第5話 秋のフェスティバル

 楽しかった夏休みも終わり、涼しい風が吹く十月がやってきた。まもなく秋のフェスティバルが始まる。加納中学野外生活部の部員たちは、夏休みに行った合宿を経験したことによって、ひとまわり大きくなったようである。

「さて、我々三年生にとっては、中学最後の大会になるので、沢嶺、気合い入れていこうな」

諏訪部長が語りかける。

「そうですね。悔いの残らないよう思い切りやりましょう」

二人の気持ちはもうかたまっているようだった。

「わたしも春の大会のリベンジをしたいと思っています」

大津が言うと暮林が答える。

「だいだい色の果物ね」

「それはオレンジ。くどいよ、暮林」

大津がやれやれといった表情で、静かにつっこんでいる。

「やりましょうよ」

河井もやる気のようだ。秋嶌と白鳥はまだフェスティバルをよく知らないため、不安に包まれていた。諏訪が中座し、菱田先生を連れてもどってきた。

「では、先生に、明日のフェスティバルについてお話をいただきます」

「はい。まず一つは、時間に遅れないこと。九時集合です。二つめは忘れ物をしないこと。あとは、病気やけがに気を付けて、明日は精いっぱいやり切りましょう」

「おーっ」

皆もそれに答えた。


 秋のフェスティバルは、十月に行われる。県内から同じ志を持った人たちが集まり、技を競い合う。いよいよ始まろうとしていた。

 今日の予定が貼り出された。午前中が、立ちかまど作り、火おこし、料理。午後については、後ほど改めてお知らせするとのこと。午前中は五人、午後は三人の出場が認められた。

 そこで菱田が皆を集めて話した。

「午前は大津、暮林、河井、白鳥、諏訪の五人で、午後は沢嶺、秋嶌、諏訪の三人で出場します」


 いよいよ、秋のフェスティバルがはじまった。わりと多くのチームが参加している。全部で十チームちょっとか。もちろん春の覇者美央山中学も参加している。各チームには、丸太十本、竹五本、荒縄二巻き、木の枝、マッチ三本が支給された。どうも、このマッチ三本で火をつけよということらしい。しかし、紙がないため、枝を細く削り炊きつけにしよう。諏訪がそんなことを考えていると、

「用意、はじめ!」

とうとう秋のフェスティバルがはじまった。午前の部は、二時間半をかけていくつかの課題をこなしていく。まずは、立ちかまど作りから。荒縄を使って丸太を縛っていく。諏訪が指示を出す。

「大津と暮林で組になり、はさみしばりと角しばりをする。河井と白鳥で組になり、同様にはさみしばりと角しばりをしなさい。大津と河井がしばり、暮林と白鳥はサポート。私はすのこを作る」

諏訪の指示は的確で、皆がそれに従った。

 各チームが立ちかまどを完成させ始める頃になって、本部から、食材を取りに来るよう連絡があった。加納中学からは、白鳥が行くことになった。

「取ってきたはいいですが、生きた鶏がいます」

白鳥は気が動転してしまい、鶏のことしか頭にない様子だ。諏訪は白鳥が持ってきたものを確認した。

「米、鶏、みそとみそ汁の具か」

諏訪はここで困った。鶏なんかさばいたことがないからだ。どうするのだろうか?

「白鳥、鶏について何か聞いてきたかい」

「ええ、鶏をさばくにあたって、できないチームには本部の人間を一人派遣するので、手伝ってもらってよい、とのことでした」

「それならよかった」

早速、本部から派遣してもらった。彼は佐々木と名のって、聞いた。

「何を手伝えばよいですか?」

「いや、まったくさばいたことがないので、最初から全部教えてください」

諏訪はお願いした。

「ではまず、鶏の頭を切らねばならないので、まな板の上で、誰かひとり鶏を押さえつけてください。わたしが包丁で切り落としますので」

ここは諏訪が、鶏を押さえる役をやることになった。

「たぶん、ものすごく暴れるだろうから、しっかりと持ってはなさないようにしてください」

佐々木は念を押した。諏訪はなんだかとても緊張してきた。

 皆が少し離れて見守る中、佐々木は包丁でストンと首を切り落とした。あっけないほどはやかった。すごい力で暴れる鶏を、諏訪はしっかりと押さえつけていた。しばらくたち、静かになった鶏から手を放した諏訪は、腕もTシャツも返り血でどろどろになっていることに気が付いた。急いで手を洗い、着替えてもどってみると、鶏は足をひもでしばられ、逆さにつるされていた。首から血がしたたり落ちており、十分に血を抜いた後、羽をむしり取ることになった。白鳥は、こわごわ羽をむしった。むしり終わるくらいに、また佐々木がやってきた。ナイフで鶏の腹を切り、内臓や大便を取り出した。その後、鶏をいくつかに切り分け、焼く段階になってやっと部員たちの出番が来た。

 ほかのチームでも、やはり鶏をさばける人がいなくて、仕方なく本部に頼んだようだった。隣のチームも同様だが、鶏を押さえる役の人が手を放してしまい、頭のない鶏が辺りを走り回るという光景があった。

