12.幸せを手に入れる為には、世界を壊し続けるしかなかった

12.



「――だから言ったじゃないですか、世界は思い通りになるって」




 その日。

 牢屋の中を、箒の様な何かで掃除しながら俺はそんな事を言った。



「……まあ、確かに奇跡としか言いようが無いな」



 それを監視しているのは、元指導役のクソ野郎だ。

 今まで散々に俺をこき使い、昨日散々脅してきたクソ野郎。


 ――今日中に誰かに買われなければ、俺は殺される。


 そんな脅しを受けていた俺も、今や晴れて自由の身。

 いや、性格には自由とは違うんだが、それでも今より全然マシな生活になる事は間違いなかった。



 ……今朝の事だ。

 どうやら、昨日牢屋に戻るなり眠りこけていたらしい俺は話を知らなかったのだが、深夜に俺を買いたいという客が訪れたそうだ。


 買い手は、気の良い老紳士。

 前に売られていた時から気にかけてくれていたようで、どこからか俺の猶予の話を聞き、急いで買いに来てくださったという。



「……しっかし、何故お前だったんだろうな」



 クソ野郎が失礼な事を言う。



「決まってるじゃないですか。隠し切れない俺のオーラに惹かれたんですよ」


「……」



 俺はもう、客に売れた商品だ。

 だから、どんな軽口を言ったとしてもクソ野郎は手を出す事ができない。


 ……まあ、自分でも少し不思議に感じた部分はある。

 俺の左足は、謎の凍傷で全く使い物にならない。

 不思議と、腐っては居ないようだけど。


 結構大きなマイナスポイントだと思ったが、その件について向こうはこう語っているらしい。



" 呼ばれたんですよ―― "


 と。



「……やっぱ、リア充オーラ強いな」



 今ほど、現実で身に着けた術に感謝したことは無い。

 何せ、今まで無かったからな。


 現実の知識を使う事も、語る事も、全く――



「――親方、お客さんが262番を迎えに参りました!」



 地下室の入り口から監視員2の声がする。

 お客さん、というのは礼の老紳士の事だろう。 



「分かった!!

 ……では、行くぞ、262番――」


「へーい。……あれ、そういえば」



 妙な違和感を覚えて、牢屋から離れようとするクソ野郎を呼び止める。


 262番。

 これは、確かに俺の呼び名だ。


 けれど……。



「あのー、俺のこと、昨日名前で呼びましたよね?」


「……む。そういえば、そんな気もするな」



 昨日の、クソ野郎との最後の会話。

 どうして、コイツは俺の名前を呼び、そもそも何故知っていたのだろうという疑問。


 この奴隷商では、俺たちの元々の名前なんて聞かれない。

 というか、必要ないとされている。

 ほとんどは客に流れずにここで過労死するのだから。


 だから、俺はこいつらに名前を聞かれた事はないし、教えた事もない。

 それなのに。



「どこで知ったんですか?」


「……」


「あのー」


「……正直に言おう。全く思い出せないんだ

 誰かに聞いたような気は、するんだがな……」



 聞いた……?



「……俺、多分この世界に来てから誰にも名前教えてませんよ」


「だろうな。お前は他の奴隷と話もせず、ずっと一人を好んでいたからな」


「はい。けど、それじゃおかしいような……」



 ……そういえば、まだおかしい点がある気がする。



「幸福の女神ってのも、何の事だったんです?」


「ああ、あれか……。

 ……すまないが、解答は後日でいいか。もうだいぶ時間も押している」


「思い出せないだけでしょう。つか、後日ってなんですか。戻りませんよ」


「そうならんことを願ってるよ」



 クソ野郎はそれだけ言うと、手をひらひらさせながら、さっさと進んでいってしまった。

 うまく誤魔化されたな。



「……ま、いいか。結果的にこうして助かったわけだし」



 終わりよければ全てよし。

 現実世界にあることわざの一つだ。


 思いついたヤツは俺に並ぶ……いや、若干俺より劣るが天才だろう。ここまで汎用性の高いことわざは、中々無い。

 5ツ星中、星3ツといったところか。



「さて。俺もそろそろ行くかね

 ……ん?」



 牢屋を出ようとしたところで、隅に何かを見つけた。


 使い古された、少し膨らんでいる麻袋。


 ……なんだ、これ?

 俺は麻どころか袋すら持ち歩いていなかったんだが、誰のだ?


 一応、拾い上げてみる。


 ずっしり。


 それなりに質量のあるものが入っているようだ。



「絶対俺のじゃないけど……」



 ……となると、クソ野郎の所有物だろう。

 貰っちゃうか?



「……」



 よし、大丈夫だ。

 誰も見ていない。



「――おい、262番、早くしろッ!!」


「へーい、ただいまー」



 俺は麻袋を懐に隠すと、足早に出口へ向かった。


 ついに外へと、足枷無しに飛び出す事ができるのだ。


 もう誰もいない、誰も使わない牢屋を背にして飛び出す。





 ……俺の望んだ世界へ。






*****






「さて。今日から君にはうちの家で働いてもらう事になるんだけれど、家事の方は出来そうかね?」


「あっはっは。任せてください」


「うむ、頼もしい限りだ。やはり私の勘に狂いは無かったよ

 ……ところで、その袋は?」


「ああ、これですか。牢屋に落ちていたもので、ちょっと」


「ほお。君は随分と正直なようだ……」


「ああー! いや、それはえっとほらあれで」


「いや、いいんだ。そういうつもりではない。ただ、からかっているだけだよ」


「はあー……」


「ちなみに、結構大きいみたいだけど、中身は何だったんだい?」


「それが、まだ確認していなくて。……開けてみますね」


「ほう、それは楽しみだ。……どれどれ?」



 麻袋の封を解く。

 中身を手探り、袋の外に持ってきて――



「これは……何かね?

 見たところ、食べ物のようで――」


「……そんな。

 どうして、こんなものが、こんな……」



 袋の中身。



「知っているのかい? これを」


「……はい。幼い頃から、よく食べていた俺の大好物です」


「ほう? それは素晴らしい。商人の方が用意したのかな?」


「まさか。考えられないですけど……何故でしょう、不思議な気分です。

 ……おいしいし」



その中身は。



「おお、チャレンジャーだね。どれ、私にも」


「お腹壊すかもしれませんよ」


「構わないさ。それに、君はこれが食べ物だって知っているのだろう。

 ……どれ、此処は一つ、自己紹介がてらにこの食べ物に基づいて、君の話を聞かせてもらうことにしようかな」


「ははは。チャレンジャーっすね。

 分かりました。……この食べ物に初めて会ったのは、6歳の頃で――」



 それは、この世界で一番うまい食べ物だった。

 薄く千切ってあっても固いパンに、しなしなの野菜とハムがサンドされている、ただそれだけのものだったけど。



 ――それは紛れも無く、サンドウィッチだった。


 俺の、好物だった。





 ……今の心の拠り所を、犠牲に。




 世界は、思い通りに――



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幸せを手に入れる為には、世界を壊し続けるしかなかった。 @Taiiku

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