『男女比 1:30 』 世界の黒一点アイドル

ヒラガナ

一章 誕生、黒一点アイドル

襲う女、襲われる男

誰か説明してくれ!


俺、三池みいけ拓馬たくまはかつてない危機に陥っている。

自分でもなぜにこんな状況になってしまったのか、よく分からん。

だが大ピンチであることは確かだ。



「待てやコラァ!!」


ほら、背後から数人分の怒号と足音が迫ってきている。

追いつかれればアウト、やるべきは全力で逃げること……なんだけど。

横腹と肺が痛いし、喉の奥で血の味を感じちまう。

少しでも気を抜けば足がもつれて地面を転がりそうだ。


気力を振り絞る。

捕まった先にはモザイク必須な惨状がお待ちかねだぞ。嫌ならとにかく足を動かすんだ。

それに、


「ひぃぃぃぃ!!」


追いかけられているのは俺だけじゃない。

繋いだ手の先から悲鳴が聞こえてくる。


声の主は顔面を涙と恐怖で歪めていた。

無理もない。この人は俺に助け出されるまで、後ろの集団から乱暴されていた。

捕まれば先ほどと同じ目、いやそれ以上のことをされるだろう。不安が爆発するのも仕方ない。


何とかこの手を掴んだまま、奴らを撒かなくては。

そんな俺の願いとは裏腹に奴らとの距離は狭まる一方だ。



さて。

この絶望的でありながらどこかありがちなシチュエーションの中で、俺は拭いきれない違和感に悩まされていた。


もう一度言う。

誰か説明してくれ!



「こ、こっちに来ないでくれたまえ!! うわあああああ!!」


どうして、手を取り合って一緒に逃げているのが『おっさん』で――



「くきゃきゃきゃ! うちらから逃げられるわけないじゃん。諦めな!」


追いかけてくるのが花盛りの『少女』たちなのか――



これ、配役おかしくね?




☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



数分前。



雑居ビルが立ち並ぶ狭い路地に俺は立っていた。


「はっ?」


目をしばたかせ、慌てて辺りを見回す。


おかしい、今の今まで見晴らしの良い国道沿いにいたはず……こんな、空もまともに見えない路地じゃない。


「どういうこった?」


頭をかいて呻く。

一体何がどうなっているのやら。


「にしても暗いな……」周囲の建物はどこも消灯していて、明かりが恋しくなってくる。


俺はポケットからスマートフォンを取り出し、光源にした。待ち受け画面から漏れる光は淡いものだが随分心が楽になる。


「23時か」ついでに画面に表示された時間を確認。

まずいな、明日もいろいろ用事はあるし、さっさと帰らなくちゃ。


「ってなんだこりゃ?」

画面の端に『圏外』と出ている。


スマートフォンの光をかざして周りを見渡す。

路地の仕切りになっているコンクリート壁を始め、目に入るのは人工物ばかり。

逆に木々の類はない。

こんな場所が圏外だって?


う~ん、分からないことだらけだけどこのまま立ち尽くしていても問題は解決しない。

探索しつつ帰るルートを見つけるしかないか。


と、ここで傍に置いていた自転車がなくなっていることに気づいた。

盗まれた……というよりは何者かが俺だけをこの路地に運んだのだろうか。


身につけている物に異常も紛失もなし。

特にバイト代をはたいて買ったアコースティックギターが無事だったことに心から安堵する。



背負うギターケースの紐をややキツメに調整していると



「うぅ、うわぁあああ!!」


野太い叫びが路地を駆け抜けた。


な、なんだ!?

焦りながら視線を四方八方に向ける。


――あっちか!


路地に街灯はない。

そのため道の先がどうなっているのかは近寄ってからのお楽しみになっている。



闇の向こうから届く悲鳴と争うような物音。

進むか、留まるか。


一瞬迷ったが、俺は小走りに進むことにした。

あの壮絶な絶叫、もしかしたら声の主は命に関わる危機的状況なのかもしれない。

うだうだ考えるより行動だ。



そうして、俺は危機的状況を目撃することになった。

もっとも俺が想像していたいくつかの危機的状況とはまるで違っていたけど。




一人の男を三人の少女が組み伏せていた。

繰り返して言う。一人の男を三人の少女が、だ。

一人の少女を三人の男が、ではない。


「やめたまえ! やめたまえ!」

「うっさい、大人しくしなっ!」


女の一人が男の両手を抑え、もう一人が両足をホールドしている。そして最後の一人は男が着ているトレーナーをたくし上げている最中だった。


少女たちが男性を裸にしている? なにこれ意味わかんない。



その時、雲の隙間を通過した月明かりが彼女らの顔を照らした。

うわぁ……思わず後ずさり。


なんて狂気めいた表情してんだこの子たち。

なんかこう……「犯したる!」という断固たる決意に満ちているよ。


襲う女、襲われる男。

想定外のシチュエーションだ。


男女が逆なら強姦現場としてしっくりくるのに、これじゃあ強『漢』現場だ。

被害に遭っている男は七三分けに厚いフレームのメガネをしたおっさん、冴え渡るくらい冴えてない印象。

少女たちが舌なめずりしながら襲うような人物には到底見えない。



えーと、これは本物の事件なんだよね?

おっさんが『そういうプレイ』が好きで、少女たちに金を払ってやらせていることじゃないんだよね?


出て行くべきか俺が躊躇していると、おっさんが俺の存在に気付いた。


「そ、そこの人! 助けてくれたまえ!!」


演技とは思えないガチな叫びである。ああ、本当にここは逆レイプ現場なんだ。


おっさんにつられ女たちも一斉に俺の方を向き――


「あぁん↑ どこのどいつか知らねえが、うちらの楽しみの邪魔をすんなら…………えっ?」


――固まった。


女の一人が、ふるふると震える指をこちらに突き出す。


「も、もしかして、男性の方、ですか?」なぜいきなり丁寧語?


質問の意図は読めないが、冷静になってくれたのかな。

よし、ここは強気に攻めて、話の主導権を握ってしまおう。


「おう! 俺は男だぜ! それより何やってんだよ、事情は知らないけどその人を離しな!」



「ふ、ふふふ……」


あれ、女たちが小刻みに振動し始めた。下を向いているのでどんな顔をしているのか分からない。


「お、おい」


「ふふふふふ」


「あー、あのな、君たちがしていることは犯罪だからやめ」そこまでしか言えなかった。


「「「二人目きたあああああ!!」」」


三人が一斉に飛びかかってくる。


「うおおっ!?」

バックステップで回避した自分の反射神経を褒めてあげたい。が、奴らの手は休まらない。すぐさま追撃してくる。


「ちょ! お、おい、やめろっ!」

声で威圧してみるが、向こうの動きは鈍らない。

開かれた手で俺の衣服を掴みに来ている。このままじゃ拘束されて、あのおっさんの二の舞だ。


伸びてくる魔の手を払いながら後ろに下がっているが埒が明かない。

いっそ背を向けて逃げようかと思ったが、いやダメだ。背中には大事なギターがある。それを奴らの前に晒して壊されでもしたら、俺泣いちゃう。



「てめぇらいい加減にしろっ!」


女に手を上げるのは主義じゃないが、かと言ってやられっぱなしはもっと主義じゃない。


都合よく路地裏ならではの青いポリバケツを発見、こいつなら。

俺はポリバケツを掴むと「おらあっ!」と横一文字に振り切った。誰にも当たらなかったが、一人が避けた拍子に空き缶で足を取られ盛大に転んだ。


残りの二人は警戒したのか距離を置こうとする、ええいまどろっこしい!


抱えていたポリバケツをパッと離す。奴らは俺が武器を捨てたのだと一瞬表情を緩めた。その油断を見逃さない。


ポリバケツが地面に落ちるよりも早く、思いっきり蹴り押した。

バケツは女たちの方へ吹き飛び、犠牲者二人の衝突事故が発生。


これでおっさんも合わせ、四人が地面にダウンしたことになる。しかし、すぐにでも女たちは起きあがるだろう。

その前にスタコラサッサだぜ。


俺は女たちを跳び越えるとおっさんの傍まで来た。


「大丈夫っすか? 立てます?」手を伸ばす。


「う、あ、ああ。ありがとう」おっさんが握り返し、えっちらおっちら起きあがった。


「どこのどなたか知らないが、本当に」

「そういうのは後にしましょ。ほらっ」

俺は顎先を女たちの方へ向ける。その先にはよろよろと立ち上がろうとしている危険人物たち。


「走りますよ」

それだけ言って、俺は駆け出した。おっさんも追随する……が。おい、ちょっと。


おっさんの手が離れない。

この手だけは離してなるものか、という凄い握力が伝わってくる。痛い。

それに汗かきなのかぬるぬるしていて気持ち悪い。


離してください、走りにくいっす。

と、言おうと思い振り向いてみるが


「ううぅ、ぐすぅ」


じんわり男泣きするおっさんを見て、言葉を引っ込めざるをえない。少女たちに襲われるなんて我々の業界ではご褒美です、とは現実はいかないようだ。



そういうわけで、俺はおっさんと仲良くお手手繋いでの逃亡劇を続けるのであった。





☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



「そっちはどうだった?」

「だめ、姿なし。もしかしてもう遠くにいったんじゃ?」

「心配ないよ、他の奴らに連絡入れて路地の出口は塞いだ。簡単には逃げられないって」

「そうだね。じゃ、あたしはどっかのビルに逃げ込んでいるか調べてみる」

「よろしく、せっかく見つけた獲物だもの。こんなチャンス二度とないよ、絶対に捕まえよう」

「うん!!」



おいおい、何なんだよ。

女の子たちは三人だけだったのに、いつのまにやらどんどん増え、さっきから聞こえる足音や喧噪は大きくなるばかりだ。


「あなた何かやったんすか? あの子たちに何か恨まれることをしたとか?」


「人聞きの悪いことを言わないでくれたまえ。何もしていないさ、いきなり襲われたんだ」


何もしてないって……こんだけの大捜査線を張られているのに?


いて言うなら僕が男だからだろう。真夜中の歓楽街に、男が一人ふらついていたら騒ぎになっても不思議じゃない」


「えっ、不思議?」


「うう、こんなことになるなら家出なんてするんじゃなかった。ぐすぅ……」


おっさんがまたすすり泣きを始めた。あまり声を立てられると見つかるから止めて欲しい。


にしても男だから襲われた? 

