不知火群島国へようこそ

注文を受け取った店員が去ると、手持ちぶさたになる。

警察、なかなか来ないな。


「時間もあることだし、自己紹介しませんか。あたしたち、なんだかんだでまだ正式に名乗り合っていないじゃないですか」


音無さんが言うことももっともだ。情報収集を兼ねてぜひやろう。


「では私から。男性身辺護衛官の椿つばき静流しずる


椿静流さん、ね。

座敷わらしを彷彿させるおかっぱ、背丈は160くらいか。

小顔で愛くるしい顔つきをしているのだけど、重要パーツである目だけが輝き一つないため、接しにくさを感じてしまう。


起伏のない性格(推察)に起伏のないボディライン(確信)はマッチしているな、うん。


「今、失礼なことを考えた?」


「め、めっそうもない」


追記、油断ならない観察力の持ち主っと。おそろしや。


スーツ姿をしているってことは社会人なのかな。見た目はやや背の高い中学生、で通用するだろう。

それは彼女が童顔、と言うより学生によくある『あか抜けていない感』を未だに持ち続けているためだ。


「次ですね、あたしは音無おとなし凛子りんこ! 同じく男性身辺護衛官です。年齢は21、身長は167センチ、体重は54キロ、趣味はランニングと食べ歩き、それとそれと」


椿さんとは打って変わり、はつらつと挨拶する音無さん。音が無いという名字を彼方まで吹き飛ばすほど騒がしい。


大きい目に大きい口、どれも大ざっぱなパーツだがそれらが巧いこと配置され、これはこれで美人というような顔立ちとなっている。

出るところがきちんと出ているプロポーションはとても素敵だと思います、はい。


後ろで縛った髪が元気に跳ねている。ツヤのある綺麗な毛髪なのだが、ボディビルダーが持つ筋肉のツヤを彷彿とするのはなぜだろう?


「それでですね、休日の過ごし方は、えーと」ってかまだ自己紹介続けているのか。内容が合コンみたいになってきたぞ。いい加減にやめてくれよ。

「えーと、休日は男性が出歩いていないか探索したり、あとあと……あとは……職探ししてます。よく考えればあたし、毎日が休日でした。うう、職、見つからない。以上です」おい、やめるにしても急に暗くなって締めるな。場の空気が最悪だわ!


「……あ、あの、頑張ってください」

もうちょっとマシな言葉を掛ければ良かったんだろうけど、良い言い方が浮かばなかった。


「あたしの就職先になりませんか? 末永いお付き合いしませんか?」


縋るような視線が痛い。

音無さんは護衛官とか言っていたよな。ここは男にとって危険な場所みたいだから雇うのも手かもしれないが、今の俺はこの国のお金を持っていない。無一文だ。

だからこう返すしかない。


「申し訳ありません。今後の音無さんのますますのご活躍をお祈りしております」


「いやああぁっ、もうお祈りメールは嫌なのぉぉぉぉ!!」


またテーブルに突っ伏した音無さん。この人、突っ伏すの好きだなぁ……と、今回はすぐに起き上がり、諦めず勧誘を続けてきた。


「いいじゃないですか、ここで会ったのも何かの縁。あたし、縁は未来永劫大事にした方がいいと思うんですよ」


ぐいぐい来る。奥の席に座っているため、後ろに下がろうにも下がれない。

音無さんの手が俺に触れそうになった……とき。


「ギルティ!」

「あだっ!」


好セーブがなされた。スネを抑えて痛がっている音無さんを見る限り、テーブル下から同僚のお叱りを受けたようだ。


「凛子ちゃん、不用意な接触は厳罰。次はない」

「ふぁ、ふぁい。ごめんなさい」


少し過激なやり取りだが、仲の良さが伝わってくる。

こんな可笑しな二人だけど、あの不良たちを壊滅させた腕前を持っているんだよなぁ。

男性身辺護衛官だっけ? 人は見かけによらないものだ。


「次は僕が。僕は潮見しおみ陽之介ようのすけ


ここに来ておっさんの名前が判明した。陽之介だなんて渋い名前しているな。

正直、内心おっさん呼びで固定されていたので、名前を聞くのをすっかり忘れていた。

ごめん、おっさん。でも、おっさん呼びの方がしっくり来るからこれからも俺の中ではおっさんとして輝いてくれ。


「陽之介?」

何か気になったのか椿さんが呟く。それを無視しておっさんは「以上だ」と告げた。


それっきり口をつぐむおっさん。

護衛官の二人はまだ色々と聞きたそうだ。

俺としても「家出した」と嘆いていたおっさんの事情を根ほり葉ほりしたいところだが、本人が如何にも「これ以上聞かないでくれたまえ」という態度を出しているので止めておいた。


「じゃあ最後は俺っすね。俺は三池みいけ拓馬たくまって言います」

さて、どこまで自分のことを話そうか。


そうだな、ここは外国みたいだから……


「出身は日本です」と付け加えてみる。


「日本?」


音無さんが首を傾げた。


「日本、知らないですか? アジアの一番東にある所で」


「アジアってなんですか?」

「同じく」

「僕も聞き覚えがないな」


おいおい、誰も知らないのかよ。さすがにおかしいだろ。


「えーと、じゃあアメリカって知ってますか?」

フルフル。

「アフリカは?」

フルフル。

「ヨーロッパは?」

フルフル。

「ええい! 地球はどうですか!」

フルフル。

「そ、そんな……」


がっくしとうなだれる。

あー、まさかここは異国どころか異世界とか? 

そういうファンタジーはお呼びじゃないんで勘弁してくださいよ。


「もしかして、三池さんは凄く遠い所からいらっしゃったんですか?」


反省という言葉を知らない音無さんが、グーっと接近しつつ尋ねてくる。ちょ、息が当たるほど近いんですけど。


「み、みたいです。あの皆さん、つかぬことをお訊きするっすけど」


こりゃあ、頭が可哀想な人だと思われる覚悟でストレートに訊いてみるか。


「ここってどこですか?」


三人の表情が「これは病院かな?」に変わる。分かっていたけど胸に来るな、ズキズキと。


この馬鹿らしい質問に椿さんが律儀に答えてくれた。

「ここは南無瀬みななせ市」


みななせ市……どこよそれ?


「もうちょっと範囲を広げて、国の名前から教えてください」


「国……不知火しらぬい群島国に決まっている」


「しらぬい、ぐんとう国?」


「東西南北と中央にそれぞれ大きな島があって、他に無数の小島からなる群島国家。ちなみにここは南に位置する大島の南無瀬みななせ島。そして、島の政治経済の中心が現在私たちがいる南無瀬みななせ市」


「……はぁ、ご丁寧にどうも」


「ふぅむ、三池君と言ったか、その様子からして君はこの国の人間ではないようだね?」


おっさんの指摘に「その通りです」と素直に肯く。すると、女性二人の顔つきが険しいものになった。


「ありえない。男性は強力な移動制限を掛けられている。国内旅行するのにも多数の手続きが必要。国を跨ぐなど夢のまた夢」


「合法的な手段を取るならば、そうだ。しかし、三池君は後生大事に護衛されて入国したわけではないのだろう」


「あっ、誘拐!?」


音無さんが思わず大声を発し、慌てて自分の口を塞ぐ。


「確かに気付いたらさっきの路地に運ばれていたんですけど……誘拐なんすかね?」


縛られたわけでもなく、ただ放置されていたってのが解せない。人為的な思惑が感じられないのだ。


「これは一大事。男性の誘拐や移送となれば、大規模な組織の関与が疑われる。おそらく男性をターゲットにした密売組織」


「男性の密売って極刑じゃないの!? あたしたちの国は大陸より安全で通っているのに。三池さん、犯人たちのことで何か手がかりになることはありませんでした?」


「瞬間移動したみたいに間の記憶がないんですよ。ほんと綺麗さっぱり」


「不可解。被害者に認識さえ許さない手際の集団が、なぜ捕まえた男性を放置する?」


「だが、現に三池君はあの路地にいたのだ。ここで背後の事情を想像しても意味はない。今すべきは彼の保護だ。男性が単独で異国に放り出されるなど、僕ならば不安で押し潰されるだろう。おっと、なに心配になることはない、三池君は貞操の恩人だ。ここは僕に便宜を図らせてくれたまえ」


