第165話「遅き春の、出撃」
今、
行き交う生徒たちと擦れ違う都度、美央は痛感させられる。
「正直、
美央もこちらの地球、惑星"
パラレイドの襲撃で
そこから美央は、自分の目的のために日本を転々としてきた。無宿無頼の
そんな美央から見ても、ここの少年少女たちはいかにも頼りない。
「なっ、なあ! 実戦なんだよな!」
「このサイレンだ、わかりきったこと聞くなよ!」
「えっと、実習の通りにやれば、いいんだよね? ねっ?」
「とにかく、各班の班長は点呼! 機体の始動、急げよ!」
幼年兵たちは皆、不安も顕な顔でオロオロとおぼつかない。これでは、正規軍がするように弾除けや
そして、美央にその気は毛頭ない。
全く逆だ……守りたいし、戦わせたくない。
みすみす死ににいくようなものだし、そんなのは戦いと呼べない。
だから、走りながら叫んでクラスメイトたちの背を押す。
そう、今は臨時的な処置とはいえ、美央もこの校区の生徒だ。
「みんなっ! 訓練通りにまずは班ごとに! 大丈夫っ、すぐにここが戦場になることはないわ!」
格納庫を間借りしている、リジャスト・グリッターズの反応は早かった。
借り受けてる一角に入るともう、仲間たちの大半が出撃準備を終えつつある。だが、久々に大規模なメンテナンスを受けている機体も多く、すぐに出られるのは普段の三割強といったところだ。
それでも、八甲田の峰々を包む不気味なオーロラは待ってはくれない。
美央が急げば、熱い風と共に巨神が外へと歩き出すところだった。
「スサノオン!
まるで美央の独り言を聴いていたかのように、漆黒のスサノオンが右手に親指を立ててみせる。確か、スサノオンは特殊な機体で、そのメンテナンスは全て暁リリスが担当している。
その実態は、兵器というよりは祭具に近いようだ。
「他に出られるのは……今は私が一番早いか! ならっ!」
美央の
しかし、そんな彼女の腋を意外な姿が走り抜ける。
それは、スサノオンが外の陽光に影を委ねた直後だった。
「こ、こらーっ! この
しかも、何故か裸である。
思わず美央も「……ほへっ!?」と、間抜けな声を漏らしてしまった。
濡れた髪を
だが、肩越しに振り返るスサノオンからは、
『悪ぃ、リリス! 風呂って聞いたし、今は緊急なんだ! 今日は俺一人でやってみる!』
「ま、待たぬか
ぐぬぬとリリスは、悔しそうに
そして、スサノオンは僅かに身を屈めた瞬間、跳躍で空へと消えた。
その力が巻き起こす風が、格納庫の中を吹き抜ける。
リリスに巻き付いていたバスタオルがはらりと取れて、慌てて美央は駆け寄った。
「ちょっと、リリス! なんて格好してるのよ、もうっ!」
「しょうがなかろう!
「あの男? なにそれ」
「まあよい、それより美央。お主もすぐに出られるか?」
「もっちろん!」
急いでリリスにバスタオルを巻いてやると、再び美央は走り出した。
その背に、不思議な言葉が投げかけられる。
「……死ぬでないぞ、美央。特異点の片方が失われれば、
リリスは時々、不思議なことを言う。
そのミステリアスな美貌も相まって、校区の男子たちの間で話題の美少女という訳だ。
そして、美央は共に戦った仲間として知っている。
リリスはなにかを背負っている。
それも、一人の少女には重過ぎるものだ。
果たしてそれは宿命か、それとも因果か。
「ま、信じて待つしかないよね。いつか話してくれる。それより……神牙っ! 出るよ!」
駆け寄り機体を見上げて叫べば、黒き
そういえば、と……コクピットに滑り込みつつ、美央は先日仲間たちから聞かされていた話を思い出した。
惑星"
そして、あちら側の神塚美央も神牙というマシンで戦っているらしい。ただ、その目的はまだ不明だ……少なくとも、向こうにいた三ヶ月の間に、アンゲロス大戦やノアの情報は確認できなかった。
ただ、イジンと呼ばれる謎の異形と、もう一人の美央は戦っているようだった。
手早く機体のチェックを済ませつつ、美央はそのことを頭の中から追い出す。
「考えるのはあとっ! 神塚美央、神牙出るよっ! そこ、足元をウロチョロしないで!」
鋼の黒竜が、喉を唸らせケイジを出る。
オロオロと頼りない幼年兵たちが、我先にと走って逃げ出した。
やはり、いくら実習経験があっても戦闘は無理だ。
ならば、少しでも彼らが死なないように、リジャスト・グリッターズが全面に出て戦うしかない。それが例え、正体不明の
神牙は雄叫びで高い天井をビリビリ震わせると、出口へとゆっくり歩く。
その先に、空色の奇妙なパンツァー・モータロイドが出撃しようとしていた。すぐにその機体から回線を通じて声が響く。
『その機体、美央さんですね? 助かります!』
「
『見た目は
「はいはい、ロボトークは後で聞いたげるから。出れそう?」
『いつでも行けます。この校区は……残念ながら練度が低く、実戦を知りませんので』
「じゃあ、私たちでなんとかするしかないね」
鮮やかなスカイブルーの機体は、両肩に両腕、そして両足だけが肥大化したように太く逞しい。マニュピレーターを兼ねた手など、通常の
頭部には、乙女を守る
すぐに美央は、極端なピーキーチューンを見破った。
「……よく、そんな危なっかしいのに乗る気になるわね」
『皆さん、そう言いますね』
「けど、いいじゃん。背中、任せていい?」
『引き受けます、美央さん』
先程まで、外では模擬戦が行われていた。
パンツァー・ゲイム……PMRを使っての戦闘競技でもあるが、今回はナオト・オウレン少尉のトール四号機が戦っていた。その相手は、大破した97式【
そして、暗き炎の
「ナオト少尉が追いかけてるから、大丈夫。でも、私たちも急がないと」
千雪の機体も、バイザー状の頭部を縦に振る。
敵の規模がわからない以上、現在展開可能な全ての戦力で当たるべきだろう。当然、美央たちの指揮官であるバルト・イワンド大尉もそう判断する筈だ。
すぐに美央は、外へと神牙を押し出す。
弱々しい日差しの中で、漆黒の竜は地を蹴る。
あっという間に、青森校区の敷地が後方へと飛び去った。
千雪もまた、遅れずに続いてくれる。
それは、まだ雪化粧した山岳地帯の方へ、苛烈な光が
「あの光っ! まさか!」
『美央さん、次元転移です! パラレイドの反応、多数……こちらのレーダーで確認できる範囲では、第一陣だけで5,000』
「団体さんのご到着って訳ね。フン、面白いじゃない」
地球の危機、この街のピンチなのはわかっている。
だが一方で、美央は自分の中の闘争心が昂ぶるのを感じていた。戦いを求めたことはないが、なにかを守れるからこそ猛り荒ぶる気持ちがある。
その心をなくせば、機獣無法者もただのアウトローだ。
それを自分に言い聞かせつつ……美央はフルスロットルで加速する。神牙は、謎の侵略者が舞い降りる光の柱へ向かって、まるで飛ぶように馳せるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます