Act.29「歴史を歪める者」

第167話「鬼神、相討つ!」

 五百雀千雪イオジャクチユキは、驚愕きょうがくに身を震わせた。

 パラレイドが襲来する都度つど、発生する次元転移ディストーション・リープ。時間も空間も無視して、無人兵器の大軍が常に送り込まれてくる。

 だが、目の前に現れた機体はパラレイドではなかった。

 人の姿をかたどる、白い機体。

 それは勿論もちろん、セラフ級でもない。


「あれは……パンツァー・モータロイド? しかし、記憶にない機体ですね」


 白い機体は、間違いなくPMRパメラだ。よく見れば、赤と青とのトリコロールカラーである。まるで試作機か実験機、デモンストレーション用の派手な配色だ。

 だが。間違いなくPMR……人類同盟側で使用される人型機動兵器の規格が見て取れる。全高7m前後で、細部は異なれどもユナイテット・フォーミュラ規格特有のパーツ構成だ。

 それでいて、どこのメーカーの機体にも該当しない謎のPMR。


「でも、強いて言えば……統矢トウヤ君の97式【氷蓮ひょうれん】に似てますね」


 謎の白いPMRは、そのまま雪原に着地する。そして、糸の切れた操り人形マリオネットのようにその場に崩れ落ちた。その手に握っていた巨大な剣を付き立てて、それにすがるように動かなくなる。

 千雪は、咄嗟とっさに戦場の空気を敏感に察した。

 敵のパラレイド、アイオーン級の動きに僅かな乱れが見えたのだ。


『アイオーン級が一瞬……あの機体はパラレイドではないのか?』


 ナオト・オウレンの声も戸惑いを隠せずにいた。

 他の者達も同様である。

 多勢に無勢の中、これから退却しようという時に現れた謎の機体……その存在を察知して、僅かにアイオーン級の統制が乱れた。

 パラレイド側で計画的に送り込んだ戦力には、とても見えない。

 それは神塚美央カミヅカミオ摺木統矢スルギトウヤも同じようだった。


『千雪、あれ……PMRじゃない? あんた、詳しいでしょ』

「え、ええ。でも美央さん、該当する機体が記憶にないんです」

『どっかの新型ってこと? じゃあ、なんで次元転移で出てくるのかってことよね』

「そこなんです。あと、問題はもう一つ」


 最大の問題は、明らかに行動不能になっている謎のPMRを保護すべきかどうか。これから一度退却するにしても、動かなくなった機体を伴うのであれば、行動は大きく制限される。たった四機で退路を開くにしても、謎のPMRがかせになるかもしれないのだ。

 千雪が冷静に考えていた、その時だった。


『おいっ、そこの白い機体! 動けよ、やられちまうぞ!』


 誰もが息を飲む中、迷わず統矢は愛機を押し出した。損傷の激しい【氷蓮】は、謎のPMRをフォローしつつ周囲のアイオーン級を処理してゆく。

 彼に迷いは感じられなかった。

 統矢は瞬時に、打算や損得を考慮せず救出を選んだようだ。

 そして、瞬時に周囲も呼応する。

 あたかも、それが当然のように。


『美央、あの機体を保護しつつ戦線を離脱する。俺のトール四号機が運ぼう』

『オッケー、少尉! 周囲は私が千雪と片付ける。いいよね、千雪?』


 勿論もちろん、千雪に異論はない。

 そして、自然と彼らが……リジャスト・グリッターズがどのような戦いをしてきたかが理解できた。この人たちは、常に誰かのために戦っている。仲間のため、そして地球のため……さらには、もう一つあるらしい別の地球のため。

 そこには、千雪のように思考を挟む余地などないのかもしれない。


「周囲のパラレイドを排除し、離脱します! 私が殿しんがりに立ちますので、皆さんはお早く!」


 操縦桿スティックを握る手に熱が籠もり、自然と千雪は気持ちがたかぶる。その熱量を敏感に察して、愛機である89式【幻雷】改型参号機が躍動した。

 旧式ながら近接格闘戦用に調整された、そのマッシブな巨体が地を滑る。

 その最大の武器は、空手の有段者である千雪の技をそのまま表現する拳と蹴りだ。

 うなる鉄拳がアイオーン級を砕き、蹴散けちらしてゆく。

 そのまま背に統矢を守りつつ、千雪は改めて謎のPMRを見やった。


「やはり、全体的なラインが【氷蓮】に似てますね」

『ん? なにか言ったか、千雪』

「いえ……しかし統矢君、無茶を」

『そうか? どう見たってこいつはPMRだ。このままじゃやられちまう。っと、こいつを借りるぜ!』


 統矢の【氷蓮】は、謎の機体が持つ剣を手に取った。大地から引っこ抜いて、その反動でそのままアイオーン級を両断する。

 その刃渡りは、【氷蓮】に匹敵するほどに巨大な蛮刀ばんとうだ。

 PMRの携行武装は、火器も刀剣類も充実しているが、ナイフやダガーのたぐいが一般的である。そういう意味では、統矢が振るった剣もまた謎に満ちていた。


『統矢、やるじゃん! ナオト少尉、例の機体をよろしく! あと……なんかやばい気配が降りてくるんだけど』


 美央の声に、はたと千雪も空を見上げた。

 謎のPMRが出てきた、次元転移の光が閉じつつある。その歪んだ暗い虹が消えゆく中で、異変が襲った。

 閉じゆく次元のゆがみから、二本の腕が突き出されたのだ。

 それは、まるで次元転移の収束を強引にこじ開けるようにして、もう一機のシルエットを押し出してくる。

 光が消えゆく中、強引のその機体は地上へと降りてきた。

 その姿を見て、統矢が絶句する気配が千雪にも伝わってきた。


『なっ……あ、あれはっ!』

「統矢君? あの機体は」

『逃げろ……みんなっ、逃げろ! あいつは、あの姿は――』


 突如として現れた、もう一機の謎の機体。シンプルな円筒形の手足で、鍛え抜かれた合金を感じさせるメタリックなカラーリングだ。胸には放熱板らしき赤いパーツがあり、頭部は中央にコントロールユニットと思しきものが搭載されている。

 第一印象は、くろがねの城だ。

 決して大き過ぎるサイズではないのに、発してくる圧は凄まじい。

 殺気、そして敵意だ。

 そして、その正体を統矢が叫ぶ。


『あれは……北海道を、りんなをやったやつだ! セラフ級パラレイド……!』


 その熾天使してんしの名は、ゼラキエル。

 北の大地を海の底へと消し去った、セラフ級パラレイドだ。千雪も直接見るのは初めてで、その威容に気付けば手が震えていた。資料を読んで存在は知っていたが、残っている写真は全て、撮影者が命と引換えにしたものばかり。それでも、鮮明なものは何一つ残っていなかったのである。

 だが、目の前に遭遇すれば否応なく理解できてしまう。

 これが、死。

 此方こちら側の地球を襲う災厄の、その最たるものが目の前に両腕を振り上げていた。まるで己を誇示するように胸を張り、金属音の雄叫びを鳴り響かせている。


『よし、退こう! あれが噂のセラフ級なら、勝ち目はない。……統矢君、いいね?』

『あ、ああ……俺は大丈夫だ、ナオト少尉。もう無茶はしない。あいつは、りんなのかたきはいつか倒す。それは今じゃないってことくらい、俺にももうわかる!』


 だが、その言葉が容易でないことは皆が察していた。

 明らかに、アイオーン級とは殺意の桁が違う。無機質な無人機の挙動と違って、ゼラキエルの全身からは圧倒的な覇気が漲っていた。そして、戦略兵器級の災厄にも等しい力が、千雪たちに向けられようとしていた。

