路地裏の出会い

俺たちが逃げ込んだのは、孤高少女愚連隊というグループの溜まり場だった。

廃ビルだった所に我が物顔で居着いたのか。まったく土地の権利者は何をやっているんだ。

と、愚痴を言う暇もないほどの追いかけっこをくぐり抜け、俺とおっさんは貞操辛々奴らのビルを脱出した。


が、危機は過ぎないどころか「いたぞ、追え!」「回り込んで逃げ道を塞げ!」といった具合にどんどん悪化する。

置き去りにされてたまるものか、と俺の手を掴むおっさんの手汗もどんどん悪化する。泣きたい。


入り組んだ路地を右へ、左へ。

前方から人の気配がしたら慌てて方向転換し、建物の敷地を突っ切り、低い塀をのぼり (おっさんはケツを押して無理やり上らせた)、息も絶え絶えになりながら……

そうやって俺たちは終着点へとたどり着いてしまった。


人とすれ違うのがやっとの一本道、前方には待ち伏せしていた少女らが五人、後方にはずっとこちらを追跡していたのが同じく五人。

左右は威圧感たっぷりの高いコンクリート壁で逃げ込む場所など皆無。

あっ、これ詰んだわ。


「随分手こずらせてくれたなぁ」


ボサボサの髪を乱し、やたら長いスカートをはいた女が一歩前に出る。昔のドラマで目にするスケバンみたいな奴だ。

周囲の子の反応から見てもこいつがリーダーか。


「男にしちゃあよく走った。いいぞ、体力がある男はいい。この後のお楽しみが長く続けられそうだ」


口元から出る涎を拭きもせず、女は俺を見る。視線に全身を舐めまわされているようだ。

特に股間への注目度は高く、これには血気盛んなマイサンことジョニーも縮み込む始末である。


「そっちの若い奴はあちきのモノだ。お前等はオジサマで我慢しな」

「我慢だなんて姉御、男とヤレるならそれだけでウチらは最高に幸せってもんです。うひひひ」

「壊すなよ。長くじっくりと使わなきゃね、手厚くもてなしてやろうじゃないか。一生モノのお宝なんだ」


「ピィ!」とおっさんが泣く、いや鳴くか? 恐怖のあまり人間の言葉を喋れなくなっている。

おっさんがアレなおかげで幾分冷静でいられる俺だが、さすがにこの状況はまずい。

力技で突破するのは無理だろう。あのスケバンだけでも苦戦しそうなのに、取り巻きまでいたらどうにもならん。

仮に出来たとしても、背中のギターは壊されてしまう可能性大だ。


考えろ、どうすれば平和的にこの場をやり過ごせる。


おっさんの話を鵜呑みにすると男は希少らしい。

にわかには信じられない、けど孤高少女愚連隊の連中の必死さを見ると、あながちデタラメとも思えない。

様子や言動から男に飢えていることが嫌というほど伝わってくる。


彼女らを説得するにはどんな言葉を投げれば良いか……

その時俺の脳裏にかつて流行語にもなった台詞が浮かぶ。


生まれた頃にやっていたドラマで、俺が観たのは夕方の再放送だった。子どもながらに「ええ話や」と涙ぐんだものだ。

その主人公の名台詞は日本中の人々の心を打った。それだけ力がある言葉、野獣になった彼女たちにもきっと通じるはず!


俺は言い放った。



「そこに愛はあるのかい?」


「うるさいヤラせろ!」



俺の説得は三秒で失敗に終わった。野獣には勝てなかったよ。



「へへへ、ビクつくなよ。無理やりから始まる愛もあるさ」


んな大人の本でしか見ない展開はノーセンキューです。


じりじり寄ってくるスケバン。後方の別働隊もゆっくり接近してくる。今にも襲い掛かってきそうだ。

くっ、万事休すか……

身構えた時、事態は急変した。



「なんだおまぐへっ!」


スケバンの後ろにいた孤高少女の一人が倒れた。

なんだ、何が起きた!?


「ぎゃっ!?」


今度は後方からこちらへにじり寄っていた五人が慌て出す。


どうやら前と後ろ、双方に乱入者が現れたようだ。


暗がりの路地に踊る影二つ、暴風さながらに孤高少女愚連隊のメンバーを壁や地面に叩きつけていく。

速すぎて何をしているのかサッパリだが、一方的な暴力が行われていることだけは察することが出来た。





「なっ、なんだとっ……あ、あちきの人生最高の楽しみを邪魔しやがって、なにモンだ!」


スケバンが吠える頃には、立っているのはスケバンだけになっていた。


「男性身辺護衛官の椿静流、男性に対する暴行罪と強漢ごうかん未遂罪であなたたちを拘束する」


背後の五人を片づけたおかっぱ髪の女性が名乗った。大立ち回りをしたばかりなのに、眠そうな目をしているのが印象的だ。


「ちぃ、男だけでいるのはおかしいと思ったが、やっぱりいやがったのか!」


尻込みするスケバン。彼女と相対するもう一人の女性が胸を張って宣告する。


「耳の穴かっぽじって脳髄に刻みなさい、あたしは音無凛子! 国の、いえ人類の宝に汚い手で触る輩は未成年だろうと容赦しないわよ!」


「うるせぇ! もうちょっとで男が手に入るんだ。諦められるかぁ!」


スケバンの鋭い拳が、音無という人に迫る。

不良グループのリーダー格だけあって、女性ならぬ凄みのある攻撃だ。が、


「よっと」


何気ない、本当になんでもない声で音無さんは全力の拳をいなした。力の方向を別に移され、スケバンが大きく前のめりに体勢を崩す。そこへ――


「ほっ」


足払い。一見、大した力もない行動なのに見事なまでにスケバンの両足は地を離れ、そして身体は受け身も取れず顔面から地面に衝突した。路地の地面はコンクリートだ、痛そう。


「ぐぎぎぃ、ちくしょおぉ」


スケバンがまだギブアップしていない。しぶとく立ち上がろうとしている。そんな彼女の前に立って。


「はっ」


トドメの正拳が叩き込まれた。こちらもなんでもない声だったが、放たれた正拳のスピードは戦慄ものだ。スケバンが声にならない声で崩れ落ちる様は、不快な相手ながらご冥福を祈りたくなる。


「はい、おしまいっと」


唖然とする俺とおっさんに向けて、音無という女性は屈託のない笑顔を向けた。


「あ、ありがとうございます」


「いえいえいえいえどういたしまして!」


あっけない幕引きに、助かったという実感が着いてこず、お礼の言葉がおざなりになってしまった。

でも音無さんはそんなことは気にせず、むしろ我が世の春が来たと言わんばかりに『歓喜』のオーラを放出しまくる。


「あはっ、あははっ、ははっ」

ちょっと喜びすぎじゃない? 助けてもらった俺よりどうしてそんなに嬉しいんだろ?


俺が首を傾げた瞬間、数メートル先にいたはずの音無さんが目の前にいた。


おわっ!? 

予備動作も気配もなく、ぬっと接近してきたぞ。なんだ、この人!?


「大丈夫ですかお可哀想に怖かったでしょ怪我はしていないですか痛いところはありませんか何ならぺろぺろしますよ?」


音無さんは早口でまくし立てつつ、俺の腕や胸や腰などをぺたぺたと触ってきた。

彼女の頭から伸びるポニーテールが、感情の高ぶりを表現するように荒ぶっていらっしゃる。振り払いたいけど、怖くて動けない。

その手が俺の首を通り顔まで来たところで、音無さんは「ノワッ!」と珍妙な声を上げた。


「し、失礼ですが」わなわな震えながら尋ねてくる「実在する方ですか?」

そんな質問されたのは初めてだ。


「ヤバイよ、ヤバヤバだよ! 暗くてよく見えていなかったけどこの人、とんでもない男前だよ。どーしよ静流ちゃん。あたし、いつの間にか眠っているのかな。これ夢だよね、夢じゃないとありえないってこのビジュアルは! 静流ちゃん、あたしの頬をつねらないでね。夢から覚めたくないの。いえ、もう夢に永住してもいいんじゃないかな? 決めた! 夢の中でこの男性とあたし、幸せになります!」


瞳を怪しく光らせながら理解できないことを音無さんは言い続ける。

さっきのスケバンより恐ろしいんですけど、マイサンことジョニーが未だに縮み込んだままなんですけど。


「分かった。頬はつねらない」


音無さんの背後に回った椿という女性が


「断罪」

「ふごっ!?」


脳天が陥没してもおかしくない拳骨をぶちかました。

ズゴッという大きな音が鳴り、音無さんの妄言は途絶える。


「失礼した、彼女は基本的に人畜有害だけど時々まとも」


「フォローを装ってこき下ろしてますね、その言い方」


「事実」と、言いつつ椿さんはしゃがんで頭を抑える音無さんを見下ろした。

「この男性が実在する証明はした。さあ立って、お説教の時間。先ほどの暴女ぼうじょへの対処法は何? あんなやり方は訓練所で習っていない。決まらなかったら反撃を受けていた恐れがある。大方、男性に良いところを見せようとした故の軽率」


「うういたたぁぁ、一世一代の晴れ舞台だったからつい。あははは」


「ふぅ……凛子ちゃん。問題はまだある。その後の男性に対する触漢しょっかんは万死もの。笑ってすむものではない。謝罪を、受け入れられなかったら」スッと椿さんが携帯電話らしき機械を取り出す「通報」


「す、すみませんでした! あたし、男性のお役に立てたのが初だったので舞い上がっちゃって。触られて不快でしたよね、本当にすみません! なにとぞなにとぞご容赦を!」


音無さんが全身全霊を込めた土下座を敢行する。妙に板に付いた土下座に非難する気持ちは湧かない。


「いや、助けてもらいましたし、べたべた触られたくらい不快じゃないっすよ」結構ビビッたけど。


「「「えっ!?」」」


音無さんと椿さん、ついでにおっさんまで「なに言ってんのこの人」という目で俺を見る。

あれ、今の返事はそんなに変だったのか?


「怒ってないんですか?」おそるおそる聞く音無さん。


「むしろ助けてもらってありがとうございます」


「静流ちゃん、天使って本当にいたんだね」


「うん、後光が差して見える」


目頭を抑える二人。もう何がなんやら。




「ごほん、とにかくここから離れないかね? 倒れている者たちがいつ目を覚ますか分からんし」


知らぬ間に涙を止めていたおっさんが建設的な意見を出した。


「確かに、まだ仲間が潜んでいる可能性もある。私たちで先頭と最後尾を守るので、お二人は間に。そのまま大通りまで出る」


椿さんの提案にみんな肯くと、行動を開始した。

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