第6話 帰還


 早速、1号機に着いた健は、ボイラーの水を補給し沸騰させる為、マッチで火室に火を入れ、可動部には油を注した。

「しまった! 消えたぞ。もう一度だ」

『シュッ、シュッ! ボワッ』

「よし、点火成功!」

『燃料の石炭は大丈夫そうだ? しかし、無茶してくれるよな、我が地底の人間は……』

 健は溜息をついた。

「健、何か不便そうね、そのリベットだらけのマシンは……」

 健が振り向くと、博美が立っていた。

「いよいよ帰るんだね。お土産にこの携帯電話持って行ってね。時空に入るまでは話もメールもできるからね。それと、今までの記録を撮影しといたから見てね」

 博美は手動式の充電機も手渡し、LEDのペンライトもプレゼントした。そして携帯の使い方を念入りに教えた。

「凄い、こんな小さなもので、総天然色の活動写真が見れるぞ」

 一通り、教え終わると、まもなく、所長も駆けつけて来て、ポケットからソーラー計算機とライターを差し出した。

「健、このライターを使って貰えないかな? 私が愛用してたものなんだけど、マッチよりは便利だと思うよ。ターボ機能の電子ライターだから、強風でも点くぞ。ガスボンベは後で届けさせるよ」

 所長も博美のプレゼントを見ていて、気まずかったのか、持っていたライターとソーラー計算機を手渡した。

「ありがとうございます。地底国には存在しない、この最新技術の四つを見せれば、調査報告書を書かなくても、僕の話を簡単に信じてもらえるよ」

 博美に感謝と別れの言葉を言った。

 

 一時間後、ボイラーの温度も次第に上がり、圧力も最大値となり、健はジュピター1号機に乗り込み各機器の点検を開始した。

 煙突から出る黒煙が、その周辺まで及んだ。

「お世話になりました。それでは出発します」

 そして、すべて異状なしの報告を、博美からプレゼントされた携帯電話で所長に報告した。

『地底にもこう言った電信、いや携帯があったら、おお助かりなんだけどな……』

 健は報告後、大事そうにポケットにしまった。

「よし解った。いつでもいいぞ。気を付けて帰れよ。秒読み開始せよ!」

『発進5分前……………ヘッドライトオン! ドリル低速回転オン!』

『ピカッ! ピカッ!』

 LEDの眩しい光が、時空のトンネルを照らした。

「えっ、なぜ? 無茶明るいじゃないか。」

 田島所長は、秘密時にサプライズを仕掛けていたのであった。

「どうだ、非常に明るいだろう。長寿命、低電力のLED電球だから、簡単に切れる心配はないぞ。車内灯も後方の電球も、すべて交換しておいたぞ」

「あ、ありがとうございます。電球の予備を積み忘れて、いつ切れるかと心配していたところでした。でも、こんなに明るいなんて凄いです。」

「そうか、それはなによりだが、無事、帰還できるよう健闘を祈るぞ」

「田島所長、博美さん本当にありがとうございました」

 健は1号機のヘッドランプが、非常に明るく遠くまで照らす為、感激し驚くだけだった。


「所長、サプライズ成功しましたね」

「そうだが、健も我々に貴重なデータ―を提供してくれたぞ。あの時空の穴は古代の人類が開発した装置で、未だにこの地上にまで影響しているという事をな」

『発進1分前………30秒前……10・9・8・7・6・5・4・3・2・1・0・発進!』

『シュバッ! シュバッ!』

 健は、起動スイッチを入れ、さらに蒸気圧力を最大限に上げ、機関のレバーを前進に入れ加減弁を引き上げた。

『シュッ! シュバッ! ガチャッ! ガチャガチャガチャッ! ガタン、ゴトン、ガタン、ゴトン!』

「な、なんだー? 足回りがおかしいぞ!」

 それは、シャフトに低寿命のベアリングが入っていた為であった。 

 健は急いで1号機から降り、不具合箇所を確認後、すぐ所長に連絡した。

「どうした。故障か?」

「はい、どうも前のシャフトあたりで大きな振動とガタがあります」

 所長達は急いで修理班を伴って駆けつけた。

「我々に任せたまえ。おそらく、足回りの故障だ。よし、修理急げ!」

 早速、部品交換が始まったが、取り外したベアリングを見て驚いた。

「こ、これは……グリースは充分だが、ボールもローラーもないぞ。しかも、軌道が大きく剥離している。しかし、よくここまで持ったもんだ」

 それは、地底国ではメタル軸受けを使用していたのであった。

『おそらく、強度不足で剥離を起こしたという事だな。どうも、この軸受は焼きが甘いようだ。硬度はHRC50以下だな……』

 運よく同径のボールベアリングが適合し、まもなく、すべての軸受け交換が終了した。


「助かりました。どうもありがとうございました。それでは出発したいと思います」

「礼はいらないぞ。君には無事に帰って貰わなければ、意味ないからね。このボールベアリングとテーパーベアリングを持って帰って、さらなる技術開発をしてくれないか。幸い、他の軸受けは剥離していなかったが、品質には大きな問題があるからね」