 咄嗟にナオトが前に出て、小型の機体をかばうような挙動を見せた。

 それは、ゼラキエルが前方に両手を握って突き出すのと同時だった。


『統矢君! この中で、こいつとやりあったことがあるのは君だけだ! 奴はどんな攻撃を――』

『危ないっ! 避けてくれ、少尉!』


 次の瞬間、ゼラキエルの両肘りょうひじが炎を迸らせた。同時に、握られた鉄拳が唸りを上げて射出される。文字通り、ゼラキエルは両の腕を投げてきたのだ。空を切り裂くパンチが、トール四号機に飛来する。

 千雪たちを守る形で、ナオトはそれを受け止めるしかないように思えた。

 そして、激しい衝撃と金属音。

 千雪はそこに、雄々おおしき荒神あらがみの姿を見た。


『へへっ、待たせたな! 出撃したものの、ちょっと道に迷ってたぜ!』


 そこには、ゼラキエルの両の拳を受け止める背中があった。左右のパンチをそのまま、それぞれ右と左の手で受け止める……それは、御門響樹ミカドヒビキのスサノオンだ。

 そのままスサノオンは、ロケットの如く火を吹く拳を受け流し、放り投げる。


『スサノオン! 響樹君か』

『遅れてごめん、ナオト少尉! で、こいつは? なんか、スサノオンにどこか似てるな』

『こいつは、セラフ級パラレイド……ゼラキエル。北海道を消し飛ばした機体だ』

『なんだって!? ……じゃあ、もしかして統矢の幼馴染おさななじみを、更紗サラサりんなって人をやったのは』


 無言で頷く統矢の気配が、暗い怒りを燃やしているのが千雪にも伝わってきた。彼はでも、今この瞬間も忍耐で復讐心を捻じ伏せている。今すぐにでも飛び出したい気持ちを、どうにかコントロールしてくれているのだ。

 そして、それを察したように響樹もまた、スサノオンを身構えさせた。


『なんか、これから決戦って雰囲気じゃないな。肌がビリビリするくらいに感じるぜ……こいつはヤベェ奴だ。半端な戦いじゃすまされないってな。そう、こいつは――コ、コイツハ……!』


 その時、一瞬だけ響樹の声がくぐもる。

 そして、荒い息遣いが苦しげに言葉を詰まらせ、次の瞬間には豹変した。


『こ、こいつ、は……ヘ、ヘヘッ……久々じゃねえか! まだいやがったか、神兵! 久遠くおんの最果てにて、今っ! 再び俺の前に現れやがったかっ!』


 突然、響樹の性格が別物の闘気に包まれた。先程の、気持ちの真っ直ぐな響樹ではない。荒々しい言葉の節々に、戦いを求める闘争本能が燃えている。まるで別人だ。

 どうやらナオトや美央には心当たりがあるらしく、直ぐに二人は動き出す。

 同時に、千雪は皇立兵練予備校青森校区こうりつへいれんよびこうあおもりこうくからの通信を受け取った。


『こちら、御堂刹那ミドウセツナ特務三佐だ! 出撃中の全機に告ぐ! 今すぐ撤退せよ、交戦は許可しない! 繰り返す……セラフ級パラレイド出現、あらゆる交戦は、これを許可しない!』


 だが、スサノオンは雄叫びを上げてすでにゼラキエルへと踊りかかっていた。ゼラキエルもまた、一層激しい敵意を発散して迎え撃つ。鋼の巨神と巨神とが、正面からぶつかりあっていた。

 そして、通信回線の中に響樹の声が二つに滲んで重なる。


『やるじゃねえか、神兵よぉ! だが、ここで会ったが……げて、逃げて、くれ……ブッ殺してやらあ! ――ここは俺が! 逃げてくれっ!』


 選択を迷っている余裕はなかった。

 千雪は仲間たちと連携して周囲のアイオーン級を駆逐し、突破口を開いて脱出する。一度だけ振り向けば、スサノオンはゼラキエルとがっぷり四つに組み合い、互角以上に戦っていた。

 千雪にはそれが、人間とは次元の違う神々の戦いに思えてならないのだった。

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