第12話 他人の主体性を嗤うな

最近、飲食店で食事をしているとこんな風景によく出会う。


店員「ご注文はお決まりですか?」


客「えーなんだろ。オススメはなんですか?」


こうである。オススメを聞く客が多過ぎる。いや、オススメを聞くのがいけないと言ってるワケではない。だがあまりに多過ぎるのだ。最近は主体性の無い人間が多過ぎる。


こういう言い方をすると


「ははぁ。またオッさんの説教が始まったな。若者をみるとオッさんはすぐこれだよ」


と、皆さんお思いになるかもしれない。


あいやしばらく。しばらくぅ。


この傾向は何も若者に限った事ではない。もちろん一番その比率が多いのは若い女性なのだが、最近は男性も、どころかオバさんオジさん。中学生や高校生も。老若男女が口を揃えて「オススメはなんですか?」と聞いている。


みんなそんなに自分の食いたい物が見つからないのか。飲食店へ行って食べたい物をメニューの中から選ぶというのは、外食をする時の醍醐味の一つではないのか。


大体、味覚なんて十人十色で他人の感覚なんて当てにならない。安くない(時に安い)金を支払って食べ物を注文するにあたり、そのチョイスを他人に任せるなんて。私としては考え難い。


例えば常連になった店なら分かる。



「大将。今日のオススメ何?」


「へい。今日は活きの良いのが入ってますぜ。塩焼きにしたら、お好みに合うかと」


「じゃあそれちょうだい」


これは分かる。


大将と客の信頼関係が成せる技だ。一朝一夕で出来る事ではない。そこにたどり着くまでには長い道のりがあるわけで、客もそれなりに金を落としているし大将もまた客の好みを覚えている。その上での「オススメは?」である。


店側が用意してくれているパターンもある。


「本日のオススメはこちらになっております」


ただこういう店では大概みんな「本日のオススメ」を頼まない。「こちらになっております」と言ったスタッフが、あくまで業務的にオススメしただけでソイツ自身が大して美味いと思っていない事が多いからだ。オススメとは名ばかりの企画もの、実験商品なのだ。


私も、レストランとまではいかないが仕事で飲食関係に就いている。最近は本当にみんなオススメを聞きたがる。


私の働く店は品数がごく限られているのでオススメも何もあったものではない。どれがどういう物か、写真とメニューの説明で容易く想像できるのでお客さんは注文を決めるのに悩む事は殆ど無い。だが確かにいるのだ。メニューを見ないでオススメを聞く人が。


「オススメはなんですか?」


あたかも行きつけのバーに来た様な仕草で聞いてくる。信頼関係もない。お互いにロクな会話も交わしてない。そんなので好みを計れというのは、あまりにハードルが高い。



私「全部オススメですよ(マジキチスマイル)」



だから私はこんな感じで応対してる。これは断じて嫌がらせなどではなく大真面目でやっているのだ。単純に商品の概要が解らないお客さんに対しては、簡単な説明を行っている。面倒臭い店員だと思われるが、品数が少ないからこそちゃんと自身で選んでいただきたい。誰にだって好みはある。店は商品に自信をもって提供してる。常にお客さんの主体性を尊重したいと私は考えている。


だが最近は、こういう人たちもいる。


「どれが一番美味しいですか?」


言葉のあやだろう。そう信じたい。きっと聞きたい事はオススメと同じ意味なのだ。だがこれは、どうにもならない。これに答えてしまうと、店が商品に優劣がある事を暗に認める事になってしまう。店側としては自信をもってこう言いたい。


「全部美味しいですよ(マジキチスマイル)」


本当に面倒臭い店員だと思うだろう。だが真実、私は私なりにお客さんの事を一生懸命考えている。


こういう人もいる。



「オススメはなんですか?」


私「全部オススメですよ(マジキチスマイル)」


「じゃあアナタの個人的なオススメを教えて」



知らないっつーの。何で私の個人的なオススメを教えなきゃいけないの。だから信頼関係無いって言ってんじゃん。なんで今日初めて会った奴に選択を押し付けようとしてんの。


しかしそこは悲しいかな接客業。一応丁寧に対応はするものの。



私「そうですね。個人的にAがオススメです」


「へえそうなんだ。じゃあBください」



じゃあじゃねーよ。なにサラッと人の事拒絶してんだよ。だからヤなんだよオススメ聞く人。


それ以来、心に深い傷を負った私は執拗にオススメを聞くお客さんに対してこう答えるようにしている。



「個人的にも全部オススメです(マジキチスマイル)」


かしこ

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