3.ろくでもない恋人
3.
"……なんとも胡散臭いとは思った。
けれど、相手にされなくて泣きそうになる彼女の顔を見て仕方なくおまじないを実行してしまう。
その日の夜。
半信半疑で懐に入った俺が目を覚ますと、そこはベッドの上ではなく冷たい雪の上。
おまじないが成功したというのだろうか。
……世界が、構築されたというのだろうか――"
*****
「大丈夫ですか? 恭介さん」
「無理……」
翌朝。丁度、日が昇り始めた頃。
奴隷たちが次々と監視員に叩き起こされる中、少女に普通に起こされたはずの俺の寝起きは最悪だった。
「悪夢を見たのですか? とてもうなされてました」
少女は叩き起こされるより早く起きたらしい。
というか、多分俺のうなされた声で起きたのだろう。
悪夢……。
確かに、そう呼べるくらい嫌な夢を見ていた気がする。
が、
「思い出せんな……」
夢というのは案外すぐに忘れてしまうものだ。
それが良い夢であっても、悪夢であっても。
起きた後、夢で見て夢で得た高揚感や悲壮感といったものはあるのに、内容だけがどうしても思い出せない。
妙にハッキリしていた夢に限ってその傾向が強い気がする。
「あいつが出ていた気はするんだけどな」
必死に記憶の断片を探って、何とかその情報に辿り着く。
現実での、俺の恋人。
恐らく、この世界に来てしまった間接的な原因となった、あいつ――
「あいつ、ですか?」
「俺の彼女だ。あっちの世界にいる」
「かの……?」
「あー、恋人って意味」
どうやら"彼女"といった単語は知らないようだった。
そりゃ、そうか。
ここは夢の中の世界とはいえ、日本――というより、どこかファンタジーな異国みたいな場所だし知らなくてもおかしくはない。
「恋人……さん? 恭介さん、恋人さんがいらっしゃったんですか? ――す、素敵ですっ!!」
「へ? あ、ああ、まあ。俺はイケメンだからな」
途端に目を輝かせる。
何だろう、意外な反応だ……。
こんな閉鎖された世界でも、女の子ってのはそういう話が気になるものなんだろうか。
「でも、どうして恋人さんが夢に出たのにうなされていたんでしょう?」
「それは……、どうしてだろうな」
必死に夢の内容を思い出そうと試みるも、それ以上の情報は分からない。
……あいつはドジだったからなあ。
今まで、色々ヒヤヒヤさせられた事はあったけれど、そんな感じの夢だったのだろうか?
それとも、おまじないの――
「――おい、262番、出ろ」
……と、そこで監視員が俺たちの牢屋の前に辿り着く。
262番。比較的新しいこの番号は、俺の存在を表していた。
「はい」
「……」
少女は俯いて黙り、俺は返事をして開けられた牢屋を出て行く。
行ってきます、なんて言えない。
監視員の目の前でそんな馴れ合いをしたら、どうなるか分からないのだから。
「……」
「近い内に大雪が降る予定だ。最悪死ぬかもな。……さあ、来い」
通路を進んでいく中、監視員が他に連れられた奴隷たちを見ながらそんな嫌味を言う。
雪……。
確かに、ただでさえクソ寒いのに雪なんて降られたら、完全に手足の感覚が麻痺してしまいそうだ。
それで困るのは俺たちだけでなくコイツらもなんだけどさ。
「……はぁ」
ため息を吐く。
地下から上がる前に、まだ少女の居る俺の牢屋を何となく見やった。
「……」
少女は、まだ俯いたままだった。
彼女が"働く"のは主に昼間からだという。
(話し相手の俺が行ってしまったから、暇なんだろうな)
……適当にそんな感想を抱きながら向かう。
今日も、地獄へ。
*****
今日も今日とて、鉄製のレバーの前に。
案の定というか、俺の前にいた番号の奴隷が入れ替わっていた。
「247番。しばらくの間足指の壊死で寝転がっていたゴミだ」
それだけ言うと、監視員は俺たちの元を離れていった。
入れ替わるように指導員のクソ野郎が姿を現し、早くレバーを回せと怒鳴り散らし始める。
247番は弱々しい人間だった。
壊死、と言っていたので動きも鈍くなっているだろう。
これでは、奴隷として買う人間なんて現れもしないだろうな。
近い内にまた入れ替わりそうな気がする。
(ま、こっちの足は引っ張らないでくれよ)
寂しいかも知れないが、俺が望むのはそれだけだ。
いつもの光景に、少しの変化。
これからもそういった事は頻繁に起こるのだろう。
この世界ではこうして、弱い者から消えていくのだから。
……俺は大丈夫だ。
何せ、今まで全て思い通りになってきたのだから。
こいつらがいくら死に、いくら苦しもうと関係なんて無い。
……どうせ、これらは夢なんだから
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