 所長はそう言って、1号機に二種類の軸受けを四個づつ積み込んだ。


「では、皆さん 発進します」

 健は再度、蒸気圧力を最大限に上げ、機関レバーを前進に入れ加減弁を引き上げた。

 左右の噴出口から勢いよく蒸気が噴出し、正常にシャフトが動きキャタピラーは少しずつ動き出した。

『シュッ! シュバッ!………・・・ガチャッ、ガチャガチャガチャッ! ガチャガチャガチャッ!』

『よし、今度は大丈夫そうだ。だいぶ音が低くなったような……』

 目の前には、渦巻く時空トンネルの入口の穴が見え、煙突から出る黒煙を吸い込みだした。

 まもなく、キャタピラーは地面から離れ、目映い閃光を発しながら、轟音と共に、時空のトンネルに呑み込まれ消えて行った。

『シュッ! シュバッ!………・・・ピカッ! キュルキュルキュルッ! シュバッ! ゴーゴーゴーッ!』

 

          *         *         *


 地底では……

 その頃、地底でもやはり地上からの訪問者の健は、地上に帰る事となり、別れの時が来ていた。

「お世話になりました。それでは地上世界に帰らせていただきますが、これを記念に贈ります」

「おう、なんとハイカラな……」

 健はLEDのペンライトと、この地底で撮った数枚の写真をカラープリントし、所長と博美に手渡した。

「この写真は色が付いてるじゃないか。ありがとう大事にするよ」」

 二人とも色付きの写真をみるのは初めてだった。

「凄い、総天然色だわ。私も色付きで写っているわ。あっ、待って何か時空の入口から出て来てるわ」

 それは、所長と博美の手をきつく握り、別れの握手を交わした直後だった。

『シュッ! シュバッ!………・・・ガチャッ! ガチャガチャガチャ! ガチャガチャガチャ! ガタン、ゴトン、ガタン、ゴトン!』

 すると、地上に侵攻し撤退して来た戦車隊が、黒煙を上げ渦巻く時空のトンネルの入口から続々と帰って来たところだった。でも、多くの戦車隊の足回り付近では、異音が発していた。

「あっ、あの音は……」

 健は軸受けからの異音だとすぐ解った。

 

「なぜだ? 調査を待たず、無断で地上に侵攻していたという事か? いったい誰の命令なのだ! まさか?……」

 所長は驚き悔やんだ。


 すべての戦車隊が時空から出終わった為、健は地上へ出発する事にした。

 しかし、小規模地震が地底国を襲った。

「ガタガタガタッガタガタガタッ! グラグラグラッ!」

 地底では昔から頻繁に起こっている地震の為、そんなに動揺はしてなかった。

「この程度の地震は想定内だから、大丈夫だ。常にデーターを取り記録し、充分な分析をしているからね。だから出発には影響はないぞ」

 

 しかし、この地震そのものが、数日中に起こる大地震の前兆だったが、担当所員の怠慢でデーター記録のチャート紙が未交換であった為、数日分のデーターは記録されていなかった。


「それでは、出発させていただきます」

「よし解った。気を付けて帰れよ。秒読み開始せよ!」

 所長は拡声器を使い大声で指示を出した。

『発射10分前……………………5分前……………1分前………30秒前……10・9・8・7・6・5・4・3・2・1・0・発射!』

 健はシャトルの起動スイッチを押した。

『キィン・キィン・キィン・キィン!………・・・』

 シャトルは次第に空中に浮き始め、しばらく、その場に停止した。」

『やはり、ちゅっ、宙に浮いている……ありえない?……』

 所長と博美は驚くだけだった。

 目の前には渦巻く時空のトンネルが見えた。

 健は所長や博美に敬礼し、マシンの起動スイッチを押した。

「ワープ開始オン!」

『ビー…・・・キィン・キィン・キィン! ピカッ! シュバッ! キィン!………・・・』

 シャトルは目映い閃光を発しながら、轟音と共に、一瞬に時空のトンネルに呑み込まれ消えて行った。

  

