第168話「知を研ぎ澄まして刃を成す」

 皇立兵練予備校青森校区こうりつへいれんよびこうあおもりこうくは、戦慄に包まれていた。

 ついに本州に、パラレイドが侵攻してきたのである。これは、かつて皇都こうとだった東京が襲われ、一夜にして壊滅した時以来である。

 東堂清次郎トウドウセイジロウは、この事態を重く受け止めていた。

 足早に歩く廊下は、すでに夕闇に沈みつつある。擦れ違う生徒たちは皆、誰もが動揺もあらわで混乱しているようだった。


「司令! 東堂清次郎司令! 今すぐ部隊を再編し、完全な日没の前に反撃するべきです!」


 背後を付いてくる御堂刹那ミドウセツナが、いつにもまして声を尖らせていた。

 彼女の発言ももっともだが、今は情報を整理し作戦を立案する必要がある。なにせ相手は、北海道をまるごと全て消し飛ばすようなバケモノなのだから。

 下手に戦えば、今度は青森県そのものが危険なのである。


「御堂君、ことは緊急を要する……が、下手に手を出せば」

「わかっています! 北海道の二の舞は御免ごめんです。しかし、まだ今なら!」

「急がば回れ、だよ。さ、対策を練ろう。幸い、私には君を含めた優秀な仲間がいるものでね」

「は、はあ……私もですか」

「無論だよ」


 気色けしきばんだ表情だった刹那が、きょとんと自分を指差し固まる。この小さな幼女は、こう見えても皇立海軍の秘匿機関ひとくきかんウロボロスの構成員である。謎は多いが、その知略は剃刀カミソリのように切れ味抜群、そして冷静な観察眼と冷徹な決断力を持っていた。

 そして清次郎には、刹那が常に何かに焦っているように見える。

 そしてそれは、パラレイドの襲撃で顕著けんちょになっていた。

 だからこそさとして落ち着かせ、目的の教室の戸を開く。そこは第二視聴覚室という札がついていたが、中に入ればお馴染なじみの面々が清次郎を出迎えてくれた。


「お疲れ様です、東堂司令」

「うん。バルト大尉も皆も、ご苦労様。早速始めよう」


 第二視聴覚室には、既に中央に机が集められて地図が広がっていた。臨時の作戦室となっている訳だが、清次郎にはどこか懐かしい気持ちがこみ上げてきた。

 清次郎が学生だった時代は遙か昔で、その時はまだ地球は平和だった。

 思えば、ここ十年程で突然きな臭くなって、あっという間に戦争が日常化した。コロニーの独立運動が激化し、月のアラリア帝国が地球降下作戦を開始する。そして、戦乱のさなかに突然パラレイドが襲撃してきて、アンゲロス大戦なる大暴走事件まで勃発した。


「神聖なる学び舎で、作戦会議か……」

「司令? なにか」

「いや、なんでもない。始めてくれ。まずはバルト大尉、現状の報告を」

「ハッ!」


 こんな非常時でも、バルト・イワンドは落ち着いていた。鋼の精神、鉄の意思……死線を何度も超えてきた人間特有の、職業軍人としての冷徹な合理が彼を律している。

 バルトは報告書を手に、広げた地図の一点を指差しながら話し始めた。


「先程、校庭で摺木統矢スルギトウヤとナオト・オウレン少尉の模擬戦……パンツァー・ゲイムというそうですが、そのさなかに敵襲のアラートが発令されました」


 あまりにも突然の襲撃だった。

 だが、清次郎は決して驚かない。

 地球を襲う驚異の大半は、同じ人間だ。独立治安維持軍どくりつちあんいじぐんが対処するテロ組織、あかつきの門もそうだし、アラリア帝国やインデペンデンス・ステイトもそう。

 皆、同じ血の通った人間である。

 しかし、パラレイドは今も正体不明の敵で、その実態は全く掴めていなかった。わかっているのは、大量の無人兵器群を、時間も場所も問わず次元転移ディストーション・リープで送り込んでくる。そして、セラフ級と呼ばれる人型機動兵器には、戦略兵器並の破壊力があるということだ。