おっさん……なんて男前なんだ。さっきまで鼻水垂らして逃げまどっていたことは俺の心の中に閉まっておこう。




「お待たせしました」


話が一段落したタイミングで店員がやってきた。トレイに載せていた飲み物やスイーツをテーブルに配っていく。


「ご注文はお揃いでしょうか……では、ごゆっくり」


店員が引いたのを確認し「ささっ、お話はひとまずこのくらいにして、食べましょ」と音無さんがスプーンやフォークをみんなに渡す。


「じゃあ、いただきます」


両手を合わせてから食事に取りかかろうとしたところで、自分が三人の視線を集めていることに気付いた。


「三池君、その『いただきます』というのは君の国の儀式かね?」


「あっ、そうです。こうやって手と手をくっ付けて、料理を作ってくれた人や食材に感謝するんです」


「興味深い文化。なるほど、異国から来たというのは事実なよう」


「ならあたしも『いただきますっ!』ってね。うん、このマシュマロがいいんだな~」


音無さんを始め、みんなが俺の真似をする。なんだか気恥ずかしい。でも、三人が異なる習慣に対して寛容なことは有り難いな。



俺……たとえここが異世界でも何とかなる気がしてきた。


と、思った瞬間。



カランカランと入口のベルが鳴った。




複数の靴音が店内に響き、客たちの歓談する声が一斉に止まる。

音無さんと椿さんが真剣な表情になり勢い良く立ち上がった。


な、なんだっ!?


顔を入口に向けると、只ならぬ気配を纏った女性の集団がいた。その数二十人くらい。

全員が黒のパンツスーツで統一された格好だ。そこまでなら俺の警戒心でもギリギリ許容出来る。

が、加えてほとんど全員がサングラスというのはいただけない。アウト、超絶アウト。今は夜なのにサングラス付けるってなんでだよ。怖さアピールはやめてお帰りくださいませ。


「……」


が、集団はお帰りするどころかゾロゾロとこちらに向かってくる。無言できびきびと動くので迫力がえげつないほどある。

孤高少女愚連隊がアマチュアのアマちゃんなら、この方々はプロ中のプロの風格だ。


あの人たちがこの国の警察なんっすか? 随分威圧感がありますね。

と、尋ねようと護衛の二人を見るが、二人とも超シリアス顔している。どうやら警察ではないみたいだ。


店員さん、頑張ってその怪しい人たちを追い返して! と心の中でエールを送るが、店員の皆様は顔面蒼白で立ち尽くしており役に立たない。


集団の先頭を行くのは三十代くらいの女性。彼女だけがサングラスを付けず素顔を晒していた。

なんだあの女傑は……


初対面の人を女傑呼ばわりするのは自分でもどうかと思うけど、ただでさえ厳つい集団の中で一際ヤバい体格をしているのだ。

190超えの長身、手足はスーツがはちきれんばかりに太い。

女性は柔らかく壊れやすい。そんな常識を滅する筋肉には脱帽するしかない。

ダイナマイトボディってこういう身体を言うんだっけ?


救いは首から上が整っていることだ。ベリーショートの髪に、やたら眼光は鋭いものの精巧な目。鼻や口も万人以上の仕上がりである。


もっとも首から下がモンスターなので、女傑認定を取り下げる気にはなれないがな!




ついに女傑が、俺たちの前に立った。


「よう、邪魔するぜ」


腹の奥を刺激するハスキーボイスで、トイレが近くなる。




俺……ここが異世界でも何とかなる気がしてきた、と言ったな。

あれは嘘だ。


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