第166話「戦う理由に安息の眠りを」

 もう四月だというのに、山岳部は豪雪に埋もれていた。

 密閉されたコクピットの空気が、冷えた装甲で冷たくなってゆく。

 だが、摺木統矢スルギトウヤが凍えることはない。

 彼自身がすでに、燃えたぎる黒き怨嗟えんさの炎……憎悪をくべて自らを焼き尽くす業火ごうかなのだ。


「どこだ……パラレイド、どこだっ! ――そこかっ!」


 スラスターを吹かしてジャンプ飛行を繰り返す、97式【氷蓮ひょうれん】が急降下を開始する。その先に、雪原を埋め尽くす殺意の群れがあった。

 細い八本脚をうごめかすのは、無人の雑兵ぞうひょうパラレイド……アイオーン級である。

 統矢の【氷蓮】を察知するや、無数のアイオーン級が一斉に殺意の光を照射してくる。蜘蛛くもであれば糸の出る尻の部分が持ち上げられ、そこから苛烈なビームが空を切り裂いた。

 謎の侵略者パラレイドによって、人類は空を失った。

 最も弱いアイオーン級でさえも、今の人類では不可能なビーム兵器の小型化、標準装備化を実現している。そしてそれは、正確無比な射撃で絶対的な対空性能を持つのだ。


「そんなビームに、当たってやれるかよ!」


 冷たい光が擦過し、装甲の表面を焦がす。

 しかし、直撃はない。

 統矢自身が卓越した回避能力を持っている訳ではなかった。だが、幼年兵ようねんへいとして地獄の北海道を生き抜いた彼には、何故なぜかビームの軌道が先読みできたのだ。

 不思議な程に澄み切った、驚異的な集中力。

 どこまでも意識が澄んでゆく中、統矢の憎しみだけが膨らんでいった。

 【氷蓮】は着地と同時にそのまま、一機のアイオーン級に組み付いた。機体は武器を持たぬ無手の状態だったが、迷わず統矢は同サイズのアイオーン級をひっくり返す。


「お前たちの戦い、ワンパターンなんだよっ!」


 すぐに統矢を、周囲からパラレイドが包囲してくる。

 早速放たれたミサイルの第一陣を、先程転がしたアイオーン級で受け止める。敵さえも盾に使いつつ、その影から地を這うように身を低くして馳せる。

 新雪に刻む【氷蓮】の足音だけが、爆発する炎によって蒸発していった。

 その間にもう、統矢は立て続けに三機のアイオーン級を始末してしまう。一機目に取り付き、無理やり細い足を一本引っこ抜く。それを強引に叩き付けると、手放した反動で二機目へと回し蹴りを見舞った。隊列を乱した敵陣へとさらに踏み込み、三機目を両腕で持ち上げてブン投げる。

 パラレイドに対する最も有効的な戦術、それはビームの撃てない距離での白兵戦だ。


『統矢君っ! くっ、あれがパラレイド……とにかく、援護する!』


 突如、巨大な黒い影が統矢を覆った。

 そして、地響きとともにナオト・オウレンのトール四号機が着地してくる。そのまま雷神の巨体は、勢いを殺さず無数のアイオーン級を蹴散らす。まさに、蜘蛛の子を散らすとはこのことだ。

 流石さすがに無人機といえど、隊列を乱した敵は陣形を再構築しようとしていた。

 さらに、その奥から新手が十重二十重とえはたえ

 パラレイドは基本的に、無人機による物量作戦で人類をあっしてくる。


『統矢君、これが……パラレイド。なんて数だ、500? いや、もっと増える!』

「こいつらが、りんなを」

『とにかく、今は一旦退こう。二機じゃ、この数を相手にできない。飲み込まれるぞ!』

「嫌だっ! ……戦うんだ。俺はもう、逃げないっ!」


 統矢にもわかっていた。

 先程から頭の中が、異様なまでにハッキリと冴えている。今までかつて、戦いの中でこんなに冷静になれることはなかった。いつも必死で、ともすれば泣きそうな自分を奮い立たせてきた。

 更紗サラサりんながいてくれたから、戦えてこれたのだ。

 その喪失感を埋めるように、無我夢中で統矢は今を戦っていた。


『くっ、統矢君! 落ち着くんだ! この状況はあきらかにまずい!』

「俺は冷静だ! そうだ、俺は……何故だ、俺は? こうも敵の動きが――」


 蘇った【氷蓮】が、甲高い駆動音をかなでる。それはまるで、泣き叫ぶ乙女のような金切り声だ。そして、まだまだ調整不足で不協和音が入り混じっていた。

 それでも、統矢は止まらない。

 次々とアイオーン級を、殴り、叩きつけ、蹴り上げ、放り投げる。

 逆にナオトは、巨体を活かして正確に一体ずつ敵を処理していた。

 そこへ、第二陣の援軍が到着する。


『あれが……パラレイド! 千雪チユキっ、先行して! 背中は任された!』

『はいっ! 美央ミオさん、お願いします!』


 不意に、空色の機体が目の前に割り込んできた。額の一本角のある、酷くマッシブなパンツァー・モータロイドである。統矢にはそれが、どうにか89式【幻雷げんらい】の改造機であると認識できた。