「摺木統矢が独断で先行、それを追う形でナオト少尉、五百雀千雪イオジャクチユキ神塚美央カミヅカミオ、そして御門響樹ミカドヒビキが出撃しました」

「……それで、今は」

「現状、未帰還機が一……響樹のスサノオンです」

「まさか、スサノオン一機でゼラキエルを」

「足止め、というか互角に戦っています。観測班のデータによれば、両機はポイント・雲谷もやにて対峙し、今も戦闘を続行中ということです」


 既にもう、パラレイドの襲撃から二時間が経過している。

 まだまだ日が落ちるのは早く、もうすぐ寒い春の夜がやってくる。

 清次郎は単純に、響樹の体力が心配だった。まだ若い少年が、謎の敵と単身戦っている。その人格が時々、別種のものに変化することも報告を受けていた。

 清次郎にとって、リジャスト・グリッターズの少年たちは息子も同然だ。

 だが、本当の息子とさえ、素直に語り合うことができないでいる。

 それでも、総司令官として全てに責任を持つ立場は変わらなかった。


「さて、唐木田カラキダ君。現状、リジャスト・グリッターズの各機の整備状況はどうか」

「まあ、現状で80%ってとこだなあ。深刻なダメージがあるのは、あっちの地球から次元転移したあとのトライアール、あの三機くらいだ」

「よろしい。その三機は待機させ、修理を急がせよう」

「合体機構と次元転移能力、強力な戦力ですがね……謎も多くて、手を焼いておりますよ。なにせ、三機とも下地になった技術やパーツの規格がバラバラでして」


 他には、宇宙戦艦コスモフリートから来てくれている、バウリーネ・ブレーメンからも報告があった。彼女は紙コップの紅茶でくちびるを濡らすと、静かにゆっくりと話し出す。


「現在、パイロットに負傷者はおりませんわ。ただ、カウンセリングで何人かに深刻な精神的ダメージが……特に、一条灯イチジョウアカリさん。彼女は表面上は元気ですが」

「灯君か……わかった、彼女も今回の作戦からは外れてもらおう」

「医者としても、それが最善かと。……本当は、誰も戦ってはほしくないのですけど」

「無論だ、私もそう思う。だが、戦えぬ多くの民に害意が迫る限り、我々リジャスト・グリッターズは立ち上がらねばならん。牙なき者の牙となり、戦わねばならんのだよ」


 バウリーネは、清次郎の苦渋の決断を、その奥に滲む葛藤かっとうを察してくれたようだ。彼女はあくまで船医、医者である。宇宙義賊うちゅうぎぞくの一員として、いつも戦士たちを見送ってきたのだ。

 そんな彼女の優しささえも振り切って、清次郎は戦いを進めねばならない。

 そして、戦うからには作戦の立案をおろそかにしてはいけない。

 持てる情報と知力の全てを投じて、子供たちの生存率を僅かでも上げねばならないのだ。


「司令、自分からもいいでしょうか」

「ん、なんだね? 飯田イイダ君」


 手をあげたのは、皇立陸軍特殊暴動鎮圧部隊SRCTからの出向隊員、飯田秋人イイダアキトだ。彼は今どき本土では珍しい、タブレットを操作しつつ地図へ視線を落とす。

 今という時代、人類同盟各国の文明レベルはゆるやかに後退していた。

 全てのリソースを戦争にそそいでいるため、市井しせいの暮らしぶりは驚くほどにレトロなものになっていたのである。携帯電話やタブレットといった電子機器は、清次郎たちが第二皇都廣島だいにこうとひろしまにいた時でも貴重品だ。

