第6話 ボケボケスタイルペンギン

ひょっとこの面をかぶった女、手に水晶の玉を持っている。

水晶には何やら埋め込まれていて、それはぽかーんとした抜け作な男の顔。

ぽかーんスペシャリストの抜け作は、天才的に駄目だった。

その駄目さに目を付けたひょっとこ女にしゅるしゅる封じられ、

世界中を抜け作、アホだらけにしてしまうという彼女の野望に付き合わされている。抜け作水晶をのぞきこんだ者はみな、あひゃーんと言って倒れたかと思うと、

15秒66経って立ち上がり、へらへら笑って程よく冷めたカレーを体中に浴びる。カレーまみれのどろどろになりつつ、公園の砂場に石を並べて絵を描く。

餅を焼き焦がした人を描くのよ。その人は餅を膨らませて、

ぷくーっとした状態で冷凍させぷくーっを保ちたいと思ったのだけれど、

火力にまで気が回らず、コゲコゲになっちゃったんだな。

その人は無残な餅を握りながら、小作、違った、コサックダンスを踊りたい心境だ。奇怪な絵を生み出し続けさせる、抜け作水晶。

物語はその後、ひょっとこ女が生活苦に陥り、

で、金に困り、質屋にその水晶を売ってしまい、

しかも1円しか値がつかず、憤死するところで終わるのだった。

 この「推奨水晶」という、おちゃらけた小説を読みきって、私の頭は抜け作になってしまいそうだった。

 藁苞に包まれた納豆の中に手を入れ、さらに深い所に収められたCDを取り出す。納豆にまみれたCDはねとねとでぬらぬらしていて、

このままプレーヤーで再生したら、

粘つく耳に纏わりついて離れない歌声が聞こえてきそうだ。

というのは私の単なる妄想で、たわけた歌なのに

まともなケースに入っていてつまらないと思ったのだ、私は。

どうせたわけた歌ならたわけた方法で、

例えばドーナツは円形でCDと形状も似ている。

ドーナツの真ん中にCDを挟んで、噛み付くやいなやガツッとした感触。

おや、これはと購入者が固いそれをつまみあげるとCD。

斬新で破天荒な発想ねとはならない。

なぜなら、面白いからとドーナツにCDを挟んだところで油にまみれ、

てかてかつるつるになり、CDを挟んでいたドーナツを

その後食べるのも気が引けるだろう。ううむ、却下しよう。

次に、CDを入れるケースではなく、

届ける人間を特殊にすれば面白いのではないかと私は考えた。

ピンポーンと呼び鈴。来客はあまり無いし、

通販で頼んでおいたCDかしらと扉をオープン。

乱れた髪、血走った目、破れた服とヤバイ三拍子を揃えた女性が立っている。

きらりと光る何かを振りかざす。

ああ、購入者は狂人に切害されると観念して目を閉じると、何も起きない。

ヤバイ女はかっと目を見開いて、「お届け……物だぁ、この野郎ぉおお!!」と

CDを投げつけ絶叫し、走り去っていく。

しかし、こんなエキセントリックな方法では購入者はトラウマを抱え、

CDを見るたびに狂人を思い出してしまって、聞きたがらないだろうし、

警察に通報される恐れがあるし、やりすぎだな。却下だな。

 しばらくたわけた妄想を繰り広げていた私は手に持っていた

「へどもどモモンガ」を再生した。


高級住宅地にへどもど

ぬるい世の中の中の中

ボンクラの悲哀

アイボリーのカーテンに巻かれて


成果主義を蹴散らせ

スクランブル交差点でスクランブルエッグを食せ

もうどうでもいいんですよ

飛びません

50円で飛びます


 たわけた歌詞が男と女の歌声に乗って、聞こえてくる。

バックににゅいーんと奇怪な音。ぴーひゃらららと笛の音が絡み合っていく、

にゅいーんに。だんだんだんだん音楽が私の中に入って、

「にゅいーん、ぴーひゃららら。スクランブルエッグのカーテンって

奇妙で使っているうちに卵が腐ってまずいよね」と

私は歌詞を自己流に変えつつ歌い、50円をもらって飛ぶ

モモンガをイメージして、ちゅうちゅうと鳴きながら腕を広げてバタバタさせた。

そして高級住宅地にへどもどする様を再現して、

肩をすくめたりしていたけど、モモンガに感情移入しすぎて

切なくなってきたので、CDの演奏を止めた。ピタッ。

 ちょっと疲れた私はコーヒーを拵える。おやつにバウムクーヘンも用意して。ゆったりとした時間が過ぎていく。次は何を見ようかな。暖かさで満たされる。

 小休止を挟んで、元気を取り戻した私は机の引き出しから

アニメのDVDを取り出した。

「まろびあい雪原」は熊と妖精が雪原の上をどこまでもまろびあっていくうち、

漫才好きなペンギンの国にたどり着いて、

