第168話「知を研ぎ澄まして刃を成す」
ついに本州に、パラレイドが侵攻してきたのである。これは、かつて
足早に歩く廊下は、
「司令! 東堂清次郎司令! 今すぐ部隊を再編し、完全な日没の前に反撃するべきです!」
背後を付いてくる
彼女の発言ももっともだが、今は情報を整理し作戦を立案する必要がある。なにせ相手は、北海道をまるごと全て消し飛ばすようなバケモノなのだから。
下手に戦えば、今度は青森県そのものが危険なのである。
「御堂君、ことは緊急を要する……が、下手に手を出せば」
「わかっています! 北海道の二の舞は
「急がば回れ、だよ。さ、対策を練ろう。幸い、私には君を含めた優秀な仲間がいるものでね」
「は、はあ……私もですか」
「無論だよ」
そして清次郎には、刹那が常に何かに焦っているように見える。
そしてそれは、パラレイドの襲撃で
だからこそ
「お疲れ様です、東堂司令」
「うん。バルト大尉も皆も、ご苦労様。早速始めよう」
第二視聴覚室には、既に中央に机が集められて地図が広がっていた。臨時の作戦室となっている訳だが、清次郎にはどこか懐かしい気持ちがこみ上げてきた。
清次郎が学生だった時代は遙か昔で、その時はまだ地球は平和だった。
思えば、ここ十年程で突然きな臭くなって、あっという間に戦争が日常化した。コロニーの独立運動が激化し、月のアラリア帝国が地球降下作戦を開始する。そして、戦乱のさなかに突然パラレイドが襲撃してきて、アンゲロス大戦なる大暴走事件まで勃発した。
「神聖なる学び舎で、作戦会議か……」
「司令? なにか」
「いや、なんでもない。始めてくれ。まずはバルト大尉、現状の報告を」
「ハッ!」
こんな非常時でも、バルト・イワンドは落ち着いていた。鋼の精神、鉄の意思……死線を何度も超えてきた人間特有の、職業軍人としての冷徹な合理が彼を律している。
バルトは報告書を手に、広げた地図の一点を指差しながら話し始めた。
「先程、校庭で
あまりにも突然の襲撃だった。
だが、清次郎は決して驚かない。
地球を襲う驚異の大半は、同じ人間だ。
皆、同じ血の通った人間である。
しかし、パラレイドは今も正体不明の敵で、その実態は全く掴めていなかった。わかっているのは、大量の無人兵器群を、時間も場所も問わず
「摺木統矢が独断で先行、それを追う形でナオト少尉、
「……それで、今は」
「現状、未帰還機が一……響樹のスサノオンです」
「まさか、スサノオン一機でゼラキエルを」
「足止め、というか互角に戦っています。観測班のデータによれば、両機はポイント・
既にもう、パラレイドの襲撃から二時間が経過している。
まだまだ日が落ちるのは早く、もうすぐ寒い春の夜がやってくる。
清次郎は単純に、響樹の体力が心配だった。まだ若い少年が、謎の敵と単身戦っている。その人格が時々、別種のものに変化することも報告を受けていた。
清次郎にとって、リジャスト・グリッターズの少年たちは息子も同然だ。
だが、本当の息子とさえ、素直に語り合うことができないでいる。
それでも、総司令官として全てに責任を持つ立場は変わらなかった。
「さて、
「まあ、現状で80%ってとこだなあ。深刻なダメージがあるのは、あっちの地球から次元転移したあとのトライ
「よろしい。その三機は待機させ、修理を急がせよう」
「合体機構と次元転移能力、強力な戦力ですがね……謎も多くて、手を焼いておりますよ。なにせ、三機とも下地になった技術やパーツの規格がバラバラでして」
他には、宇宙戦艦コスモフリートから来てくれている、バウリーネ・ブレーメンからも報告があった。彼女は紙コップの紅茶で
「現在、パイロットに負傷者はおりませんわ。ただ、カウンセリングで何人かに深刻な精神的ダメージが……特に、
「灯君か……わかった、彼女も今回の作戦からは外れてもらおう」
「医者としても、それが最善かと。……本当は、誰も戦ってはほしくないのですけど」
「無論だ、私もそう思う。だが、戦えぬ多くの民に害意が迫る限り、我々リジャスト・グリッターズは立ち上がらねばならん。牙なき者の牙となり、戦わねばならんのだよ」
バウリーネは、清次郎の苦渋の決断を、その奥に滲む
そんな彼女の優しささえも振り切って、清次郎は戦いを進めねばならない。
そして、戦うからには作戦の立案をおろそかにしてはいけない。
持てる情報と知力の全てを投じて、子供たちの生存率を僅かでも上げねばならないのだ。
「司令、自分からもいいでしょうか」
「ん、なんだね?
