六ノ回廊 やもり

 ――こんな夢をみました。


 それは夜明け前のとても短い夢でした。


 自分は真夜中の仕事を終えて部屋に帰ってきた。

 古いアパートの部屋には、粗末なせんべい布団しかありません。

 天井から裸電球がひとつ、殺風景な部屋を仄暗く照らしています。自分は、とても疲れていたので、水道の蛇口を捻ると流れ出す水に、直接口をつけて喉を潤した。

 そのまませんべい布団に転がって、手足を伸ばし、目を瞑って寝ようとするが、妙に頭が冴えて寝つけないのだ。


 木枠の硝子窓の向う、街路灯が煌々こうこうと眩しい。

 自分の部屋にはカーテンすらついていないから……。


 どうやら自分は、つい最近このアパートに越してきたようなのだ。

 それまで住んでいた古い平家は、ある日、大きな鉄の車に踏み潰されて壊されてしまった。――その時に家族ともはぐれてしまったのだ。

 もしかしたら、あの瓦礫の下に家族が埋まっているのかも知れない。

 だけ助かって、この街路灯が明るいアパートに引っ越してきたのだが、何だかやり切れない気分に心が塞いでしまう。

 思い出しても取り戻せない過去なら、忘れてしまった方がいいんだ――。


 ふと見ると、木枠の硝子窓の向うに、やもりが一匹白い腹を見せてはり付いている。

 街路灯に集まる昆虫を目当てにしているのだろう。微動びどうだもせず、ひたすら獲物を待っている。

 自分は立ち上がって、硝子窓を軽く叩いてみた。一瞬にして、やもりは視界から消えてしまった。

 驚くと狭い隙間に逃げ込むやもりは、臆病な自分と似ている。


 ――たぶん、の前世はやもりだったと思う。

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