第165話「遅き春の、出撃」

 格納庫ハンガーに緊迫した空気が走る。

 神塚美央カミヅカミオもまた、あわただしいサイレンの中で愛機へと走った。

 今、皇立兵練予備校青森校区こうりつへいれんよびこうあおもりこうくは、軍事基地としての本能を思い出した。パラレイドの襲来を告げるアラートに、誰もが緊張した面持おももちだ。

 行き交う生徒たちと擦れ違う都度、美央は痛感させられる。


「正直、素人しろうとに毛が生えた程度ってとこよね……幼年兵ようねんへいたちはさ」


 美央もこちらの地球、惑星"アール"で生まれ育った。小さい頃は東京にいたし、かつて帝都だったその都市はもう、地図のどこにもない。

 パラレイドの襲撃で廃都はいととなり、今は閉鎖されているのだ。

 そこから美央は、自分の目的のために日本を転々としてきた。無宿無頼の機獣無法者アーマーローグ……用心棒から潜入工作まで、様々な任務で自分を鍛えてきたのである。

 そんな美央から見ても、ここの少年少女たちはいかにも頼りない。


「なっ、なあ! 実戦なんだよな!」

「このサイレンだ、わかりきったこと聞くなよ!」

「えっと、実習の通りにやれば、いいんだよね? ねっ?」

「とにかく、各班の班長は点呼! 機体の始動、急げよ!」


 幼年兵たちは皆、不安も顕な顔でオロオロとおぼつかない。これでは、正規軍がするように弾除けやおとりにすらならないだろう。

 そして、美央にその気は毛頭ない。

 全く逆だ……守りたいし、戦わせたくない。

 みすみす死ににいくようなものだし、そんなのは戦いと呼べない。

 だから、走りながら叫んでクラスメイトたちの背を押す。

 そう、今は臨時的な処置とはいえ、美央もこの校区の生徒だ。


「みんなっ! 訓練通りにまずは班ごとに! 大丈夫っ、すぐにここが戦場になることはないわ!」


 格納庫を間借りしている、リジャスト・グリッターズの反応は早かった。

 借り受けてる一角に入るともう、仲間たちの大半が出撃準備を終えつつある。だが、久々に大規模なメンテナンスを受けている機体も多く、すぐに出られるのは普段の三割強といったところだ。

 それでも、八甲田の峰々を包む不気味なオーロラは待ってはくれない。

 次元転移ディストーション・リープでパラレイドは、ついに本州へも侵略を開始したのである。

 美央が急げば、熱い風と共に巨神が外へと歩き出すところだった。


「スサノオン! 響樹ヒビキ、いけるの?」


 まるで美央の独り言を聴いていたかのように、漆黒のスサノオンが右手に親指を立ててみせる。確か、スサノオンは特殊な機体で、そのメンテナンスは全て暁リリスが担当している。

 その実態は、兵器というよりは祭具に近いようだ。


「他に出られるのは……今は私が一番早いか! ならっ!」


 美央の神牙しんがは、すでにメンテナンスを終えている。完調状態で、いつでもフルコマンドでの戦闘が可能だ。女子高生をやってても、心はいつも常在戦場じょうざいせんじょう。美央も急いでケイジの愛機へ駆け寄った。

 しかし、そんな彼女の腋を意外な姿が走り抜ける。

 それは、スサノオンが外の陽光に影を委ねた直後だった。


「こ、こらーっ! このわれを置いていくなど、何事じゃーっ!」


 アカツキリリスだ。

 しかも、

 思わず美央も「……ほへっ!?」と、間抜けな声を漏らしてしまった。

 濡れた髪をひるがえし、バスタオル一枚だけをまとったリリスが走る。

 だが、肩越しに振り返るスサノオンからは、御門響樹ミカドヒビキの真剣な声が響いた。


『悪ぃ、リリス! 風呂って聞いたし、今は緊急なんだ! 今日は俺一人でやってみる!』

「ま、待たぬか主殿マスター! 我も共に――もぉっ! なんじゃ、置いてきぼりかや!」


 ぐぬぬとリリスは、悔しそうにくちびるを噛んでいる。

 そして、スサノオンは僅かに身を屈めた瞬間、跳躍で空へと消えた。

 その力が巻き起こす風が、格納庫の中を吹き抜ける。

 リリスに巻き付いていたバスタオルがはらりと取れて、慌てて美央は駆け寄った。


「ちょっと、リリス! なんて格好してるのよ、もうっ!」

「しょうがなかろう! 沐浴もくよくしておったところに、突然の敵襲じゃ。神兵しんぺい……いや、こちらではパラレイドか。あの男はまだ、復讐で無数の運命を閉ざしておるとはのう」

