第12話 絵描きフェスティバル

トイレの芳香剤を変えようと、古風に言えば厠、

まぁトイレに入ったところ、

やや、これはと驚愕したのは無地の白色の壁紙が

緑と赤の水玉模様に変わっているからだった。

原色がどぎついなあ。派手派手ね。

映を呼び出して聞くのは後にして、

古いミントの芳香剤をニューカマーのラベンダーの芳香剤に交代させようとした。

ちょちょっとね。したらば。

「やあ、きみかわいいね。ぼくのなはぶみゃ」

 んんんん!?のぞき野郎がいるのかと上下左右、

360度、くるくる回って眺め回したが、誰もいないし。

「右から5個、そこから左に14個目が俺だよ。君ならわかる」

 わかるか、気色悪う。混乱してきた、

何が起きてる?短時間で狂人になってしまったのだろうか。

あわわ。ありゃりゃりゃりゃ、とパニックになりながら

とっさに水玉模様に触れると、ぽんと音がして壁紙が元に戻った。

夢を見ているのかと頭を振ったり、

トイレットペーパーを片手に持って、

薙ぐようにして空中で紙を乱れさせ遊んだりしていたが、

夢ではないことがわかり、

正気に戻って、ああ、これは映のドッキリだな、

ははーんと納得した。

今までに一度も映はドッキリとかイタズラとか仕掛けてこなかったけど、

マンネリを解消したいと強く思った映はよし、

派手派手な壁紙だとひらめき、今回のドッキリを企画したに違いない。

 さっそく、花の水替えを終えた映に話しかけた。

「あのさ、面白かったよ」

「へ?何がだい」

 しらばっくれるとは。ポーカーフェイスだね、でも白々しいよ。

「トイレが変なの、あなたのドッキリは見通しよ」

「いやいやいやいや、さっき君がホワに餌を与えに行っている間にさ、

橙色の髪の毛の女の子が、髪の左側は薄い橙色で

右に行くにつれ色が濃くなってる感じで。

その子がお手洗いってありますか?って聞いてきたから貸したんだけど」

「ちぐはぐになってる。落ち着け。で、その女の子は?」

「何も買わず、どっか行っちゃったよ」

 不思議な子が現れたもんだ。映に探させよう。

「探しに行って」と私が言うと、苦笑いを浮かべつつ

「わかったよ、おひねり的な何か後でくれ」と言って、

店の向かいに見える坂を駆け登っていった。

 2時間ほど経って、へとへとな顔して戻ってきた映。

結局その女の子は見つからなかった。

努力賞としてつまようじをあげたら投げ捨てやがった。

夕食の席に気まずい空気が流れた。

ホワをお腹に乗せたまま、ソファーで眠ってしまい、起きると映が床で寝ていた。

さすがにひどいなと思って、布団をかけ直そうとして、

いや、待てよと私はイタズラ心を発揮、映の布団を取り去って部屋に戻った。

 真夜中に目がぼやぼや覚めて、まだまだ寝ぼけまなこな私はきなこ食べたい。

蛍光色の猿と一緒に。と意味不明な言葉を撒き散らしつつ、

台所までよろよろ来て電気を点け、

ちゃってぃー、冷蔵庫の粗茶を取り出そうとして、景色が妙であることに気付いた。床が赤いハート柄が入ったピンクの着物着たおてもやんのパズルになっている。

パズルが動いて、一つのパズルの上に折り重なるようになって、

できた穴を覗き込むとくねり曲がったティラミス。

パズルは一点に積み重なって、ティラミスの空間は3mまで広がった。

ちょうど戻り道を失くすようにして。

呆然と立ち尽くしながら私は、ああ、奇妙なことばかり起きやがると思い、

いっそティラミスの空間へ飛び込んでみようかとも思ったが、

くねり曲がっていて不気味だし、何が起きるかわからないし、

やめておこうと考え直した。巨大だな。原寸大だとどれくらいだ?

食べきれないなとのん気にもなった。

 10分ほどティラミスとうず高く積まれたパズルの山を交互に見ていると、

突如穴は塞がり、廊下から誰かが来た。

おおっと。昼間のウワサに聞く少女だった。

確かに薄い橙色から少しずつグラデーションがかって、

熟れた蜜柑のような橙色になってる。

漫画だったら色を塗るのが面倒な、アシスタント泣かせな奇天烈な髪だ。

髪の色同様明るく、どこかイタズラめいた声で彼女が言った。

「お姉ちゃんの困った顔面白かったぁー、もっと困ってぇ」

「……いい子ね、怖い思いさせてあげようか?」

 このけったいな女の子をどついたり、押入れに閉じ込めたりしたいという

ダーティーな発想が浮かんだが、こらえた。

あどけない顔立ちからして年齢は13,14歳くらいのローティーン?