*         *         *


 その頃、地上と地底に帰る途中のジュピター1号機は、次第に振動と揺れに襲われていた。

『ガタガタガタッ! グラグラグラッ!』

 その内振動と揺れは収まったが、突然、以前と同じ未確認飛行物体が前方に現れた。

 そして、そのまま接触し通過した。

「うわ―っ! 避けられない!」

『シュバッ!』 

 それは、地上と地底のジュピター1号機だったが、機体には何の損傷もなかった。

『もしかしたら、あれは?……』

 お互いの健はそう思った。


*         *         *


 地底へ……

 その後、地上から地底への帰りの健は、時空のトンネル内を順調に飛行し、まもなく、七色に輝く時空の出口が見え始めた。

 それは異次元からの出口ということであり、地底への入り口でもあった。

『よしっ、突っ走るぞ! ドリル高速回転開始!』

 健はそこから一気に抜け出し、元来た最初の時空に抜け出した。

『ゴーゴーゴーッ!………・・・』

 まもなく1号機は、目映い閃光を発しながら、轟音と共に、渦巻く時空のトンネルを抜け、キャタピラーが地面に着地した。

『シュッ! シュバッ!………・・・ピカッ! シュバッ! キュルキュルキュルッ! ガチャッ! ガチャガチャガチャッ! ガチャガチャガチャッ!』

 煙突の黒煙が、その周辺を覆いだした。

 それを察知した所長達と、博美が駆けつけてきた。

『……シャフトからの音がやけに低くなったようだな?』

 所長はさすがに感じ取っていた。当然、最新型の軸受けであった為、そう感じるのはあたり前であった。

「地上の調査を終え、ただ今帰還しました」

「シュッ! シュバーッ!」

 健はすぐ1号機から降り、地上で貰ったペンライトを点け、振りながら大声で叫んだ。

 すると、所長も貰ったペンライトで合図し答えた。

「無事で帰れて何よりだ。まずは良かった、良かった。疲れているだろう。今日はもう遅いから、明日の朝ゆっくり調査報告を聞かせてもらうよ」

 所長と健は、同じLEDのペンライトを持っていた為、だいたい想像はついていた。

「お帰りなさい。いっぱい色んな珍しいもの見たんじゃない?」

 博美も健の手を握り喜んだ。

「もう、ハイカラなものばかりで、びっくりの連続だったよ」

 そういって、携帯電話を取り出し見せた。

「凄い、私も地上から来た健に見せては貰ったけど、プレゼントはされなかったよ。まあ、カラー写真とペンライトは貰ったけどね」

 博美はそう言い、携帯電話を触っていじりだした。

「壊さないようにしろよ。大事な証拠品だからね。今日はもう疲れているから、少し休ませてもらうよ」

 健はそう言い、宿舎に入った。

 宿舎は、地上のものとは、比較にならないほど暗く、みすぼらしく感じたが、ただ眠るのみだった。

 すると、小規模地震がまた起こった。

『ガタガタガタッ! グラグラグラッ!』

「あーまたか……最近やたら地震が多いな?」

 健もいつもの事と気に留めなかった。


 翌朝、早速、所長から報告書の提出を求められ書く事にした。


 健は、できるだけ地上で聞いた事、見て来た事を正確に書きだした。

    


  …地上調査報告書…


一. 地上への出口は三ケ所に分かれ、左右の一際明るい箇所は出口と思われた   が、異次元への入り口である。

   おそらく、凶悪な追放者と先日の無謀な戦車隊は、左右二手に分かれ地上に  侵攻したと思われる。

   尚、中央部の時空トンネルは、まっ暗闇の為、判断不能。

二. 左側の地上世界は高度な技術と、科学力で未来的世界といっても過剰ではな  い。

   国の数は200以上、人口およそ73億人、核兵器16000発、その他破  壊兵器多数、空飛ぶ戦闘機多数、その他戦闘車両多数。

三. 小型カード状の装置で、すべての人と即座に話が出来、メール、図面など   即、送れる機能で総天然色写真、動画撮影も可能。

   その他あらゆる検索機能で、辞典などの本は不要という、画期的なテレビ機  能付きの携帯電話という装置があります。もちろん、瞬時に計算が出来る機能  も搭載されています。

   そして、パソコン及び非常に便利な電化製品も数多く存在し、照明及び懐中  電灯もフィラメント性ではなく非常に明るい低電力と、長寿命のLED電球が  開発されています。