手をあげたのは、皇立陸軍
今という時代、人類同盟各国の文明レベルはゆるやかに後退していた。
全てのリソースを戦争に
今、日本皇国はいうなれば、昭和と呼ばれた時代の中ほどまで後退しているのである。
秋人は液晶画面に指を滑らせながら、例のポイント・雲谷について報告する。
「ここは、スキー場があるところですね。軍の方からデータを送ってもらったので、地形の把握は完璧です。これを出撃する全機に転送しましょう」
「うむ、助かります。飯田
「いや、閣下……自分も早く部隊に馴染みたいので、秋人で構いません」
「了解した、秋人三尉。私のことも、司令とだけ呼んでくれ。閣下は少し肩が
「わかりました。それで、こちらの方でマスター・ピース・プログラムの解析を――」
その時だった。
不意に清次郎の隣で殺気が燃え上がった。
凍れる炎の正体は、刹那だ。
彼女は今、無言で秋人を
その視線に思わず秋人は黙り、それでも動揺することなく言葉を続ける。
「――まあ、こちらの案件はもう少しまとまり次第、報告ということで」
「わかった。引き続き協力をお願いする、秋人三尉」
「ええ、東堂司令。俺もまだ死にたくはないし、誰も死なせたくない。仮にも俺も、リジャスト・グリッターズの一員になったのですから。……部下たちに認められてはいませんがね」
清次郎は、息子の
彼が意固地なこだわりを見せるくらいに、あの男の存在は大きかった。いつも自然体で、どこにでもいるような青年だった。少し不器用で、
その彼はもう、いない。
清次郎が死へと追いやってしまった。
指揮官としての自分の甘さ、
第二視聴覚室の扉がノックされたのは、そんな時だった。
清次郎が「どうぞ」と振り返ると、意外な姿が現れる。
「どうも、忙しい中すみません。彼から是非、話しておきたいことがあると」
現れたのは、
そして、彼が持つタブレットの中に、意外な顔があった。
それは、かつて敵だった……それも、幹部クラスの重要人物だった人間である。そして、厳密には人間ではなく、機械の身体を持つアンドロイドだった。
タブレットの液晶画面には、ジェネシードのキィボーダーズ、オルトの顔があった。
「ボディの修理がまだなので、このような格好で失礼する。……東堂司令、私の話を聞いてほしい」
オルトは、自分なりにリジャスト・グリッターズに恩義を感じていると語った。アンドロイドだった自分は、リジャスト・グリッターズと戦い、破れた。そのまま壊れて消えるかに思えたが、それを望む者はリジャスト・グリッターズのどこにもいなかったのである。
今は肉体が修理中のため、零児のタブレットの中に人格と記憶を移したという。
「東堂司令。私なら、次元転移反応の予兆を察知することができるかもしれない」
その言葉は、清次郎の中の不安要素を一つだけ払拭してくれた。
ジェネシードの民もまた、次元転移で深宇宙を彷徨う者たちなのだ。
現状、パラレイドはあらゆる場所に増援を送り込むことができる。空に不気味な虹が揺らぐ時、次元転移と共に連中は大軍で現れるのだ。
だが、その予兆を事前に察知できるなら、これは心強い。
自然と清次郎は、この局面を乗り切る反撃作戦を脳裏に描き出していた。
「ありがとう、オルト君」
「ジェネシードの民は、決して恩義を忘れない。……私は人間ではないかもしれないが、誇り高きキィ様の騎士。我が
「協力に感謝します、オルト君。よし、みんな……聞いてくれ! これよりセラフ級パラレイド、ゼラキエルを破壊し、スサノオンを救出する!」
かくして、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます