異文化の恐怖

迷路のように入り組んでいた路地からようやく抜けだした俺たちは「ひとまず落ち着ける場所に」と先導する椿さんに従って近場のファミレスへ身を寄せた。


すでに日付が変わるほど夜は深まり、一時避難する場所はそこくらいしかなかった。



「いらっしゃ……えっ?」


俺たちを出迎えた店員が、仕事用のスマイルを解いて「なんで男?」と小さく呟く。それでも職業意識を瞬時に取り戻し「いらっしゃいませ! 何名様でしょうか?」とお決まりの言葉を発する。


「四人。席は窓際以外で」


「かしこまりました。ど、どうぞこちらへ」


緊張した面もちの店員に案内され、俺は店内へ足を踏み入れた。


「どうして窓際はダメなんすかね?」隣を行くおっさんに小声で尋ねる。


「当然だろう。僕たち男が店内にいると外に知れたら孤高少女愚連隊の残党が襲ってくるかもしれん。いや、彼女たち以外の危険な者も吸い寄せられる」


ファミレスを安全圏と勝手に判断したら危ないってことか、この辺りの治安はどうなってんだよ。


もっと危機意識を持とう、と思いきょろきょろと周囲を見回す。


そうすると嫌でも分かることがあった。


客層が女性オンリー。

深夜のファミレスなら女より男の方が多いものだろ。仕事帰りとか男友だちとダベったりとかで。

けど、ここに男は一人もいない。店員も全員女だ。


そしてみんな、俺とおっさんに驚愕の目を向け、相席している人同士でひそひそと言い合いを始める。


「どうしてこんな時間にこんな場所に男が来るのよ」

「知らないわよ、それよりこれってチャンス? 声かける?」

「分かんない。怪しすぎるし、様子見しよ。とりあえず」


興奮しているのか声が筒抜けだ。


男は希少か、おっさんの言葉をつい思い出してしまう。


どうやら俺は、日本ではない別の国に連れて来られたらしい。


チラッと店内の壁に貼ってあるPR中のメニュー広告を見る。

青いスープの上に魚の切り身が載った写真、それに添えられた見慣れない文字。

やはり外国としか思えない。


ここはどこの国なんだ? なんで女性ばかりなんだ? そもそも、あのピックアップしているゲテモノみたいなやつは美味いのか?

疑問は深まるばかり……



疑問と言えば、外国人らしき人々と普通に喋っている俺はどうしてしまったんだろう?

みんなが喋る言葉によくよく耳を傾ければ、日本語を話していない。単語一つとして聞いた覚えがない言語だ。

が、それに被せるように日本語訳が聞こえてくる。外国映画のオリジナル音声と吹き替えを同時に流しているようだ。ご丁寧に同一の声色。

いつからここまで優秀になった俺の脳よ。

路地まで連れてこられた時に改造手術でも受けたのか? あとは変身機能があれば完璧だな、ハハッ……はぁ。


男女比が狂っているのはどうしてだろう。

戦争があって男はみんな徴兵されたとか? 世界情勢に疎いからどことどこの国が戦争中だとか、民族間の紛争とかは分からないけど、ここまで男が少なくなるのは異常だ。

後でおっさんから理由を訊いてみよう。




「あちらへ」


壁際の四人席に通され、奥に座るよう椿さんから指示を受けた。俺は着座する前に背負っていたギターケースをテーブルから少し離れた壁に立てかけることにした。


「あのあの、もしかして楽器とかやっちゃうんですか?」


「あ、はい。まだまだ未熟ですけど練習しているんすよ」


「スッテキ! 今度聴かせてくださいよ! あたし、男性の演奏って聴いた事なくて」

音無さんがグワッと顔を近づけてきた。その瞳は星を粉砕したようにキラキラ、いやどちらかと言えばギラギラしている。


「じゃ、じゃあ機会があったら」その迫力に押され、俺は引きつった顔で応えた。


「凛子ちゃん。男性を立たせたままにするのは悪い。ひとまず座る」

「あっ、すいません。あたし、興奮しちゃって」


椿さんの促しもあって、ようやく俺は足を落ち着かせることが出来た。

ふー。

ファミレスのボックスシートの座り心地は誉めるほどでもないけど、素晴らしい安堵感をもたらしてくれた。

それだけ疲れていたんだな、と真夜中の逃走劇を想う。

が、リラックスしたのはほんの一瞬。風を感じるほどの勢いで隣に音無さんが着座した。早い、それでいて近い。

反対席におっさんと椿さんが腰を落とす。




「ご注文がお決まりになりましたら、お呼びください」

店員が一礼して下がる。


四人だけになったところで


「警察には連絡済み。孤高少女愚連隊の確保は彼女らに任せる。こちらにも男性保護のため数人が来るとのこと」


ファミレスへの道すがら椿さんはどこかに電話をしていた。相手は警察だったのか……まいったな。

保護されるみたいだけど「不思議なことがあって日本からいつの間にか来ちゃいました」と言えばいいのか?

「不思議なら仕方ない。日本に返してあげよう」と警察の人が納得してくれればいいんだけど……うん、どう考えても納得しないよな。無理があり過ぎる。

不法入国者扱いされたらどうしよう。


「警察……」おっさんが渋い顔をした。

ああ、おっさんは家出中だっけ? そんなことを漏らしていた気がする。

いくらおっさんが家庭内に問題を抱えていても、警察に保護された時点で間違いなく身内に連絡が行くだろう。それによって起こる面倒臭い修羅場を想像すると、他人事ながら不憫に思ってしまう。

おっさん、強く生きろよ。



「警察が来るまでこの場で待機。男性の方々をこのような一般飲食店に連れてきてしまい申し訳ない」


「頭を上げてくれたまえ、今の状況が分からないほど僕は愚鈍ではない。仕方ないことは承知だ」


「ありがとうございます。良かったね、静流ちゃん。よし、警察が来るまでじっとり、もといしっかり二人を守ろう」


謝る椿さん、妙に偉そうなおっさん、そして生唾を呑み込む音無さん。


三人のやりとりを聞きながら俺は疑問を持った。


「あの、男がファミレスに行くってダメなんすか?」


「「「えっ!?」」」

あっ、地雷踏んじゃった?


「当然。男性は男性用のバリアフリーが行き届いた店舗を使用するのが常識」


「そうだ、一般の店には男性用トイレがない上、孤高少女愚連隊のような素行の悪い女性がいるかもしれない。危険過ぎて普通は行けないさ。僕とて、このような大衆店を利用するのは初めての経験だ」


「あーでも分かります。男性用の店って気取った味って聞きますから、たまにはこういう大味な料理が食べたくなっちゃいますよね」


ふぅむ、なるほど。他の客が俺やおっさんを見て驚いていたのはそういう事だったのか。


「一体、あなたは……」


やや身を乗り出して椿さんが俺を見つめる。半眼が心なしか少し大きめに開かれている気がする。

やばい、常識外れの発言をし過ぎたか……

気まずくて身体ごと反らすが、椿さんの視線は止まない。どうしたものかと頭を悩ませていると、隣の音無さんから助け船が出た。


「こらこら静流ちゃん。男性に向かってその目のき方はどうかと思うよ。失礼でしょ」

目の利き方ってなんだよ、それにあなたも遠慮なくこっちを凝視しているよね。と内心ツッコミを入れる。


「……申し訳ない」


頭を下げる椿さんだけど、疑惑の顔を戻そうとはしなかった。

困った、俺自身が今の状況を把握出来ていなくて、とても他人が納得する説明が出来ない。どうっすかな。


そんなことを考えていると


「じゃあ、そろそろ注文しましょ。男性のお二人は何がお好みですか?」


俺に見やすいよう音無さんがメニューを開いた。反対の席では同じことを椿さんがおっさんに行っている。


「どれにします?」


そう訊かれても、見たことのない料理ばかりだ。口に合うのか?

今は緊急事態の真っ最中、未知の食材が原因でトイレの住人になったら目も当てられない。


しかし、みんなが何かしら注文する中、「あっ、俺。別にいらないっすわ」と言って場の空気を乱すのは良くないよなぁ。


メニューをぱらぱらめくってみる。深夜だから重たい物を食う気にはなれない。かと言って、飲み物だけじゃ物足りない。この微妙な腹具合に適合するのは……


メニューの後半にスイーツ系のページがあった。

この辺りが妥当だろう。


目に留まったのは、白玉団子 (のようなもの)を中心にカットされた果物 (らしきもの)が放射状に並べられたデザート。

クリームを塗りたくったような他のメニューよりは胃に優しそうだな。


「決まりました?」


「はい、えーと」何て言えばいいんだろう。相変わらず文字は読めない。

まあ、無理に名称を口にしなくてもこのデザートの特徴を言えば伝わるだろう。

俺は音無さんの目を見ながら言った。言ってしまった。



「じゃあこの団子 (っぽいの)で」


「…………は、はひぃ!? だ、ダンゴ!?」


なぜか音無さんが硬直する。よく聞こえなかったかな?


「だから団子で。俺、団子が好きなんですよ」


「好きぃぃい!? だ、ダンゴがぁぁ!?」


店内に轟く絶叫。客も店員も何事かと音無さんを見る。

び、びっくりした。なぜにそこまで驚くの!?

ほら、椿さんやおっさんも驚愕の目をしているよ……あれっ、二人が見ているのは音無さんじゃなくて俺だ。えっ、なんで?


「お、落ち着いてください。どうしたんすか、いきなり」


「ダ、ダッテ、ダンゴガ、スキッテ」

なんか片言になってる!


「団子が好きってマズいことなんすか?」


「ソンナコトナイヨ!」


「そう! ダンゴが好き、実に素晴らしい!」


なぜか椿さんまで熱くなっていらっしゃる。


「は、はぁ。なら俺が団子を食べても問題ない……んですよね?」


「「ダ、ダンゴを食べる (性的な意味で)!?」」


「え、ええ、団子を食べます (食事的な意味で)」


「お、お、おめしあがりぃぃ」


ゴン! と大きな音を立てて音無さんはテーブルに突っ伏した。頭から湯気まで出ている、これはアカンやつじゃないですかね?


「ふふふふ。私をズキューンするとは、この人、できる」


ツーと鼻から血を垂らす椿さん。どうしてそうなったかは知らないが、ティッシュを詰めた方がいいよ。


「き、きみ! 自分が何を言っているのか分かっているのかね!」


ズレていたメガネを慌てて戻しつつおっさんが怒る。

みんなの過剰反応の意味が分からない。


「や、やばいんですか。団子を食べるのって?」


「当たり前だ。ダンゴに手を出すなど家庭崩壊に繋がりかねないのだぞ」

「マジっすか!?」


思ったよりずっと深刻だ!

団子を食べるのと家庭が終わるのにどんな関係があるのかサッパリだけど、異文化ってこえぇぇ。

ならメニューに載せるなよ。

あっ、でもここは女性しか立ち寄らない場所だっけ? 

う~ん、女性は問題なく男だけが食べてはいけないのか、まったくもって不可思議だ。


仕方なく俺は別のデザートを選択した。

顔をゆでダコにした音無さんとグロッキーな椿さんが「ダンゴダンゴダンゴダンゴ」と、団子を熱烈にプッシュしてきたが、家庭崩壊までする危険な食べ物だと教えられれば頼む勇気はない。


「……仕方ありませんね。ぐぅ無念」

ようやく折れた音無さんが、やってきた店員に全員の注文を伝えていく。

最後に「あたしはこの『マシュマロのフルーツフェスティバル』で」と俺が食べようと思っていた団子のデザートをオーダーしていた。


あれ、団子じゃなくてマシュマロだったのか……ん、ならみんなが過剰反応していた団子ってなんだ?

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