彼女らは俺もターゲットにしていた。

暗闇だから向こうの顔はよく見えなかったが、たぶん面識はないと思う。そもそも職業柄、女性には嫌われないよう細心の注意を払って接するようにしているし――


「あの、この辺りの女性は男に特別な恨みでもあるんすか? それで見境なく襲っているとか」


「うん?」俺の質問におっさんはおかしなものを見る目をした。ちょっと、どつきたい。


「すんすん……恨みなんてないさ。男が単独でいれば襲うに決まってる。な、なにしろ男は希少なんだから。世の中、男に飢えた婦女子たちで一杯さ」


「男が希少? それって……っ!」

言葉を切る。


近い、すぐ近くに気配を感じる。おっさんにも喋らないようジェスチャーで伝える。

顔を青くしたおっさんは両手で口を必死に抑える。大げさだけど、泣き声が漏れなきゃ何でも良い。


まあ、簡単には見つからないだろう。

そうでなければ、おっさんと悠長に喋ってはいない。



俺たちは、たまたま裏口が開いていた三階建ての鉄筋ビルに隠れている。もちろん侵入する際に内側から施錠した。音さえ立てなければ、まず発見されないはずだ。


とはいえ、裏口近くにいるのは精神的によろしくない。

用心も兼ねて俺とおっさんは抜き足差し足忍び足で、ビルの内部へ歩を進めることにした。



汚いビルだ。

明かりを付ければ感づかれる恐れがあるので、暗闇の中を動き回っている……んだけど、鼻に付くのはタバコやスナック菓子特有の塩気のある臭い。


目に付く部屋はどこも散らかし放題、よくよく見ればお菓子の袋や週刊誌が無造作に床に落ちている。


オフィスビルとは思えない。かと言って、間取りを見るからにアパートやマンションの類でないのは明白。



「ん?」

転ばないよう地面を向いて歩いていたので、それを発見出来た。

小さい白紙が落ちている。なんだろう、と拾い上げたところで硬い感触から写真だと予想をつける。


白紙を裏返して、何が写っているのか確認した俺は

「…………はぁぁ?」すっとんきょうな声を出してしまった。



男の裸だ。

着替え中の男性の写真だった。

上半身の衣服を脱ぎ、ジーンズを下げている最中である。


この写真には不自然な点が二つあった。

一つはカメラの位置だ。男性を斜めに見下ろすように撮られている。

人間が撮影したとは思えない。監視カメラでも使ったのだろうか?


もう一つは男性の顔にモザイク処理が施されていることだ。

被写体が誰だか分からないようにされている。

半裸の男性にモザイク。なんだか犯罪臭が漂ってくる。


「何が落ちていたんだね?……ひっ!?」

横から覗き込んできたおっさんが過剰なほど動揺した。


「男の盗撮写真ではないか! な、なんておぞましい」


うん、確かにおぞましい。けど、俺が抱くおぞましいと、おっさんが抱くおぞましいには、かなりの距離があるように感じた。

モザイク男の半裸写真とか誰得だよ。


「こ、このビルは危険かもしれない、外が落ち着いたら出るとしよう」

「了解っす」



比較的散らかっていない部屋を見つけた。

縦長の部屋は会議室のようであるけど、イスや机はない。他に見所があるとすれば奥の壁に固定されているホワイトボードくらいか。大きな文字が枠一面を使って書かれている。



乱暴な文字だった。

高架下のコンクリート壁に書かれそうな自己主張の強い文字。書いたのはヤンキーに違いない。

文字はアルファベットやアラビア文字とは似ておらず、未知なものだ。なんて書いてあるんだ?



「ほ、ほわわわ」

ホワイトボードを見た瞬間、おっさんのパニックがぶり返した。


「こ、こ、『孤高少女愚連隊ここうしょうじょぐれんたい参上』だとっ。馬鹿な」

「孤高少女愚連隊?」


「この辺りの、こ、婚活弱者の少女たちが集まって出来た集団だ」


なにその悲しい集団。


「生まれが悪かったり、能力のない子たちはなかなか結婚出来ないからね、そういう子は自棄になって非行へ走りやすい。その中でも素行の悪さで有名なのが、孤高少女愚連隊という不良グループだ」

「じゃあ、俺たちを襲ってきているのも孤高少女愚連隊ってわけですか?」


「その可能性は十分に……ひっ!」



ガチャガチャ。

ドアノブが回る音がした。裏口の方だ。



「誰よ、鍵閉めたの」

「あたし予備持ってる。今、出すから」


女の子たちの声が聞こえてくる。


おっさんの顔が壮絶なものになる。もうすぐ泡でも吹き出しそうだ。


孤高少女愚連隊参上、そう書かれたホワイトボード。

如何にも不良たちがダベった後のような建物の内部。


ああ、俺たちはとんでもない所に隠れてしまったのかもしれない。


「も、もしかして、そいつらの溜まり場って」


俺が言い終わるよりも早く、裏口のドアが開く音がした。


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