4.自分だけに幸せな世界

4.



 " 夢の中だというのにリアルな感触の雪、寒さ。

 周りは森で、雪の積もった木々が曇り空の中、空に向かっていくつも生えている。


 見たことの無い生物。

 見たことの無い格好の人間。


 夢だというのに、まるで現実のように動ける状況に興奮し、俺は散々その夢を歩き回った―― "






*****






 ここに来て、何度目かの夜。

 寒さでいつもよりガッチガチに硬くなったパンと凍りそうな水を手に牢屋に戻ると、少女が床に横になっているのが見えた。



「……」


(なんだ、凍死したのか)


「……ふにゃ…」


「あ」


「……んぅ…きょー、……すけ、さん?」


「おお、生きとる」



 目を開けた。

 どうやら、ただ寝ていただけらしい。


 腰を下ろし、ほぼ氷になりかけた水を飲みながら眺める。



「何しとんの」


「あ、はは。ちょっと」


「ここの生活に耐えられなくなって、自殺を図ってたとか?」


「え、縁起でもありませんね……」



 身体を起こし、静かに埃を落とし始めた。

 結構長い間そうしていたのだろう。折れたぼろ布の裾が、そのまま固まっている。



「寝てたんです」



 知ってる。


 はぁーっ、と両手に息を吹きかけながら、少女は言う。



「恭介さんと同じ様に、夢が見たくて」


「はぁ」


「私も、夢の中で会えるんじゃないかと思って……」



 何かと思えば、今朝の話か。

 うなされていた事を思い出す。

 やはり、内容は全く思い出すことは出来ないけれど。



「会うって、恋人?」


「……ふぇっ!? ち、違いますよっ! 私には、そんなお相手はいませんっ」


「ふーん。あんたなら、一人や二人出来そうなもんだけどな」


「恋人はそんな簡単に作るものじゃないかと思います……」


「まあ、確かに」



 奴隷としてここに居る以上、恋人なんていないとは思っていたけれど。

 容姿だけなら綺麗にすれば男は放っておかないだろう。

 作ろうと思えばすぐだろうというのは、嘘ではない。


 しかし、彼女は顔を曇らせる。



「……両親です」


「ん?」


「私が、会いたい人……」



 それだけ言うと、俯いて彼女の表情が見えなくなる。

 両親……。



「両親、ねえ」



 ……なるほど。

 こんな奴隷生活の中じゃ、そりゃホームシックにもなるだろうな。


 そう言えば、俺の親はどうしているだろうか。

 というか、現実の俺って今どうなっているんだろうか。


 ……この世界ではもう1月以上の時間を過ごしている。

 色々と過酷な事がありすぎて考える間もなかったが、はっきり言ってこんなのは異常だ。


 現実の俺は眠りこけているのか?

 起きたら起きたでこの夢の話も笑い話に出来るくらいに、もしくは今日の夢のように、忘れてしまうほど単純なものなのか?


 それとも。


 ――ここは現実で、俺の思う "現実" なんて存在していないのか?


「……恭介、さん?」



 ……声を掛けられて、頭の中にいっていた意識が取り戻される。


 はっとする、という表現がこれ程までに似合う場面も無いだろう。



「あ、ああ。何でもない」



 作り笑いを浮かべて何でもないアピールをしておく。


 あまり、この考えについては詮索されたくない。

 こんな事でウジウジ悩んでいるなんて知られたら、彼女が俺に抱いているであろう、リア充イケメン完璧人間イメージが崩れてしまうだろうからな。



「ま、大丈夫さ。何とかなるだろ」


「何とかなる、とは……?」


「お前の両親の事も、俺の悪夢の事も、このクソみたいな環境の事も、全て解決するって事だ」


「…どうして、そう言いきれるんですか」


「そんなの決まってる」



 狭い牢獄の中で勢いよく立ち上がる。



「――世界は全て、俺の思い通りに動いてくれるからな。今までも、これから先も」



 拳で胸を叩いて、そう高らかに告げる。


 そうだ。

 これまでだって、俺は何もかも思い通りになる世界で生きてきた。


 どんなピンチだって、どんなチャンスだって。

 最後に笑うのは、必ず俺だった。

 世界に合わせるのではなく、世界が俺に合わせてきた。


 この世界だってそうだ。

 どんなに苦しく見えても、必ず俺に良い方向に向くはずだ。


 俺はこれまで通りで良い。  

 適当に周りに合わせて、そんな自分を演じていれば、世界の方から会わせてくるのだから。


 それが、勝ち組の俺に与えられた世界の役割なのだから。



「……」



 ……彼女はまだ俯いたままだった。


 どうしたというのだろう。

 言いたいことを言ったからだろう、俺の気分はこんなに高まっているというのに。



「何だよ、暗いな」


「……恭介さんは、明るい人だと思ってました。一生懸命困難に立ち向かって、それでも諦めない強さを持っている人だと


 でも、それは」



 ふむ……。



「間違ってないな」



 こんなクソみたいな環境の中で、俺は充分に頑張っているといえるだろう。

 奴隷達の中でも勤勉に働いている方だ。

 彼女の仕事を知っても、この牢獄を恐れる事だって無い。



「中々気が効く事を言うじゃないか。お前、きっと幸せになれるぞ」


「……そう、ですか」


「ああ。俺の周りに居て、救われなかった人間なんて居なかったんだからな」



 ずっとそうだった。

 俺の周りでは、いつも人が笑っていた。

 常に、誰かが付いていた。

 俺が願うわけでもなく、望むがままに。



「……」


「……と、そろそろ飯を食べとかないと」



 見れば、周りの牢屋に居る他の奴隷どもは食事を次々に終えていた。

 あまり遅くなると、消灯係がやって来て何も見えない状況になってしまう。



「そういえば、近い内に大雪が降るとか言ってたな」



 ふと、今朝の監視員の言葉を思い出す。

 あいつは俺たちが死ぬかもしれない、なんて言っていたっけ。



(……はっ)



 馬鹿馬鹿しい。

 今までだって、雪が降った日はいくらでもあるというのに。


 確かに脱落する奴隷もいない訳ではなかったが、俺にとっては恐れるに足らないものだ。


 回りの連中と違って、少女から飯を分けてもらう事で体力は回復している。

 何より、世界が俺を殺すはずが無い。



(雪どころか、近い内に "解放の日" になったりしてな――)



 その日が来れば、こんな生活ともおさらばだ。

 俺は自分の部屋で目覚めて、また何もかも思い通りになるリア充の世界に舞い戻る。

 この夢の世界の事も、傍にいた少女の事もきっと、忘れて。


 世界は、俺に崩されるのだ。



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