   尚、一つずつ御好意で贈呈されています。そして、一瞬で火がつくソーラー  電子ライターと、超小型ソーラー計算機というものも頂いています。

四. 人の移動に関しては、超高速鉄道が存在し、まもなく、レールから浮上した  リニアモーターカーという乗り物が、時速500㎞で走行する予定です。

   個人所有の乗り物として、ガソリンエンジンで走る自動車という車がありま  すが、今では電気とガソリンのハイブリッド車が数多くは知っています。

   行く行くはすべて排ガスの心配ない電気自動車もしくは、水素で走る車に切  り替わるかと思います。

五. 昼の青い空にはまぶしい太陽、夜は月の明かりが地上を照らして、星も数多  く見られ非常に美しい空です。

六. 都市は数100mの超高層ビルが立ち並び、高速道路には100kmで走る  車が多数走行しています。

七. 比較すると、すべて千倍の技術と科学力で、我々が開発した蒸気機関などは  非常に遅れている。(150年から200年)

   そして、我々が追放した人間達のせいか否かは不明であるが、世界各地で武  力衝突が起こっている。いつ何時、核兵器などの使用で、破滅する可能性あり  り、非常に危険な状態とも言える。

   したがって、彼らもまた、祖先たちと同じ歴史を繰り返すのか?

 

  …結論…

   地上への道筋は途中三差路に分かれ暗闇の直進、または少し明るい出口らし  い右に行くか、地底に留まるかの三つに一つです。

   尚、左側の出口は間違いなく、大量破壊兵器が多数存在する異次元世界です  ので、我々が多数行けば、パラドックスで世界は崩壊する可能性大と思われま  す。

                                   

                                   以上


                          地底暦50万年1月10日                                                                                                              健



 健は報告書を早速、所長に堤出した。

『なるほど、道順は三カ所あったか? これは難題だ……』

 所長は時空内の綿密な構造分析が、必要と判断した。

「ご苦労だった。よし、さっそく織田首相に報告しよう」

「言い忘れていましたが、もう一つ報告があります。ジュピター1号機を見ていただけませんか?」

「何か問題があるのか?」

「いいえ、ヘッドライトなどのすべての光源が、長寿命で低電力の凄く明るい電球に交換されているのですよ。しかも、少しも熱くならないのが、まったく不思議ですけどね」

「な、なんだと……そんな電球があったなんて聞いてないぞ。いつ交換したのだ?」

「いえ、私が交換したのではなく、向こうの世界のあなたが、好意でプレゼントしてくれたという事です」

「なにっ、私が?……」

「これを見て下さい。こんな、あり得ない装置もいただきましたよ」

 そう言って、ソーラー計算機とターボ機能付き電子ライターを、ポケットから取り出し作動させた。

『カチッ、ボワッ、ボー……』

「なるほど……これは便利だ。一度使ってみたいな」

「所長、ここは禁煙ですよ」

「すまない冗談、冗談だよ。しかし、この二つは凄い技術の結晶だが、我々には計算尺という画期的な計算機もあるという事を忘れるなよ。よし先に、1号機をじっくりと見させてもらおうじゃないか」 

 所長は早速、ジュピター1号機に行き、そのLED電球を見る事にした。

「これが地上で貰ったという電球か?」

「そうですが、一度、点灯させてみますね.ヘッドライト、スイッチオン!」

『ピカッ! ピカッ!』

「うわっ! 眩しい……」 

「そうでしょう……光は直接見ない方がいいですよ」

「なるほど、最新型の電球だ。どうもフィラメントではなく、未知の素子でできているようだが、我々には残念ながら、そこまでの技術力は追い付いてないのが現状だ。まあ、我々にできる事といえば、席を一つ増やすぐらいは出来るけどな」

 最後に健は、地上の所長から貰った二種類の軸受けを見せた。

「こ、こんな軸受け見た事ないぞ。ボールとローラーか、考えも及ばなかった……これは我々にとって、大きな技術革新に繋がる宝だ」

「ですが、我々の軸受けは硬度不足なものが多く混入し。寿命が短く早急に取り替えが必要です。この1号機も軸受が剥離し、片道がやっとでしたからね」

「解った。早速、見直しをさせようじゃないか」

 所長はそういうと、首相官邸に出かけて言った。


『だが、あの軸受と瞬時に火がつくというライターは、非常に魅力的だ』

 所長はヘビースモーカーで遭った為、そう思ったのかもしれない……


 その時、小規模地震が起きた。

『ガタガタガタッ! グラグラグラッ!』

 地震は地底国滅亡のメッセージだったが、所長には、まだ詳細な報告は来ていなかった。

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