【ダンゴたちの憂鬱】

あたしこと音無おとなし凛子りんこは『ダンゴ』である。


正式名称は『男性身辺護衛官』、略したダンゴの方が呼ばれやすい。

その名の通り男性の身辺で異常が発生しないよう気を張り、異常が起こった場合には速やかに問題の解決に勤しむのを仕事としている。

まあ、有り体に言えばボディーガードってこと。


護衛するにあたり、身体能力はもちろん、とっさの出来事に対処する判断力、常に周囲を警戒する集中力、男性に負担をかけない気配りなどなどたくさんのスキルが必要になる。

だからかな、ダンゴは周囲から尊敬される職業になっているのだ。


さて、そんな花形ダンゴのあたしは、一日の仕事の疲れを酒で洗い流すべく行きつけのバーに来ていた。

自然素材の内装とクラシックな音楽が紡ぐ落ちついた空気、これがいいんだな。

カウンター席に座り、グラスを振ってカランカランと鳴る氷の音を楽しみつつゆっくりと酒をあおっていると。



「ねえ、凛子ちゃん」


「なに?」


「如何にも仕事帰りのキャリアウーマンなことをしているけど、私たち……無職」


隣で飲んでいる同期の椿つばき静流しずるちゃんが痛い所を突いてきた。

トレードマークのジト目にふさわしい容赦のない物言いだ。


「し、仕事してきたじゃない。面接と実技試験」


「それは仕事にありつくための就職活動。しかも不合格だった」


「ぐむぅ」そう真実を突かれるとげんなりとしてしまう。



そうだ、あたしこと音無凛子はダンゴ……の資格を持った就活生なのである。


ダンゴになるための訓練所を今年の初春に卒業し、就活戦線に鳴り物入りで踊り出て早五ヶ月。まだあたしは警護すべき男性に巡りあえないでいる。

このままではまずい。来年になれば新たに訓練所を卒業した子たちが参戦してくる。そうなったら、就活留年生のあたしや静流ちゃんはどうなってしまうのか。

考えるだけで憂鬱だ。


軍隊や対テロ警察官の訓練に勝るとも劣らない地獄をくぐり抜けた先が、更なる地獄だったとは思わなかった。

訓練所の同期は次々と男性を、もとい職をゲットしているのになぜにあたしはダメなのだろう。世の中間違っている。


「おっかしいよねぇ、訓練所の成績はあたしも静流ちゃんも悪くなかったのに。まったく世の男たちのダンゴを見る目はどうなってんのかしら」


「…………」


あたしの愚痴をさらりとかわし、静流ちゃんは何枚かの紙を鞄から取り出した。


「それなに?」


「今回の試験の採点シート」


「ええっ! なんで持っているの!? 受験生は見られないはずじゃ」


「私たちがあまりに不出来だからって訓練所の教官がコネを総動員して用意してくれた」


「ほへー」卒業生のフォローもしてくれる教官の優しさに乾杯。「で、なんて書いてあるの?」


「……まず、筆記試験だけど、私も凛子ちゃんも全科目平均より取っている」


筆記は主に護衛の知識を問う問題。

それに男性の挙動や発言から心理を予測する問題。

はたまた特定のシチュエーションを提示されその時にどう動くのがベストかを小論文形式で答える問題。

と、色々な設問でこちらの能力を測りにくる。


だいたいの受験生がここで落とされるんだけど、あたしと静流ちゃんは筆記で落ちたことがない。これでも訓練所では優等生だったからね、ふふふ。


「ってことは、問題は筆記の次にある実技試験?」


「そういうこと」


静流ちゃんが一枚の紙を丁寧に両手で掴んだ。それが実技の採点シートなのね。



実技試験は、ダンゴの募集をかけた男性を実際護衛するものだ。


男性が町中を三時間ほど適当に歩くので、受験生は二人一組になって付き添う。

二人というのはダンゴが実働する際の最低人数。

ダンゴだって人間、生理現象を催すこともある。一人しか護衛に当たってなければ、トイレに行っている間ずっと男性を無防備にしてしまう。まさか男性を女子トイレへ連れ込むわけにもいかないし。それを防ぐために基本ダンゴは二人で行動することとなっている。

対象の男性の身分が高かったり、男性の家族が心配性だと配置されるダンゴの数が増えたりするが、めったにない。普通は二人だ。



あたしのペアは静流ちゃんになることが多い。同じ訓練校の同期だし、先方はあたしたちのコンビネーションに期待して組ませるみたい。


で、この実技試験。五日に分けて行われた。

筆記をパスしたのが十名で、男性の体力や精神を考慮して一日一ペアで試験を行ったためだ。


あたしと静流ちゃんチームは五日目最終日の担当だった。

男性を挟む形で移動し、男性と適度に会話しながらメンタルケアに努め、時折試験官が悪女に扮して絡んでくることもあったが荒事まで発展させずお引き取りしてもらった。

うん、安全で快適な護衛だ、と自負する出来だったのだけど……結果は、今飲んでいるヤケ酒の量からお察しして。


「ねえねえ、あたしの何が悪かったのかな?」


「護衛した男性のコメントを読む限り行動に関してそこまで悪いと思われていない、でも」


「でも?」


「最後にこう書いてある。『時々こちらを見る目が異様で、狼にロックオンされている気分だった。守られているのか狙われているのか分かったものじゃない』って……凛子ちゃん、こっち向いて。テーブルに突っ伏さないで」


「ああぁぁ、やってもうた」


「護衛男性へ情欲を向けるなんてダンゴの存在自体を脅かす禁忌、あってはならないこと」


「分かってます、分かっちょります。でも、ちょっと抑えきれなかったんです」


男性とおつき合いして結婚までこぎ着けるのは権力かお金を持っている人と相場が決まっている。

一般人はたまたま近所に同じ年代の男子がいた、って幸運でもなければ男性と接点すら作れない。


じゃあ、幸運のない一般人がどうすれば男性とお知り合いになれるかと言うと、一角の人物として認められるくらい己を高めるか……ダンゴになるしかない。


ダンゴになる動機として、多くのダンゴが「世界の宝である男性を守護するのは、世界の繁栄をもたらす崇高なものです。そこにやり甲斐を超えた生き甲斐を感じました」とか言い繕っているが、そんなものは嘘っぱち。

男と知り合って、親密になって、あわよくば結婚したい――に決まっている。

今回、あたしはその本音を隠すことが出来なかったみたいだ。もしかしたら今まで落ちた試験も。



「猛省」


「は、はい……って静流ちゃんはどうなのよ! そっちだって不合格だったってことは落ち度があったんでしょ」


静流ちゃんが持つ採点シートを掴み取って「あ、か、返して」と手を伸ばす静流ちゃんに背を向け、相方に対する採点部分を読む。


「えーと、なんだそこまでおかしな事は書かれてないじゃん。さすが優等生って感じで……ん? ねえ、静流ちゃん」


振り向くと、すでに静流ちゃんはテーブルに突っ伏していた。早い。


「最後にこうコメントされているね。『背後を守ってもらうのはいいけれど護衛の手がお尻に当たることがあった。撫でられているわけじゃないからたまたまかと思ったけど、妙に当たる回数が多くて嫌な気分だった』って。静流ちゃん、これアウトだよ」


「記憶にございません」


「そんな汚職政治家みたいな言葉で逃げようなんて見苦しい! 情欲抑えられないのはどっちよ、このムッツリスケベ!」


長年の付き合いだから分かる。静流ちゃんはいつも覇気のない半眼をしているけど、その内面はなかなかに熱いものを持っている、性欲的な意味で。

すました顔して頭の中では男性をメチャクチャにしているに違いない。


「し、視漢しかんする凛子ちゃんよりマシ」


「直接触る静流ちゃんの方が悪質じゃない。イエスマンノータッチ!」


「今回触らなかっただけで得意げに! 私知っている、前回の試験の時に凛子ちゃんがやたら男性にボディータッチしていたこと。あの勢いはもはや体当たりだった。男性が物理的にドン引きしていた」


「な、な、なんのことかな。あたしは今を生きる女。過去なんて忘れた!」


「そうやって反省しないから毎回試験に落ちる」


「同じ落第生の静流ちゃんが言えることなのそれ!」


それからは売り言葉に買い言葉。あたしたちは互いの悪い所をぎゃーぎゃーとぶつけ合った。

その結果。


「お客様、お帰りはあちらからです」

店員さんに凄く良い笑顔で強制退去を命じられた。

すいません。




夜が深まり、閑散とする通りを歩く。

海に面したこの町は朝が早く寝静まるのも早い。

商店が並ぶ表通りでも明かりが灯っているのはアルコール置き場とファミレスくらいだ。


ヒートアップしていた頭は、冷え冷えする夜風のおかげで平熱へと戻ってくる。ついでに酒気も抜けていく。


「次の試験っていつかな?」

隣を歩く静流ちゃんに尋ねる。さっきまで赤かった彼女の顔もいつも通りの肌色に戻っているようだ。


「この辺りでは募集がない。下手すれば早春までないかもしれない」


ダンゴの募集は二月から三月が多い。


ダンゴの契約を切られる理由としては大きく二つある。

一つは、ヘマをやらかし男性やその家族から見切りをつけられる場合。これは仕方ない、無能はどの家庭もお呼びじゃない。

男性は国の宝、そのため誘拐の危険が常に付き纏う。命と貞操のために優秀なダンゴを欲するのは自然だと思う。


もう一つの解雇理由はダンゴとして思うところがある。

特に落ち度がなくてもある期間が来るとダンゴは切られやすい。


人間は長く顔を合わせれば合わせるほど相手に好意を抱きやすくなる、それが自分を守ってくれる異性なら尚更だ。

ダンゴと護衛男子の恋。ダンゴとして涎垂れ流しに羨ましい話なんだけど、これをよく思わない人たちがいる。

男性の親や妻たちだ。

彼女たちからすれば、生まれも育ちも大したことないダンゴが、愛してやまない男性を誑かしているように見える。面白くないだろう。

そこで彼女たちは定期的にダンゴを入れ替えるようにしている。好感度が溜まってきたらリセットを繰り返し、男性とダンゴの仲を深まらせない。

年度開けは節目と言うこともあり、ダンゴのリセットをする家庭が増えるのだ。


また、年度開けと言えば入学シーズン。それまで箱入りで育ててきた子を外の世界へ出さなければならない。そこでダンゴを雇う、という家庭も続出する。


そのため、年度開け目前の二月から三月がダンゴの需要のピークとなるのだ。

今はまだ六月、ダンゴ市場は静まり返っている。

どこぞのダンゴがポカやって解雇されるか、何かしらの事情でダンゴを増やそうとする家がないことにはお手上げだ。

あたしと静流ちゃんの無職街道のゴールはいずこに?


「はぁ、どっかにダンゴを雇ってくれそうな良い男、転がってないかなぁ」

悲しくなるくらい儚い願望をため息と共に吐き出していると


「……凛子ちゃん、あれ」

静流ちゃんが何かを察知して足を止めた。


「ん? なにしてんだろ、あの子たち」


裏通りや路地裏に繋がる細い道の前に、数人の高校生らしき少女らがたむろっている。

偶然その場所にいるというより、ここから先に誰も入らないよう配置された門番のようだ。


「怪しい」


「確かにね、ちょっとツツいてみようか」もし非行に走っているなら見過ごせない、とは建前で何か予感めいたものがあたしを動かした。






「こらぁ、そこの子たち。こんな夜中になにしているの。早く帰って寝なさい」


「うげっ、なんだよババア。邪魔だ、あっちいけ」


このガキ、いきなり暴言をぶつけてきたわね。五歳くらいしか差はないだろうにババアって。

○○しちゃおうかな……って、落ち着いてあたし。ここは大人の余裕を見せつけて優雅にいきましょ。

深呼吸、深呼吸、すぅ~は~。


「凛子ちゃん、凛子ちゃん」

心配そうな声で静流ちゃんがあたしの肩を叩く。


「すぅ~はぁ~。うん、大丈夫。あたしは大人だもの、このくらいで怒ったりしないわ」


「深呼吸しながらキャメルクラッチを決めて怒っていない発言、友人として対応に困る」


「へっ?」


言われて気づいた。

いつの間にか暴言少女は地面にうつ伏せに倒され、その上に尻をどかっと下ろしたあたしは彼女の顎を両手で掴み持ち上げていたのだ。暴言少女の身体はL字のように人体としてダメな域まで折れ線を描いている。ほんといつの間に。


「と、としこ――!! てめぇ、よくもとしこを!」


悶絶した少女、としこって名前なのかな、そんな彼女の哀れな姿は仲間の子たちをキレさせるのに十分だった。

一斉にあたし目掛けて攻撃してくる。


「やめなさい! 暴力なんて野蛮なことをして何になるの!」


「お前にだけは言われたくない!」


混沌とする現場、このままでは未来ある若者たちがあたしのストレスの吐け口になってしまう。どうしよう……そう悩みつつ襲い掛かってきた一人の首を適当に絞めていた時だ。


「うおおおわあぁぁああ!! こっち来んなっ!!」


男の悲鳴が聞こえた。

近い、この脇道を行った先からだ。


あたしと静流ちゃんは目を見開いて互いを見つめた。静流ちゃんも驚いているってことはあたしが男欲しさに聞いた幻聴じゃない、モノホンだ!


「見つけたのか! こんな時に!」

舌打ちをする少女たち。


そういうことか。

経緯は分からないけど、この子たちは男性を襲っている真っ最中らしい。そして、ここは獲物を逃がさないための包囲網の一角だったようだ。

男性を守護すべきダンゴの目の前でよくもやってくれたな、とあたしは自分の芯が冷徹になっていく気がした。


「ぶげらっ!?」


少女の一人が商店の壁に叩きつけられて沈黙する。やったのは、これまで傍観に徹していた静流ちゃんだ。


「……」

「……」


あたしたちは言葉を交わさずアイコンタクトだけで意志疎通すると、浮き足立つ残りの障害物の排除を速やかに開始した。




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