第5話 捨て猫拾い

 私は街にいた。今日は火曜日で毎週火曜は定休日なんだった。

スーパーでベーコン、マッシュルーム、卵、キャラメル、蜜柑などを買った。

カルボナーラを作り、キャラメルは間食用、

蜜柑は蒔さんが好きだったからで、仏壇的なものは無いけど、

机に飾った遺影に添えようと思った。

町はずれの神社の前に白い猫が捨てられていた。

というのも首輪は無いし、ダンボール箱に入っている。

ちょうど近くにコンビニがあったから、

うまうままぐろ80gを買って、ATMで貯金を崩して、

そのまま白い猫を抱き上げ動物病院を探した。

っていうと、私が全く悩まずに一連の行動を取ったように思われるだろうが、私だって悩んだ。

上手く育てられるか?といった疑問が最初に、

養いきれるか?といった疑問が二つ目に浮かんできたけれど、

拾おう保護しようと思った。

今までは花屋に夢中になるあまり、寄り道もせず帰っていた、

といっても、最近変なこと起き続けるし、

神社でお参りでもしようかしらんとしていたら、猫が捨てられている。

成猫のようだ。

 この猫を捨てた人間にはどんな背景があるのだろうか。

男の名は堅物実直。

サラリーマンで真面目に働くなどしていたが、

ある日リストラをされ、その日の銭にも事を欠き、断腸の思いで愛猫を手放した。

或いは、凶悪なオーラを纏ったあんちゃんでその名も乱打殴贈。

名前からして暴力的だ。

あー、飽きたな。まあ、俺以外の誰かが育ててくれるはず、

グッバイと猫を捨て平然としているたわけた輩なのか。

30分ほど彷徨っていると、胸焼けペットクリニックと

ふざけた名前の動物病院に着いた。

ペットクリニック、長い名前だ、ペクリと呼ぼう。可愛い響きだ。

いちいちしょうもない略称を発想している私は馬鹿か? 

