ドナドナの夜

緊迫した空気の中。


「見ての通り、ここには男性がいる。強硬な接触は控えてもらう」


「こっちが呼んだのは警察、あなたたちはお呼びじゃないの!」


俺とおっさんを守るように男性身辺護衛官の二人が立ち塞がる。

彼女たちが通路側に座ったのは護衛のためだったのか。


「あたいらを前にして良い啖呵だ。見所のあるダンゴじゃないか」


女傑は気分を悪くするどころか愉快そうに微笑んだ。

ん、団子?


「が、警察は来ない。あたいからストップを掛けたからね」


「バカな、いくらあなたでもそれほどの権限はないはず」


椿さんの反応から思うに、あの女傑はアンダーグランドのドンとかじゃなく、身分の高い人なのか? 

彼女たちは何者なんすかね、とおっさんに小声で尋ねようとしたら


ブルブルブル……


おっさんはハリネズミのように丸くなって震えていた。しかし、悲しいことにおっさんの背にハリは付いていない。無防備な背中が哀愁を漂わせている。


「権限はあるんだな。なにしろあんたらが保護した対象っていうのが……おい、あんた! いつまで情けない姿を公開してんのさ」


「ひぃ! か、勘弁してくれたまえ妙子たえこ!」


たえこって誰よ。という俺の疑問を察したのか椿さんが説明してくれた。


「この方は南無瀬島の領主を務める南無瀬みななせ妙子たえこ氏」


それってかなりの大物じゃないっすか!?


「領主ねぇ……この民主主義の時代に、んな形骸化した肩書きは邪魔なだけなんだが、まあ他者紹介あんがとよ。んで、そこにいるのが南無瀬陽之介。あたいの夫だ」


「そ、そんな」


まさかの事実を前に俺の心を占めたのは驚き――ではなかった。

おっさんへの深い尊敬と同情だ。

あんな女傑を奥さんにする剛胆さに尊敬を!

そして家出するまでに追いつめられた夫婦生活に同情を!



「なるほど、潮見陽之介と名乗っていたのは旧姓……聞いたことがあるのも納得」


「まさか領主様の旦那さんを保護しちゃっていたとは。夫婦間のトラブルならあたしたちの出る幕はないか」


椿さんと音無さんの警戒が解かれた。

おっさんは黒服たちに連行されるかと思ったが、妙子さん自ら持ち抱えた。

最早抵抗は無意味と悟ったのか、おっさんは静かだ。

それにしても男女逆転のお姫様だっこ、しかもやっているのは三十代の夫婦。反応に困るってレベルじゃないな。


「ったく、みんなに心配かけやがって――さてと、悪いが旦那を保護した詳しい経緯いきさつを知りたい。そこの男子もあたいの屋敷まで同行してくれないか?」


「げえっ、それは」


やだよ。お偉いさんの家に行くのは緊張するし、何より公式マフィアな人たちのアジト訪問して無事に済む気がしない。


「ちょっと待った! 旦那さんの件は良いとしても三池さんを無理に連れていくのは見過ごせません!」


おお、音無さんが今日一番に輝いて見えるぞ。


「不躾なのは承知だ。もちろんご家族の許可を取ろうじゃないか。三池君だっけ、こんな時間だが自分の家に電話してくれないか?」


「電話っすか」


俺はスマートフォンを出してみるが、当たり前なことに画面の端に圏外という文字が映っている。


「見ない機種だな」


「そりゃあ、この国の物じゃありませんから」


「どういうことだ? いや、始めに尋ねておくべきだった。男子がこんな時間になぜ外にいた? いくらダンゴを連れていても非常識だぞ」


ここに来て、俺はようやくダンゴの意味に思い当たった。

そうか、音無さんと椿さんは男性身辺護衛官。略してダンゴというわけね。

食べ物じゃなかったんだな……あれ、団子とダンゴの違いで何かまずいことを口走った気がするが。


「あの……領主様。ひじょ~に残念ですけど、あたしたちは三池さんのダンゴじゃありません。旦那さんを保護する時に一緒に彼を保護したんです」


「っなんだって!? 警察からはそんな情報聞いてないぞ。じゃあ何か、三池君はダンゴもなしに一人でいたわけか。おい、三池君。是が非でも君には屋敷まで同行してもらうぞ」


あっ、これは拒否出来ない流れだわ。


「ですが、正式な手続きもなしに男性を連れ込むのは南無瀬氏と言えど問題。世間が黙っていない」


「そうです。あまり強引な手段に出るならあたしたちが相手になります!」


おう二人共、ナイスブロック。言ったれ言ったれ!