150cmいくかいかないかの身長。

女の子は髪型以外にもツッコミどころが多い。

スーツ着てたりとかね。あれ、スーツ?

「そのパリッとした紳士服、いわゆるスーツを何故に着用しておるのだ?」

 妙な言葉遣いになっているのは夜中に付きものな変なテンションのせいか。

「きゃはは、お父さんのでありまするー」

「そうでごわすか、わかり申した。ところでそなた、名は何と申す」

「ふぇへえー、レギャと申すでござりごわす」

 そうでござりごわすかと返しかけて、

そうなのと普通の言葉遣い・テンションに戻し、さっと話を進めた。

レギャは自由に幻覚を見せられる能力を持っているらしい。

赤緑水玉もハート柄おてもやん&くね曲がりティラミスも幻、

まやかし、架空のものだったのか。うん、私の頭は正常だった。

医者にそのまま説明したところで、憑き物に憑かれた、モノホンの狂人と思われる。普段、Sheは様々な家の屋根裏に忍び込み、生活しているらしい。

どこまで嘘で本当かわからないけど、面倒くさいから本当だと思い込もう。

「で、私の家の屋根裏に忍び込んでたの?」

「誰がこんな家。大きな屋敷の使われていない部屋が最高ぉ」

 苛立つどころか、虚しくなってきた私は

悲しい短調なメロディを口ずさみながら、オセロの盤面を黒でいっぱいにして、

世界は闇に染まったと呟きたくなったけど、

夜中だし、眠いし、そもそもオセロが家に無いしやめといた。

「まあ、いいわ。今日は家で眠ってきなさい。こんなで良ければね」

「仕方ない、泊まってやるとするかぁ」

 私の部屋に入るなり、スーツを脱ぎだしたレギャ。

企業戦士の特攻服の下にはカモシカの絵が入った紫色のメイド服。

堅苦しいフォーマルな感じからキュートなカモシカメイドに変身レギャ。

ホワは初対面のレギャにも懐いているレギャ。語尾がおかしいレギャ。

さっさと寝てしまうに尽きるレギャ。

ベッドにもぐり込んできたレギャがほかほかギャレ。

語尾は変えないほうがしっくりくるレギャ。うん、もう寝よう。おやすみ。


 朝食にブドウのヨーグルトとバウムクーヘンを

切って三人で分けて食べた。

映は昨日の少女の姿を見つけ心底驚いた表情をして、

ええええ言っていたけれど、

「よろしく、レギュちゃん」

と言って握手を求め、仲良くがしがしシェイクハンド。

オーイエー。さっそく私にはこの変な女の子と引き合わせたい相手がいた。

「ああ、詩瑛さん。横のあなたは妹さん?」

「んー、親戚みたいなものよ」

 そう言ってレギャに早く名前言いなさいと視線で訴える。

「私レギャって言うのぉ、よろしくぅ」

「漣乃といいます、レガちゃんよろしくね」

 微妙に名前間違っているけど、レギャは気付いていないみたいだし、

気に留めないでOK。

久々に連乃ちゃん家に寄って、3人で紅茶飲んでる。

レギャの服はカモシカメイド……ではなく、

私の着れなくなった白とピンクのツートンカラーに分かれ、

中央に桜餅の描かれた長袖のシャツと、ズボンは若葉色の無地。

テレビを見ていると、好奇心を働かせ猫のようにそこいらを探りまくるレギャ。

あちゃあ。無闇に許可無く人の家を探索してはダメなのよと注意しようとして、

私は椅子から立ち上がろうとした。

するとレギャは漣乃の方に歩いて手に持ったパレットと画用紙を見せた。

妹を想って橙乃さんが買ったものなのだろうか。

学校の図工用にね。ズコーッと転んでしまいそうだよ、私は。

「ああ、絵の具あったかな。筆も無かったかも」

 暇だし、この3人で絵を描いたらどうなるか

わくわくくわくわしていた。桑の実。

「指で書けばいいのよ」

「そうですね、わかりました。探してみます」

 そう言って漣乃はリビングの隣の自分の部屋から道具箱を持ってきて、

ガサゴソやっている。

道具箱の中が私の感情と直結していて、

彼女のガサゴソでむかむかしたり、はらはらしたり、どきどきしたり、

ほわほわしたりできたら面白い。

出てきたビニールのケースに入った絵の具セットは青と緑と黒が無い。

水を入れる容器が無いので紙コップで代用。

