9.世界は、思い通りになる
9.
"その世界の光を全て見つけたとき、あなたは目覚める事ができる――"
町の街灯やらなんやらを見た程度で目覚める事はできなかった。
だが、他の奴隷共の話によると、数年に一度だけもう一つの太陽が姿を見せる日があるという。
奴隷共はその日を "解放の日" と呼んだ――"
*****
「……262番。話がある」
……その日。
俺が左足を失って、いくばくか過ぎた日。
俺を魔力生成装置の列から外し、指導役のクソ野郎に木の陰に呼び出された。
クソ野郎の表情は、至って冷静だった。
怒ってもいない、笑ってもいない。
「なん……でしょうか」
右足と両手でバランスを上手く取り、なるべく自然に歩いているような動作で近付いて行く。
もちろん上手くいっているのは、俺の脳内だけだ。
傍から見ればその行動は滑稽に映るだろう。
「お前達はそのまま続けていろ」
クソ野郎は他の奴隷共へそう促すと、やっと辿り着いた俺の事を睨みつける。
「お前はどう思う」
……は?
思わず、声を出しそうになる。
見れば、そいつの指した先にはレバーを回し、押していく他の奴隷共の姿。
ただそれだけだった。
「……えっと、その」
「お前がいなくてもあの装置は動く」
クソ野郎は淡々と続ける。
「先程から見ていたが、ほとんど回す速さに差は無い。……どころか、速くなっている。そうは思わないか?」
「――!」
冷え固まった頭でも、ようやく理解できた。
こいつ。
……このクソ野郎が、俺に何を言いたいのかを。
「ち、違います!! まだ、まだやれるんです!!」
しがみついた。
離せるものではなかった。
離してしまえば……そこで、終わってしまうのだから。
「お前は見てきただろう。滑稽な奴隷共の最期を、何度も。
……ヤツらはみな、同じ事を言う。違うか?」
「そ、それはっ」
「それに、お前は助けられなかったはずだ、お前と似たようなヤツを。チャンスを与えたのにもかかわらずな」
「チャンス――」
……脳裏に、血を吐き倒れた男の姿が過ぎる。
俺に、俺たちに助けを求めた男の姿が。
「……ち、違う!!」
「……ほぅ?」
俺は、必死でその男の姿を振りほどく。
俺は違う。
俺は違うんだ。
あんな、あんな奴らと同じじゃないんだ。
俺は――
「俺は、選ばれた人間だ!! これまでずっと、ずっと思い通りになった世界で生きてきたんだ!!!
他の奴らとは違う、友達も多くて、恋人もいて、誰よりも充実して生きてきたんだよッッ!!!!
これから先の世界も約束されて、仕事をして結婚して最期まで思い通りに生きることが出来る人間なんだよッ!!!
――それが、こんなところで終われるかよ!!!!」
即座に背を向け、走る。
こんな所で、捕まらないように。
コイツらの思い通りにならないように。
こんな所で終わらない為に、走る。
ずっと、遠くに向かって、走る――
「……頼るか、まだ」
俺は、全く距離をとれずに転んだ。
走れ。
走れ。
走れ。
……どんなにそう考えても。
どんなに世界に命令しても。
「……なん、で」
世界は動かない。
世界は、合わせない。
俺の思い通りに。
「……所詮、お前はその程度だったんだ」
直ぐ後ろから声がする。
不快な声。
ここに来てからずっと聞いてきた、恐怖の声。
「今までがどうだったかなんて関係ない。
ここにいれば、お前らは等しく奴隷だ。
お前が世界を思い通りに動かせるのなら、やってみればいい。
そして、考えてみればいい。
……お前は、どうしてここに居るのかを」
どうして。
思い通りにいく世界で生きてきた俺が、どうして。
「本来なら、お前はここで死ぬ定めだ」
クソ野郎は倒れている俺の頭だけを掴み、無理矢理持ち上げて自分の顔へと向けた。
……声にならないほどの痛み。
「猶予をやろう」
クソ野郎は、顔を掴んだままニィっ、と笑った。
「……ゆう、よ」
「ああ。――明日、日が暮れるまでに貴様を買う人間が現れたのなら、解放しよう。
現れなければ……予定通り、その場で殺す」
……それは。
猶予というには、あまりにも残酷すぎて。
「特別措置だ。女神様に感謝しろよ、 恭 介 」
明日の日の終わりまでに、買われること。
左足が使えず、身体もボロボロで、そうでなくても今まで買われなかった俺が、買われること――。
「……はは」
……俺の死は、その場で決まった。
「あははははははっっっっ!!!!!!!!」
もう、戻れる事は無い。
――この世界に。
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