圧政を敷く王を退けてほしいとペンギンたちに頼まれ、

漫才で王と対決するというアニメだ。


ほろ苦そうな茶色の粉が雪原に散らばっていて、

妖精が歩いている。

「ショコラを散りばめたクリームの雪の上、

プラムの髪にヒペリカムの髪飾りをつけ、

ミルクのコートに身を包んだ妖精はキャラメルのマントをはためかせながら、

トコトコ歩いていた」と大人しい女性の声のナレーションがインして。

突然世界が傾いて、グラッてなって、まろぶ。転ぶ妖精。

どういうわけか、ちっとも苦しくはなく、

雪の上を回転しながら進んでいくことが妖精には楽しく感じられた。

サイコロの気分で転がっていると、野太い声。

「やあ。君は高野豆腐と木綿豆腐のどっちが好き?」

 振り向くと、茶色の熊。雪面に散らばるショコラによく似ている毛色。

熊の転がる姿はボーリング球みたい、

いや、大玉だろうか、それとも巨岩かな。

さて、熊が仕掛けてきた珍問にどう答えよう。

「豆腐よりショートケーキ食べたい」

「そんなことより木綿豆腐食べたほうが良いと思うな、僕は。人と争わずに済む崇高な豆腐なんだよ」

「あら、どうして?」

「揉めん豆腐ってねぇー、ぶわっはっは」

「寒い。そりゃクリームも凍るわ。あー、凍死しそう。

羽根がしおれていく、心がむなしくなる、肌のハリが悪くなる。

まるでむきだしの鉄の部屋で冷や飯を食べている気分」

「ごはんの温度は?」

「22℃くらい。ってそうじゃない。あくまで例え話、比喩の話よ。

さっきよりはキレ良くなったじゃない」

 急いで転がらずに、ゆるやかな速度で前に進み続け、ずるずる三ヶ月。

熊に鮭を取ってこさせ、昼食に鮭のチョコレート焼きを摂って、

ぐるぐる南進している時だった。

クリスタル並に透き通ったクリアーな門に熊が正面から激突。

妖精は前を行く熊がばたんきゅーになる姿を見て、左に曲がってかわした。

「やっぱり馬鹿ね……大丈夫?」

 珍しく優しい声で妖精は熊に声をかけた。

しかし、シーンと沈黙が流れるまま。妖精はおいと蹴飛ばしたい衝動にかられた。

だけど、か弱い足が粉砕骨折するかもしれないし、

痛いからやめておこうと思いとどまり、

代わりにペチンと熊の顔をはたくと呻きながら起き上がった。

「ムニャムニャ……そんなに湯豆腐食べられないよ。うーん、湯葉が食べたいな」

「何でそんなに豆乳っていうか大豆製品でまとめてんの?」

「ふっふっふっ、豆腐や湯葉を扱う会社から

CMのオファーが来るかもしれないじゃん」

「鏡見てから言ってほしいな。あと現金な考え方すぎるよ」

 そうして妖精と熊がゆばゆばやり取りしていたところに、

トライアングルを持ったペンギンが現れ、

「私たちの国へようこそ。私とあなたと貴様の三角形」と言って、

トライアングルをチーンと鳴らした。

「何言ってるの。国どころか街がないじゃない」

 門の向こうは雪が続いているのみで、

ペンギンにおちょくられている気分になった妖精は思わず指摘した。

「ふひゃひゃ。私がトライアングルを鳴らしているうちに漫才をしてみればわかる」

 半信半疑で、嘘だった場合はペンギンをどつき回そうと考えながら、

妖精と熊が漫才をした。

すると、トライアングルが光り輝いて、

ほわぁと不思議な音を立てて一旦消滅し、

30秒ほど経ってうっすらと三角形が浮かび上がり、

門を抜けて進んで見えなくなった。霧で隠す訳でもなく、

唐突に白い街がパッと現れていた。

 粉砂糖の街並みを歩く。

パン屋を右に曲がった所から華やかな雰囲気が消え、

建物も先ほどのストリートはゴージャスと行かなくても中の上って感じだったのに、ギリギリスラム街を逃れている下の上といった印象。侘びしくなる。

寄せ集めの建材で作ったって感じの、

あちこちつぎはぎだらけの家。

ペンギンの家はそんな有様だった。ますます侘しくなる。

ボロボロの暖簾をくぐって部屋に入る。

床のそこかしこに欠けたり、

薄汚れてたりしているトライアングルがまばらに散らばっている。

「さっそくだけど、ちょちょっと王を倒してみてほしいな」

「あっ、はーい。とでも言うと思ったか、このすっとこどっこい」

「圧政を敷くのがげっついむかつく。

それであなたたちの湯豆腐のやりとり見てて思ったんだ。

王は漫才に絶対のプライドを持っているから、

それを打ち砕けばしくしくぐずって退位しちゃう。

あわよくば、おこぼれが欲しい。

あなたたちには何もあげないで、自分だけが良い思いをしたい。私は正直者だ」