 さて、指に好きな絵の具を塗ったらそのまま画用紙へゴー。私は茶、漣乃は紫、レギャは赤を選んだ。すぐに題材は思いついた。

 プリンターのインクが切れ、街に出かけ買いに行こうとしたら、

怪しげな商人に話しかけられ、欲しくもない茶器を買わされたリスは、

「ああ、Ah、どうしよう。また妻にどやされる。キレられる。

ニードロップされる。小遣い減らされる」

と嘆きながら歩いていると道路に開いていた穴に落下。

落ちた先は遊園地。床が奇怪で左半分は碁盤のよう。

右半分は基盤でサイバーな感じ。

リスは基盤の上を歩いて、機械になった気分に浸っていると

ありふれた人形の女の子が現れ、

「一緒に遊びましょう」とメリーゴーランドを指差して言う。

くさくさして鬱屈が溜まっていたリスは

アレに乗って世界を巡るうちに俺の感情も一巡してまたくさくさ……したら

ダメなのであって、そこは何?

あのー、まあ、上手く感情が変わって、

快の方向に向かえば良いよねとリスは思った。

くにゃっと曲がった馬の片足から器用にたんたん跳んで、

手綱を掴み女王気分の人形。

その横にがっしりと手綱を握りぶるぶる恐怖に震えるリス。

振り落とされて何度も馬の足がヒットしたら俺ヤバくない?と戦慄して。

ばんばらばんばばーん、どこかからかファンファーレが流れ、

くるくるぐるぐる進み出す。走り出す。回り出す。

いやに甲高い声でリスは悲鳴をあげた。脳がシェイクされる感覚。

5分後、虚脱したリスと人形。

速度がゆっくりなうちはまだ笑っていたが、

けっこう速度が上がってきて残像が見え始めると、

「おりたい」と呟いてつぶらな目をつむっていた。

その後、観覧車や猫のお化け屋敷に入り、

小動物という点ではネズミと大して変わらないし、

猫に喰われるのではと身の危険を感じつつ、

何事も無く、肩透かしをくらった。

でー、今俺は人形とぜんっざいを食べてる。

ZENZAI!と叫びながら。

嘘だけど。餅が一欠けらぐらいになったところで、

物陰からつかつかと妻。

何故だい?と思う間もなく、俺の腹に食い込む鉄拳。

うおおおおああ。人形は逃げて消えた。

妻のパンチは勢いを増して、血反吐が出たよ。真っ赤だね。

ルビーに変われば綺麗だね。

 そう、私は血反吐を吐くリスを描こうとしたのだ。

しかし、妄想に夢中になりすぎて、私が俯いて考えている間にレギャが先に、

林檎を描こうと赤いペンを持っている男の姿を描いていた。

髪は黄色で金髪風味。

漣乃ちゃんは紫色の髪の少女を上半身まで描きかけて、

きょとんとした顔で私を見ている。悶絶する演技をしながら私は苦しげに言った。

「ぐああ、遊園地で人形と遊んでたら

妻が鮮やかなマシンガンジャブをぉお」

「遊園地?つ、妻?どうしたんですか、詩瑛さん」

 イタズラっぽく私が笑うと、もうーと言いながら

漣乃ちゃんはぽかぽか肩を叩いた。

絵はそれまでにして、また紅茶を淹れて

のんびりなひとときを味わっていると、

そのひとときが4時間に拡大され、すっかり夕景。

うっかりしすぎた。お邪魔しましたを言いかけて、

もじもじしていたら橙乃さんが帰宅。夕食にうどんをいただいて、

世間話から高校の時の話になって、

「高校でどういう思い出とかあった?」

と聞かれ、行っていないんですと答えて気まずい空気になって、

本屋の話になって漫画の話に着地。橙乃さんは、

漫画描いてるんだけど、見てくれないかしら」と言って

部屋から原稿を持ってきて私に渡した。

不思議なストーリーで脈絡も無く女性が猫になったり、

ちょっとそこまでなノリで月まで行ったりしてしまうものだった。

異次元に連れてかれそうになった。

読み終わって、

「ぶっ飛んでいて面白いです。女性が猫になった状態で月に行って、

なぜか表面に海苔が生えていたら、よりおかしくなるかもです」

と言って、出かけるときお土産にと用意した

信玄餅の存在を思い出して橙乃さんに渡した。

風林火山と低い声を作って言いながら喜んでくれたっけな。

ばいばーいって家を出て。月が闇を照らして。

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