11.もう終わってしまった世界の夢
11.
……雪女。
久しぶりに思い出した。
それにしても、気分の悪い夢だった。
早く寝よう……。
*****
牢屋。
この世界で最も馴染み深く、恐らく訪れるのも最後であろうその場所に、俺は戻ってきた。
「……あ、きょ、恭介さんっ」
監視役が牢屋を開けるより早く、牢屋から少女が出てきた。
鍵が開きっぱなしだったのだろうか。
どうでもいいけど。
……少女は俺の前まで駆けてくると、息を切らせながら発言する。
「聞きましたっ、恭介さんに猶予が与えられたって!」
……聞いた?
コイツ、どうやって、誰から――
(……まあ、いいか)
そうだ、どうでもいい。
そんな無駄な情報を知ったところで、どうしようもないのだから。
「あの、それで、私――」
「……どけよ」
何か言う少女を無視して、監視役よりも先に動き出す。
「ひゃっ――」
どうやら、彼女は転んだらしい。
邪魔だったんだから仕方ない。
自業自得だ。
「……き、恭介さんっ。私、今日は良いものを貰ってきたんですっ!」
牢屋の中に入ると、即座に少女も俺の体面に座る。
外にまだ監視役が居るというのに、関係無しに馴れ合いだ。
頭がおかしいのだろうか。
そんな風に思われてるのも知らずに、少女は笑みを浮かべたまま持っていた懐を漁り始めた。
「恭介さんのお口に合うように、色々考えて――」
「……」
「……その、じ、……じゃーん!」
……それは、少し膨らんだ、使い古された麻袋。
恥ずかしそうに効果音を口で出す。
この世界でも、何かを見せるときには、じゃーんと効果音がつくらしい。
また一つ、邪魔な情報が増えた。
「……」
俺は無視して目を瞑る事にした。
「……あ、あれ、恭介さん?」
戸惑ったような、少女の声。
コイツが何を企んでいるかは知らない。
けれど、どうせろくな物ではない。
今までだって――
……今まで?
(……)
今まで、彼女がこうしてきた事が……あったのだろうか。
今みたいに、無理して効果音なんて口に出して。
……いや。
彼女が、こんな風に構ってくるようになったのは、この間からだ。
俺が左足を負傷した、あの日から――
「……その、恭介、さん? 寝ちゃいました……?」
彼女がどこか不安そうに声をかける。
……けれど、俺は目を開ける事ができなかった。
「……もしもし? 本当に……」
何故だろう。
何故、目が開けられないのだろう。
俺は、こんな光景を知っている。
今と同じ状況を、この世界で体験している。
「……ふふ。恭介さんだって、"のび太くん" みたいです」
……。
あの時。
あの日。
彼女が拗ねてしまった、あの日。
寝ると言って、声をかけても返事しなくて。
謝ろうと……思った。
そうしたいって考えた、あの日があって。
でも、結局謝れないままで……。
「……私、恭介さんに謝りたかったんです」
少女は話す。
「恭介さんの意見に、ちっとも耳を貸さずに拗ねてしまって。考えもせずに、否定してしまって……」
それは違う。
俺はあの時、彼女の気持ちも考えず、自分の欲望だけを考えていた。
謝るのは、彼女じゃない。
「……あの日の夜、聞いたんです。
恭介さんが寝静まった後で、他の奴隷さんたちが話していたのを。
……私、知らなかったんです。
皆さんが、どれだけ過酷な中で、どれだけ命がけだったかを。
一つのミスで、全ての命に関わってしまう事を……」
……俺たちは、確かに命がけだった。
作業が滞れば全員が罰を受けることもある。
全員が注意を払って行わなければ、成し遂げる事のできない世界。
それを、彼女がどの奴隷から聞いていたのかは分からない。
聞いていたこと全てが正しいかも分からない。
けれど。
彼女は、理解して、そして償う。
自分は悪くないなんて……欠片も、考えずに。
「……私、自分のことしか考えていませんでした。
それで、恭介さんを困らせてしまいました。
そのまま、ずっと謝るのが怖くて。
……その後も、ずっと迷惑ばっかりで……」
違う。
ずっと迷惑をかけて、自分の事だけしか考えていなかったのは、俺だ。
俺の方だ。
最初から、今の今まで……。
彼女に甘えていたのは……。
「だから……ごめんなさい、恭介さん。
許されないとは、わ、分かっています。
けれど、ず、ずっと、あやまりっ、たくてっ……!」
泣いている。
繊細で、不器用で、優しい彼女が。
俺のために、俺の所せいで――
……俺も、言わなければならない。
今、この場で彼女に言わなければならない事がある。
もう、機会は逃さない。
面倒ごとだなんて思わない。
彼女に、伝える。
たった、一言を。
「俺は――」
――世界は、再構築される。
俺の、望んだ通りの世界へ。
……犠牲と、引き換えに。
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