 今、日本皇国はいうなれば、退のである。

 秋人は液晶画面に指を滑らせながら、例のポイント・雲谷について報告する。


「ここは、スキー場があるところですね。軍の方からデータを送ってもらったので、地形の把握は完璧です。これを出撃する全機に転送しましょう」

「うむ、助かります。飯田三尉さんい、まだ不慣れとは思うが、よろしくお願いします」

「いや、閣下……自分も早く部隊に馴染みたいので、秋人で構いません」

「了解した、秋人三尉。私のことも、司令とだけ呼んでくれ。閣下は少し肩がるからな」

「わかりました。それで、こちらの方でマスター・ピース・プログラムの解析を――」


 その時だった。

 不意に清次郎の隣で殺気が燃え上がった。

 凍れる炎の正体は、刹那だ。

 彼女は今、無言で秋人をにらんでいた。

 その視線に思わず秋人は黙り、それでも動揺することなく言葉を続ける。


「――まあ、こちらの案件はもう少しまとまり次第、報告ということで」

「わかった。引き続き協力をお願いする、秋人三尉」

「ええ、東堂司令。俺もまだ死にたくはないし、誰も死なせたくない。仮にも俺も、リジャスト・グリッターズの一員になったのですから。……部下たちに認められてはいませんがね」


 清次郎は、息子の千景チカゲのことをすぐに思い出す。

 彼が意固地なこだわりを見せるくらいに、あの男の存在は大きかった。いつも自然体で、どこにでもいるような青年だった。少し不器用で、真摯しんしで、誰よりも平和を求めて望んでいた。

 その彼はもう、いない。

 清次郎が死へと追いやってしまった。

 指揮官としての自分の甘さ、いたらなさが初めての戦死者を出してしまったのだ。

 第二視聴覚室の扉がノックされたのは、そんな時だった。

 清次郎が「どうぞ」と振り返ると、意外な姿が現れる。


「どうも、忙しい中すみません。彼から是非、話しておきたいことがあると」


 現れたのは、八尺零児ヤサカレイジだ。

 そして、彼が持つタブレットの中に、意外な顔があった。

 それは、かつて敵だった……それも、幹部クラスの重要人物だった人間である。そして、厳密には人間ではなく、機械の身体を持つアンドロイドだった。

 タブレットの液晶画面には、ジェネシードのキィボーダーズ、オルトの顔があった。


「ボディの修理がまだなので、このような格好で失礼する。……東堂司令、私の話を聞いてほしい」


 オルトは、自分なりにリジャスト・グリッターズに恩義を感じていると語った。アンドロイドだった自分は、リジャスト・グリッターズと戦い、破れた。そのまま壊れて消えるかに思えたが、それを望む者はリジャスト・グリッターズのどこにもいなかったのである。

 今は肉体が修理中のため、零児のタブレットの中に人格と記憶を移したという。


「東堂司令。私なら、次元転移反応の予兆を察知することができるかもしれない」


 その言葉は、清次郎の中の不安要素を一つだけ払拭してくれた。

 ジェネシードの民もまた、次元転移で深宇宙を彷徨う者たちなのだ。

 現状、パラレイドはあらゆる場所に増援を送り込むことができる。空に不気味な虹が揺らぐ時、次元転移と共に連中は大軍で現れるのだ。

 だが、その予兆を事前に察知できるなら、これは心強い。

 自然と清次郎は、この局面を乗り切る反撃作戦を脳裏に描き出していた。


「ありがとう、オルト君」

「ジェネシードの民は、決して恩義を忘れない。……私は人間ではないかもしれないが、誇り高きキィ様の騎士。我があるじキィ様に恥ずかしくない人間でありたいと思う」

「協力に感謝します、オルト君。よし、みんな……聞いてくれ! これよりセラフ級パラレイド、ゼラキエルを破壊し、スサノオンを救出する!」


 かくして、前代未聞ぜんだいみもんの反攻作戦が発動した。

 仰天ぎょうてんのあまり反対を叫ぶ刹那を置き去りに、すぐに皆が動き出す。清次郎にとって、若者たちのくじけぬ勇気と覚悟だけが、それだけが大きな光をともす希望なのだった。

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