「お前たちはダンゴらしいが今仕えている男性はいないのか?」


「うっ……た、たまたま今はフリーですけど。ねえ静流ちゃん」


「そう。偶然にしてフリー。あくまで偶然」


「あたいの名において、仮だが三池君のダンゴになることを認めよう。緊急事態だ、余所よそから文句が来てもあたいが説得する。どうだ、ダンゴと一緒に招待するならまだ世間の非難をやわらげることが出来るだろう」


「三池さん、行くべきです。領主様に保護されるのが一番安全に決まっています!」


「超同意。むしろ行く以外の選択肢があったらこの手で破壊する」


手のひらクルリンしてんじゃねえよ! ちくしょぉおお!!


一瞬、妙子さんの腕の中のおっさんと目が合った。

その視線には同情の念が含まれていた。

俺はカチンときた。



ファミレスの駐車場をすべて埋める勢いでたくさんのセダンタイプが停められている。

服装が黒だと思ったら車まで黒だった。チームカラーみたいに徹底しているな。


その中で異彩を放つ物がある。

色は黒だが、他よりも遙かに車体が長い。リムジンのような高級車なのは一目瞭然だ。夜でも分かるボディの光沢とフロントガラスの横に付けられたエンブレムの精巧さが何よりの証拠だろう。


俺はそのリムジンもどきに乗せられた。

左右をダンゴの2人に挟まれ、前後には黒服の人たち。

なんという圧迫感だ。

こちらを窒息死させようと企んでいるんだろ、そうなんだろ。


俺は胸の苦しみに耐えながら、南無瀬一味の本拠地へとドナドナされて行った。






☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆





南無瀬家の入口は、高級料亭を想わせる壮健な木の門だった。

その瓦屋根に吊された赤い提灯が温かな光を発し、門をくぐる者の心を安らかにする……そういう意図があるのかどうかは知らないが、門の左右にお出迎えの黒服たちが待機している光景はせっかくの提灯効果を帳消しにしていた。


「お帰りなさいやせ、妙子様、旦那様」


一斉に黒服たちが頭を下げる。そのタイミングといい首の角度といいピッタリだ。躾が行き届いていて怖ぇ!



「おう、遅くまでみんなご苦労だった。すまんが最後の仕事を頼む。客人のために部屋を準備してくれ。相手は男性だ、くれぐれも粗相のないようにな」


「わかりやした!」


黒服が数名、俺に駆け寄ってくる。


「お荷物を運ばせていただきやす」


「あ、ありがとうございます」


有無を言わせぬ雰囲気に呑まれ、俺は背中のギターケースを渡した。


「よし、風呂の用意は出来ているな。三池君、話し合いは明日の昼間、ん……正確にはもう今日か。ともかく時間を置いてからにする。とりあえずは風呂に入ってゆっくり休んでくれよ」


「は、はい」


「心配しなくても風呂は男性用だ、それに覗きするような馬鹿はうちにはいない」


男の入浴を覗き……考えたこともなかった。


「じゃあ昼にな。さあ、あんた。家出の件について今夜はみっちり話し合いをしようじゃないか」


「ま、待ちたまえ。僕も疲れているから話はまた後日ということで」


「疲れている、それは大変だねぇ。ならあたいがマッサージして癒してやるよ。そうすりゃきっと何もかも喋りたくなる」


「ひいいぃぃ、身体から濁音が鳴り響くのは嫌だ! 止めてくれたまえぇぇ!!」


妙子さんに拘束ハグされたまま屋敷へと消えていくおっさん。

俺はさっきの仕返しとばかりに、哀れみの表情で見送ってやった。




南無瀬家は一階建ての豪華絢爛な日本家屋だった。

いや、ここは日本じゃないからそんな呼び名は不適当なんだけどね。

広さはテニスコート五面分くらいか。広大だ。

この面積からして、あの黒服の人たちも一緒に住んでいるとみた。



黒服の人につき従い屋敷を進む。


俺の目を奪ってくるのはウメやブナノキっぽい木々と数々の草花が見事に調和した庭園だ。石砂利が整然と敷かれ、池まである。夜だから見えないが、きっと池の中には彩色豊かな鯉でも放されているに違いない。

