【とある委員長と元不良少女】

姉小路あねこうじ旗希はたきさんが学校に戻ってきた。


ボサボサの長い髪に、それに負けないくらい長いスカートをはき、制服を着崩していた彼女はもう過去の話。


綺麗に切り揃えられたショートカットにシワのないおろしたてのような制服、舐められないよう施されていた厳めしい化粧は取り払われ、健康的な頬が艶やかに輝いている。


かつての不良少女は、学校紹介のパンフレットに抜擢されてもおかしくない模範生となった。

いったい『何が』彼女を変えたのだろう……そう不思議がる人はいない。理由が明白過ぎる。

だからこそ――


「なんで復学出来るのよ。男性を襲ったんでしょ、普通退学じゃないの?」

「未成年だからって許されたのかな」

「せめて停学からの留年コースでしょ。処罰甘くない?」


みんなが敵意を放っているのだ。


せっかく姉小路さんが真面目に再スタートを切ろうとしているのに、迎えるべきクラスの雰囲気がこれでは誰にとっても居心地が悪い。


「ねえ、委員長。この空気、なんとか出来ないかな」


争い事が苦手な穏健派の友だちがわたしを頼ってきた。

委員長。春のホームルームで押しつけられた役職にようやく慣れてきたと思ったら今回の問題だ。

はぁ、委員長の肩書きの重いこと重いこと。


憂鬱になるが……

窓際の席で腫れ物のように扱われている姉小路さんを見る。

無表情に外の景色を眺めているが、内心はどんなことを考えているのだろう。

施設では苦しいことが一杯あっただろう。それを乗り越え学校に帰ってきたというのに、この冷たい対応だ。


やっぱりこのままじゃダメだよね。

決めた、姉小路さんがクラスに馴染めるよう橋渡し役になろう。『委員長』としてではなく『わたし自身』の意思で。



今日は放課後の部活がない。

先日、わたしは高校二年生の中途半端な時期にもかかわらず武道部に入部した。もやしっ子と揶揄やゆされてきたわたしの一大決心である。

どんなキツい稽古でも耐えて強くなろう、と息巻いていたんだけど……道場を他の部活と共用しなければいけない関係上、どうしても休みの日が出てしまう。

そんな日はランニングや筋トレで高ぶったやる気を鎮めるのがわたしの日課だ。


でも、今日は姉小路さんと話をしてみよう。彼女がクラスのことをどう想っているか知っておかないと、橋渡しなんて出来ないもんね。



帰りのホームルームが終わり、姉小路さんが席を立つ。


「あ、姉小路さん」


呼び止めようするが、聞こえないのか姉小路さんはスタスタと行ってしまう。


わたしは慌てて追いかけた……あれ?

てっきり姉小路さんの行き先は昇降口と思っていたのに、彼女の身体は意外な場所に吸い込まれていった。


「ここって、図書室?」


孤高少女愚連隊のボスで、南無瀬市の不良少女たちのカリスマだった姉小路さんが図書室って……


あまりの似合わない組み合わせに、扉の取っ手に触れるのを少し手間取ってしまった。

確かにここに入っていったよね? 見間違えじゃないよね?


半信半疑で図書室に入ると、端の学習机に座る姉小路さんが見えた。鞄から教科書やノートを取りだし、勉強をしようとしている。


なんだあれは、どこの優等生だ?


「姉小路さん?」


もしかしたら中身が宇宙人的なものに入れ替わっているのでは、というSF思考が頭をよぎり呼び方が疑問系になる。


「ん……あ、えーと。たしか同じクラスの委員長の……」


机から顔を上げ、姉小路さんがこちらの顔を観察してくる。

どうやらわたしの名前が出てこないらしい。一緒の教室で授業を受ける間柄でもあまり接点がなかったもんね、し、仕方ないよね。


わたしが名乗ると「おっ、う、うん。そうだったな」と姉小路さんは微妙な納得顔になった。多分、わたしの名前に聞き覚えがないんだ。べ、別に傷ついてはいないんだから。


「それで、あちきになんか用か?」


「姉小路さんは復学したばかりで、いろいろ大変じゃないかなって思って声を掛けたの。わたしに出来ることなら何でも手伝うよ」


回りくどい言い方が嫌いだと思うから率直に言う。


「出来ること……か」

姉小路さんが押し黙り頬を緩める。


「どうかしたの?」


「い、いや。最近、同じようなことを言われたばかりだったから、ちょっと思い出しちまったんだ。それより、委員長は真面目だな。あちきにフォローを入れてクラスにエスコートってか。有り難い申し出だけど無理すんなよ。あちきに絡んでいると、クラスの奴らに同類扱いでハブられるぞ」


「そんな陰湿な人はうちのクラスにいないよ」


「どうだかな。あいつらのあちきを見る目は尋常じゃなかった。今まで、散々ビビらせて好き勝手やっていたからな。かなり恨まれている」


姉小路さんは勘違いをしている。

クラスのみんなが彼女を目の敵にしているのは、これまでの恨みツラミのせいじゃない。ごく最近の出来事が原因だ。


しかし、それを指摘したところで今更の話。むしろ、姉小路さんが己の落ち度に気付いて、クラスのみんなに謝罪でもしようものなら火に油だろう。勝者の余裕と受け取られるに決まっている。


クラスメイトとの和解はまだ早い。まずはわたしが姉小路さんと親しくなって機会を待とう。

そう判断したわたしは姉小路さんの隣の席に座り、話の角度を変えて接近することにした。


「わたしのことを真面目って言うけど、姉小路さんだって真面目じゃない? 放課後すぐに図書館で勉強。なかなか出来る事じゃないよ」


「これか。今までサボってきたツケを払っているだけだ。偉いことでもねぇさ」


姉小路さんは六月に更正施設送りになって、それから授業を受けていない。他の級友たちよりかなり学業の習得が遅れている。


「このまま成績が悪くて留年にでもなれば、あちきたちの性根を鍛えなおしてくれた人たちに顔見せ出来ねぇ。だから、柄にもなく教科書を広げているわけさ」


本当に変わったんだな、姉小路さん。

わたしとの会話に迷惑な顔一つせず付き合ってくれる。この人が数ヶ月前まで不良集団のリーダーだったことを忘れてしまいそうだ。


「そういうわけで委員長、あちきは勉強するからそろそろ」


「うん、分かった。ちょっと待ってて」


「え? おい」


わたしは教室に取って帰り、自分の鞄を持つとすぐに図書室へ戻った。


「姉小路さんの心意気にわたしは感銘を受けました。勉強ならわたしに任せて。さあ、一番自信のない科目は何?」


「良いのか? 正直、どの教科も自信ねぇから委員長の負担が半端なくなるぞ」


「人に教えると良い復習になるの。わたしのためになるから気にしないで」


「け、けど」


ううむ、姉小路さんったら申し訳ないという顔を止めてくれない。集団のトップだったから頼られるのは慣れていても頼るのは苦手なのかな?


「……じゃあ、代わりにわたしのお願いを聞いてくれるかな?」


「なんだ?」


「姉小路さんって腕っ節あるよね。良かったらわたしに格闘技を教えてくれないかな?」


「か、格闘技? 委員長が?」


見た目文化系な三つ編み眼鏡のわたしが格闘技をするのが信じられないのか、姉小路さんは目を見開いて驚いていた。

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