応対してくれた獣医は猫のような顔をしていた。

獣医看護士の女性からは肉球先生と呼ばれていた。

先生は出だしから、「日給は安いんですよ」と

肉球と日給をかけた寒いダジャレを言っていた。

奇怪なペクリに来てしまったものだ。

白猫の年齢は2歳程、人間でいうと23歳らしい。

私より4歳年上じゃないか。牝らしいし、お姉さんだね。

 診察を終え、ペクリを後にした。

健康状態は少し弱っているものの、病気や怪我などは無いというので良かった。

タオルに包み、家まで運んだ。右手で猫を抱え、

左手で買い物袋を持つのは体勢が苦しかったが、しょうがない。

 その日は私の部屋で毛布にくるまれた白猫が眠るのを確認してから、

家を出て奔走。肉球先生に言われたとおり、猫用ミルクを買って与えた。

帰り道に猫の飼い方について書かれた本も図書館で借りた。

花は猫にとって中毒を起こす危険があるらしく、

1階に行かせてはまずいことになってしまう。

むむむ。注意しないと。眠る猫の頭を優しく撫で、可愛さに私は震えた。

 がりがりがりがりがりがり、ざっざっ、しゃぐしゃぐ、

がりがりがりがりがりがり、ざっざっ、しゃぐしゃぐと

何かを砥ぐような擬音に、ざじゃーも加わって、

何事かと私は眠い目をこすり、ふわあーっとあくびをして、カチッ、電気をつけた。

 壁に途切れ途切れ爪あと。あっちゃあ。まぁ、

でも起きてしまったことは仕方がない。良いですよ、

砥ぎなさい砥ぎなさい。にしても、元気になったなあ、今日で3日目か。

爪がシャキンシャキーンだね。私のひざに乗ってきたわ。

ぷるぷる震えてどうしたの?と見ていると。おひゃあああ、と私は悲鳴をあげた。

あれっ、暖かくなってきたなと思ったら、白猫がしっこをしたのだから。

トイレはさすがに躾けようと思いながら、

シャワーを浴びに行き、髪を乾かしてスリープ。

「ババロア」か「ホワ」のどちらにしようか悩んで、

やっと白猫にホワと名付けた6日目。

 ホワが恍惚とし、さらには乱酔しているのはまたたびを与えたから?な7日目。

 ふにふに肉球を夢中で触っていたら、ひっかかれて胸の奥と腕が痛んだ8日目。

 ペロペロ指を舐められ、不思議な気分になった9日目。


 猫に夢中になって、のほほんと暮らしていた。そんな朝。

聞こえてきたピンポンの音に訝しむ。

 扉を開ける。突然姿を消し、さほど消息を気に留めていなかった映だった。

リビングでコーヒーを飲みながら話した。

「あ、帰ってきたんだ」

「どこに行ってたと思う?」

「わかんない&見当がつかない」

「僕も覚えていないんだ。可愛い猫だね、名前は」

「ホワ。ホワイトを略しただけ」

「ふーん。いやー、それにしても可愛い」

 映に抱き上げられ、のどを鳴らすホワ。初対面でも懐いてるし、人懐こい子なのかな。

「店手伝わせてくれないかな」

 店の業務をほっぽりかしといて、さらにはばっくれた男が

こんなことを言っている。

野次馬根性なのか、もしくは自分も漣乃の自殺をくい止めようと駆けつけたら、

なんか能力使わなくても詩瑛が説得に成功してるし、僕どうしよう、

あっ、ちょうど旅したかったんだあ、僕がいなくても花屋も人助けも上手くいくし、って拗ねて姿をくらませた理由を彼に聞こうとは思わない。

なぜならどうでもいいから。

信用できない、消えてよとも言わない。

人手不足で一人でやるのはしんどいと思っていたし、

いつまで続くかわからないけど、手伝うと言うのなら利用しない手はない。

「ぜひお願い。困ったことがあったら聞いてね」

 いざ、開店時間が来て脇で映が働き始めるのを見ていると、

釣り銭を間違える、ぐちゃぐちゃにラッピングする、

要領を得ないでたらめな説明をするなどして、てんで戦力にならないと思っていた。ところが、物凄く仕事ができるのだ。

10人分の仕事を一人でこなしきる、

なんて大げさな言い方だが、

私が手出しをすると逆に遅くなるぐらいに、もう完璧だった。

おみそれいたしやした、旦那ぁ。

いや、それにしても妙だ。得体の知れない能力を自分に使ったのだろうか。

無敵にスピーディーな映、もはや出る幕がない私。


冷蔵庫になーんも食べるものはないし、

仕事終わりに買いに行くのも面倒くさいってなって、ファミレス。

月並みなどこにでもある平凡なファミレス。

ファとミの音を抜いたらファミレスだなあなんてアホーな言葉遊びをした。

頭の中で。

「ねえ、何でそんなに仕事ができるようになったの」

 二人してグラタンを食べ終わって、開口一番に私は聞いた。

「うーん、もう君には読めてるんだろ」

「能力使ってどうにかしたんでしょ」

「ご名答。けっこう便利な能力だよ。なかなかパンナコッタ来ないな」

 ウエイトレスが私の頼んだアップルパイを持ってきた。

「お先にいただきまーす」

「どうぞ。良い匂いしてるな、それ」

「シナモン(品物)が良いからね」

「はは、ダジャレか」

「そうよ。でも私、あなたに仕事教えようと思ってたのに、本当ビックリしたわ」

 さて、映お待ちかねのパンナコッタがきた。

だけど、映は待ちに待ったデザートに手をつけず、何気なく言った。

「あのさ、これから店の仕事休んでもいいよ」

「何を言ってるの?あなたが?」

「違う違う。君がだよ。今まで以上に猫と遊べるし、どうかな?」

 うーんと言って、考え込んだ。

どこか休みたいと思っていた私の心を映に見抜かれたのだろうか?

よほどの仕事人間でなければ、遊んで暮らしたいと思うだろうし、

私は甘えてしまっていいのだろうか。

そもそも信用しても大丈夫なんだろうか。

しかし、やたら疑ってノーと答えても、遊べるチャンスを逃すし、

また映に去られたら一人で花屋切り盛りの日々に逆戻りだ。

というか、また姿を消さない保証ってどこにもないな。

念を押しとこう、無意味かもしれないが。

「本当に任せても大丈夫?消えたりしない?」

「大丈夫でござい。OKでやんすよ」

「語尾が怪しいぞ。やや、疑わしいな」

「どーんと任せて欲しいな。とんと見かけぬなんて言わせないから」

「それで任せられたら苦労しないわよ……まあわかったわ」


 かくして映に仕事を任せたものの、店の売り上げを持ち逃げしてトンズラされる、花を無料で客に渡す、前からやってみたかったんだと嘯いて

花を撒き散らしながら店の外まで出て踊り狂う、

などといった無謀なおふざけを映がするのではとネガティブな妄想にとらわれ、

しっかり仕事をしているか、私は時折監視したけれど、

映はいたって通常の業務をこなしていて、ありゃりゃ、

肩透かしを食らった私は安心してホワと四六時中一緒にいた。

猫に生まれ変わった気分だった。

 同時に、あはっ、すっかり暇になった私は

前から見たいと思っていたおちゃらけた小説やたわけた歌、

噴飯必至の漫才やコメディー映画、落語などにどっぷり夢中になっていた。

貯金を切り崩し、買い漁ったものの中で吟味した結果、

これだよ、これだよとうんうん頷き、思い出し笑いしながら

スマホにそれらをメモした。

ところで猫は笑うのだろうか。

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