 さて、マッチ三本で火をつけなければならないのだが、新聞紙など紙類を使えないルールなので、木の枝を削って出た木くずに火を移らせようと必死になっていた。最後の一本で何とか火がついたが、とても小さい。はやく何とかしないと消えてしまいそうだった。どうにかこうにか火が強くなり、料理にとりかかることができた。もし、マッチがなくなった場合でも、虫メガネで太陽光を集めて火を起こすことができるらしい。

 火がついたところで、フライパンを使って鶏を焼く。同時にご飯もはんごうで炊く。お茶も作る。食べるばかりになったところで、本部に連絡をし、審判が二人やってきた。審判は忙しくメモを取りながら写真も撮っていたがそれも終わり、食べてよいと言われた。評価は気になったものの、皆おなかが減っていたので、昼ご飯にした。鶏は少しかたかったが、新鮮でおいしかった。

 ここで中間発表が出た。一位は美央山中学で、加納中学は四位だった。

「おしいね」

「ほかの中学も、うまいんだろうな」

などと、口々に言っていた。

「後片付けももちろん審査対象なので、手を抜かないようにしてください」

と本部が言っていた。


「次の午後の部は、応急手当てを取りあげます」

加納中学は、諏訪、沢嶺、秋嶌の三人で行う。

「午後の部も、がんばりましょう」

沢嶺が言った。本部が告げた。

「まずは三角巾を用意してください。包帯を作る場合、頭のけがの場合、腕をつる場合、足をけがした場合それぞれで、三角巾の使い方を見せてください」

 秋嶌は落ちついていた。三角巾を取り出して、頭に付けたり、腕をつったりした。それを本部が見に来た。骨折した場合は必ず副木を使って固定する。やけどはとにかく冷やす。

「どうですか」

と、佐々木がやってきてくれた。

「次に担架を作ります」

諏訪は言う。

「どんな担架ですか」

佐々木がたずねる。

「竹竿二本と毛布を使います」

「あ、作ったことがあります」

と秋嶌が言う。

「そうそう、その調子です」

佐々木は言い置いて、次のチームを見に行った。

加納中学チームは、沢嶺を担架にのせ、頭側が諏訪、足側を秋嶌が持ち運んだ。秋嶌が前になって進み、本部まで行ってもどってきた。

「次は人形を使っての心臓蘇生法についてです」

秋嶌は合宿でやったことを思い出してみる。まずは声をかけて意識の有無を確認する。救急車を呼んで、気道を確保する。呼吸の確認をし、人工呼吸をする。脈がなければ心臓マッサージを行う。これらを頭の中で整理し、人形相手にひととおりのことをやってみた。あとは運頼みだった。

 ここで、二回目の中間発表があった。一位は美央山中学でかわりなし。

私立加納中学は三位に上がってきた。皆で喜び合った。

 最後に手旗信号の課題が出た。

「これから少し離れたところで旗を振るので、その問いに答えてください。」

本部が言う。最後の課題は、チーム全員で解いてよいことになった。沢嶺がつぶやく。

「しかし、ほとんど覚えていないのに、何か役に立つかしら」

「そうだよね」

諏訪が答える。加納中学で、手旗信号を読めるのは菱田先生ぐらいだ。あとは秋嶌がどれだけ勉強したかにかかってきた。弱ったなあと秋嶌は思った。先日、合宿で体験した後、興味が出てきて自分で少し勉強してみた。すると思ったよりもおもしろくてとっつきやすいと思われた。しかし、実践はどうか。まったく自信はない。

「さて、ではこれから送る文章をそのまま記録し、さらにそれに対する答えを手旗信号で表現してください。では、いきます。……」

秋嶌は必死で思い出しながら記録する。汗がだらだらと出てくる。いくつか、わからない文字がある。前後の言葉から類推する。送られた文章を書いてみた。問いになっている。その答えを考えなくてはならない。皆に見てもらうことにした。

「どうでしょうか?」

秋嶌が聞く。

「いいんじゃないの」

沢嶺が言う。

「よし、これでいこう」

諏訪が言う。他の部員たちも期待を込めてわいわいと話している。

 この文章を本部に持って行くとなんと一番だった。提出する。そしてその場で問いに対する答えを、手旗信号で表現した。続いて、美央山中学が提出しに来た。その後、次々と提出が続く。全員提出された時点で、本部が答えを発表した。

『ありがとうとすみませんの違いは何か』

秋嶌は答えがあっていて、とびあがって喜んだ。

 いよいよ結果発表になった。

「では、秋のフェスティバル優勝は、市立美央山中学アウトドア部です。おめでとうございます。二位は、私立加納中学野外生活部です。三位は……」

秋嶌はうれしくもあり、悔しくもあり、複雑な心境だった。菱田先生は、部員たちをねぎらった。

「よくやったと思う。この悔しさをばねに次回がんばりましょう。各々よくがんばったところ、足りなかったところを反省して次に臨んでください」

部員たちはうなづいている。そこで菱田先生は秋嶌の方に向かって言った。

「ところで、秋嶌くん。問いに対してなんて答えたの?」

「はい。実はよくわからなかったので、『これからの人生で解明したい』と返しました」








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

こちら野外生活部 宇野 ゾラ @uno14793

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