 だが、旧式化して兵練予備校へいれんよびこうの練習機になっている【幻雷】とはまるで別物だ。

 両手両足は肥大化して、装甲の厚さは盛り上がった筋肉のようだ。恐らく内部のフレームは、増設されたラジカルシリンダーで補強されているに違いない。

 バイザー状の目に光を走らせ、【幻雷】の改造機が拳を引き絞る。


『統矢君、無事ですか? 千雪です。クラス委員長の五百雀千雪イオジャクチユキです』

「お前……なにしに来た?」

勿論もちろん、統矢君を助けにです』

「何故? どうして……」

『とにかく、一度下がりましょう』


 千雪の機体が、真っ直ぐこぶしを突き出した。空手の正拳突きのような、綺麗なフォームで豪腕が空気の渦を巻く。繰り出された一撃は、アイオーン級を深々とえぐり、その余波で後方の数機を巻き込む。

 PMRパメラでの格闘戦としては、統矢とは次元が違った。

 千雪は、まるで舞うように拳と蹴りを周囲に散りばめてゆく。

 あっという間に、敵の包囲に穴が空いた。

 そして、彼女の突破力を支える黒き竜がえた。


『千雪っ! そのまま前だけ! ……で? 女の子を背後から襲うなんて、ねっ!』


 神塚美央カミヅカミオ神牙しんがが、回り込もうとしていたアイオーンの一団を圧殺した。黒き機獣無法者アーマーローグは、尾の一撃でまとめて数機を薙ぎ払う。むちのように振るわれた靭尾じんびに、アイオーン級はなすすべなくバタバタと倒れてゆく。

 そこへ美央は、容赦なくテールライフルでトドメを撃ち込んでいった。

 空色の一角獣ユニコーンと、漆黒の暴竜ヒューベリオン

 双方は互いを見もしないのに、連携の取れた攻防一体の機動でフォローし合っていた。

 統矢が思わず見惚みとれていると、ナオトが機体を寄せてくる。


『統矢君、二人を見てくれ。出会って間もないと思うが、戦場では一人じゃ生き残れない。どんな機動兵器だって、死角を守ってくれる仲間がいなければ危ういんだ』

「……でも、俺は……もう、守ってくれるりんなを失った。俺は、りんなを守れなかった」

『でも、りんなちゃんは君を最後まで守ろうとした! なら、彼女のくれた命じゃないか』

「そうさ、だから俺は……命を捨てて戦う覚悟があるっ!」


 さらなる戦いへと【氷蓮】が突っ込もうとする。

 だが、その動きを上からトール四号機の手が止めた。

 そして、珍しくナオトの言葉が熱を帯びる。


『統矢君! 君は間違っている……』

「間違っている? 俺が?」

『そうだ。死ぬ気で戦うことと、命を捨てることは別だ。それに……使!』

「命は、使うもの……」

『りんなちゃんは、たった一つの命を君のために使ったんだ。なら、そうして助かった君もまた、本当の戦いのために命を燃やすべきなんじゃないか?』


 統矢は、ハンマーで頭部を殴られたかのような衝撃を受けた。

 同時に、あの奇妙な感覚……全身のあらゆる知覚が無限に広がってゆくコンセントレーションが消え去る。

 代わって、恐怖感が戻ってきた。

 そう、ナオトの言葉でようやく彼は理解しようとしていた。

 心のどこかで否定していた、幼馴染おさななじみのりんなの死を。

 そうわかったら、とたんに操縦桿スティックを握る手が震える。


「……そうか、りんなは……本当に、もういないんだな」

『そうだ。どんなに強い人間でも、手の届かない場所にいってしまう。そして、誰かのためなら人間は、えてそうなってでもなにかを守れるんだ』

「少尉は……ナオト少尉は、そういう戦いを? いつも、してるのかよ……」

『俺にはまだ、守るべきものがわからないことが多い。なにも持ってないしね。でも、だからこそ探してみるし、なければ作る。仲間たちが守るものを、守りたいと思えるんだ』


 既にパラレイドの先遣部隊は、千雪と美央によって制圧されつつあった。

 離れて背中同士を突き合わせていても、二機の人型機動兵器は一緒に踊ってるかのようなリズムとテンポだ。一つの音楽を共有するように、カバーしあって、時には立ち位置を入れ替えながら戦っている。

 統矢は、その姿に自分とりんなの追憶を重ねていた。

 そして、気付いた。

 とっくの昔に気付いていたことを、はっきりと自覚した。


「俺は……ずっと、りんなに守られていた。りんなを守ってるつもりで、でも本当は」

『それが理解できたってことは、統矢君。君は、まだ強くなる。そして、俺たちと一緒に強くなってほしい。最初から強い人間なんていない……弱さを知るから、人は強くなれるんだ』


 そこまで言って照れ臭くなったのか、ナオトは『柄にもないことを言ったな、すまない』と恐縮して黙る。

 だが、確実に統矢は自分を取り巻く空気が変わったのを感じた。


「少尉……その、済まない。ごめん、なさい」

『統矢君?』

「一旦退く。四機じゃそのうち、数に潰されちまうからな」

『ああ、そうしよう。生還すれば、また出撃できる。繰り返し生き残ることもまた、戦いだ』


 だが、再び空が七色の光でゆがんでゆく。

 次元転移ディストーション・リープの予兆が膨らみ、あっという間に輝きが広がった。

 一瞬だけ、統矢の視界が白く塗り潰されてゆく。

 そして、再び世界が色彩を取り戻した時……彼は見た。

 光の中から、真っ白な機体がゆっくりと降りてくるのを。

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