2.いつか犠牲となる時間
2.
奴隷たちの牢屋は地下にあった。
一日の終わり。
クソ固いパンと不味い水を与えられた後、狭く冷たいその場所に閉じ込められるのだ。
一応、一人一室の牢屋が与えられては居るのだが――
「お疲れ様です」
独房の中には、一人の少女が居た。
他の奴隷と同じでボロボロの布切れに、水を浴びる事ができない故に薄汚れてしまった身体やくすんだブロンドの、肩程度まである髪。
もちろん、ここは俺の独房だ。
「あー、ただいま」
最初こそ驚いたのだが、これにはもう慣れた。
この狭い空間に、男女二人。
男女どころか、一室に二人も入れているようなのは他にいない。
俺が初めて来た時からだった。
もう空きが無い。まだ空きのある地下の中で嘘を言った監視が、俺をぶち込んだ先に居た少女。
なぜ、わざわざ男女同じ場所に閉じ込めたのかという疑問。
その疑問は、すぐに解消される事にはなったが。
「……」
「……? なんですか?」
少女を見つめる。
正直彼女は、ここにいる奴隷の中でもダントツでかわいい。
美人寄りだ。
いくらボロボロとはいえ、このくらいの容姿を持っていれば即売れるだろうというくらいに。
しかし彼女は、俺が来た時には既にここにいた。
そして今も尚、ここにいる。
「……? あ、そうだ。今日はチーズを貰ったんです。一緒にいかがですか?」
おずおずと、白い紙に包まれたチーズを見せてくる。
チーズなんて、この世界ではこの奴隷生活の中では、まず目にすることが無いくらい貴重なものだ。
このような貴重な食料を、彼女は毎日のように差し出してくれる。
怪しすぎた。
最初は……女、それも奴隷ゆえにソウイウコトをしているのではないかと疑ったりもしたのだけど。
実際は、違った。
そんなに温い――そんなに、簡単なものではなかった。
少なくとも、俺たちには到底真似出来ない事。
彼女はそれを、簡単にやってのける。
「あの……恭介、さん?」
「ん? ……あ、ああ。貰うよ」
「はい、どうぞ。
――大丈夫ですか? 今日はいつもよりお疲れのようで……」
薄い黄色のチーズの欠片。
彼女が俺に手渡したそれは、彼女の持っている欠片の2倍はある。
「私はこれだけで大丈夫ですから」
そう言うと、彼女は数センチ程度のチーズをちびちびと食べ始める。
俺も、持っていたクソ固いパンを何とか半分に千切って、チーズを間に挟んで重ねてほうばった。
「……」
……重ねると、硬くて噛み千切れん。
現実で一度フランスパンで似たようなことをしたんだけど、その時は大丈夫だったんだよな。
「……」
ふと、視線に気付く。
「気になるのか」
「あ、す、すみません。お食事中に人様を見つめるなんて、はしたなくてっ」
「それは構わないけど……」
どうやらサンドする食べた方が珍しかったようだ。
彼女は豪華なものを貰っているからか、パンを貰っている事はない。試した事がなかったのだろう。
「やめといた方が良いぞ」
「え?」
「このパンめっちゃ硬いからな。これじゃ無理だ」
言いながら、サンド上のパンを剥がして齧り始める。
これだけでも硬いんだから、サンドなんて無謀な話だったな。
「……恭介さんのいた町では、そういった食べ方があったのですか?」
身を乗り出して聞いてくる。
「ああ、まあ。つーか、こんなのどこでもやってるだろ。こういう、特殊な場所じゃなければ」
パンに具やジャムを挟むくらい。
「そうなんですか? 私、そういうの分からなくて……」
「へえ」
「バターとかを塗ったことはあるんですけど」
……そこにパンを重ねれば完成なんだけどな。
「……そうだな。じゃあ、今日はその話にするか」
「良いんですかっ?」
「ああ。……コレは俺の好物で、よく自宅でサンドウィッチパーティーとかしてたからな。経験豊富な話が出来るぞ」
「わあっ、ありがとうございます!」
これだけで、チーズ等の食料の礼になるかは分からない。
けれど、ここに来た日から毎日の日課だった。
現実の世界での話を彼女に話す。
俺のリア充っぷりを、充実していた頃の話を、普通の人間が聞いたら嫌だと逃げ出すくらい話す。
彼女はそれを喜んで聞いてくれる。
むしろ聞かせてくれと言わんばかりに。
「その頃俺は、6歳でな――」
目を輝かせるようにして相槌を打ちながら少女はそこに佇む。
話をすることで、現実への想いが強くなっていく。
同じだ。
失ってからでないと、気付かない。
失ってからでも、気付けない。
……こんな時間が、このクソみたいな生活の中で大きな支えになっていたなんて、この時は思いもしなかったのだから。
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