「あの男? なにそれ」

「まあよい、それより美央。お主もすぐに出られるか?」

「もっちろん!」


 急いでリリスにバスタオルを巻いてやると、再び美央は走り出した。

 その背に、不思議な言葉が投げかけられる。


「……死ぬでないぞ、美央。特異点の片方が失われれば、比翼ひよくで飛べる道理はない。比翼は連理にて一対ふたりでなければならぬのじゃ」


 リリスは時々、不思議なことを言う。

 そのミステリアスな美貌も相まって、校区の男子たちの間で話題の美少女という訳だ。勿論もちろん、リリス自身は幼年兵の男子たちには目もくれないが。

 そして、美央は共に戦った仲間として知っている。

 いな、感じているのだ。

 リリスはなにかを背負っている。

 それも、一人の少女には重過ぎるものだ。

 果たしてそれは宿命か、それとも因果か。


「ま、信じて待つしかないよね。いつか話してくれる。それより……神牙っ! 出るよ!」


 駆け寄り機体を見上げて叫べば、黒き暴竜ヒューベリオンが瞳に光を灯す。

 そういえば、と……コクピットに滑り込みつつ、美央は先日仲間たちから聞かされていた話を思い出した。

 惑星"ジェイ"……もう一つの地球に、同姓同名の少女がいる。

 そして、。ただ、その目的はまだ不明だ……少なくとも、向こうにいた三ヶ月の間に、アンゲロス大戦やノアの情報は確認できなかった。

 ただ、イジンと呼ばれる謎の異形と、もう一人の美央は戦っているようだった。

 手早く機体のチェックを済ませつつ、美央はそのことを頭の中から追い出す。


「考えるのはあとっ! 神塚美央、神牙出るよっ! そこ、足元をウロチョロしないで!」


 鋼の黒竜が、喉を唸らせケイジを出る。

 オロオロと頼りない幼年兵たちが、我先にと走って逃げ出した。

 やはり、いくら実習経験があっても戦闘は無理だ。

 ならば、少しでも彼らが死なないように、リジャスト・グリッターズが全面に出て戦うしかない。それが例え、正体不明の熾天使セラフだとしても。

 神牙は雄叫びで高い天井をビリビリ震わせると、出口へとゆっくり歩く。

 その先に、空色の奇妙なパンツァー・モータロイドが出撃しようとしていた。すぐにその機体から回線を通じて声が響く。


『その機体、美央さんですね? 助かります!』

千雪チユキ! ……また、随分ゴツいのに乗ってるのね」

『見た目はいかついですが、凄くいい子なんですよ。それに、先日も私が手を入れてやって――』

「はいはい、ロボトークは後で聞いたげるから。出れそう?」

『いつでも行けます。この校区は……残念ながら練度が低く、実戦を知りませんので』

「じゃあ、私たちでなんとかするしかないね」


 鮮やかなスカイブルーの機体は、両肩に両腕、そして両足だけが肥大化したように太く逞しい。マニュピレーターを兼ねた手など、通常のPMRパメラより一回りも大きいのだ。

 頭部には、乙女を守る一角獣ユニコーンのような長いソードホーンが伸びている。

 すぐに美央は、極端なピーキーチューンを見破った。

 五百雀千雪イオジャクチユキの機体は、89式【幻雷げんらい】の改造機だ。それも、原型機の面影が見えないほどに魔改造された機体である。その特性は、重装甲の格闘戦仕様……だが、スラスターの数と配置は極端な加速能力を如実に物語っている。


「……よく、そんな危なっかしいのに乗る気になるわね」

『皆さん、そう言いますね』

「けど、いいじゃん。背中、任せていい?」

『引き受けます、美央さん』


 先程まで、外では模擬戦が行われていた。

 パンツァー・ゲイム……PMRを使っての戦闘競技でもあるが、今回はナオト・オウレン少尉のトール四号機が戦っていた。その相手は、大破した97式【氷蓮ひょうれん】を蘇らせた少年、摺木統矢スルギトウヤ。二人の戦いはしかし、突然の敵襲に決着を奪われた。

 そして、暗き炎の復讐鬼アヴェンジャーと化した統矢は征ってしまった。


「ナオト少尉が追いかけてるから、大丈夫。でも、私たちも急がないと」


 千雪の機体も、バイザー状の頭部を縦に振る。

 敵の規模がわからない以上、現在展開可能な全ての戦力で当たるべきだろう。当然、美央たちの指揮官であるバルト・イワンド大尉もそう判断する筈だ。

 すぐに美央は、外へと神牙を押し出す。

 弱々しい日差しの中で、漆黒の竜は地を蹴る。

 あっという間に、青森校区の敷地が後方へと飛び去った。

 千雪もまた、遅れずに続いてくれる。

 それは、まだ雪化粧した山岳地帯の方へ、苛烈な光が屹立きつりつするのと同時だった。


「あの光っ! まさか!」

『美央さん、次元転移です! パラレイドの反応、多数……こちらのレーダーで確認できる範囲では、第一陣だけで5,000』

「団体さんのご到着って訳ね。フン、面白いじゃない」


 地球の危機、この街のピンチなのはわかっている。

 だが一方で、美央は自分の中の闘争心が昂ぶるのを感じていた。戦いを求めたことはないが、なにかを守れるからこそ猛り荒ぶる気持ちがある。

 その心をなくせば、機獣無法者もただのアウトローだ。

 それを自分に言い聞かせつつ……美央はフルスロットルで加速する。神牙は、謎の侵略者が舞い降りる光の柱へ向かって、まるで飛ぶように馳せるのだった。

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