「本当に正直ね。私は正直になってお前の息の根を止めたい」

「そうだね、ペンギンの肉って美味しいかな。僕食べたいよ」

「脅しにかかるとは卑怯な。警備隊に報告して捕らえてもらおうか」

「あなたの目論見もバラしちゃうけどいいの?」

「はっ、よそ者の言うことなど信じないよ。どうだまいったか」

 ペンギンに半ば脅迫気味に言い含められ、

妖精と熊はかったりぃと思いつつも、従うことにした。

 それからパンやうどんをこねたり、夜中にブルジョアな屋敷に侵入し、

熊の怪力で豪華な床をベリベリ剥がしとって略奪し、

貧相なペンギンの家の床をカスタマイズするなどして暮らしていた。

ある日、ドアノブを抜き取る、

プールに泥を放り込むといったイタズラをしようと考え、

歩いていると呼び止める声。振り向いて妖精と熊は驚愕した。

ペンギンからもらった王の写真そのままの、

お、王?王が立っているじゃあーりませんか。

そっくりさんじゃないよね、モノマネの人だったらどうしよう?

フェイク?トゥルー?立ってるよ、キング。

私はまだヤングって混乱しつつも腹の中でボケる妖精。

「もしかして王ですか?」

「いかにも。私が王でちゅよ」

「うわー、やっぱり王か。謳歌してますね、王様人生」

「それにしても、珍しい姿形でちゅ。城に来てもいいでちゅ」

 ペンギンの置物以外は至って普通な城。城内の右手に銀行、左手にスーパーマーケットがあったりするけど、便利だね。王の間に着くなり、妖精は乱暴に言い放った。

「おい、王。もてなしやがれ」

「おう?粗暴な語調でちゅね」

 妖精は思った。ペンギンの言うとおり、漫才で倒したらでちゅでちゅ泣き喚くのか、どういった反応をするのか気になってしょうがない。生姜無い。

「王様、もてなしはどうでもよくなってきたので漫才で勝負願えますか」

「おっ、おう!OKでちゅ」

 妖精と熊VS王はどろどろの淀んだ空気が佇む地下室で漫才をすることになる。

観客は3人。

虚しい気分と戦いながら、ヤケ気味になりつつ

妖精と熊は部屋中に辛子を塗られ、

熊が様々なミスをして妖精に辛子を直撃させ怒られるといった

シュールな設定の漫才をプレイしたのだった。

だいたい出会ってからは妖精は熊の右手に両足を持ってもらって、

楽に移動していた。この漫才でも熊は右手に妖精をセットしている。

そこで熊が机に触れると、想像上の辛子が妖精の右頬にヒットし、

「いやぁあああ」と悲鳴を発し、熊が孫の手を取り出して背中を掻こうとして、

妖精は辛子まみれの壁に接触。

ジェスチャーをする度に、妖精に辛子がヒットして悶絶する。

息も絶え絶えに辛子まみれになった妖精が、

「私はおでんの具じゃないねん。あほんだら」とのたまい、

熊は、「僕はスケソウダラ好きだな。げへへ、あほんだらってどんな鱈だろう」と

とぼけ、どつく感じ。

 王はというと、15人の家来を引き連れ、

その15人がボケ倒すのだから滅茶苦茶だった。

「豚骨ポエム、ははっ、紙が脂まみれなんよ」

「ピントがぴーんと来なくてねぇ」

「絞りきれない雑巾みてぇな顔しやがって」

「あんたこそヘチマみたいな面長な顔よ」

「雪だと思ったらもち米だった」

「味っ噌フォルテって言ったら旨そうじゃないか」

「レインボーちくわ」

「ああああ。とろろまみれの階段を昇れないっ!」

「姉がバケツコレクターで散財をして困っています」

「好きなあの子の趣味がタイル貼りだったでござるよ」

「ラメ入りの洗濯機にしてぇー、冷蔵庫はトラ柄ぁー」

「私掃除機から擬人化したの、ってスーホちゃんに言われて俺困ってる」

「マグカップがおはようと話しかけてくるので私も挨拶を返します」

「切腹の練習をしていたらメイドに介錯された」

「そば、うどん、素麺、スパゲッティ、

 頭に乗せやすいのはスパゲッティだった」

 家来が言い終え、最後に残った王。

「愚弄な民を差し置いて、城がある僕ってラッキーでちゅ」

 言わずもがな、ブーイングの嵐。吹き荒れるバッシング。

家来のとぼけたセリフももはや漫才ではないが、

王が言っているのはただの自慢だし、

見下げられた民衆サイドとしてはむかつくのは当たり前だ。

 いじけた王はそりに乗って姿をくらまし、妖精はパティシエに、熊は大豆食品会社の社長に就任し、ペンギンの国は誰のものでもなくなった。

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