そんな和庭園を楽しめるように外廊下で屋敷は繋がれている。

傷一つない松の廊下は歩いているだけで気分が良い。

各部屋は障子で仕切られており、その先から畳の香しい匂いがする。


観光名所になっている武家屋敷そのものだな、ここ。

恐るべし不知火群島国の南無瀬家。日本より日本しているぜ。




男性用の風呂は、高級宿の個室に備えられている風呂のように、足は伸ばせるもののそれほど広くなかった。

しかし、桧に激似の木材を使った艶やかな造りは心地よいの一言で、俺は今夜の喧噪を忘れリラックスすることが出来た。


それにしても男性用ということだけど、この屋敷には何人の男が住んでいるんだろう。

屋敷内は住み込みらしき黒服の女性たちばかりで男の姿などなかった。

まさかおっさんだけとか……そもそもこの不知火群島国に来てからおっさん以外の男にまだ会ってない。

この男性の少なさからして、この国はかなりヤバいんじゃないのか。





「三池さん、就寝中の警護はお任せくださいね!」


風呂から上がり廊下に出ると、音無さんと椿さんが待っていた。二人も髪が湿っているところを見ると、俺と同じく一風呂いただいたらしい。


「私たちの部屋は三池氏の隣。不届き者が入らないよう障子窓の隙間からずっと見張るので安心」


すみません、座敷わらしにクリソツな椿さんにそんな怪談式警護されたら、マイサンのジョニーが寝ている間にオイタするかもしれないので止めてください。

と、いう本音を。


「そこまでしてもらわなくても大丈夫っすよ。お二人だって今夜は大変でしたし、ちゃんと寝てください」


そう言い繕う。ふふ、このくらいの処世術なら当方持ち合わせているさ。


「そんな……訓練校で学んだ『就寝時の警護~お泊まり時の隣室バージョン~』をようやく活用出来ると思ったのに」


随分かゆいところまで届く訓練をしているんだね。


「凛子ちゃん……隣室から見続けるのは止めよう」


いやいやまだワンチャンあるでしょ、と見苦しい様子の音無さんを優しく諭す椿さん。

きっと彼女は、これまでにも暴走しがちな同僚のブレーキ役になっていたんだろうなぁ。


「発想を変える。隣室が駄目なら同室になれば良い。同じ部屋ならガン見……ゲフンゲフン、監視しなくても何かあれば気配で分かる」


「な、なるほどっ!」


あ、このブレーキ緩んでいるわ。ちょっと誰か修理して!


これまでの彼女たちの言動からして、一緒の部屋で寝ようものならナニされるか分かったものじゃない。

朝起きたら口の周りがベタベタしていたり、パンツが下ろされていた……そんなゴウでカンな未来がおいでおいでしてやがる。


女性に求められるのは男として名誉なことだが、このおかしな世界では安易な行動を取るべきではないだろう。

初っぱな複数の女性に襲われた経験から得た教訓だ。



そういうわけで、慌ただしい夜の終わりは同室をもくろむダンゴ二人との対決となった。

口と口との激しい攻防の末、俺は何とか彼女らを隣室へと押し込むことに成功、また緊急事態以外で俺の部屋に入ることは禁止、という約束をもぎ取った。


監視を止めさせることは出来なかったが、なんだかんだ疲れが溜まっていたのか隣室から来る強烈な視線に打ち勝ち、俺は睡魔の中に浸っていった……






☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆





意識が夢に沈む、そのわずか手前で。

俺はこの世界に来る直前のことを思い出した。

ストリートライブをしようと出掛けて、けど事故があって、そしてアレに触れたから……思考はそこまで。



俺は完全に眠りに落ちた。

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