第6話 平穏
枕元に置いてあったスマートフォンのアラーム音で、俺は目覚めた。
床に寝転んだ龍治は心地良さそうに仰向けで眠っていた。
俺は龍治の体に跨り、両肩を揺さぶって言った。
「龍治、起きろ、時間だ……」
ゆっくりと両目を開くと、俺を両腕で抱き締めて言った。
「忍……おはようございます」
俺は龍治の両腕を掴み、ゆっくりと自分の体から離してから言った。
「とりあえずシャワーを浴びて来いよ、その後、俺もシャワーを浴びる……朝ご飯は食べる時間が無い」
俺が龍治の体から離れると、龍治はゆっくりと立ち上がって浴室へと向かった。
仕事の昼休憩の時間になった。龍治は楽しそうに俺に話し掛けてきた。
「今日はどこでご飯を食べましょうか?昨日のカレーは美味しかったです……他に良いお店はありますか?」
俺は少し考えてから言った。
「この近くに良い喫茶店がある……ランチタイムでも混まない位に寂れた店だけど、味は補償する」
龍治は微笑んで言った。
「では、そこへ行きましょう……一緒に行きましょう」
昭和に出来たであろう古い佇まいの喫茶店は予想通りに客が少なかった。俺と龍治はハンバーグセットを注文し、食べ終わるとホットコーヒーを啜った。
龍治は煙草を吸いながら、微笑んで言った。
「美味しかったですね、ハンバーグ……コーヒーも美味しい」
俺は龍治に問い掛けた。
「仕事、2日目だけど、どうだ?楽しいか?」
龍治は首を横に振ってから言った。
「退屈です……同じ事を坦々と繰り返すだけで……ただ、忍の隣に座っていられる事だけは楽しいです」
俺は別の仕事を探して勧めた方が良かったのかも知れないと後悔した。その時、思い出して言った。
「そう言えば、龍治は小説を書いているって言っていたな……そっちはどうなっている?」
龍治は悲しそうな顔をして言った。
「1本書きましたが、出版社は相手にしてくれませんでした……まぁ、いつもの事です」
俺は龍治が書いている小説に興味を持ち、問い掛けた。
「一体、どんな小説を書いているんだ?」
龍治は微笑んで言った。
「純文学、でしょうか?自分の過去の話を折り込みながら……全て主人公は死にます……ずっとそんな小説を書いています」
俺はため息を付いてから言った。
「たまには主人公が死なない様な、ハッピーエンドの小説を書いてみたらどうだ?同じ結末ばかりだから、出版社に相手にされないんじゃないか?」
龍治は驚いた顔をして言った。
「実は、今、主人公が死なない小説を書いている最中なんです……忍に出会ってから考え方が少し変わったんです……よく分かりましたね」
俺はコーヒーを啜ってから左腕の腕時計を見て言った。
「たまたまだろ……そろそろ職場に戻る支度をするぞ」
龍治は灰皿に煙草を押し付けると、スラックスの尻ポケットから財布を取り出して伝票を片手に持ち、立ち上がった。
龍治と飲食をすると、必ず龍治が全額支払いをした。実家からの仕送りの金額はそれ程に高いのだろうと思った。アルバイトだけで生計を立てている俺にとっては有り難い存在だ。
日中は仕事をし、昼には2人で食事をし、夜になると俺は女装をして龍治は首を吊って地面に落ちて、いつもの喫茶店でコーヒーを飲む、という一連の流れは3ヶ月程続いた。アルバイトが休みである土曜日と日曜日、祝日は夜だけ会った。
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