきだった……


今回の攪乱作戦をするため、頼みの南無瀬組は戦力を分散している。

少ない数であの人ゴミを相手にするのは下策である。

何とか三池氏を安全かつストレスフリーに脱出させる方法を考えねば……

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